アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第103話 灯りの下にいるもの

 灯りが、奥へ動いた。

 

 僕らが止まると、向こうも止まる。

 

 橙色の光が、岩肌を舐めた。壁に残った工具の跡が浮かび、次の瞬間には、また闇へ沈む。

 

 その光の周囲に、黄色い気配があった。

 

「ジャック・オー・ランタンか」

 

 小さく呟く。

 

 通路の奥で、光が揺れた。

 

 近づいてみれば確かめられる。

 

 そんな考えが浮かんで、すぐに捨てた。

 

 相手が待っているのは、その一歩だろう。

 

「知っているものですか?」

 

 オトフリートが、僕の肩越しに尋ねた。

 

「たぶん。少なくとも、生きた人間が持ってる灯りじゃない」

 

「では、道案内は遠慮しましょう」

 

 ゼフィーリアが静かに言った。

 

 同意する。

 

 ただ、困ったことに、僕らが進もうとしていた道も、そちらだった。

 

 左の通路は崩れている。

 

 戻れば、上から骸骨、下から腐った死体が寄ってくる広間だ。

 

 怪しい灯りを見たから帰ります、で済めば楽なのだが。

 

「まず、足元を見る」

 

 ノクティアが屈んだ。

 

 僕らの灯りを高く掲げるのではなく、低い位置へ移してもらう。すると、床の凹凸に影ができた。

 

 削られた石。

 

 砂。

 

 細い木片。

 

 その先に、古い板が敷かれている。

 

 ノクティアは、板の手前で止まった。

 

     *

 

「踏まないで」

 

 彼女は振り返らずに言った。

 

 僕は後ろへ手を出し、オトフリートを止めた。

 

 ノクティアは床へ片手を置き、板と石の境目を覗き込んでいた。

 

 板は通路の幅いっぱいに並んでいる。

 

 上には砂が積もり、端には小石まで載っていた。遠目には、ただ傷んだ床を補修したように見える。

 

「下、空いてる」

 

 彼女が言った。

 

 僕も膝をついた。

 

 板の隙間に目を寄せる。

 

 暗い。

 

 暗いこと自体は、僕には問題ではない。

 

 しかし、細い隙間から見える範囲は狭かった。

 

 下へ伸びる石壁。

 

 壁の金具。

 

 そこから先は、床板そのものが邪魔をして見えない。

 

「縦穴?」

 

「そう。深さは、まだわからない」

 

 ノクティアは板の端を慎重に調べた。

 

 力をかける前に周囲を見て、隣の板とのつながりを確かめる。僕らは、その手元と通路の奥を交互に見張った。

 

 橙色の灯りが、また揺れた。

 

 少し遠ざかる。

 

 急いで追わなければ見失う、とでもいうように。

 

「親切な案内だね」

 

 僕が言うと、ノクティアは短く答えた。

 

「下まで、近道」

 

「そっちは遠慮したい」

 

 腰のベラが、低く笑った。

 

     *

 

 板を一枚ずらすと、湿った悪臭が上がってきた。

 

 僕は顔を背けた。

 

 喉の奥へ、嫌な味が残る。

 

 ノクティアがさらに身を引き、僕へ場所を空けた。

 

 縁から身体を出さず、開いた隙間を覗く。

 

 穴の底に、何かがいた。

 

 最初は、積まれた荷袋かと思った。

 

 丸く盛り上がった背中。

 

 垂れた布。

 

 太いものが、横へ伸びている。

 

 それが腕だとわかった時、僕の肩が固くなった。

 

「……下がって」

 

 声が、自分で思ったより低くなった。

 

 底にいたものが、顔を上げた。

 

 人間の顔ではある。

 

 目も鼻も口も、あるべきところにあった。

 

 ただし、大きすぎた。

 

 腐って膨れた頬。裂けた唇。歯の間に挟まった黒いもの。

 

 黄色い気配が、その巨体を覆っていた。

 

