ここはよくあるカードゲームが全ての世界。
少し珍しいのは、転移者が娘連れの五十目前な男であることだ。

色々読んでいたら架空TCGモノで何か書きたくなって短編執筆。

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タイトル通りのことが起こった

 トラックに撥ねられ、気づけば見知らぬ空の下にいた。一昔前の小説によくある導入だが、笑えない冗談だ。

 

 マシだったのは、俺が俺のままであったこと。何者かの肉体を乗っ取るようなおぞましい現象は起きず、トラックに激突する直前の状態ですっぽりとこの世界に落ちてきたらしい。五十歳目前、白髪交じりの、どこにでもいる平社員の肉体のままで。

 

 そして何より──娘の(りん)が、無傷で隣にいたことだ。

 

 数年前に妻を病気で亡くして以来、男手一つで育ててきた。来年高校受験を控えた、妻譲りの黒髪を持つ、未来のある子だ。吹奏楽部で副部長を務め、オーボエを吹いている。中一の冬、無理をして八十万もするマイ楽器を買い与えた。東京の交響楽団に入るのが夢だと語る娘の顔を、俺は今でも鮮明に思い出せる。

 

 なぜ、こんなことになったのか。

 

 転移した地は、アストラという世界の王都アウレウス。言語が日本語として脳内で変換されているのだけは助かった。この歳で異世界の言語など、到底覚えきれるはずがない。

 

 問題は、この世界を支配する絶対的で、いびつな“規則(ルール)”の方だ。

 

 全てが、カードゲームで決着する。

 些細な口論の仲裁から、進学先、結婚相手、はては凶悪犯罪者の量刑に至るまで。何もかもがカードによって裁定される。

 カード勝負を経ていない直接的な暴力は、王都を中心とした大結界によって物理的に封じられている。逆に言えば、カード勝負を申し込み、勝ちさえすれば、何をしても合法的に許されるということだ。強盗も、蹂躙も、国家転覆すらも。

 

 結界は敗者から一切の保護を奪い去り、勝者の要求を強制的に履行させる。金に物を言わせた最強のデッキを持つ王族や貴族だけが安泰を貪る、狂ったディストピア。一見平和そうに見える王都の街並みが、俺には不気味で仕方がなかった。

 

 だが、世界の背景などどうでもいい。

 俺たちは生きて、元の世界に帰らなければならない。(りん)を、東京の楽団に入れてやるんだ。“ドラゴンクエスト”や“ゼルダの伝説”の曲をオーボエで吹くという、この子の夢をこんな所で終わらせるわけにはいかない。

 

 元の世界に帰る。その願いを叶えるための唯一の希望が、四年に一度開催される“女神アストラ(カップ)”なる最高峰のカード大会だった。優勝すれば、どんな願いも叶うという。

 胡散臭い御伽噺(おとぎばなし)だが、異世界に放り出された時点で常識など、とうに死んでいた。(わら)にも(すが)るしかない。娘も「私とお父さん、どっちかが最後まで勝ち残ればいいんでしょ」と気丈に振る舞っている。カードを持たざる者が奴隷と同義であるというこの世界において、俺たちに立ち止まるという選択肢はなかった。

 

 幸いなことに、俺たちのポケットには転移した時点でそれぞれ四十枚のカードの束──デッキが入っていた。

 娘と二人で転移できたのは、本当に、奇跡に近い幸運だ。見知らぬ他人に命を預けることなく、身内同士でノーリスクのシミュレーションができる。

 

 俺たちは王都の外れ、人目のつかない開けた空間で、初めてのカードバトルを試みた。バトルの正式名称は“ASTRA”。この世界そのものと、創生神の名を冠する、文字通りの“全て”。

 

「アストラ神の名の下に! 我の肉体(からだ)と魂をかけて!」

 デッキに付属していた薄っぺらいルールブックに従い、紙片を見ながら宣言文を読み上げる。これを宣誓しなければ結界が勝負として認識せず、不戦敗になることもあるという。背筋が寒くなる仕様。それ以前に、妙に長くて覚えられなさそうだ。

 

 ルール自体は、かつて娘が幼い頃にテレビでやっていたカードゲームに酷似していた。最大五枚まで場に出せる“使徒(モンスター)”で相手プレイヤーを直接攻撃(ダイレクトアタック)し、生命力(ライフ)をゼロにした方が勝者となる。

 まずはデッキをシャッフルし、互いに一番上のカードをめくる。それが使徒(モンスター)であれば互いに見せ合い、記載されたレベルが高い方が先攻・後攻の決定権を得る。不正防止のため、引いたカードが“呪文(スペル)”や“罠”(トラップ)だった場合も必ず相手に見せてから引き直す義務がある。

