アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第105話 鉄の番人

 音が、止まった。

 

 僕らも止まっていた。

 

 曲がり角の向こうには、まだ姿が見えない。

 

 石を擦る微かな音がした。

 

 それから、もう一度。

 

 ごん。

 

 今度は近かった。

 

「脇へ」

 

 ノクティアが、壁の窪みを示した。

 

 古い道具置き場らしい。奥行きは浅いが、通路から身体を引くことはできる。

 

 僕らが荷物を寄せると、角の向こうから、鉄の足が現れた。

 

 四角く、大きな足だった。

 

 続いて脚。

 

 胴。

 

 肩が壁へ近づき、鈍い擦過音を立てる。

 

 人の形をした鉄の塊が、通路へ姿を現した。

 

 黄色い気配はない。

 

 代わりに、魔力が、その全身へまとわりついている。

 

「アイアンゴーレム」

 

 口の中で名前を確かめた。

 

 パーフェクト・アイアンゴーレムではない。

 

 だから安心だ、とは、まったく思えなかった。

 

 鉄の腕が、身体の脇で揺れる。

 

 あれに殴られる。

 

 想像しただけで、さっき治してもらった肩が痛くなりそうだった。

 

     *

 

 ゴーレムの頭が動いた。

 

 顔と呼ぶには簡素な造りだった。表情などないのに、こちらへ向いたことだけはわかった。

 

「見つかった」

 

 僕は窪みの外へ出た。

 

 背後に仲間を押し込んだままでは、逃げ道まで塞がれる。

 

 ベラを構え、通路の奥を見た。

 

 ゴーレムの向こうには、少し広い場所があるらしい。天井が高く、壁が遠い。

 

 ただし、そこへ行くには、目の前の鉄を通り抜けなければならない。

 

 ゴーレムが一歩、近づいた。

 

 僕も退いた。

 

「広いところへ戻る?」

 

 ノクティアが低く尋ねる。

 

「穴のあるところまで下がるのは、まずい」

 

 足場を失えば、あの腕を避けようがなくなる。

 

 それに、後ろにはジャック・オー・ランタンが残っている。

 

 戻る道も、もう安全な道ではなかった。

 

 僕は横の壁を見た。

 

 削れた石。

 

 鉄が擦った跡。

 

 この通路は、あいつが通れる。

 

 こちらが頭を下げるような狭さでも、壁へ肩を擦りつけながら来るだろう。

 

「僕が少し引く。その間に、右の脇道を見て」

 

 ノクティアが頷いた。

 

 僕が退くと、ゴーレムは前へ出た。

 

 腕が持ち上がる。

 

 僕は盾を上げかけ、途中でやめた。

 

 受けてはいけない。

 

 壁際へ身体を捻る。

 

 鉄の拳が、僕のいた場所を通り過ぎた。

 

 風を感じた。

 

 次に、石の割れる音がした。

 

 壁へ当たった拳の下から、破片が落ちる。

 

 僕は唾を飲み込んだ。

 

「うん。受けちゃ駄目だね、これは」

 

「試すでないぞ」

 

 ベラの返事が、妙に早かった。

 

     *

 

 攻撃の後、鉄の腕が引かれる。

 

 僕はその間に距離を取った。

 

 踏み込んで斬れば、当てられるかもしれない。

 

 ベラなら、傷をつける可能性もある。

 

 だが、それを何度繰り返すのか。

 

 一度でも退くのが遅れたら、何が残るのか。

 

 弱点を探るために身体を張るには、相手が悪すぎた。

 

「ルクスン」

 

 ノクティアが戻ってきた。

 

「脇道、階段。上に出る」

 

「向こうへ回れる?」

 

「そこまで、まだ」

 

「見てきて。長くは待てない」

 

 彼女は返事の代わりに身を翻した。

 

 オトフリートとゼフィーリアも、僕が退くのに合わせて移動していた。

 

 誰も、むやみに魔法を撃たない。

 

 残った力を、効くかもわからない一撃へ投じる余裕はなかった。

 

 僕はゴーレムの足を見た。

 

 一歩進む。

 

 身体の重さが移る。

 

 腕が動く。

 

 命令に従う魔法生物でも、身体は鉄だ。

 

 何を考えているかはわからなくても、重さのかかり方は見えた。

 

 それが、今の頼りだった。

 

     *

 

 ノクティアが戻るまでの時間は、ひどく長かった。

 

 僕は二度、拳を避けた。

 

 二度目には外套の端が掠められた。

 

 引っ張られたかと思った時には、布が裂けていた。

 

 身体ごと持っていかれなかったのが幸運だった。

 

