アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第106話 出口の向こう側

 風は、上から来ていた。

 

 通路の先に立った僕は、天井へ顔を向けた。

 

 細い亀裂がある。

 

 その奥に、淡い光が見えた。

 

「……あれかあ」

 

 期待していた出口は、肩どころか頭も通らない幅だった。

 

 外の土の匂いがする。

 

 木の根が垂れている。

 

 そこに空があるとわかるのに、手が届かない。

 

「主よなら、掘れるのではないか」

 

 ベラが言った。

 

「剣で?」

 

「妾は使うな」

 

「だと思ったよ」

 

 壁を削れば、上から何が落ちてくるかわからない。まして、荷物を抱えた四人が通れる大きさにするとなれば、いつ終わるものか。

 

 僕は亀裂から視線を戻した。

 

 通路は、その先にも続いていた。

 

 落胆して足を止めるほど、悪い手掛かりではない。

 

 少なくとも、地表には近づいている。

 

「もう少し、進もう」

 

 言ってから、地図へ亀裂の位置を書き足した。

 

 後ろでは、鉄が石を叩く音が聞こえなくなっていた。

 

 諦めたのか。

 

 別の道へ動いたのか。

 

 静かになっただけでは、安心する理由にならなかった。

 

     *

 

 道は、緩やかに上っていた。

 

 採掘のために掘り進めた穴とは違い、床の勾配はある程度揃えられている。壁の角も、荷が引っ掛からないよう削られていた。

 

 車輪の擦れた跡を追って進むと、右手に小部屋があった。

 

 低い腰壁と、そこに開いた窓。

 

 窓といっても外へ向いたものではない。通路を行く荷を、部屋の中から見られるようになっている。

 

 僕は足を止めた。

 

「二体。部屋の中」

 

 黄色い気配が、腰壁の向こうで動いた。

 

 椅子に座っていたものが、立ち上がろうとしている。

 

 骨だった。

 

 もう一体は床に伏せていた。膝から先がなく、両腕で身体を引き寄せてくる。

 

「またか」

 

 思わず声が出た。

 

 強敵ではない。

 

 だから、さっきの鉄の巨人より楽だ。

 

 それは確かなのに、嬉しくなかった。

 

 歩いて、止まり、構え、倒し、周囲を調べる。

 

 一度ごとは短くても、そのたびに身体を緊張させられる。

 

 入口で出会った二体と、ほとんど同じ相手だった。

 

 こちらの疲れだけが、違っていた。

 

     *

 

 立った骸骨が、戸口へ出てきた。

 

 僕は部屋へ入らず、通路で待った。

 

 骨の手が握る短い鉄棒を盾で外し、ベラを胴へ打ち込む。

 

 肋骨が崩れた。

 

 それでも動く腕を避け、もう一度斬る。

 

 骨が散ったところへ、這っていた方が近づいてきた。

 

 僕はベラを引いた。

 

 低い相手へ無理に剣を振り下ろすより、こちらの姿勢を決める。

 

 盾で伸びてくる腕を押さえ、膝を曲げた。

 

 右手を空けるため、ベラをいったん鞘へ戻す。

 

 頭蓋骨が持ち上がる。

 

 その額へ、拳を叩き込んだ。

 

 硬いものが砕けた。

 

 黄色い気配が消える。

 

 僕はすぐに立ち上がり、部屋の奥へ目を向けた。

 

 もう、動くものはいなかった。

 

「妾をしまうとは、手際がよくなったの」

 

「褒めてる?」

 

「少しだけじゃ」

 

 剣を抜き直す。

 

 ノクティアは僕の横を抜け、部屋の中を確かめた。

 

 オトフリートとゼフィーリアは、それぞれ通路の前後を見ている。

 

 誰も、これで終わったとは思っていなかった。

 

     *

 

 部屋には、石の台があった。

 

 その上に、秤の一部らしい金具が残っている。

 

 壁際には棚。

 

 床には、腐って形を失いかけた箱。

 

 老人の作業場を思い出した。

 

