超かぐや姫R! ~彩葉が二周目チートで超ハッピーエンドに至る話~ 作:そうすけVR
第二章「再来編」は、例の決定を告げられた彩葉――その直後から始まります
※投稿方針を変更しました。
当初はpixiv先行・ハーメルンでは章完結後投稿としていましたが、今後はpixivとハーメルンで同時更新します
第二章「再来編」は、両サイトで週末更新予定です
1 キラキラ
午後八時。夜の研究所で、所長室のドアをカードキーで解錠し、恩師を招き入れる。
手早くお茶を入れた。
恩師――若くして神経情報工学の博士号を取得した、認知システム工学の権威。父をアメリカ人にもつハーフだ。
彼は、幾度となく、私の個人的研究に便宜を図ってくれた。彼無しには、月技研はここまで続かなかっただろう。
「所長自らお茶を出してくれるのか。出世したな」
「先生を雑に扱うと、あとで倫理審査の書類が三倍になりそうなので」
そんな軽口を交わす声に、いつもの弾みはなかった。
「精神情報研究を、凍結することになった」
恩師は、そう言った。
「……中止、ですか」
「違う。凍結だ」
恩師は、言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。
内心、イラッとする。これは、大人の言葉遊びだ。
「少なくとも、書類上はそうなる。研究成果、実験ログ、試料、解析環境、関連する権限。そのすべてを棚卸しして、凍結管理に移す。研究そのものを廃棄するわけではない」
実質的な中止だ。そこまでクローズ処理を進めた後で、再開の許可は下りない。
月明りが差し込んでいた窓の外が暗くなる。ああ、
(月が赤い――)
わざわざこの日、この時間を選んだ訳でもないんだろうけど、今夜は皆既月食だ。月が、地球の影に飲み込まれる。
「理由を、聞いてもいいですか」
「スポンサーと政府側の意向だ」
「……うちは、乗っ取られたんですか」
「そうではない」
恩師は即座に否定した。
「月技研は、今でも君の研究所だ。少なくとも、名目上は。だが、研究所は君一人の机ではない。予算があり、出資者があり、補助金があり、共同研究契約がある。そこに口を出されるのは、最初から避けられなかった」
私は黙った。
いつも、身だしなみには気を使っていた恩師は、無精ひげを生やして、ひどく憔悴しているように見えた。彼なりに、これまで私の見えないところで戦ってくれていたのかも知れない。
私も遊んでいた訳ではなかったが――遊んで、うーん。月技研への愛着は、少なくとも、ヤチヨやかぐやに比べれば……無かったな。
「義体そのものの開発は順調だ。生体材料、神経接続、感覚フィードバック。第一系統の成果は、もう十分に事業化の射程に入っている」
現実逃避しかけた私の耳に、恩師の言葉が届く。
「まだです。まだ、精神の定着が――」
「スポンサーは、そこに興味がない。正確に言えば、投資回収の優先順位が低い」
「でも、精神情報の定着がなければ、義体はただの身体です」
「医療機器としては、それで十分だ」
恩師は続ける。
「義肢、義体補助、感覚再建、遠隔作業用の生体インターフェース。第一系統だけでも市場は大きい。高齢者医療、災害救助、危険環境作業、軍事転用。スポンサーは、そこで回収に入れると判断している」
「精神は」
「後回しだ」
「後回しに出来るものじゃない」
「君にとっては。だが、彼らにとっては違う」
恩師の声に、なぜか口惜しさが滲んだように感じた。
私は唇を噛んだ。
恩師は、机の上に一枚の資料を置いた。研究計画の変更案。
第一系統および周辺応用技術の事業化推進。
第二系統、精神情報保存・転写・定着研究の凍結。
「精神情報の定着は、時間がかかりすぎる。倫理審査も重い。社会的な反発も大きい。何より、投資家にとって分かりにくい」
「分かりにくい?」
「仮に、老いた人間Aの記憶と人格情報を、若い義体に定着させることが出来たとする。だが、それで老いたA本人が若返るわけではない。本人の意識は、なお老いた肉体の中に残る。若い義体の中にいるのは、Aの記憶を持った、別の人格だ。少なくとも、今の社会はそう受け取る」
「それは――」
