アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第102話 死者の通る道

 船着き場を離れても、しばらくは普通の道だった。

 

 踏み固められた土に荷車の轍が走り、ところどころへ砕いた石が敷かれている。岸に近い場所には薪や木材が積まれ、森の奥からは、斧で木を打つ音が聞こえていた。

 

 僕らは旅人の顔で歩いた。

 

 実際、旅人なのだが、こっそり抜けようと決めた途端、普通に歩くのが難しくなる。

 

 前方から人が来れば、目を逸らしすぎてはいけないと思う。

 

 目を合わせれば、見すぎたかと気になる。

 

 挙げ句、道端の切り株に躓きかけた。

 

「前」

 

 ノクティアが言った。

 

「見てる」

 

「足元」

 

「はい」

 

 後ろでゼフィーリアが、小さく息を漏らした。

 

 笑ったらしい。

 

 それで、少し肩の力が抜けた。

 

     *

 

 道が森へ入ったところで、ノクティアが歩調を緩めた。

 

 左手へ折れる細い道がある。

 

 そちらにも轍はあったが、土は新しく、脇には切り落とした枝が積まれていた。

 

「木を運ぶ道だね」

 

 僕が言うと、彼女は頷いた。

 

「探してるのは、その手前」

 

 目を戻す。

 

 細い幹と低い藪の向こうに、平らな地面が続いていた。

 

 道だと言われなければ、見過ごしたかもしれない。

 

 しかし、斜面を横切る幅が一定だった。低い側には石が並び、土が崩れ落ちないよう支えてある。

 

 落ち葉を足先で少し払うと、締まった地面が出た。

 

「こっちだ」

 

 僕らは道を外れた。

 

 枝をくぐった途端、背負った荷物が引っ掛かる。身体を戻し、枝を手で押さえて通す。

 

 後ろのオトフリートへ渡すように持ち上げると、彼は頭を下げて抜けてきた。

 

「ありがとうございます」

 

「まだ入口にも着いてないけどね」

 

 土の道を数歩外れただけで、随分と歩きにくくなるものだった。

 

 街道が整備されているありがたみを、関所から逃げる途中で実感する。

 

 世の中、うまくできている。

 

 あるいは、嫌になるほど都合が悪い。

 

     *

 

 古い道は、途切れながらも残っていた。

 

 斜面側には水を逃がす浅い溝があり、谷側には崩れた石積みがある。木の根が道を割り、倒木が荷車の通った幅を塞いでいたが、運搬路として造られた形は読み取れた。

 

 僕は時々振り返った。

 

 行く時に見える道と、戻る時に見える道は違う。

 

 枝の形や岩の向きを覚えておく。迷いそうな場所では、周囲にある石で小さな印を作った。

 

 人目を避けたいのに、目立つ目印を並べるわけにはいかない。

 

 それでも帰り道を失うよりはよかった。

 

 水音が聞こえたのは、その先だった。

 

 老人の略図にあった小川である。

 

 橋もあった。

 

 ただし、渡れる状態ではなかった。

 

「これは……」

 

 オトフリートが言葉を切った。

 

 両岸の石の土台は残っていたが、間に架けられた木材は片側が落ちていた。残った梁にも湿った苔が張りつき、下からは細い枝が伸びている。

 

「橋を直すより、浅いところを探そう」

 

 僕が言うと、ノクティアは既に上流を見ていた。

 

 少し回れば、水の浅い場所がある。

 

 僕が先に入り、足場を確かめた。水底の石は滑ったが、深さはない。岸へ上がるところの柔らかい土を避け、縄を渡してから、順に越える。

 

 最後に荷物を持ち直す頃には、靴の中が冷たくなっていた。

 

「もう帰りたい?」

 

 ノクティアが尋ねた。

 

「靴だけ帰したい」

 

「裸足になる」

 

「じゃあ、一緒に頑張る」

 

 彼女は口元だけで笑った。

 

 僕は略図へ、橋の状態と、渡った場所を書き足した。

 

 老人へ伝える最初の報告ができた。

 

     *

 

 荷車を待たせていた広場には、若い木が生えていた。

 

 草に隠れた石積みと、地面へ沈みかけた平石。その間を、細い水の流れが抜けている。

 

 入口は、その水を辿って見つけた。

 

 最初に見えたのは、石の間に開いた低い穴だった。

 

 水抜きだ。

 

 その上に、四角く加工された石がある。蔓を外し、枝を押し退けると、石組みの門が現れた。

 