 

 俺たちの初期デッキは、いわゆる神から与えられた最低限の配給品なのだろう。中身はまったく同じだった。決定権を得た俺は、ルールの確認を優先するため自ら先攻を取った。

 見せたカードを戻してシャッフルし、互いに上から五枚を引く。先攻は最初のターンの手札補充(ドロー)ができない。

 

「……“不義のリザードマン”を召喚。攻撃力は5だ」

 

 言葉にした直後。

 空気が、びりっと震えて、這い出るようにして虚空から現れたのは、ぬらりとした緑色の鱗を持つ爬虫類の化け物。フレーバーテキストには、家族を守るために仲間を皆殺しにした狂気の兵士、とある。

 

 ただの幻影、ホログラムの類じゃないのか。悪臭すら漂ってきそうなその異形の背中を見つめながら、俺は唾を呑み込んだ。

 

(りん)、とりあえず痛覚のテストだ。……攻撃させてくれ」

「うん」

 

 俺が指示を下すと、そいつは無造作に錆びた短剣を振り下ろし──それが、(りん)の肩口をすり抜けた。

 

「あっ……!」

 (りん)が短く声を漏らし、その場に膝をつく。

 

(りん)!」

「だい、じょうぶ……。なんか、すごく重いもので殴られたみたいに、息が、詰まって……」

 

 俺の網膜に直接浮かび上がる数値。(りん)のライフが100から95へと減少していた。

 冷や汗が、背筋をどっと流れ落ちていく。ただの数字遊びではない。これは命の削り合いだ。確かな痛覚がある。息苦しさがある。

 たかがゲームだと侮っていた。テーブルを囲んでパチパチとカードを弾くような、そんな気楽なものを想像していた。馬鹿か、俺は。世界が狂っているんじゃない。俺の認識が、この狂気にまったく追いついていなかっただけだ。これで世界の全てが決まるのならば、相応の重責があるものだと理解した。

 

 数ターンの後、俺たちは精神的な負荷に耐えきれず、互いの同意のもと勝負を強制終了。

 なんとなくの流れは把握。だが、それ以上に重く、ひどく冷たい現実が、胃の腑にずっしりと沈み込んでいた。

 

 他と比較しているわけじゃないから断言するのは危険かもしれないが。しかし、どうにも──

 

 弱い。

 俺と(りん)のデッキは、吐き気がするほど弱かった。

 

 攻撃力一桁の鈍重なモンスター。微々たる数値の回復。発動条件の厳しい罠。こんな紙束で、最高峰の大会を勝ち抜く? 奇跡に縋る以前の話だ。戦場に素裸で突撃するようなものだった。

 

「……お父さん」

 (りん)が、不安げな目で俺を見上げていた。妻譲りの、真っ直ぐで綺麗な瞳。この目に、絶望なんか映してはならない。絶対に。

 

 なら、どうする?

 強いカードが要る。

 どこで手に入れる? 店か?

 金は? ない。俺たちの全財産は、このポケットに入った四十枚の紙切れだけ。

 

 では?

 決まっている。

 奪うのだ。

 

 先述した通り、この世界はカードで勝ちさえすれば何を奪っても合法になる。

 俺は五十手前で、ただの平凡なサラリーマンだ。聖人君子でもなければ、冷酷な殺人鬼でもない。だが、選べる立場か? 綺麗事を並べて、娘と共に奴隷に身を落とすか。それとも。

 生きるためと割り切り、自ら手を汚すか。

 

(りん)

 俺は、ひどく掠れた自分の声を聞いた。

 

「俺たちは、悪人になる」

「え……?」

「奪うんだ。この世界の、まだカードの扱いに慣れていない連中や、俺たちより弱い奴らから。身ぐるみ剥がして、強いカードをかき集める。……そうでもしないと、俺たちは絶対に生き残れない。お前を東京に帰してやれないんだ」

 

 追いはぎ。ならず者。外道。

 なんとでも呼べばいい。親という生き物は、子供のためなら喜んで化け物にでも悪魔にでもなれる。そうでないなら、親を名乗る資格などない。少なくとも、俺はそういう思想の持ち主なのだから。

 

 ……だが。

 その不退転の決意は、数分と経たずに脆くも崩れ去ることになった。

 

 理由は単純にして致命的。俺たちと同じように右も左もわからないような弱者を襲ったところで、得られるのは俺たちと同じ、弱くて使い物にならない初期カードだけだという事実に気づいたからだ。

 四十枚の紙束に、別の四十枚の紙束を足したところで、八十枚の紙束にしかならない。

 

