アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
風は、上から来ていた。
通路の先に立った僕は、天井へ顔を向けた。
細い亀裂がある。
その奥に、淡い光が見えた。
「……あれかあ」
期待していた出口は、肩どころか頭も通らない幅だった。
外の土の匂いがする。
木の根が垂れている。
そこに空があるとわかるのに、手が届かない。
「主よなら、掘れるのではないか」
ベラが言った。
「剣で?」
「妾は使うな」
「だと思ったよ」
壁を削れば、上から何が落ちてくるかわからない。まして、荷物を抱えた四人が通れる大きさにするとなれば、いつ終わるものか。
僕は亀裂から視線を戻した。
通路は、その先にも続いていた。
落胆して足を止めるほど、悪い手掛かりではない。
少なくとも、地表には近づいている。
「もう少し、進もう」
言ってから、地図へ亀裂の位置を書き足した。
後ろでは、鉄が石を叩く音が聞こえなくなっていた。
諦めたのか。
別の道へ動いたのか。
静かになっただけでは、安心する理由にならなかった。
*
道は、緩やかに上っていた。
採掘のために掘り進めた穴とは違い、床の勾配はある程度揃えられている。壁の角も、荷が引っ掛からないよう削られていた。
車輪の擦れた跡を追って進むと、右手に小部屋があった。
低い腰壁と、そこに開いた窓。
窓といっても外へ向いたものではない。通路を行く荷を、部屋の中から見られるようになっている。
僕は足を止めた。
「二体。部屋の中」
黄色い気配が、腰壁の向こうで動いた。
椅子に座っていたものが、立ち上がろうとしている。
骨だった。
もう一体は床に伏せていた。膝から先がなく、両腕で身体を引き寄せてくる。
「またか」
思わず声が出た。
強敵ではない。
だから、さっきの鉄の巨人より楽だ。
それは確かなのに、嬉しくなかった。
歩いて、止まり、構え、倒し、周囲を調べる。
一度ごとは短くても、そのたびに身体を緊張させられる。
入口で出会った二体と、ほとんど同じ相手だった。
こちらの疲れだけが、違っていた。
*
立った骸骨が、戸口へ出てきた。
僕は部屋へ入らず、通路で待った。
骨の手が握る短い鉄棒を盾で外し、ベラを胴へ打ち込む。
肋骨が崩れた。
それでも動く腕を避け、もう一度斬る。
骨が散ったところへ、這っていた方が近づいてきた。
僕はベラを引いた。
低い相手へ無理に剣を振り下ろすより、こちらの姿勢を決める。
盾で伸びてくる腕を押さえ、膝を曲げた。
右手を空けるため、ベラをいったん鞘へ戻す。
頭蓋骨が持ち上がる。
その額へ、拳を叩き込んだ。
硬いものが砕けた。
黄色い気配が消える。
僕はすぐに立ち上がり、部屋の奥へ目を向けた。
もう、動くものはいなかった。
「妾をしまうとは、手際がよくなったの」
「褒めてる?」
「少しだけじゃ」
剣を抜き直す。
ノクティアは僕の横を抜け、部屋の中を確かめた。
オトフリートとゼフィーリアは、それぞれ通路の前後を見ている。
誰も、これで終わったとは思っていなかった。
*
部屋には、石の台があった。
その上に、秤の一部らしい金具が残っている。
壁際には棚。
床には、腐って形を失いかけた箱。
老人の作業場を思い出した。
「荷を量る場所かな」
僕が言うと、オトフリートは石の台に残る取り付け跡を見た。
「そのようですね。通路を通る荷を、ここで確かめていたのでしょう」
壁には、文字が刻まれていた。
運ぶ石の種類と、扱う場所を示したものらしい。
その下に、別の案内があった。
「『搬出待機場』……この先だ」
僕は通路の奥を指した。
出口という言葉ではない。
それでも、荷を待たせる場所があるなら、外へ運び出す口も近いはずだった。
ノクティアが床の箱を覗いた。
「何かある」
小さな石が幾つか、箱の底に残っていた。
灰色のもの。
黒ずんだもの。
その中に、灯りを受けて、わずかに光る粒が混じっている。
僕は思わず身を寄せた。
ノクティアが、こちらを見る。
「調べる?」
手が止まった。
原石かもしれない。
ただの石かもしれない。
ここで腰を据えて調べれば、何か見つかるかもしれない。
背後の通路へ耳を澄ませる。
何も聞こえない。
何も聞こえないからといって、鉄の番人がいなくなったわけではなかった。
「……今は、やめとく」
言い終えるまでに、少し時間がかかった。
ゼフィーリアが微笑んだ。
「惜しそうなお顔ですね」
「惜しいからね」
「素直で結構です」
僕は地図へ、計量所と書いた。
これで忘れない。
今は、それで我慢した。
*
搬出待機場は、半ば崩れていた。
天井の一部が落ち、積もった石の上に土が流れ込んでいる。
その向こうに、光があった。
今度は橙色ではない。
