超かぐや姫R! ~彩葉が二周目チートで超ハッピーエンドに至る話~ 作:そうすけVR
1 コラボライブの夜
「第一回! かぐやに正体を打ち明けるのはいつにするか緊急秘密会議~~」
ライブを明日に控えた夜、私とヤチヨはマンションの自室で、かぐやに内緒の相談を始めた。
『ドンドンドンドン~!』
ヤチヨはタブレットの中から調子を合わせた。
かぐやは早々に寝ている。
ギリギリまで、課題の歌とダンスの練習に没頭していた。前日になって、ようやく形になった。
こうなってからのかぐやは強い。練習ではイマイチでも、本番だと何倍ものパフォーマンスを出してくる。
私はもう、ヤチヨとのライブは10年やってきたので、手慣れたもんだ。初見(とされる)の譜面を、さらっと演奏してみせた時には「くそ~~、彩葉の天才め~~」って唸ってた。ごめんね。それ、インチキなんだ。
そういえば、先日、鼻にティッシュを詰めて床を掃除していたところを、かぐやに見つかった時は大変だったな。
「どどどどうしたの彩葉! 鼻から血がでたの!?」
「あー、まー、ちょっとね」
「ちょっとじゃないよ! 何があったの? ツクヨミでKASSENの練習やってただけだよね?」
揺さぶんないで。せっかく止まった鼻血がまた出る。
「大丈夫。何も心配ないよ」
「心配だよ!」
かぐやは引き下がらない。
仕方ないな。
「アレよアレ。ヤチヨと少しね、盛り上がっちゃってね」
『やだ、彩葉。かぐやに言っちゃうの?』
「ぐひひ……」
ヤチヨが間髪入れず、夫婦漫才のように割り込んでくる。
かぐやはざっ、と引いて、
「お、大人のヤツ……?」
「おとなのやつ」
かぐやは真っ赤になって、もー、そういうのは禁止! ダメ! とか言い残し、ぷんぷんしながら自分の寝室へ戻っていった。
(彩葉さんって、こういうとき、笑って誤魔化すんですね)
大人にはね、やせ我慢も必要なのさ。
彩葉は、脳内でくすっ、と笑って、
(彩葉さんのカッコ良さが、少し分かったような気がします)
褒めても夢の中でチューくらいしか出来ないよ。
話を戻す。
「かぐやは、これから起こること、何も知らないんだよね」
『そうだねえ~』
ヤチヨもタブレットの中から、困り顔で答える。
『コラボライブの後、何があるのか。その後、どんな運命が待っているのか。そして――』
「かぐやは、私のことを単に面白い人、くらいにしか思ってないよね。彩葉の中に二人いて、片方は未来から来た、って言っても、なんで? って話になるだろうし」
どうして今、ブラックオニキスを鍛えているのか、の説明すら出来ない。
――かぐやを、月に返さないためだよ
この一行を伝えるための前提情報が多すぎる。
話がややこしすぎる。
ツクヨミにヤチヨがいて、タブレットにも別のヤチヨがいる。
ツクヨミでは、フッチョとしてログインしていて、あちらのヤチヨには正体を隠している。ふんわりと、そういうものだと認識している、と思う。
そもそも、かぐや自身、自分が何者なのかをよく分かっていない。月人が情報生命体であることも、なぜかぐやが月から逃げてきたのかも。
あと、かぐやは隠し事が出来ない。芦花、真実との初対面でいきなり「月から来たの~」って宇宙人カミングアウトかますヤツだからな。
でも――
いつかは、伝えないといけない。
かぐやは、私がこの時代に来た、理由でもあるのだから。
コラボライブが終わったら、かな。
一区切りだし。
私が、一緒に歩めるのは、ここまでだ。
ここまで頑張ったんだから、最後のわがままとして、ご褒美くらいいいでしょ?
