アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
船大工を知らないかと尋ねると、宿の主人は僕らを順に見た。
「船を買うのか?」
「造る相談をしたくて」
「どんな船だ」
「それを、相談したいんです」
主人は、困った顔をした。
僕も困った。
まだ形が決まっていないから職人を探しているのに、形が決まっていないと職人を紹介しにくいらしい。
「乗るのは、あんたらだけか」
「ひとまずは」
腰でベラが動いた気がしたので、柄へ手を置いた。
人数については、後で相談しよう。
主人は顎を撫でた。
「普通の注文なら、組合で聞けばいい。けど、そんな話から付き合う奴となると……」
そこで言葉を切り、少し考えた。
「腕のいい棟梁はいる。今なら、時間もあるだろうな」
「仕事が空いてるんですか」
「空いてほしくて空いてるわけじゃねえがな」
嫌な含みがあった。
僕は、昨日の鍛冶屋を思い出した。
*
教えられた場所には、大きな作業場があった。
屋根は高く、長い材木を出し入れできるよう、正面が広く開いている。
その中に、船があった。
正確には、船になりかけたものだった。
太い木材が底を貫き、そこから肋骨のように曲がった材が立ち上がっている。片側には板が張られていたが、反対側は骨組みが剥き出しだった。
僕は入口で足を止めた。
船を外から見る機会はあった。
しかし、船の内側がこうなっていると、じっくり見たことはない。
人や荷物を載せる場所を作り、それを支え、その全体を水へ浮かべる。
目の前に並んだ木材には、一つずつ役目があるのだろう。
「そこで見てると、木屑を被るぞ」
声がした。
船の陰から、男が出てきた。
袖を捲った腕が太い。手には鉋を持っている。
髪に混じった白いものが、白髪なのか木屑なのか、少し離れたところからではわからなかった。
「船を造る相談に来ました」
僕が言うと、男はまず僕らの荷物を見た。
次に、剣。
最後に、顔。
「誰の紹介だ」
宿の名を告げる。
男は鼻から息を吐いた。
「あいつか。俺が暇だとでも言ったか?」
答えに詰まった。
棟梁らしい男は、それだけで察したようだった。
「まあ、入れ。手は空いちゃいねえが、話を聞く耳くらいはある」
*
作業台の上には、椅子の脚が置かれていた。
その横には、荷箱の蓋。
棟梁は鉋を置き、削った脚を手で撫でた。
「そこの箱へ座れ。そっちの椅子は、まだ座るなよ」
僕は座りかけていた椅子から手を離した。
ノクティアが、何も言わずに箱を引き寄せる。
ありがたい沈黙だった。
「船の相談というのは?」
棟梁に促され、僕は言葉を選んだ。
「仲間と長く旅ができる船を考えています。寝る場所と、荷物を置く場所があって、できれば書物を広げるところも」
「何人だ」
「四人と、一人」
棟梁の眉が寄った。
「五人か?」
「ええと……」
「五人じゃ」
ベラが言った。
棟梁は、戸口を見た。
次に船の陰を見た。
僕は腰の剣を軽く持ち上げた。
「今のは、これです」
しばらく、槌の音も鉋の音もしなかった。
棟梁がゆっくり言った。
「変わった荷物を持ってるな」
「荷物ではない!」
「ベラ。人数に入れたから」
剣は黙った。
棟梁は、僕らをもう一度見直した。
「……なるほど。普通の旅人じゃねえわけだ」
そこまでは、否定できなかった。
*
棟梁は板切れを引き寄せ、炭で線を引いた。
「水の上で寝起きするなら、水と食い物を積む。お前たちの荷物も積む。船を動かす者も要る」
そこで僕を見る。
「船乗りは?」
「これから、考えます」
「どの水路を使う?」
「それも……」
棟梁の手が止まった。
僕は覚悟を決めた。
「空を飛ばしたいんです」
炭の先が、板の上に黒い点を作った。
棟梁は笑わなかった。
怒りもしなかった。
ただ、僕の隣にいるオトフリートへ目を向けた。
「魔術師か?」
「ええ」
「できるのか」
「今、ここで船を浮かせてみせることはできません。ただ、検討するための資料はあります」
オトフリートの答えに、僕も頷いた。
「古代王国の魔力の塔についての建造書です。その仕組みを使えないかと」
「船の図面じゃねえんだな」
「はい」
棟梁は炭を置いた。
そして、骨組みのままの船を振り返った。
「俺が造ってきたのは、水に浮く船だ。空の船が造れるとは言えん」
僕は黙って続きを待った。
「だが、相談するなら、まず何を支えるか決めろ。水は船底を支える。お前の魔法は、船のどこを持ち上げる?」