「そもそも、弱い人を襲うなんて、絶対にだめだよ。お父さん」

 (りん)は今にも泣き出しそうな顔をしていた。俺の悪党宣言はよっぽど不服だったらしい。

 

「……(りん)。綺麗事じゃ生き残れないと教えたはずだぞ」

「綺麗事じゃない! 誰かを泣かせてまで帰れたとして、それで笑ってオーボエを吹けると思うの? そんなの……そんなお父さん、見たくない」

 真っ直ぐな非難の眼差し。痛いところを突かれた。五十を過ぎて、中学生の娘に正論で殴り飛ばされるとは情けない。

 

「いっぱい弱い者イジメして奪ってさ、お母さんの墓の前で胸を張れる?」

 愛する妻を引き合いに出されてしまえば、もはや反論の余地はなかった。なんとも頭の回る娘に育ってしまったものだ。

 

 高校時代から付き合い、そのまま結婚に至った妻は、とても気立てが良く、物事をハッキリと言う気質の素晴らしい女性だった。俺たちがなかなか子宝に恵まれなくても、焦らないで行こうと言い切る度量もあった。

 

 だが、自分の病についてはハッキリと言ってくれなかった。

 

 娘が幼き日から語っていた、宇宙飛行士になりたいだの、ユーチューバーになりたいだの、政治家になりたいだのという夢。そのどれかを叶えるためには、金が要る。自分に治療費を割いてほしくないからと、彼女は入院せずに耐え抜いてしまったのだ。

 

 珍しい病で、一度病院にかかれば一生ものであることが、自身の祖母の経験からわかっていた──死の淵でそう語った彼女の顔は、今も記憶に新しい。

 

 俺にはもったいないくらい、立派な妻だった。だけれど、手放しに称賛はできない。異常を感じた段階ですぐに病院へ行ってくれていれば、相談してくれれば、完治できたのではないかと今でも思わずにはいられないからだ。それほどまでに俺は頼りなかったのかと、無力感に打ちのめされる。

 

 そんな彼女は、俺が『誰に対しても優しいところ』が好きだと語ってくれていた。

 例えば、高校でグレていた男集団と腹を割って話し合った結果、竹馬の友にまでなってしまい、妻の葬式にも泣きながら駆けつけてくれた、などという語るのも気恥ずかしいエピソードがあるのだが……そういった俺の美点すらもかなぐり捨てて、外道に堕ちようとしていたわけだ。ただ、大人として、親として、全ての業を被る覚悟を見せたかっただけなのだが、しかし──空回りもいいところだ。

 

「……わかった。悪かったよ。少し、頭を冷やす」

 気まずい沈黙が落ちた、その直後だった。

 

「だーかーら! 俺たち親友だろ? 水臭いこと言うなよ」

 路地裏の影から、甲高く下劣な笑い声が聞こえてきた。

 そっと覗き込むと、そこには十代半ばとおぼしき小柄な男の子が、三人のガラの悪い若者に壁際へと追いやられていた。

 

「や、やめてよ……! これは、母さんが僕の誕生日のために、無理して買ってくれたカードなんだ……っ」

「だから、その“仲裁の力天使(パワー)”を使えば、俺たちのデッキはもっと完璧になるんだって! 仲間なら協力しろよなァ!」

 

 親友だと嘯きながら、その実、やっていることは一方的な恐喝──追いはぎだ。

 結界のルールのせいで彼らは直接手を出せないが、大勢で取り囲んで威圧し、無理やり“カードを賭けた勝負”を承諾させようとしている。立派な精神的暴力だった。

 

 母親が無理をして買ってくれた、大切なカード。

 その言葉が、中一の冬に八十万のオーボエを買い与えた時の記憶と重なった。

 

「……お父さん」

 (りん)が俺の袖を引く。その目には、助けてあげて、とはっきりと書いてあった。

 つい数分前まで“俺たちは悪人になる”などと息巻いていた男のやることではない。わかっている。だが、ここで見て見ぬ振りができるほど、俺の血は冷え切っていなかった。

 

 このとき、俺の気質は戻ってしまっていたのだ。高校時代の、グレてたみんなの心すら解きほぐした、あのどうしようもないお節介焼きだった頃に。

 先程まではあれと同じ行為をしようとしていたわけだが、客観的に見させられて理解した。最初(はな)から無理だったのだと。

 

「おい、お前たち」

 気づけば、俺は路地裏に歩み出ていた。ガラの悪い三人が一斉にこちらを向く。

 