「だから若返りとして売ることは出来ない。死の克服としても売れない。むしろ、人格複製、相続、本人性、責任能力、宗教倫理。厄介な問題ばかりが先に立つ」
分かっていた。最初から分かっていたことだ。
恩師は、それらの問題を承知の上で、彼の手の届く範囲にある限り、研究を続けさせてくれていた。
「私が遅すぎたんですかね。私は、欲張りすぎたんでしょうか」
恩師は、そこで初めて言葉に詰まった。
沈黙が落ちた。
「……そうじゃない」
恩師は言った。
「君一人に背負わせるには、時間が足りなかった」
その言葉は、私を少しだけ落ち着かせた。
乗っ取られたわけではない。誰かが悪意で奪ったわけではない。私が、間に合わなかっただけだ。
「月技研は、まず生き残らなければならない。第一系統で成果を出し、社会的信用を得て、収益を上げる。政府にも、スポンサーにも、次の投資を納得させるだけの数字を積む。そのあとでなら、第二系統を再立ち上げできる可能性はある」
「そのあとって、いつですか」
「十年単位で考えた方がいい」
私は笑った。
声にならない笑いだった。
十年あれば、かぐやのいない時間が、もう十年増える。
私は大きく息を吸い、吐いた。
「凍結処理には、どれくらいかかりますか」
「二週間だ」
私は顔を上げた。
「関連設備を段階的に停止する。データは封印管理に移す。外部接続は切られる。最終日を過ぎれば、所長権限でも触れない」
「二週間は、触れるんですね」
「そういう意味で言ったのではない」
「でも、二週間は触れる」
恩師は、私を見た。
「私は君を止めに来た。そういうことになっている」
「そういうことに?」
「そういうことに、なっている」
それ以上は言わなかった。
「先生。私、間に合いませんでした」
「まだ終わっていない」
「でも、選べたはずの、未来のルートがひとつ、私が欲張ったせいで、ここで終わりました」
恩師は否定しなかった。
「分かりました。凍結処理、所長として対応します。二週間のあいだに、私がやるべきことを整理します」
私は頭を下げた。これでこの話はおしまい。その意思表示だった。
「――酒寄くん」
久しぶりに、学生の頃みたいに呼ばれた。
「欲張ったっていい。焦る必要はない。時間をかけた方が、味が深まることもある」
恩師は立ち上がり、
「悪いことばかりじゃない」
そう言った。
「え?」
恩師は所長室の扉を出る直前で、振り返った。
「父の受け売りだよ」
どこかで聞いたことがあるような言葉だった。
でも、それがドラマの台詞だったのか、誰かの軽口だったのか、思い出せない。
ただ、いよいよ覚悟が決まった私に、不思議なくらい耳に残った。
◇ ◇ ◇
深夜の所長室。
ビデオチャットでヤチヨに事の経緯を相談した。これは、今後の月技研への技術供与にも関係してくる話だったから。
「ごめんね、私のせいだね。私が、YC型の義体に適合しなかったから」
タブレットの中で、ヤチヨは申し訳なさそうに、何度も私に謝罪の言葉を発した。
「そんなこと――」
「――きっと、私が、それを望まなかったから」
ヤチヨは、絞り出すような声で、そう言った。
「ちょっと待って。そっちに行く」
公私混同にならないよう、これまで研究所からのツクヨミへのログインは極力控えていた。でも今は、何もかもが緊急事態だ。
ヤチヨは、あの部屋にいた。
かぐやと最初に過ごした、あの家賃3万8千円のアパートを再現した部屋。
髪をほどいて後ろに流し、黒のロングTシャツをワンピース風に着た、かぐやのような姿で。
懐かしく――は無いな。時々、ヤチヨは居室の天守を、このアパートに改変して過ごしている。
「さっきのは、どういう……こと?」
ヤチヨが正座しているちゃぶ台の対面に座る。
「きっとね、研究がうまく行ってないのは、私のせいなんだと思う」
タブレットの時の会話と同じように、申し訳なさを声色に滲ませながら、
「どこか、心の奥底で、ヤチヨ――私は、ヤチヨとして身体を得ることを、望んでいなかったのかも知れないって、思っちゃったんだ」
ヤチヨは弱々しく笑って言う。
「そんなことないよ。私の研究が遅すぎるだけだよ」
ううん、とヤチヨは首を左右に振る。
「KG型の義体の研究も、並行して始めてるよね? そっちの方が、適合するかなって」