「荷を量る場所かな」

 

 僕が言うと、オトフリートは石の台に残る取り付け跡を見た。

 

「そのようですね。通路を通る荷を、ここで確かめていたのでしょう」

 

 壁には、文字が刻まれていた。

 

 運ぶ石の種類と、扱う場所を示したものらしい。

 

 その下に、別の案内があった。

 

「『搬出待機場』……この先だ」

 

 僕は通路の奥を指した。

 

 出口という言葉ではない。

 

 それでも、荷を待たせる場所があるなら、外へ運び出す口も近いはずだった。

 

 ノクティアが床の箱を覗いた。

 

「何かある」

 

 小さな石が幾つか、箱の底に残っていた。

 

 灰色のもの。

 

 黒ずんだもの。

 

 その中に、灯りを受けて、わずかに光る粒が混じっている。

 

 僕は思わず身を寄せた。

 

 ノクティアが、こちらを見る。

 

「調べる?」

 

 手が止まった。

 

 原石かもしれない。

 

 ただの石かもしれない。

 

 ここで腰を据えて調べれば、何か見つかるかもしれない。

 

 背後の通路へ耳を澄ませる。

 

 何も聞こえない。

 

 何も聞こえないからといって、鉄の番人がいなくなったわけではなかった。

 

「……今は、やめとく」

 

 言い終えるまでに、少し時間がかかった。

 

 ゼフィーリアが微笑んだ。

 

「惜しそうなお顔ですね」

 

「惜しいからね」

 

「素直で結構です」

 

 僕は地図へ、計量所と書いた。

 

 これで忘れない。

 

 今は、それで我慢した。

 

     *

 

 搬出待機場は、半ば崩れていた。

 

 天井の一部が落ち、積もった石の上に土が流れ込んでいる。

 

 その向こうに、光があった。

 

 今度は橙色ではない。

 

 白く、広い。

 

 木の葉の影が揺れていた。

 

 ノクティアが手を上げる。

 

 僕らは止まった。

 

 外が見えたからといって、いきなり走り出すわけにはいかない。

 

 彼女は落石の間を見て、次に光の向こうへ耳を向けた。

 

 僕も周囲を確かめる。

 

 黄色い気配はない。

 

 見える範囲に、魔法の仕掛けらしいものもなかった。

 

「先に見る」

 

 ノクティアが荷物を下ろした。

 

 身軽になって、崩れた石の脇を抜けていく。

 

 僕は、その背中を見送った。

 

 外の光に触れた彼女の姿が、木々の影へ溶け込む。

 

 待つ間、僕らは喋らなかった。

 

 出口へ近づくにつれ、鳥の声が聞こえるようになった。

 

 それが、ひどく遠い世界の音に思えた。

 

     *

 

 ノクティアは、すぐには戻ってこなかった。

 

 僕は何度か、足の位置を変えた。

 

 肩にかかる荷物の重さが気になる。

 

 外を見たい。

 

 何があるのか確かめたい。

 

 それでも、ここで全員が出ていけば、先に見てもらった意味がなくなる。

 

 やがて、石の向こうへ彼女の顔が現れた。

 

「出られる。近くに人はいない」

 

 僕は、止めていた息を吐いた。

 

「道は?」

 

「下にある。古い道。少し先まで見た」

 

 荷物を渡し、順番に外へ出た。

 

 崩れた口は狭かったが、身体を横にすれば通れた。建造書の箱を引っ掛けないよう、オトフリートの荷物は一度受け取ってから渡す。

 

 最後に僕が抜けた。

 

 頬へ、風が当たった。

 

 湿った石の匂いが薄れ、草と葉の匂いが広がる。

 

 僕は空を見上げた。

 

 枝の向こうに、明るい空があった。

 

「……出た」

 

 それしか言えなかった。

 

「ええ」

 

 オトフリートも、しばらく上を見ていた。

 

 腰のベラが囁く。

 

「主よ、妾を日に当てよ」

 

 僕は少しだけ刀身を抜いた。

 