「上、通じてる」

 

 ようやく聞こえた声に、息を吐く。

 

「どこへ?」

 

「向こうの荷扱い場。上の足場に出る。反対側へ下りる階段もある」

 

「通れる?」

 

「人は。こいつは、肩が入らない」

 

 僕は脇道を見た。

 

 確かに狭い。

 

 荷を運ぶ道ではなく、人だけが通るための入口だった。

 

「みんな、先に」

 

 オトフリートが口を開きかけた。

 

「荷物を引っ掛けないで。僕もすぐ行く」

 

 ノクティアが先導し、ゼフィーリア、オトフリートの順に脇道へ入る。

 

 僕は入口の正面へ立たなかった。

 

 少し離れた場所でゴーレムを待った。

 

 鉄の頭が、動く。

 

 腕が上がる。

 

 僕は早めに退き、拳が届かないところまで離れた。

 

 そして、横へ走った。

 

 背後で床が鳴る。

 

 ゴーレムが向きを変える。

 

 僕は脇道へ滑り込み、肩を壁へぶつけながら駆け上がった。

 

 次の瞬間、入口で激しい音がした。

 

 石屑が背中へ当たる。

 

 振り返ると、鉄の腕が穴へ突き込まれていた。

 

 指が開く。

 

 届かない。

 

 僕は、届かないことを確かめるために立ち止まらず、そのまま階段を上った。

 

     *

 

 階段の先には、石の足場があった。

 

 荷扱い場の壁に沿って、上部をぐるりと回っている。

 

 下には木製の荷台の残骸と、横倒しの樽。中央には、荷を吊り上げる設備があったらしい石の土台が残っていた。

 

 壁際の柱は太い。

 

 天井も高かった。

 

 採掘したものを集め、行き先ごとに分けた場所なのだろう。

 

 反対側には、下へ続く階段。

 

 その先に、大きな搬出用の通路が見えた。

 

 僕は追いつくと、壁へ手をついた。

 

「……通れた」

 

「まだ」

 

 ノクティアが下を指した。

 

 床を叩く音がする。

 

 ゴーレムが、荷扱い場へ戻ってきた。

 

 上へ来られなくても、下を通って先回りできる。

 

 僕らが下りる階段は、あいつからも見える場所にあった。

 

「徹底してるなあ」

 

 思わず呟いた。

 

「何のために働いているんだろう」

 

「元の命令が残っているのか、壊れて別のものになっているのか……外から見ただけでは」

 

 オトフリートが言葉を切った。

 

 ゴーレムが頭を上げた。

 

 僕らを見ている。

 

 鉄の腕が、ゆっくり持ち上がった。

 

 届く高さではない。

 

 そう思った直後、拳が足場を支える柱へ叩きつけられた。

 

 足元が震えた。

 

     *

 

「止まらないで!」

 

 ノクティアが声を上げた。

 

 僕らは壁沿いに進んだ。

 

 落ちないように、しかし足を止めずに。

 

 もう一度、下で音がする。

 

 石の柱に亀裂が入ったのか、古い欠片が剥がれただけなのか。

 

 そんなことを覗き込んで確かめる余裕はない。

 

 反対側の階段へ近づくと、ゴーレムも下を横切ってきた。

 

 このまま下りれば、待ち受けられる。

 

 僕は足を止めた。

 

「先へ行って。まだ下りないで」

 

「ルクスン?」

 

「こっちを向かせる」

 

 ノクティアの目が細くなった。

 

 僕は彼女の視線を受け止めた。

 

「戻れる距離でやる」

 

 ベラを掲げた。

 

 銀色の刀身が、灯りを返す。

 

「おい、鉄の番人!」

 

 声が広間へ響いた。

 

 ゴーレムの頭が動いた。

 

 僕は足場の縁へ半歩だけ近づいた。

 

「こっちだ!」

 

 言葉が通じるとは思っていない。

 

 だが、動くものと音のする方へは、今まで向いていた。

 

 ゴーレムが進路を変える。

 

 僕の下へ来た。

 

 拳が上がる。

 

 僕は柱の真上を離れた。

 

 衝撃。

 

 足場が震える。

 

 今度は、縁の石が一つ落ちた。

 

 下へ落ちる音を聞きながら、僕は笑いそうになった。

 

 いや、笑えない。

 

 こんな真似、卓で仲間が言い出したら止める。

 

 少なくとも、落ちた後の手段を聞いてからにしろと言う。

 

 今の僕にあるのは、戻る足だけだった。

 

     *

 

 向こうの階段で、オトフリートが下り始めた。

 

 ゼフィーリアが続く。

 