「ジャイアントゾンビ」

 

 僕は穴から目を離し、仲間へ告げた。

 

「落ちた先にいる」

 

 オトフリートが息を呑んだ。

 

 ゼフィーリアは、すぐに穴の縁から距離を取った。

 

 ノクティアだけが床を見ている。

 

「板、戻す?」

 

「いや。隠れてる方が危ない」

 

 僕は首を振った。

 

 下で、何かが石へぶつかった。

 

 重い音だった。

 

 床を通して、靴の裏へ振動が届く。

 

     *

 

 落とし穴。

 

 言葉にすれば、それだけだ。

 

 だが、卓の上でその言葉を聞くのと、自分の靴のすぐ先に穴が開いているのとでは、随分違った。

 

 落ちて怪我をする。

 

 上へ戻れなくなる。

 

 下にいるものに襲われる。

 

 それぞれ別々でも厄介なのに、この穴には全部入っていた。

 

「昔からの設備でしょうか」

 

 オトフリートが壁の金具へ目を向けた。

 

「穴はそうだと思う。荷を上げ下ろししたんじゃないかな」

 

「板は、後からかけ直してる」

 

 ノクティアが言った。

 

 彼女の指す板は、長さも厚さも揃っていなかった。古い釘の穴があるものも、片側だけ黒く焼けたものもある。

 

 どこかの床や荷箱を持ってきて、並べたようだった。

 

「誰が?」

 

 尋ねてから、僕は奥の灯りを見た。

 

 灯りはまだ、そこにいた。

 

 誰が板を敷いたのかまでは、わからない。

 

 けれど、僕らをこの上へ歩かせたいものがいるのは、間違いなかった。

 

「主よ」

 

 ベラが呼んだ。

 

「飛び越せるか?」

 

「僕一人なら、いけるかもしれない」

 

 言いながら、向こうの足場を見た。

 

 穴の幅だけなら、絶望するほどではない。

 

 しかし、助走できる場所は狭い。飛んだ先の床が無事かもわからず、そこで待っているものもいる。

 

 僕が渡れたところで、残りの仲間と荷物をどうするのか。

 

「やめよう。飛んだ先で戦いになったら、こっちへ戻れない」

 

「うむ。では、妾を投げるのもなしじゃな」

 

「考えてないよ」

 

「考える前に言うておる」

 

 ベラも、下を見たくはないらしい。

 

     *

 

 ノクティアが、来た道を数歩戻った。

 

 僕は彼女の視線を追う。

 

 壁に、低い入口があった。

 

 さっきは古い木枠と落ちた石に隠れ、窪みにしか見えなかった場所だ。

 

 その脇へ、文字が刻まれている。

 

 汚れを払って読んだ。

 

「『巻上げ場、点検通路』」

 

「回れるかも」

 

 ノクティアが言う。

 

 オトフリートが頷いた。

 

「荷物を上下させる穴なら、脇に人が通る道があってもおかしくありません」

 

 僕は入口の奥を見た。

 

 狭い。

 

 そして、下っている。

 

 ありがたい話には、必ず続きがあるらしい。

 

「下へ行くね」

 

「途中で、向こう側へつながっているかもしれません」

 

「底まで続いてるかもしれない」

 

 ノクティアが付け加えた。

 

 どちらもあり得る。

 

 僕は一度、穴を振り返った。

 

 下から、擦る音がする。

 

 巨体が動いている。

 

 僕らの声か、灯りか、それとも生きたものの気配か。

 

 何に反応しているにせよ、こちらを諦めてはいなかった。

 

「調べよう。穴の前で相談を続けても、道は増えない」

 

 剣を持ち直し、点検通路へ向かった。

 

     *

 

 階段は、ドワーフには十分でも、僕らには窮屈だった。

 

 天井が低く、肩が壁へ擦れる。

 

 僕が前に立ち、ノクティアがすぐ後ろから足元を見てくれた。

 

 オトフリートとゼフィーリアが続く。

 

