皆から『沈黙の聖騎士』呼ばわりされてますがただのコミュ症なんです。勘弁してください。 作:寡黙なコミュ症
柳誠也……またの名を沈黙の聖騎士、或いはコードネーム『ネツァク』。
各地に現れる『魔物』に対処する為の特記戦闘員である。如何なる場面でも不意の接敵を想定し、装備を脱がず鎧と兜をつけての生活を常としている。
少なくとも、カテドラルの一般職員が彼の素顔を拝むことはなかなかないとされている。故に様々な噂が飛び交う……その仮面の下には何があるのか。大きな傷か。それとも、素顔を晒せぬ理由でもあるのか。
(別に、そんな大層な理由はないんだけどな……)
もちろん、そんな内心の呟きが誰かに届くことはない。
多くのカテドラル職員がその正体について考察しては、分からないと結論を付けて業務に戻っていった。
噂というものは、正体が不明であればあるほど都合よく膨らんでいくものらしい。
誠也自身、時折耳に入る自分についての噂話に、内心「そんなカッコいい理由じゃないんだよなぁ」と一人ツッコミを入れることもしばしばだった。
そんなすれ違いが起こりながらも業務は滞りなく進めなければならないその日も、誠也は自身の報告書をまとめたものを直属の上司へと提出する。
カテドラルの戦闘部隊の総指揮を担当する女性士官――
一人の士官が持つには些か広すぎる執務室。壁一面の資料棚には、討伐記録や作戦資料がぎっしりと並び、机上には整然と積まれた書類の山。無駄な私物は一切見当たらず、その主にふさわしい、静かで隙のない空気が漂う部屋だった。
誠也は扉を叩き、一礼してから足を踏み入れる。
(うっわ、今日も相変わらずこの空気……緊張感半端ないんだよなこの部屋……)
鎧の下、心臓が勝手に早鐘を打ち始める。理由は単純――彼女が、誠也にとって数少ない苦手な相手の一人だからだ。
美人だから、というだけではない。むしろその逆。彼女の醸し出す圧、一分の隙もない立ち振る舞い、何を考えているのか読めない微笑み……そのすべてが、コミュ症の彼にとっては刃のように鋭く突き刺さる。
誠也は無言のまま、報告書を差し出した。
「ありがとう、今回も見事な働きぶりだったと聞いているわ。柳誠也。」
不動愛菜はそう言って、書類を受け取りながら軽く目を細める。
「……どうも。」
(は、はい……ありがとうございます……とだけ言えばいいのに、なんでこう固まっちゃうかな俺……もっとこう、気の利いた返しとかできないの俺……)
誠也はいつも通り、小さく頷くことしかできなかった。
その沈黙すらも、彼女の目には『寡黙の聖騎士らしい佇まい』としか映っていないのだろう。
皮肉なもので、コミュ症であればあるほど、周囲からの評価は勝手に上振れしていく。
愛菜は書類へ視線を落としたまま、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば――君、室内だと言うのにその鎧はいかがなものかと思うが……」
尤もな疑問であり指摘である。と、同時に誠也が恐れていた指摘だ……そもそも何故誠也が、非戦闘時にもかかわらずこんな鎧を着ているかと聞かれれば、彼が弩級のコミュ症だからである。
まともに素顔を晒しての会話ができないからこそ、こうやって兜で顔を隠して普段を過ごしている。
当然兜だけだと何か不自然なので、いっそのこと鎧を全てまとってやろうというのが誠也の考え出した画期的な手段だ。
敢えて言おう、阿呆の手段である。
(いや自分でもわかってるんだよ!?さすがにこれはやりすぎだって、何回も自分にツッコんだよ!でも一度着ちゃうと今更脱げないっていうか……人に素顔晒したくねぇ……安心感がすごいんだよな、鎧。)
勿論そんな奇抜が許されるのはそれが許されたのは、彼が特記戦闘員と呼ばれるほどの実力を持っているからに他ならない。
彼がそれだけの力を秘めて日々魔物と渡り合うからこそ、その明らかにおかしい出で立ちも一種の威圧感へと変わり、周囲は皆勝手に推察をしては勝手に言及を避けてくれている。
だが、目の前にいるのはいわば直属の上司……脱げと言われれば脱がなければならないのだ。
誠也は内心で盛大に冷や汗をかきながら、平静を装って口を開く。
「……鎧を脱いだほうがやはり宜しいですか?」
「……いや、なに、暑くないのかと気になっただけだ。」
抑揚のない、けれど確かに気遣いの滲む声。愛菜はそれ以上追及するでもなく、視線を再び書類へと戻していく。
しかしどうやら向こうにそんな気はないらしい……いや、あえて聞くのをやめたと捉えるべきか。兎に角、誠也にとって最悪の事態は免れたというわけだ。
(助かったぁ!!!)