 ノクティアは上に残っていた。

 

 僕はゴーレムから目を離さず、壁沿いに少しずつ移動した。

 

 同じ柱を何度も殴らせない。

 

 足場が壊れそうなら、すぐ退く。

 

 それ以上の立派な策ではなかった。

 

 ゴーレムの足が止まった。

 

 頭が、階段の方へ動く。

 

 下りた二人に気づいた。

 

「おい!」

 

 僕が叫んでも、今度は向き直らなかった。

 

 そうだよね。

 

 そんなに都合よく、最後に呼んだ相手だけを狙ってくれるものか。

 

 鉄の身体が、搬出路へ向かう。

 

 僕も走った。

 

 ノクティアのところまで戻る。

 

「下りる!」

 

「わかってる」

 

 二人で階段を駆け下りた。

 

 荷扱い場へ降りたところで、床の振動が靴へ伝わった。

 

 ゴーレムは近い。

 

 オトフリートが通路の脇から手を振っている。

 

「こちらへ!」

 

 搬出路の横に、小さな戸口があった。

 

 木の扉は失われている。

 

 人が出入りするだけの狭い口。

 

 ゼフィーリアがそこへ入り、オトフリートが続いた。

 

 ノクティアを先へ行かせ、僕は最後に飛び込んだ。

 

 背後で鉄が石へぶつかった。

 

     *

 

 狭い部屋だった。

 

 壁には棚の跡。

 

 床には、割れた板と古い縄。

 

 奥へ、もう一つ戸口がある。

 

 ノクティアが先を確認していた。

 

「向こうへ出る。搬出路の先」

 

 僕は入口から離れた。

 

 ゴーレムの手が差し込まれる。

 

 壁を探るように動き、指が石へ当たった。

 

 身体は入らない。

 

 それでも、入口のそばに立っていれば掴まれる。

 

 全員が奥へ抜けるまで、僕はその腕を見ていた。

 

「主よ、もうよい!」

 

 ベラに促され、僕も部屋を出た。

 

 通路を進む。

 

 角を曲がる。

 

 さらに進む。

 

 背後では、まだ鉄の拳が壁を叩いていた。

 

     *

 

 足音が追ってこないとわかってから、ようやく歩調を落とした。

 

 僕は膝へ手をついた。

 

 息が荒い。

 

 口の中が乾いていた。

 

「倒してないけど」

 

 息を継ぎながら言った。

 

「通れた」

 

「倒すために来たのではありませんから」

 

 オトフリートも、壁へ背を預けていた。

 

 ゼフィーリアが、僕の外套の裂け目を見た。

 

「身体は?」

 

「無事。布だけ」

 

「でしたら、布に感謝しておきましょう」

 

 ノクティアは来た方を見張っている。

 

 僕も振り返った。

 

 ゴーレムは壊していない。

 

 閉じ込めてもいない。

 

 今は狭い戸口へ気を取られていても、元の搬出路へ戻れば、こちらへ来られるかもしれない。

 

 ここで休み込むわけにはいかなかった。

 

 水を一口飲み、袋を回す。

 

 それだけにした。

 

「帰りに同じ手が使えるとは、思わない方がいいね」

 

 僕が言うと、ノクティアは頷いた。

 

「だから、先の出口を探す」

 

 地図へ書き足した。

 

 荷扱い場。

 

 上部の点検足場。

 

 狭い脇部屋。

 

 アイアンゴーレム。

 

 その名の下へ、短く『健在』と記す。

 

 書き終える頃には、手の震えも収まっていた。

 

     *

 

 先へ進むと、空気が少し変わった。

 

 湿った冷たさの中に、土の匂いが混じる。

 

 腐臭ではない。

 

 水を含んだ、生きた土の匂いだった。

 

 ノクティアが立ち止まり、頬へかかる髪を押さえた。

 

「風」

 

 僕も感じた。

 

 通路の奥から、細い空気の流れが来る。

 

 外へつながっている。

 

 人が通れる穴かどうかは、まだわからない。

 

 それでも、足は自然と速くなりかけた。

 

 僕は自分で止めた。

 

 明かりを追って、穴へ落ちるところだったばかりだ。

 

 風も、出口の保証ではない。

 

「足元を見ていこう」

 

 声に出す。

 

 ノクティアがこちらを見て、小さく頷いた。

 

 腰のベラが囁く。

 

「主よ。今度は鉄より細い相手を希望する」

 

「僕は、何もいない方がいい」

 

「たまには意見が合うの」

 

 背後の遠くで、また石を叩く音がした。

 

 僕らは振り返らず、風の来る方へ歩き始めた。

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