 銀色の刃が、木漏れ日を返す。

 

「どう?」

 

「悪くない」

 

 僕も、同じ気分だった。

 

     *

 

 出口の前には、広場の跡が残っていた。

 

 低い石積み。

 

 荷を置いたらしい平らな場所。

 

 その端から、つづら折りの道が下っている。

 

 草に覆われてはいるが、人が歩く道より広い。

 

 鉱石を運び出していた道だ。

 

 僕は振り返った。

 

 坑道の口は、外から見ると崩れた岩の陰にしか見えなかった。

 

 知らずに通れば、その奥に人が歩ける空間があるとは思わないだろう。

 

 地図へ入口の向きと、周囲の目印を書き足す。

 

 老人へ知らせることが増えた。

 

 橋は落ちている。

 

 坑道には死者がいる。

 

 鉄の番人は、まだ動く。

 

 それでも、こちらへ出られる道は残っていた。

 

 僕は紙を畳み、顔を上げた。

 

「ここで休む?」

 

 オトフリートが尋ねる。

 

 ノクティアは首を振った。

 

「もう少し離れる。穴の前は嫌」

 

 反対する者はいなかった。

 

     *

 

 旧道を下った先、木々の間から別の道が見えた。

 

 広い。

 

 人が使っている道だ。

 

 遠くには、荷車も動いていた。

 

 ノクティアが身を低くする。

 

 僕らも倣った。

 

 道の先に、建物がある。

 

 道を狭める柵。

 

 その脇に立つ人影。

 

 僕は地図を出しかけ、やめた。

 

 先に、見えるものを確かめる。

 

 荷車がそこで止まり、人が何かを話している。

 

 やがて柵が開き、車が通った。

 

「関所?」

 

 声を落として尋ねる。

 

「たぶん」

 

 ノクティアは、僕らのいる斜面と街道のつながりを見比べていた。

 

「この道、あれより先に出る」

 

 胸の奥で、何かが緩んだ。

 

 抜けた。

 

 少なくとも、あの柵の前へ並ぶ必要はなくなった。

 

 だが、ザインを出たわけではない。

 

 街道へ戻れば、人に会う。

 

 衛兵が関所の中だけで暮らしているわけでもない。

 

「もう少し森を歩こう」

 

 僕が言うと、ノクティアが頷いた。

 

「関所から見えなくなってから」

 

 オトフリートは杖を持ち直し、ゼフィーリアは外套の裾についた枯れ葉を払った。

 

 普通の旅人へ戻るにも、僕らは少し汚れすぎていた。

 

     *

 

 関所が見えなくなってから、小さな窪地で休んだ。

 

 水を飲み、固いパンを分ける。

 

 座った途端、脚が重くなった。

 

 僕は自分の手を見た。

 

 汚れた指。

 

 擦れた革。

 

 もう痛みはないが、壁へぶつけた感触は覚えている。

 

「関所を通るだけなら、随分と大仕事になりましたね」

 

 オトフリートが言った。

 

「二年待つよりは早かったよ」

 

「比較の相手が、極端です」

 

 ゼフィーリアに言われ、僕は苦笑した。

 

 ノクティアがパンを齧りながら、腰の剣を見る。

 

「ベラも、静かだった」

 

「妾は空気を読む剣じゃ」

 

「鉄のゴーレムには、ずっと文句を言ってたけどね」

 

「あやつは空気を読まぬ」

 

「そこは同意」

 

 小さく笑いが起きた。

 

 僕は、森の向こうへ目を向けた。

 

 オランはまだ遠い。

 

 けれど、今は牢屋でも、坑道でもない。

 

 自分たちで選んだ道の上にいる。

 

 パンの最後の一口を飲み込み、僕は立ち上がった。

 

「じゃあ、もう少し、こっそり行こう」

 

 ベラが鞘の中で答えた。

 

「主よ。次は、穴のない道を選ぶがよい」

 

「僕も、そうしたい」

 

 今度こそ、心からそう思っていた。

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