「よし、担当を決めよう」
『担当?』
「私は、未来から来たことを伝える」
『うんうん』
ヤチヨはうなずく。
「ヤチヨは、なぜ未来から来たのか、今のヤチヨとどういう関係なのかをちゃんと説明する。自分の正体――かぐやの未来の姿が、ヤチヨだってことも伝える。8000年のことも伝える。犬DOGEがFUSHIになったってことも伝える」
『ヤッチョ担当のところ、負担多くない? なんで隠してたの! って怒られるの、ヤッチョじゃない?』
「それはほら、過去と未来の自分同士で解決してもらって」
少なくとも、今晩に伝えることじゃあないな。明日のライブがそれどころじゃなくなりそうだ。
「寝るか―」
『何も解決してないよ!?』
私はタブレットの電源を落として、毛布にくるまった。
照明を落としてすぐ、かぐやが私の布団に潜り込んできた。
寝室を分けた意味……。
かぐやのシャンプーの匂いを感じながら、眠りについた。
◇ ◇ ◇
「どぅるるるるる――」
かぐやドラムロール。
「カニ~~~」
かぐやルーレットの結果は、カニらしい。
「どぅるるるるる――」
まだやってる。
コラボ会場の舞台下に広がる大きく開けた空間、ここは『奈落』の底。
私とかぐやは、ロビーの一角に設けられたソファ席で、コラボ相手のヤチヨを待っていた。
会場には数万人規模の観客がもう入っているはずだけど、ここは静かだ。
「練習しすぎてお腹すいたー。終わったらパンケーキ食べよ?」
かぐや、マイペースだな。
と、そこへ、
「どぅるるるるる、ドジョウ!」
ヤチヨが手をドジョウのヒゲのように顔の横に持ってきた姿でいきなり登場した。
「こんばんは。ヤチヨ、ドジョウ好きだね」
「あれ……驚かない……?」
「はいはい。可愛い可愛い」
「あれ……雑……?」
あ、しまった。いつものヤチヨのノリで対応してしまった。
(それはそれでヒドいですけどね)
「ヤチヨも終わったらパンケーキ一緒に食べる?」
ライブ前の緊張感ないんか?
「ヤチヨは電子の海の歌姫なので食べられないのです~~」
「え~それなんの拷問~。かぐやだったら絶対無理~~」
あったなそんな会話。味覚を実装した義体開発、今ならあと5年もあればなんとか……
「いざ、往こうか」
ヤチヨの案内で、迫り(せり)へ移動する。垂直に上下する小さな舞台で、私たちをステージに連れて行ってくれる昇降機だ。
するすると薄暗い空間を、どこまでも昇っていく。
前回は緊張で、この辺り全然覚えてないや。
そして、迫りは、コラボ会場のステージに到着する。会場は暗い。空気感や音の響き方から、広大な空間だってことだけは分かる。
「毎度、ヒリヒリなんだよね~この雰囲気」
ヤチヨが静かに呟く。
私のいた未来では、三人でライブが出来たのは、この時だけだ。
ヤチヨは覚えているだろうか。8000年前に、かぐやとして経験したこのライブを。
ヤチヨの横顔をじっと見つめる。
私の視線に気が付いたのか(なんだいなんだい?)とでも言っているかのように笑って、ヤチヨは振り向いた。
「ねえ、ヤチヨは、
少しだけ、ヤチヨは目を見開いた。
「――うん。覚えてるし、
「そっか」
胸に手を当てる。
ヤチヨ、かぐや、私。
このライブを、二回経験出来る私は幸せだ。最高だ。
いや、皆には、これからも、何度だって。
「ほら、時間だよ!」
ヤチヨの声で、一瞬で服がステージ衣装に切り替わった。そして、会場が光に包まれる。
飛び交うレーザー、銀河の中にいるかのような無数のサイリウム。
響くような歓声は、これまで何度も味わってきたけど、今日は特別だ。
「みんな、ヤオヨロ~~。生きるのどうですか~~」
ヤチヨの、堂に入ったMC。
私は、会場への語りかけを続けるヤチヨの後ろに立って、ゆっくりと観客席を見まわした。
一人ひとりの顔まで見えているような気がする。みんな笑顔だ。
私も自然と笑顔になる。今日はとびっきりの演奏が出来そうだ。
ヤチヨが言葉を止める。
会場に静寂が落ちる。
一曲目――ワールドイズマイン
ヤチヨの伸びる声が身体を包む。
かぐやも、ちゃんと歌えてるし踊れてる。いいぞ。
じゃあここからは彩葉、演奏行ってみようか。
(ええっ、私ですか)
出来るよね?