 奥から冷たい風が流れてきた。

 

 僕は思わず、大きく息を吸いかけた。

 

 湿った石と、古い土の匂い。

 

 その中に、別のものが混じっている。

 

「……腐ってる」

 

「ええ」

 

 ゼフィーリアの返事は短かった。

 

 僕は入口の脇を見た。

 

 苔の下に文字がある。

 

 指で払って読み上げた。

 

「『積荷の滞留を禁ず。巻上げ口の下に立つな』」

 

 全員が上を向いた。

 

 門をくぐった先、その天井近くに黒い開口部があった。赤錆びた金具と、壁に刻まれた溝が見える。

 

 あの老人の言った通りだ。

 

 人が歩く通路。

 

 荷を上げ下ろしする穴。

 

 水を逃がす溝。

 

 入口だけで、幾つもの用途と高さが重なっている。

 

「上の荷が残っていたら、厄介ですね」

 

 オトフリートが言った。

 

「真下を避けよう」

 

 僕らは壁際へ寄った。

 

 ここからは、外の地図とは別に描く。

 

 紙へ入口の印をつけ、高さの基準と書き添えた。

 

 その時、奥で何かが擦れた。

 

     *

 

 曲がり角から、黄色い気配が現れた。

 

 骨だった。

 

 顎のない頭蓋骨。肋骨へ絡みついたぼろ布。片手には錆びた刃物を握っている。

 

 その後ろでは、うつ伏せの死体が床を掻いていた。

 

「スケルトンとゾンビ。見えるのは二体」

 

 僕はベラを抜いた。

 

 ノクティアが素早く脇へ退き、後ろを確認する。

 

 オトフリートは荷物を背に寄せ、ゼフィーリアは足元の水を避けて位置を変えた。

 

「魔法は待って。ここで止める」

 

 乾いた床へ足を置く。

 

 骨の足が、かつかつと鳴った。

 

 エピタフの霊とは違う。目の前にあるのは、崩せる身体だった。

 

 骸骨が刃を振り上げる。

 

 僕は盾を前へ出した。

 

 衝撃と、金属の擦れる音。

 

 刃を外へ流し、踏み込む。

 

 ベラの銀色の刀身が、剥き出しの胴を斜めに走った。

 

 肋骨が砕け、上体が傾く。膝が折れても腕だけが動こうとしたので、間合いを外してから、もう一度斬った。

 

 骨が床へ散る。

 

 黄色い気配が消えた。

 

 その下を、ゾンビの手が伸びてくる。

 

「足元!」

 

 ノクティアの声と同時に、僕は足を引いた。

 

 指が靴先を掠める。

 

 低い。

 

 立った敵の次に、這う敵。

 

 視線を戻す一瞬が、嫌なところへ食い込んでくる。

 

 僕は剣を引き、腕を狙って振り下ろした。

 

 腐った肉の手応えが柄へ伝わる。

 

 片腕を失っても、死体は止まらなかった。残った手で床を掻き、顔を上げる。

 

 歯が見えた。

 

 僕は距離を取り直し、もう一度、ベラを振った。

 

 今度は動かなくなった。

 

 短い戦いだった。

 

 それでも、息を吐くと、胸の奥が少し熱かった。

 

「傷は?」

 

 ゼフィーリアが尋ねた。

 

「ない。靴を触られかけただけ」

 

「それなら結構」

 

 彼女は祈らなかった。

 

 オトフリートも、呪文を使っていない。

 

 だが、僕ら全員の足は止まっていた。

 

     *

 

「……汚れたの」

 

 ベラが言った。

 

「うん」

 

「拭け」

 

「今、周りを見てるから」

 

「見ながら拭け」

 

 無茶を言う。

 

 ノクティアが曲がり角の手前まで進み、壁から身を出しすぎない位置で奥を探った。

 

「すぐには来ない」

 

 その言葉を聞いてから、僕は布を出した。

 

 刀身に残った汚れを拭う。

 

 布は、たちまち嫌な色になった。

 

「主よ、次は右手でもよいぞ」

 

「さっきまで出番を欲しがってたのに」

 

「相手にもよる」

 

 確かに、僕も素手で触りたくはなかった。

 

 あの右手は、死者へ強く作用する。

 

 だが、間合いは剣より短い。殴るために近づけば、相手の腕も歯も、こちらへ届く。

 

 強い手段を持っていることと、いつでもそれを使うことは、別だった。

 

