学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build―   作:UG-san

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Ep.13 決別

 学校を出てから、どれくらい歩いただろう。

 

 太陽の位置は少しずつ高くなり、陽射しも強くなってきている。

 

 それでも街は静かだった。

 静かすぎるくらいに。

 

 風が道路脇の看板を揺らす音だけが耳に残る。

 昨日までなら、この時間は車が行き交い、駅へ向かう人たちが歩いていたはずなのに。

 

 今は違う。

 

 止まったままの車。

 割れたガラス。

 放り出された自転車。

 誰もいない歩道。

 たまに見かける人影は、もう人じゃない。

 ゆっくりと、意味もなく道路を歩き続けるだけの"奴ら"。

 

 その姿を見るたび、胸の奥が少しだけ冷たくなる。

 

 ――昨日まで、生きていた人。

 

 そう思うと、目を逸らしたくなった。

 でも、逸らしたところで現実は変わらない。

 私は小さく息を吐いて前を見る。

 

 先頭を歩く海人くん。

 その少し後ろに悠斗。

 その背中を見ていると、不思議と落ち着いた。

 

 悠斗は、ずっと前を見て歩いている。

 怖くないわけじゃない。

 初めて奴らを倒した後、震えていた姿を私は知っている。

 

 それでも歩く。

 立ち止まらない。

 だから私も歩ける。

 そう思えた。

 

 ふと隣を見る。

 莉乃が歩いている。

 目が合うと、小さく笑った。

 その笑顔に少しだけ肩の力が抜ける。

 

 ……よかった。

 莉乃も生きてる。

 みんな、生きてる。

 それだけで十分だと思った。

 

 道路の先に、駅前商店街が見えてきた。

 シャッターは半分閉まり、割れたガラスが歩道へ散らばっている。

 

 人気はない。

 けれど。

 何となく嫌な感じがした。

 

 悠斗も同じことを感じたのだろう。

 槍を持つ手へ少しだけ力が入る。

 海人くんも歩く速度を落とした。

 

「……誰かいる。」

 

 小さな声だった。

 全員が自然と足を止める。

 私も商店街の奥を見る。

 

 人影。

 

 一人じゃない。

 三人。

 四人。

 いや、五人。

 

 男ばかりだった。

 制服じゃない。

 私服。

 高校生には見えない。

 二十歳前後くらいだろうか。

 その中の一人が、私を見た。

 その瞬間だった。

 

「……おい。」

 

 低い声。

 どこか聞き覚えがある。

 

「夕樹じゃねぇか。」

 

 胸がざわついた。

 

 

 私は思わず立ち止まる。

 その男は、少し驚いたような顔をしたあと、小さく笑った。

 

「久しぶりだな。」

 

 

 ——覚えてる。

 神崎の先輩。

 何度か顔を合わせたことがある。

 私がまだ彼らとつるんでいた頃。

 神崎が「兄貴」と呼んでいた人。

 

 

 名前までは知らない。

 でも、この人は覚えている。

 

 隣で海人くんが一歩前へ出る。

 悠斗も槍を少しだけ前へ向けた。

 隼人くんも無言で立ち位置を変える。

 

 私を庇うように。

 

 その動きに、男は苦笑した。

 

「そんな警戒すんな。」

 

 両手を軽く上げる。

 

「喧嘩しに来たわけじゃねぇ。」

 

 その後ろでは、手下らしい男たちがこちらをじろじろ見ていた。

 

「兄貴。」

 

 一人がニヤリと笑う。

 

「女いるじゃないっすか。」

 

 その視線が私と莉乃、それから陽菜ちゃんへ向く。

 嫌な視線だった。

 昔なら、こういう視線にも慣れていた。

 でも今は違う。

 男はすぐ振り返った。

 

「やめろ。」

 

 低い声だった。

 手下は不満そうに舌打ちしたが、それ以上は何も言わなかった。

 男は再び私を見る。

 

「神崎は?」

 

 その名前を聞いた瞬間、胸が痛くなる。

 昨日のことが頭へ浮かぶ。

 

 空き教室。

 叫び声。

 

 ——神崎だったもの。

 

 私は静かに首を横へ振った。

 

「……もう、いない。」

 

 それだけ言う。

 男は少しだけ目を閉じた。

 

「……そうか。」

 

 短く呟く。

 

 悲しそうでもなく。

 驚いた様子でもない。

 どこか覚悟していたような声だった。

 

 しばらく沈黙が続く。

 風だけが商店街を吹き抜けていった。

 やがて男は口を開く。

 

「だったら。」

 

 真っ直ぐ私を見る。

 

「俺たちと来るか。」

 

 

 

 その一言だけで、時間が止まったような気がした。

 

 昔の私なら。

 きっと何も考えずに頷いていた。

 

 学校へ行くより。

 家へ帰るより。

 あの人たちと一緒にいる方が楽だった。

 

 「今日はどこ行く?」

 「飯食った?」

 

 そんな他愛もない会話だけで、一日が終わる。

 居場所なんて、そんなもので十分だと思っていた。

 

 だけど――。

 

 私はゆっくり悠斗たちを見る。

 海人くんは無言で前に立ったまま。

 隼人くんも警戒を解いていない。

 陽向くんはいつでも動けるように少し腰を落としている。

 

 誰も「行くな」とは言わない。

 誰も私を引っ張らない。

 

 悠斗だけが、静かに私を見ていた。

 何も言わない。

 決めるのは私だと。

 その目だけがそう言っていた。

 

 昔なら。

 こんなふうに待ってくれる人なんていなかった。

 

 気付けば流されて。

 気付けば一緒にいて。

 気付けば戻れなくなっていた。

 

 でも今は違う。

 

 私は、自分で決められる。

 そう思った。

 

 

 男は急かさなかった。

 