彩葉も楽しんで。
「ヘイベイビー!」
会場の熱い空気を吸い込む。
響く音と飛び交う光、うねるような歓声、額の汗。
二曲目――Ex-Otogibanashi
この歌、難しいんだよな。
未来でヤチヨと二人でライブする時は、この曲はかぐやをスクリーンに映して演奏してた。
今、目の前には、かぐやがいて、ヤチヨがいて。
サビの部分で、三人一緒に踊る。
ああ、もう曲が終わる。終わってしまう。
頬を伝うのは、汗か、それとも――
この一瞬が永遠だったら、みたいな月並みなことをふと思った。
私も、かぐやも、息を切らしていた。
「めっちゃ楽しかったー!」
現実の方でも、かぐやは足をバタつかせて喜んでいた。
「彩葉、好き~~」
なんか支離滅裂だな。
「あー、もう彩葉と結婚しようかな~~」
「いいよ。結婚しよう。法律変えよう」
「え? 即答? これ、プロポーズだった??」
私は空を――月の代わりに、中空に浮かんでいるミラーボールを見上げていた。
「彩葉? どったの?」
ツクヨミの街頭モニターに、月が映し出される。
その時、立川市全域で通信障害が発生した。
駅前広場の壁面サイネージにも、道行く人々のスマホにも、月が浮かぶ。
電車内では、仕事中のサラリーマンのARグラスに、異形の姿が映り込む。
エスカレーターを、複数の異形が一列になって昇っていく。
そして、ライブ会場のスクリーンを埋め尽くす、赤で書かれた「2030/09/12」の数字。
会場にいる観客の一部も、異形に変異する――白い身体に、赤い角灯籠――月人だ。
来たな。
私は、双剣を呼び出し、構える。
無数の月人が、ふわふわとステージへ近づいてくる。
背後で、かぐやが悲鳴を上げる。
しまった。振り返ると、かぐやの腕を、月人の白い手が掴んでいた。
「かぐやから離れろ!」
腕を斬り飛ばす。
KASSENの時のような、花びらのエフェクトは飛ばず、黒い鮮血が飛び散る。グロ。
「大丈夫?」
かぐやはしゃがみ込んで呆然としている。
この時だったのか。かぐやに月での記憶が戻ったのは。思い出したのか、流し込まれたのかは分からない。
私とかぐやを取り囲むように、月人の輪が出来ている。5、6……全部で8体か。
頭の中が沸騰した。こいつら――こいつらが、かぐやを、私のかぐやを!!!
ふいに、目の前の月人が弾け飛んだ。
「おいたは――」
ヤチヨだ。
刹那、動きの止まった月人たち、残り全員を、双剣で切り伏せた。
「――ダメ……あれ?」
ヤチヨが、所在なさそうに指を立てて、固まっていた。
倒れた月人たちは、煙になって消えた。
(彩葉さん、落ち着いて、落ち着いてください)
彩葉の声が届く。私は大きく深呼吸する。
ヤチヨが、観客席に向けて、声を張り上げる。
「今のは、一体? 何が起こってしまうんだ? 続報を待て!」
客席がざわめいている。
「演出か?」
「何々?」
「ヤチヨ、こういうの好きだからな」
「みんな、今日は本当にありがとう!」
コラボライブは、やや消化不良気味に終了した。
「ヤチヨ、今のは一体……」
一応、聞いてみる。
「うーん、バグじゃなさそうだし、ヤンチャっ子のイタズラかな~。調べとくよ」
なるほどね。
やっぱり、今のヤチヨは、そう言うしかないんだ。
かぐやはしゃがみ込んだまま、ずっと何かを考えているようだった。
◇ ◇ ◇
いつだって、万全の準備が整う前に、本番はやってくる。
それでも、手元のカードで勝負しなければならない。
今日は8月30日。そして、月人が予告した――かぐやを連れていく日が、9月12日。
コラボライブが終わって、お風呂あがりのかぐやの髪にドライヤーを当てている。
「具合、悪い?」
「ちょっと疲れたかな。寝まーす」