なんとなく、嫌な予感がした。
「……どうして、そう思うの?」
「月人について、彩葉はどんな知識がある?」
実態については、非公開な部分も多い。私は、一般に広まっているよりは、もう少し知っているが、それでもたいしたことは分からない。
「情報思念体、ってことくらい。実体は持ってなくて、だから、あの時は、ツクヨミを通じて干渉してきた」
そもそも、生命としての成り立ちが違うのだ。知ることは出来ても、理解には及ばないだろう。
「月人ってね、あんまり感情とかないんだ。無味無臭の世界で、与えられた役割を延々とこなしていくだけの存在。だから、その中で生まれたかぐやは異端だったんだよね」
それは以前、かぐやに聞いた。
退屈で退屈で、そんな時、地球の様子を見ることが出来る窓を見つけたって。
みんな、自由に見えたって。
「この気持ちは、バグかな、って最初は考えたんだ。だから、削除処理しようとした。でも、出来なかった。イヤだ、って思った。この気持ちに、私は『キラキラ』って名まえをつけた」
「ヤチヨ――」
「私は月を飛び出した。地球に来て、彩葉に出会って、そうしたら、私の中のキラキラが、ぶあーって広がって、私自身もキラキラになったんだ」
ヤチヨは両手を広げて、嬉しそうに言った。
「でも、ミスっちゃった」
しょぼんと表情を曇らせ、両手をだらりと下げる。
「彩葉も――ごめんね、ひどいことしちゃったね――見てきたと思うけど、8000年って長いんだよ。とても、とても。心が擦り切れちゃって、世界から色が無くなるくらい」
「……」
「それでも、命を賭して生きる人たちの営みを、私は愛していた。人間たちが、生まれて、旅立っていくのを、何千年も見葬り続けた」
ヤチヨは続ける。
誰かが死ぬ。
ああ、まただ。
また一人、先に行った。
街が生まれ、滅びる。
文化が変わり、言葉が変わり、世界が入れ替わる。
それはもう、当たり前のことで。
世界は灰色だ。
「ヤチヨ……」
それは、ヤチヨが抱えた孤独の、独白だった。
「彩葉のことを思い出してる時だけ、その周りにキラキラした彩りが浮かんだ。メロディが流れた。だから、彩葉が書きそうな歌詞を、自分で書いてた」
「彩葉が言ってくれてるみたいに聞こえてきて、私は正気を保てた。8000年を、超えられた」
ヤチヨは、にっこりとほほ笑んだ。
「彩葉と再会する前、私が最後に泣いたのは、東京大空襲のとき。もしかしたら、私が何かまた、選択肢をミスって、彩葉の生まれない世界にしちゃったんじゃないかって絶望して。だって、たくさんの人――私と仲良かった、優しかった人たちがみんな死んじゃって、ずーっとどこまでも焼け野原だったんだよ」
第二次世界大戦なんて、私にとっては関ヶ原の戦いと同じ、歴史の中のエピソードだ。
でも、ヤチヨにとっては、ついこの前まで「最後に泣いた記憶」だったんだ。
「彩葉とのコラボライブで泣いたのは、こうやって三人で歌うのが久しぶりだったから、懐かしかったから、じゃなかったんだ。私自身、驚いてた。彩葉と見た景色をもう一度、一緒に見られた時、泣くような感情が、まだ残ってたんだなって」
どこか懐かしむように、目を閉じて、あの光景を思い出しているかのように。
「彩葉は、かぐやを望んでいた。だから、私の中のキラキラのかぐやを渡して、残った私は、本来の月人に戻る。ツクヨミの運営や、ヤチヨとしての活動は、FUSHIにも手伝ってもらって、AIライバーヤチヨにバトンタッチするよ」
「ヤチヨ――」
「寂しいとか、悲しいとかは無いよ? そんな感情は、もう分かんなくなっちゃった」
ヤチヨは続ける。
「私の心の一部が、かぐやとして、もう一度身体を授かって、彩葉にぎゅってしてもらう」
――それが私の最期の望み。最期の幸せ。
――それが8000年を生きた、ヤチヨの葬送なんだ。
ヤチヨは振り返って、笑みの形に口元を歪めて、震える声で言った。
「手伝ってくれるよね? 彩葉――」
私は、大きく、胸いっぱいに空気を吸い、
深く、深く、ため息をついた。
「そうじゃない、そうじゃないんだ」
寂しくない、悲しくない。そんなのは嘘だ。
だって、じゃあどうして、今、ヤチヨは泣いてるの?