「神崎も、お前のことを気に掛けてた。」

 

 静かな声だった。

 

「事情があるってこともわかる。」

「そんな連中の集まりだったからな。」

 

 胸が少しだけ痛む。

 

 そう。

 あの人たちは知っていた。

 母さんが亡くなってから。

 家へ帰るのが嫌になったことも。

 父さんとほとんど顔を合わせなくなったことも。

 

 だから、何も聞かなかった。

 

 それが優しさだったのか。

 ただ放っていただけなのか。

 今となっては分からない。

 

「だから。」

 

 男は続ける。

 

「行く場所がねぇなら、一緒に来い。」

「今まで通りでいい。」

 

 その言葉は、昔の私なら何より嬉しかった。

 居場所をくれる言葉だったから。

 私はゆっくり息を吸う。

 

 

 そして。

 小さく首を横へ振った。

 

「……行かない。」

 

 男は何も言わない。

 私はもう一度、はっきりと言う。

 

「私は。」

「この人たちと一緒に行くから。」

 

 

 そう言った瞬間だった。

 

「はぁ?」

 

 後ろにいた手下の一人が声を荒げる。

 

「兄貴、何言わせてんすか。」

「神崎が面倒見てた女ですよ?」

「そんな連中に付いてったって、どうせ――」

 

「黙れ。」

 

 男の一言で空気が止まる。

 低く、短い声だった。

 手下は口を閉じる。

 それでも納得していない顔をしていた。

 男は私へ向き直る。

 

「……そうか。」

 

 その一言だけだった。

 怒りもしない。

 責めもしない。

 残念そうでもない。

 

 ただ。

 少しだけ笑った。

 

「自分で決めたなら、それでいい。」

 

 私は思わず目を見開く。

 もっと引き止められると思っていた。

 怒鳴られるかもしれないとも思っていた。

 

 でも違った。

 

 少しだけ視線を空へ向ける。

 その横顔だけは、少し寂しそうだった。

 

「……神崎なら、残念がるだろうな。」

 

 男は踵を返す。

 

「……っと。」

 

 思い出したように、振り返って。

 

「これ、持ってけ。」

 

 ガラン、と。

 

 最後に、男は腰に差していたバールをこちらの足元に転がした。

 

 

「行くぞ。」

 

 手下たちは不満そうな顔をしたままだった。

 

「兄貴!」

 

「いい。」

 

 それだけ言って歩き出す。

 結局、誰もこちらへ近付こうとはしなかった。

 やがて男は振り返りもせず、片手だけ軽く上げた。

 

「しっかり生きろよ。」

 

 その言葉だけを残して。

 彼らは商店街の奥へ消えていった。

 

 しばらく誰も動かなかった。

 風だけが通り抜ける。

 

 私は知らないうちに、強く握り締めていた拳をゆっくり開いた。

 掌には爪の跡が残っている。

 莉乃が隣へ来る。

 

「……大丈夫?」

 

 私は少し考えてから、小さく笑った。

 

「うん。」

 

 本当に、大丈夫だった。

 

 少し前までなら、きっと泣いていた。

 迷っていた。

 

 でも今は違う。

 昔の居場所を失ったわけじゃない。

 自分で離れた。

 その違いは、とても大きかった。

 

 男が置いていったバールを拾い上げる。

 ずっしりと重いそれは、私の手の中に収まった。

 

 悠斗が何も言わず隣へ来る。

 私を見る。

 何か聞きたそうだったけれど、結局何も聞かなかった。

 その沈黙がありがたかった。

 代わりに、陽向くんが空気を変えるように大きく伸びをした。

 

「いやぁ。」

「朝から胃が痛くなるイベントだったな。」

 

 海人くんが鼻で笑う。

 

「お前が一番楽しそうだったぞ。」

 

「違ぇよ。」

「お前こそ、今にもバット振り回しそうな顔してたぞ。」

 

 肩をすくめる。

 

「俺は平和主義だから。」

 

「どの口が言うかな。」

 

 陽菜ちゃんが呆れたように笑う。

 そのやり取りに、みんなの肩から少しだけ力が抜けた。

 その時だった。

 

 悠斗がぽつりと言う。

 

「……腹、減ったな。」

 

 一瞬だけ静かになって。

 次の瞬間。

 

「こんな時に?」

 

 陽菜ちゃんが吹き出す。

 

「いや、でも。」

 

 隼人くんも苦笑した。

 

「言われてみれば腹減ってる。」

 

 莉乃まで笑い始める。

 

「さっき食べたばっかりなのに。」

 

「緊張すると腹減るものなんだよ。」

 

 陽向が真顔で言う。

 

「それ、お前だけじゃない?」

 

 海人くんまで小さく笑った。

 気付けば、私も笑っていた。

 自然に。

 無理をしなくても。

 笑えていた。

 

 悠斗は少し照れくさそうに頭を掻く。

 

「……悪い。」

 

「ううん。」

 

 私は首を横へ振る。

 

「ありがとう。」

 

 悠斗はきょとんとした顔をする。

 

「え?」

 

「何でもない。」

 

 

 

 私は前を向いた。

 

 昔なら。

 きっとあの人たちについて行っていた。

 

 「帰る場所なんてない。」

 

 そう思っていたから。

 

 でも今は違う。

 帰る場所は、誰かにもらうものじゃない。

 自分で選ぶものなんだ。

 

 

 私は悠斗たちの後ろを歩き出す。

 もう振り返らなかった。

 この道の先には、まだ何があるか分からない。

 

 

 いつか辿り着くかもしれない、新しい居場所。

 私は、その場所を自分の足で探しに行く。

 もう、誰かに居場所を与えてもらうためじゃない。

 

 

 自分で選んだ仲間と、一緒に生きるために。

 

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