そう宣言して、かぐやは自分の寝室へ戻っていった。
私は、かぐやの後ろ姿をずっと見ていた。目に焼き付けていた。
自分の部屋へ移動する。
タブレットを立ち上げ、ヤチヨを呼び出す。
『ライブ、こっちから見てたよ。とても良かったよ』
「ありがとう、ヤチヨ」
私はすっきりした気持ちで笑った。
『ねえ、彩葉……あと、もう少しだけ……』
何か言いたげなヤチヨに、私は首を振った。
そして、スマコンをARモードで起動する。約束どおり、そこにはFUSHIがいた。
『来たぞ。で、作戦会議だって?』
「うん。これからは、私が主導出来ないから、方針だけ伝えておこうと思って」
『どういうことだ?』
順を追って説明する。
「最終目的は、かぐやを月に連れて行かせないこと。つまり、9月12日の卒業ライブでの月人勢力の撃破。その為の課題は――」
・かぐやに、卒業ライブまでに未来とヤチヨのことを全部伝える
・未来のヤチヨと、この時代のヤチヨの記憶を統合し、卒業ライブに全力参戦する
・忠犬オタ公さんを仲間に引き入れ、現実側で必要な準備を進めてもらう
・コード
・デチューン版の
そして、
「これまで、彩葉の脳に負担かけすぎちゃってたんだ。だけど、このままだと、これ以上前に進めなくなった」
一度、私の記憶をスキャンしたことがあるFUSHIなら分かるだろう。二人の彩葉、それがどれだけの過負荷を与えていたか。
「これ以上、彩葉の脳にダメージを蓄積させないために――私の、消去」
全部、私がお膳立てしてからが理想だったけど。
「FUSHI、出来るよね?」
『出来るか出来ないか、で言えば、出来る。でも――』
FUSHIは黙った。
いいのか? と続けたいのだろう。タブレットに映るヤチヨを見る。でも、そんな話は今更だ。
誰も、口を開かない。
次の言葉を発した時が、いよいよその時だから。
覚悟を決めろ、私。
「あの……ちょっといいですか?」
皆が沈黙している中、17才の彩葉が口を開いた。
ノートPCの画面を皆に向ける。
そこに表示されているのは、コード
「私なりに考えたんですけど、
それはそう。どうした? 何か確認したいことがあるのか?
「だったら、私の脳でやってる処理の一部を、そのままサーバー側に置けないですか?」
ん?
「記憶を探す。情報を整理する。そういう処理は、ある程度、ツクヨミ側に任せるんです」
彩葉は、ノートPCの画面を指さす。
「生体脳には、感情とか、直感とか、身体感覚とか――最後にどうするかを決めるところを残す」
『……脳の負荷を減らす方向に、
タブレットのヤチヨが、言う。
『悪くない』
FUSHIが口元を笑みの形に歪めた。
「ツクヨミサーバーと繋いだまま、二つで分担するんです」
つまり、生体脳の外に、もう一つ思考基盤を用意する、と?
「普通の人は、一つの脳で一人分の思考を処理する前提ですよね。外に思考基盤を足しても、使いきれない。でも」
彩葉は説明を続ける。
「私たちは、一つの脳で二人分を処理してる。今、足りてないのは能力じゃなくて、処理する場所なんじゃないですか?」
彩葉が、一旦言葉を切る。
『本当に、悪くないアイデアだ』
FUSHIは答える。
「だったら、それだったら、彩葉さん、消えなくて、いいですよね?」
震える声で、彩葉は言う。
『そうなる。まあ問題が起きたら、その【彩葉さん】を消して元に戻すことになるけど』
FUSHIは、露悪的に言った。
崖っぷちに立っていると思ってた。
彩葉が、その先にも道が伸びていることを示してくれた。
私は、精一杯、さりげなく、深く息を吐いた。
ヤチヨは、何も言わなかった。
ただ、タブレットの中で、一度だけ目を閉じた。
輪廻の分岐が、切り替わる音が聞こえたような気がした。