「なんだァ、オッサン。すっこんでろ……いや、待て」

 リーダー格らしき、派手な装飾の服を着た男が、俺を見て微かに顔を引きつらせた。

 

「その白髪交じりの頭に、くたびれたスーツ。まさか、最近王都を荒らしまわってるっていう“始末屋(スイーパー)”か……!?」

「は? すい……?」

「こんなところで伝説のカードハンターに出くわすとはな。いいぜ、やってやるよ! てめえ、レアカード死ぬほど持ってんだろ!?」

 

 誰かと勘違いしているらしい。しかし、好都合だ。

 顔色ひとつ変えずにいられるのは俺の十八番。そのカードハンターの風格とやらを漂わせていれば、自爆してくれる可能性があるかもしれないと踏んだ。

 少し考えればわかるが、どうにも無謀な策だ。火をつけて本気で来られてしまえば、あっさりと叩き伏せられるだけだというのに。

 

 だが、そんな怯えを微塵も見せることなく、俺は一切手の加えられていない初期デッキを構え、宣言した。

 

「アストラ神の名の下に。我の肉体(からだ)と魂をかけて」

「上等だ! 俺が勝ったらアンタの全レアカードをもらう!」

 

 世界に流れる魔力が勝負を認識し、空間が歪む。

 だが、勝負が始まって数ターン。男の顔には明らかな困惑が浮かんでいた。取り巻きの二名も、動揺を隠し切れないでいる。

 

「……どういう、ことだ……?」

 

 男の場には、複雑な魔法陣や発動待機状態の強力な(トラップ)カードがひしめき合っている。

 しかし、俺の場には“不義のリザードマン”だの“臆病なゴブリン”だのと、能力を持たない、召喚コストが低いだけで攻撃力はどん底な初期モンスターが突っ立っているだけだった。

 

「食らいやがれ、(トラップ)“異次元の断裂”! 俺のライフを20削って発動だ! 相手がデッキから特殊召喚(スペシャル・サモン)をした時、手札を一枚捨てることで、それを無効にするぜ! 一度発動すりゃ、破壊されるまでずっと場に残り続ける優れモノさ!」

「すぺしゃる・さーもん?」

 

 聞き馴染みのない単語に思わず反復したが、少なくとも鮭のことではないだろう。

 1ターンにつき手札から召喚できるカードは原則1枚までであり、強力な使徒(モンスター)はそれ相応のコストがかかるのだが、これを踏み倒すだけではなく、何度も連続で出せる召喚法らしい。

 そうして、上級のアストラー(カードを使って戦う戦士をこう呼ぶらしい)は、場を埋め尽くして相手を叩きのめすのだろう。

 

 が。初期デッキに特殊な召喚をするカードなどほとんどない。厳密に言えば1枚だけあったような気もするが、条件が重たく、実戦で使えるような代物ではなかった。

 

「んで、“魔力枯渇”! 互いに、召喚に関する呪文(スペル)行使の際、手札からカードを1枚捨てなきゃなんねェ。始末屋(スイーパー)さんよ、アンタ、勇者(ヒーロー)デッキなんだろ? 呪文(スペル)を使う度に馬鹿みたいに勇者の眷属を大量召喚する環境トップのデッキだ。ライフのコストは痛えが、コイツでアンタの召喚術は断たれた。そのはずだよなァ!?」

 

 必死だった。

 だが、俺のデッキに勇者なんていう高潔な者はいない。不義だの臆病だの、不名誉な二つ名をつけられた底辺の者ばかりだ。召喚に関する呪文(スペル)などない。あるのは微量にライフを回復する、焼け石に水なカードばかり。

 ちなみに“臆病なゴブリン”だが、フレーバーテキストには『死ぬのが怖く、誰にも攻撃せずに逃げ続けた結果、誰よりも長く生きたゴブリン』とある。必死に生にしがみつき、それでいて不必要に他者を傷つけまいとする生命体。俺は嫌いではない。

 

「……アニキ、どう見てもこのオッサン」

「しょ、初期デッキ……じゃないっすか?」

 

 取り巻きたちが気づいてしまったらしい。

 一応、リザードマンやゴブリンを主戦力として戦う環境上位デッキもあるみたいだから、その可能性も捨てきれず警戒していたらしいのだが、何かの動きで確定したのだ。これがただの紙束だと。

 

 対戦相手の男が使っていたのは、いわゆる“トップメタ”と呼ばれるもの──現環境で流行している強力なコンボや、特殊な展開を徹底的に妨害することに特化したデッキだった。一定の攻撃力以上を持つ主戦力の通常召喚(ノーマル・サモン)に反応し、それを徹底的に叩き潰すカードを召喚する、というギミック。