白く、広い。
木の葉の影が揺れていた。
ノクティアが手を上げる。
僕らは止まった。
外が見えたからといって、いきなり走り出すわけにはいかない。
彼女は落石の間を見て、次に光の向こうへ耳を向けた。
僕も周囲を確かめる。
黄色い気配はない。
見える範囲に、魔法の仕掛けらしいものもなかった。
「先に見る」
ノクティアが荷物を下ろした。
身軽になって、崩れた石の脇を抜けていく。
僕は、その背中を見送った。
外の光に触れた彼女の姿が、木々の影へ溶け込む。
待つ間、僕らは喋らなかった。
出口へ近づくにつれ、鳥の声が聞こえるようになった。
それが、ひどく遠い世界の音に思えた。
*
ノクティアは、すぐには戻ってこなかった。
僕は何度か、足の位置を変えた。
肩にかかる荷物の重さが気になる。
外を見たい。
何があるのか確かめたい。
それでも、ここで全員が出ていけば、先に見てもらった意味がなくなる。
やがて、石の向こうへ彼女の顔が現れた。
「出られる。近くに人はいない」
僕は、止めていた息を吐いた。
「道は?」
「下にある。古い道。少し先まで見た」
荷物を渡し、順番に外へ出た。
崩れた口は狭かったが、身体を横にすれば通れた。建造書の箱を引っ掛けないよう、オトフリートの荷物は一度受け取ってから渡す。
最後に僕が抜けた。
頬へ、風が当たった。
湿った石の匂いが薄れ、草と葉の匂いが広がる。
僕は空を見上げた。
枝の向こうに、明るい空があった。
「……出た」
それしか言えなかった。
「ええ」
オトフリートも、しばらく上を見ていた。
腰のベラが囁く。
「主よ、妾を日に当てよ」
僕は少しだけ刀身を抜いた。
銀色の刃が、木漏れ日を返す。
「どう?」
「悪くない」
僕も、同じ気分だった。
*
出口の前には、広場の跡が残っていた。
低い石積み。
荷を置いたらしい平らな場所。
その端から、つづら折りの道が下っている。
草に覆われてはいるが、人が歩く道より広い。
鉱石を運び出していた道だ。
僕は振り返った。
坑道の口は、外から見ると崩れた岩の陰にしか見えなかった。
知らずに通れば、その奥に人が歩ける空間があるとは思わないだろう。
地図へ入口の向きと、周囲の目印を書き足す。
老人へ知らせることが増えた。
橋は落ちている。
坑道には死者がいる。
鉄の番人は、まだ動く。
それでも、こちらへ出られる道は残っていた。
僕は紙を畳み、顔を上げた。
「ここで休む?」
オトフリートが尋ねる。
ノクティアは首を振った。
「もう少し離れる。穴の前は嫌」
反対する者はいなかった。
*
旧道を下った先、木々の間から別の道が見えた。
広い。
人が使っている道だ。
遠くには、荷車も動いていた。
ノクティアが身を低くする。
僕らも倣った。
道の先に、建物がある。
道を狭める柵。
その脇に立つ人影。
僕は地図を出しかけ、やめた。
先に、見えるものを確かめる。
荷車がそこで止まり、人が何かを話している。
やがて柵が開き、車が通った。
「関所?」
声を落として尋ねる。
「たぶん」
ノクティアは、僕らのいる斜面と街道のつながりを見比べていた。
「この道、あれより先に出る」
胸の奥で、何かが緩んだ。
抜けた。
少なくとも、あの柵の前へ並ぶ必要はなくなった。
だが、ザインを出たわけではない。
街道へ戻れば、人に会う。
衛兵が関所の中だけで暮らしているわけでもない。
「もう少し森を歩こう」
僕が言うと、ノクティアが頷いた。
「関所から見えなくなってから」
オトフリートは杖を持ち直し、ゼフィーリアは外套の裾についた枯れ葉を払った。
普通の旅人へ戻るにも、僕らは少し汚れすぎていた。
*
関所が見えなくなってから、小さな窪地で休んだ。
水を飲み、固いパンを分ける。
座った途端、脚が重くなった。
僕は自分の手を見た。
汚れた指。
擦れた革。
もう痛みはないが、壁へぶつけた感触は覚えている。
「関所を通るだけなら、随分と大仕事になりましたね」
オトフリートが言った。
「二年待つよりは早かったよ」
「比較の相手が、極端です」
ゼフィーリアに言われ、僕は苦笑した。
ノクティアがパンを齧りながら、腰の剣を見る。
「ベラも、静かだった」
「妾は空気を読む剣じゃ」
「鉄のゴーレムには、ずっと文句を言ってたけどね」
「あやつは空気を読まぬ」
「そこは同意」
小さく笑いが起きた。
僕は、森の向こうへ目を向けた。
オランはまだ遠い。
けれど、今は牢屋でも、坑道でもない。
自分たちで選んだ道の上にいる。
パンの最後の一口を飲み込み、僕は立ち上がった。
「じゃあ、もう少し、こっそり行こう」
ベラが鞘の中で答えた。
「主よ。次は、穴のない道を選ぶがよい」
「僕も、そうしたい」
今度こそ、心からそう思っていた。