答えが出なかった。
船全体。
そう言いかけたが、それは答えになっていない気がした。
棟梁は、船底を通る太い木材を指した。
「一か所を吊って、そこへ全部の重さが集まるなら、そういう造りにする。あちこちを支えるなら、また違う。軽い木を使えば飛ぶ、という話じゃねえぞ」
オトフリートが、深く頷いた。
「その点は、資料を確かめなければなりませんね」
僕は初めて、空飛ぶ船について、船大工と話している気がした。
*
棟梁は途中の船へ歩いていき、張り終えた板へ掌を当てた。
木目に沿って指を動かす。
その手つきが、昨日の鍛冶職人を思わせた。
自分が触っているものを、よく知っている手だった。
「この船は、いつ完成するんですか」
尋ねると、掌が止まった。
「金が来ればな」
「注文主から?」
「ああ」
棟梁は、それ以上すぐには話さなかった。
作業場の奥を見る。
道具を置く場所は幾つもあるのに、働いているのは棟梁だけだった。
床に木屑はある。
だが、広さに比べると少なかった。
「材木は買った。職人も集めた。途中までは払われたが、残りが止まった。俺が職人に払う金まで止めるわけにはいかねえから、借りた」
説明は短かった。
「船を売るわけには?」
「売って片づくなら、そうしてる」
棟梁は僕を見た。
僕は口を閉じた。
誰がどこまで権利を持ち、何を約束していたのか。何も知らずに、思いつきで言っていい話ではなかった。
「今は、こっちだ」
棟梁は作業台へ戻り、椅子の脚を持ち上げた。
「直す物は、船以外にもある」
僕は、作りかけの船へ目を戻した。
木材が、まだ船の形で立っている。
職人の手が入るのを、待っているように見えた。
*
「図面を見てもらうだけなら、お願いできますか」
僕が尋ねると、棟梁は椅子の脚を台へ置いた。
「見ただけで、古代の魔法がわかるわけじゃねえぞ」
「魔法の方は、僕らで考えます。造る側から、何を決めなきゃいけないのか教えてほしいんです」
オトフリートが続けた。
「現物を組み立てる方の意見が必要です。書かれた設備を船へ載せるとしても、そのまま縮めればよいとは限りませんから」
棟梁は少し考えた。
外で荷車が通った。
作業場の入口へ、薄い埃が流れ込む。
「話を聞くことはできる。ただし、仕事として頼むなら、金の話も先にする」
「はい」
「飛ぶかどうかもわからん船で、職人を呼び戻す約束はできん。誰かを働かせるなら、そいつの飯代が要る」
声は荒くなかった。
それだけに、軽く返事をしてはいけないと思った。
「わかりました。まず、相談の範囲から」
「なら、持ってこい。俺の知らねえ字なら、読める奴も連れてこいよ」
「読めます」
僕が答えると、棟梁は片眉を上げた。
「お前が?」
「古代語も、大丈夫です」
「喋る剣を持って、昔の本を読めて、空へ船を上げたいと来たか」
棟梁は、初めて少し笑った。
「面倒な客だな」
*
帰り道、ゼフィーリアが言った。
「借金の話を聞いても、その場で引き受けるとは言わなかったのですね」
「額も、相手も、約束の中身も知らないから」
「ええ」
「でも、あの人には相談したい」
僕はそう付け加えた。
船を飛ばすと聞いても、棟梁は魔法の凄さに感心するばかりではなかった。
どこを持ち上げるのか。
何を載せるのか。
誰が動かすのか。
僕が曖昧にしていたところへ、次々と指を置いた。
ああいう人が必要なのだと思う。
ノクティアが言った。
「借金の話は、別でも聞いた方がいい」
「宿の主人に?」
「まずは。でも、商売の揉め事なら、それを知ってる人がいる」
彼女の声で、何となく察した。
表へ出ている話だけでは、わからないことがある。
僕らも、それはよく知っていた。
「繋ぎを探せる?」
「探してみる。この町で、誰に聞くべきかから」
ノクティアは、勝手に知り合いがいるようなことは言わなかった。
だから、頼める。
「お願い。無理はしないで」
彼女は頷いた。
僕は、修理された盾の革帯を握り直した。
腕のいい鍛冶職人がいる。
話を聞いてくれる船大工がいる。
けれど、腕だけで仕事が回るわけではない。
金も、材料も、約束を守る相手も必要だった。
空へ上がるために、まず地面の上でやることが増えていく。
「主よ」
腰元から、ベラが呼んだ。
「先程の棟梁、妾を人数に数えたな」
「数えたね」
「見込みのある男じゃ」
僕は笑った。
ベラにも、職人を選ぶ基準があるらしい。