 

 しかし、それはあくまで、高度な戦術を繰り出してくる相手を想定したものだ。特殊な能力を一切持たず、ただ毎ターンちまちまと弱いモンスターを出して殴ってくるだけの俺のド底辺初期デッキに対しては、妨害札がまったく機能せず、ただいたずらに自身のライフを削るのみで完全に腐ってしまっている。その上、高攻撃力に反応した特殊召喚(スペシャル・サモン)、もしくは手札を捨てるという行為から誘発される効果以外での展開はできないデッキ構造らしい。まさに自爆だった。

 

 なんという皮肉だろう。最先端の兵器を持ち出した軍隊が、竹槍を持った農民の突撃にルール上反撃できずにいるようなものだ。

 

「いけ、不義のリザードマン。そして臆病なゴブリン二体」

「ぐあああっ!?」

 

 錆びた短剣と鈍器が突き刺さり、男のライフがゼロになる。

 

 幕切れは呆気ないものだった。

 敗北が確定した瞬間、対戦相手の男はその場にへたり込み、ガタガタと震え出した。

 

「お前達には初期デッキで十分だった、ということだ。カードパワーにだけ頼ろうとするから愚かになる」

 

 初期デッキしかないなんてバレて、取り巻きたちに連戦を持ち掛けられでもしたら、今度こそ俺が負けてしまう。

 だからこそ始末屋(スイーパー)とやらを演じ続けなければならなかったのだが、俺の演技力はハリウッドスターばりだったらしい。

 

 ブルブルと青ざめ、二人の男は逃げてしまった。俺の対戦相手だった男を置き去りにして。これこそ不義ではないか。

 

「い……命だけは、命だけは助けてくれ! カードでも何でもくれてやるから!」

 カードで負ければ何を奪われても合法。彼は本気で殺されるか、奴隷にされると思っているのだろう。

 俺は残された彼を見下ろし、そして、背後に庇っていた男の子を振り返った。

 

「命も、カードも要らん」

「……え?」

「俺からの要求は一つだ。俺や、そこの少年と良き友人になれ。そして、二度とこんな真似はするな。……わかったか」

 

 静寂が落ちた。

 その男はポカンと口を開け、やがて信じられないものを見るような目で俺を見上げた。

 

「友人、に……?」

「そうだ。“親友”なんだろう? なら、本当にそうしろ」

 

 俺が手を差し出すと、リーダー格の男は恐る恐るその手を取り、立ち上がった。

 奪うか奪われるか。敗者は全てを失うのが当たり前の世界で、勝利したにも関わらず一切を奪わず、あろうことか対等な関係を要求してきた俺の存在が、彼の常識を粉々に破壊したらしい。

 

「アンタ……すげえな」

 男の目に宿っていた敵意は完全に消え去り、代わりに熱烈な心酔の色が浮かんでいた。

「負けたよ、心底負けた。俺はアインス。アンタみたいな器のでかい大人、この街で初めて見たぜ。……約束する。二度とセコい真似はしねえ。アンタのダチとして、恥ずかしくないようにする」

 

 アインスと呼ばれた男は、深く頭を下げた。

 そして、ぽかんとしている、先程まで強請(ゆす)られていた少年の方を向いた。

 

「悪かったよ、ツヴァイ。どうしてもそのカードが欲しくて、こんな真似しちまった……許してくれ」

「……しょうがないな。その代わり、今後は楽しくカードバトルしてよね。ぼく、賭けバトルは嫌なんだ」

 

 そうして、二人は握手をした。

 その光景を見ると、この世界の人々は歪な常識の中でも、彼らなりに懸命に生きているのだと思い知らされる。

 若き日の己を思い出す光景に、自然と口角が上がった。

 

「……ふふっ」

 (りん)もまた、吹き出すように笑った。

 

「悪人になるんじゃなかったの?」

「うるさい。……どうやら俺には、悪役の才能はないらしい」

 溜息をつきながら、俺は苦笑した。

 

 結局、強いカードは一枚も手に入らなかった。相変わらず、手元にあるのは四十枚の紙束だけだ。

 それでも、こんな異世界で、俺たちは初めての“仲間”を手に入れた。悪くない。最高峰の大会への道のりは果てしなく遠いが、最初の第一歩としては、これ以上ない上出来な結果じゃないか。

 

 亡き妻も、これならきっと満足してくれるに違いない。直接言葉を交わすことが叶わなくても、心からそう思える。

 

 こうして、俺と娘の過酷な戦いは始まった。

 これからどうなっていくのか。世界の全てだという女神ですらも、予知は出来ない……。


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