誠也は心底安堵する。ここで鎧を脱げなんて言われても緊張で吐く未来しか見えなかったからだ。それを避けられたのは本当に安堵するほかない。
彼にとってはそんじょそこらの魔物を相手にするよりも、人間と素顔を突き合わせて話すほうがよっぽど苦痛で苦行なのだ。
脱げと言われていたらどうなっていたか……想像するだけで冷や汗が止まらない。何を話せばいいかわからず固まる自分の姿がありありと目に浮かぶ。
(不動さん地味に気を利かせてくれる所あるから素で気遣ってくれたんだよな多分…………いや助かった、本当に助かった……)
誠也はそっと胸を撫で下ろす。もちろん、鎧に覆われたその仕草を彼女が見ることはない。
ある程度の用は済んだので、邪魔するのも悪いと誠也は一礼して部屋を去るのであった。
「……っはぁ。」
……しばらくして愛菜は大きく息を吸い込み、ため息をつく。疲労……も理由の一つだが、もう一つの理由は彼――柳誠也ことネツァクについてだ。
彼はカテドラル、対魔物における特記戦闘員に数えられている。ほかにも特記戦闘員は何名かいるが、そのなかでも彼は、強さそのものよりも威圧感が図抜けている。
彼の一挙手一投足に思わず身体が反応する……それだけの威圧感を常に体から発している。まるで常に警戒状態と言わんばかりに……事実、周囲の人間は彼が強すぎて半ば常に警戒状態ではあるのだが。
愛菜は机に肘をつき、指を組む。
(強さだけなら、まだ理解できる。数字で測れるものだから。だけど、あの子の場合は違う……)
脳裏に浮かぶのは、先ほどの報告書の内容だ。単独での上位種討伐。しかも被害は最小限。数字だけを見れば、疑いようのない優秀な戦果。
だが、愛菜が引っかかっているのはそこではない。
威圧感……あの威圧感にだけはどう考えても説明がつかない。対峙しているだけでなぜかこちらも身体をこわばらせるほどの緊張感。
実力だけならもっと堂々と、周囲を見下すような態度を取ってもおかしくないはずなのに、彼はいつも一言二言を返すのがやっとで、視線もどこかぎこちなく逸れる。
常に何かを警戒しているあの姿……だからこそ特記戦闘員として数えられている側面もあるのだろうが、それでも愛菜はあの異常な威圧に気圧されることがある。
(普通、実力者ほど態度に余裕が出るものだけれど……あの子の場合、むしろ逆というか……)
カテドラルで何人もの手練れの面倒を見てきた愛菜ですら震え上がらせるあの緊張感……全くもって末恐ろしいものである。
愛菜は組んでいた指をふと解き、報告書の最後のページ――今回の討伐時間や被害状況が記された数字の羅列――に視線を落とす。
(……いえ、今は詮索している場合じゃないわね。結果を出している以上、余計な詮索は不要。)
愛菜はペンを取り、次の決裁書類へと手を伸ばす。だがその指先は一瞬だけ止まり、誠也の去っていった扉の方へと向けられるのであった。