 剣を大きく振れる場所ではない。

 

 盾を少し斜めにし、ベラの切っ先を壁へぶつけないよう進んだ。

 

 階段の途中に、横へ抜ける道があった。

 

 そこから見えたのは、先ほどの縦穴だった。

 

 僕らは今、その壁の途中へ出ている。

 

 向こう側に、狭い石の足場が続いていた。

 

 荷を吊った時に、引っ掛かりを外したり、金具を調べたりするための場所だったのだろう。

 

 手すりは、ところどころ失われている。

 

 さらに下へ続く階段もあった。

 

 その先は、暗い底へ向かっていた。

 

「横を通る」

 

 ノクティアが囁いた。

 

「一人ずつ。荷物、壁に引っかけないで」

 

 僕は頷いた。

 

 先へ出る。

 

 石の足場は、狭いが、今のところ体重を支えていた。足を置く場所を確かめ、次の一歩を出す。

 

 下は見ない。

 

 いや、見なければならなかった。

 

 下にいるものが、腕を伸ばしていたからだ。

 

     *

 

 指先が、足場の下を掻いた。

 

 届いてはいない。

 

 だが、思っていたより近かった。

 

 巨体は穴の底で立ち上がろうとしていた。片側の壁へ肩を擦りつけ、腐った脚を踏ん張っている。

 

 底には、壊れた木材と石が積もっていた。

 

 その上へ乗れば。

 

 僕は息を止めた。

 

「止まって」

 

 後ろへ伝える。

 

 巨体の片足が、瓦礫を踏んだ。

 

 石が崩れる。

 

 姿勢を崩したゾンビが壁へぶつかり、点検用の足場が震えた。

 

 僕は壁へ手をついた。

 

 背中の荷物が、外へ引かれるように揺れる。

 

「ルクスン」

 

「大丈夫」

 

 返事をしてから、歯を食いしばった。

 

 大丈夫と言ったから、大丈夫になるわけではない。

 

 剣を持ったまま、身体を壁へ寄せる。

 

 下で、巨体がもう一度動いた。

 

 今度は、階段の方へ顔を向けた。

 

 僕らが下りてきた階段。

 

 その続きは、底まで伸びている。

 

 ゾンビは、それを見つけたようだった。

 

     *

 

 僕は足場を引き返した。

 

 ノクティアが先に退き、後ろの二人を上へ促す。

 

 狭いところで押し合わず、一人ずつ。

 

 ようやく階段の踊り場へ戻った時、下から重い足音が響いた。

 

 一段。

 

 石を引っ掻く音。

 

 また、一段。

 

 低い天井へ何かがぶつかり、砂が降ってくる。

 

「上がってくる」

 

 僕が告げると、オトフリートは杖を構えた。

 

 ゼフィーリアも、僕の背後から下を見た。

 

 ノクティアが短く言った。

 

「上まで戻れば、広い」

 

「うん。でも、そこで自由に動かれたくない」

 

 階段なら、一度に伸びてくる腕も限られる。

 

 こちらも剣を振りにくいが、相手の巨体は、もっと窮屈だ。

 

 僕は踊り場の端へ立った。

 

 床を確かめる。

 

 背後へ退く余地もある。

 

「ここで迎える。下まで追わない」

 

 仲間へ伝えた。

 

 さっきは魔法を温存した。

 

 今は、使う時だった。

 

 下の闇から、腐った大きな手が現れる。

 

 石の角を掴み、指が曲がった。

 

 続いて、頭が上がってきた。

 

 巨人の死顔が、低い天井へ押しつけられながら、こちらを向く。

 

「主よ」

 

 ベラの声は、もうふざけていなかった。

 

「落ちるでないぞ」

 

「そっちも、ぶつけないようにする」

 

 僕は盾を上げた。

 

 背後で、オトフリートが息を整える音がした。

 

 通路の上では、橙色の灯りが、まだ揺れていた。

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