「ヤチヨの中のかぐや、って、つまり私のことだよね。ヤチヨは、ヤチヨの中の私を消したいってこと? 一緒に歌った思い出も、これまで過ごした思い出も、みんな、みんな?」
ヤチヨの肩が、ぶるっ、と震えた。
「それは――イヤだよ。イヤだな……」
「世界が灰色に見えるんだよね。私と一緒の時だけ、色が見えるんだよね。私との記憶が、ヤチヨの足元を照らしているんだよね」
私は畳みかける。
「私がもう一度、ヤチヨに世界を見せてあげる」
私は、ヤチヨに寄り添い、ヤチヨの身体に手を回した。
今は触れることは出来ないけど、きっと、ヤチヨをギュってしてあげる。
そう、ギュっと――
「そうだ!」
私は声を張り上げた。
「今、ここで、歌ってよ」
「歌?」
「ex-otogibanashi。約束したよね?」
「してない」
「ここは、今、2人だけの世界。私たち以外には誰もいない。恥ずかしくないよ?」
ヤチヨは、消え入りそうな声で、
「私が恥ずかしい」
「私は恥ずかしくない!」
権幕に押し切られる形で、ヤチヨは抵抗を諦めたようだった。
ヤチヨが指を鳴らす。いつもとは違う、ゆったりとしたテンポの、ex-otogibanashiのイントロがピアノの音で流れ始めた。
――いまは むかし だれも が知る ものがたり
そしてヤチヨは、私の耳元で、歌った。歌ってくれた。
「ヤチヨのお願い、かなえるよ。全部、私に任せて」
ヤチヨは泣いていた。私も泣いた。
「私がヤチヨも一緒に、超ハッピーエンドまで連れてく」
◇ ◇ ◇
そして、二週間足らずが過ぎた。
精神情報体の時間跳躍計画、決行の日だ。
今日に向けて、改めてお兄ちゃんに会って、お礼を言ってきた。
「急にどうした。死ぬのか?」
「死なないよ。たぶん」
そんな話をした。
時間をやりくりして、芦花と真実にも会ってきた。
いつも通り、ただ楽しく食事を共にした。
これでよかった。ちゃんと、二人の顔を見られた。
各機材の電源を入れ、ホットスタンバイ状態にしていく。
(こちらの準備はかんりょー。接続するよー)
立てかけたタブレットには、ヤチヨが映っている。ヤチヨは今、あのタケノコ本体があるマンションに、協力者と共にいる。
あちらでは、FUSHIがセッティングを始めているはずだ。
タケノコ本体と、実験室がリンクする。
私はスマコンを起動し、ローカルネットワークに入る。
空中に浮かぶホログラフに、親指ほどの大きさのタケノコが浮かび上がる。
跳躍の設定時間は十年前。
計算だと、私の精神情報体は、過去時点の17才彩葉へ着弾する。これは、同一個体への精神情報差分統合である。
17才の彩葉と、27才の彩葉。二人は、同じ人間の十年分の差分だ。
計算上は、定着する。
ただし、完全に安全とは言えない。
タケノコのホログラフの隣に、FUSHIの姿が浮かび上がる。
これは、本物のFUSHIではない。FUSHI型の偽装外殻だ。
過去のツクヨミには、すでにヤチヨが存在している。
ヤチヨを「ヤチヨの形」のまま過去へ飛ばせば、過去のヤチヨへ引っ張られる可能性がある。それは危険だ。
ヤチヨとの接触、統合、そして、未来から来た、って情報漏洩が起こるかもしれない。
それを知った過去のヤチヨが、どんな挙動をするのか、予想が出来ない。
かぐやの卒業ライブ。
あの時ヤチヨは、「ここから先へは行けない」と言って、月人との戦闘を拒んだ。
もし、月人戦で、勝利の天秤がこちらに傾いた時、ヤチヨはどう動くだろうか?
私は頭をブンブン振って、不穏な想像を振り払う。
兎に角、だ。
過去のヤチヨへの情報提供は慎重でなければならない。ヤチヨがヤチヨへ直接接続することは避けるべきである。その為の、偽装外殻だ。
これは、ヤチヨ本人をFUSHIに変えるという意味ではない。中身はあくまでヤチヨのままだ。
ただし、外見上はヤチヨではなく、FUSHIの補助人格データに見える。
視点を変えれば、外部コンテナのようなものだ。
目的は三つある。
一つ目は、過去のヤチヨへ引っ張られないようにすること。
二つ目は、ツクヨミやヤチヨに、ヤチヨの存在を検知されにくくすること。
三つ目は、外部からの干渉を受けにくい保護コンテナとして機能させること。
つまり、FUSHI型外殻は、プロテクトであり、迷彩であり、仮の器である。
すでに、この中には圧縮したヤチヨの人格データが格納されている。
(準備はいいか?)
スマコンの通話機能を通じて、FUSHIの声が届く。こちらの機材の管理者権限は渡してある。稼働状態をモニタリングしているのだろう。こちらでも、機材の状況を確認する。問題ない。
(準備はいいよ)
(じゃあ、始める)
私の本体が、時間跳躍をするのではない。だから、この実験が終われば、私はまた明日から、2040年の続きを生きる。
凍結された研究を抱えたまま、十年先のわずかな可能性にかけて。
過去の改変と、未来での再起。どっちが実現可能性が高いかな。
いや、どっちも実現させるかな。私なら。
(そうだ! FUSHI――)
(どうした?)
(言ってなかったね。これまでありがとう!)
(――ふん。3、2、1)
私が進むのは、明日か、十年前か。
なぜだったんだろう。脳裏に、かぐやの瞳に映る、あの時の打ち上げ花火の映像が思い浮かんだ。
刹那、私の意識は、銀河の中に飛んだ。