 僕は布を汚れ物用に分け、床の死体を見た。

 

 動かなくなれば、それは障害物になる。

 

 帰る時、慌てて足を取られたくはない。

 

 ノクティアと周囲を見ながら、骨と死体を通路の脇へ寄せた。水の流れる溝は塞がない。

 

 それが終わるまでにも、時間がかかった。

 

 魔法を使わず、傷も負わずに倒した。

 

 それで、何も減っていないわけではなかった。

 

     *

 

 奥へ進むと、通路はすぐに下り始めた。

 

 足元には細い轍のような溝があり、壁には煤の跡が残っている。

 

 ところどころで天井が低い。

 

 オトフリートが頭を下げ、僕は荷物の上を石へ擦らないよう身体を傾けた。

 

 下り切った先には、広い空間があった。

 

 正面の壁には二つの通路。

 

 左手には、上へ続く斜路。

 

 右手は柵の壊れた穴だった。

 

 灯りを寄せても、穴の底は見えない。僕の目には、その途中の壁へ、別の通路が開いているのが見えた。

 

「下にも道がある」

 

 僕が言うと、オトフリートは入口との高さを紙へ記した。

 

「ここから降りる設備があったのでしょうね」

 

 壁の金具と、石の台座が残っている。

 

 巻上げ機は失われていた。

 

 ノクティアが斜路を見た。

 

「上から回れるかもしれない」

 

「その前に、行き先が書いてないか探そう」

 

 僕は壁へ近づいた。

 

 煤と汚れの下に、刻まれた文字があった。

 

 採掘区画の名。

 

 選鉱場。

 

 排水路。

 

 その中に、荷の搬出先を示す文字もある。

 

 読める。

 

 だが、読めたところで、今もその道が通れるとは限らない。

 

 僕が文字を写している間に、背後でノクティアが言った。

 

「来る」

 

 振り返った。

 

 右手の穴。

 

 そこへ開いた下の通路から、何かが壁を擦る音がした。

 

 続いて、上だ。

 

 斜路の向こうで、骨の足音が鳴った。

 

 僕らは、同じ場所で二つの高さを見張らなければならなくなった。

 

     *

 

 斜路から現れた骸骨を、僕が止めた。

 

 下の通路にいる死体は、こちらへ直接上がってこられない。穴の縁へ腕を伸ばし、落ちそうになりながら、何度も同じ動きを繰り返していた。

 

 今は斬る必要がない。

 

 そう判断しても、背中へ聞こえる爪の音は気になった。

 

 骸骨を倒した後、ノクティアが僕の袖を引いた。

 

「後ろ、下がりすぎないで」

 

 振り返る。

 

 壊れた柵の残りが、思ったより近かった。

 

 あと一歩、もう一歩。

 

 戦いながら下がれば、足場がなくなる。

 

「……ありがとう」

 

「ここで何度も戦いたくない」

 

「僕も」

 

 今の敵なら、倒せる。

 

 それは間違いない。

 

 だが、倒せる敵が、戦いやすい場所にいるとは限らなかった。

 

 僕は紙へ書きかけた文字を見た。

 

 荷を運ぶための広間。

 

 働いていたドワーフたちには、便利な場所だったのだろう。

 

 僕らには、上からも下からも死者が近づいてくる場所だった。

 

「右の通路へ。搬出路の表示がある」

 

 僕が告げると、ノクティアが先を確かめた。

 

 オトフリートが紙を畳み、ゼフィーリアが背後を見ながら続く。

 

 僕は最後に移動した。

 

 穴の下では、まだ死体が腕を伸ばしている。

 

 届かない。

 

 届かないのに、やめない。

 

 僕らが灯りを持って角を曲がるまで、その手は動き続けていた。

 

     *

 

 搬出路は、途中で二つに分かれた。

 

 片方は崩れた石で塞がれている。

 

 もう片方は、緩やかに上っていた。

 

 上った先に、明かりが見えた。

 

 暖かな、橙色の光。

 

 壁に揺れる影。

 

 誰かが、坑道の奥で灯をともしている。

 

 僕は足を止めた。

 

 光のある方へ視線を凝らす。

 

 明かりの周囲に、黄色い気配が見えた。

 

「待って」

 

 声を落とした。

 

 ノクティアも止まる。

 

「人じゃない」

 

 灯りは、一度だけ低く沈んだ。

 

 そして、僕らを誘うように、通路の奥へ動いた。

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