アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第111話 船を造らない船大工

 船大工を知らないかと尋ねると、宿の主人は僕らを順に見た。

 

「船を買うのか?」

 

「造る相談をしたくて」

 

「どんな船だ」

 

「それを、相談したいんです」

 

 主人は、困った顔をした。

 

 僕も困った。

 

 まだ形が決まっていないから職人を探しているのに、形が決まっていないと職人を紹介しにくいらしい。

 

「乗るのは、あんたらだけか」

 

「ひとまずは」

 

 腰でベラが動いた気がしたので、柄へ手を置いた。

 

 人数については、後で相談しよう。

 

 主人は顎を撫でた。

 

「普通の注文なら、組合で聞けばいい。けど、そんな話から付き合う奴となると……」

 

 そこで言葉を切り、少し考えた。

 

「腕のいい棟梁はいる。今なら、時間もあるだろうな」

 

「仕事が空いてるんですか」

 

「空いてほしくて空いてるわけじゃねえがな」

 

 嫌な含みがあった。

 

 僕は、昨日の鍛冶屋を思い出した。

 

     *

 

 教えられた場所には、大きな作業場があった。

 

 屋根は高く、長い材木を出し入れできるよう、正面が広く開いている。

 

 その中に、船があった。

 

 正確には、船になりかけたものだった。

 

 太い木材が底を貫き、そこから肋骨のように曲がった材が立ち上がっている。片側には板が張られていたが、反対側は骨組みが剥き出しだった。

 

 僕は入口で足を止めた。

 

 船を外から見る機会はあった。

 

 しかし、船の内側がこうなっていると、じっくり見たことはない。

 

 人や荷物を載せる場所を作り、それを支え、その全体を水へ浮かべる。

 

 目の前に並んだ木材には、一つずつ役目があるのだろう。

 

「そこで見てると、木屑を被るぞ」

 

 声がした。

 

 船の陰から、男が出てきた。

 

 袖を捲った腕が太い。手には鉋を持っている。

 

 髪に混じった白いものが、白髪なのか木屑なのか、少し離れたところからではわからなかった。

 

「船を造る相談に来ました」

 

 僕が言うと、男はまず僕らの荷物を見た。

 

 次に、剣。

 

 最後に、顔。

 

「誰の紹介だ」

 

 宿の名を告げる。

 

 男は鼻から息を吐いた。

 

「あいつか。俺が暇だとでも言ったか?」

 

 答えに詰まった。

 

 棟梁らしい男は、それだけで察したようだった。

 

「まあ、入れ。手は空いちゃいねえが、話を聞く耳くらいはある」

 

     *

 

 作業台の上には、椅子の脚が置かれていた。

 

 その横には、荷箱の蓋。

 

 棟梁は鉋を置き、削った脚を手で撫でた。

 

「そこの箱へ座れ。そっちの椅子は、まだ座るなよ」

 

 僕は座りかけていた椅子から手を離した。

 

 ノクティアが、何も言わずに箱を引き寄せる。

 

 ありがたい沈黙だった。

 

「船の相談というのは?」

 

 棟梁に促され、僕は言葉を選んだ。

 

「仲間と長く旅ができる船を考えています。寝る場所と、荷物を置く場所があって、できれば書物を広げるところも」

 

「何人だ」

 

「四人と、一人」

 

 棟梁の眉が寄った。

 

「五人か?」

 

「ええと……」

 

「五人じゃ」

 

 ベラが言った。

 

 棟梁は、戸口を見た。

 

 次に船の陰を見た。

 

 僕は腰の剣を軽く持ち上げた。

 

「今のは、これです」

 

 しばらく、槌の音も鉋の音もしなかった。

 

 棟梁がゆっくり言った。

 

「変わった荷物を持ってるな」

 

「荷物ではない!」

 

「ベラ。人数に入れたから」

 

 剣は黙った。

 

 棟梁は、僕らをもう一度見直した。

 

「……なるほど。普通の旅人じゃねえわけだ」

 

 そこまでは、否定できなかった。

 

     *

 

 棟梁は板切れを引き寄せ、炭で線を引いた。

 

「水の上で寝起きするなら、水と食い物を積む。お前たちの荷物も積む。船を動かす者も要る」

 

 そこで僕を見る。

 

「船乗りは?」

 

「これから、考えます」

 

「どの水路を使う?」

 

「それも……」

 

 棟梁の手が止まった。

 

 僕は覚悟を決めた。

 

「空を飛ばしたいんです」

 

 炭の先が、板の上に黒い点を作った。

 

 棟梁は笑わなかった。

 

 怒りもしなかった。

 

 ただ、僕の隣にいるオトフリートへ目を向けた。

 

「魔術師か?」

 

「ええ」

 

「できるのか」

 

「今、ここで船を浮かせてみせることはできません。ただ、検討するための資料はあります」

 

 オトフリートの答えに、僕も頷いた。

 

「古代王国の魔力の塔についての建造書です。その仕組みを使えないかと」

 

「船の図面じゃねえんだな」

 

「はい」

 

 棟梁は炭を置いた。

 

 そして、骨組みのままの船を振り返った。

 

「俺が造ってきたのは、水に浮く船だ。空の船が造れるとは言えん」

 

 僕は黙って続きを待った。

 

「だが、相談するなら、まず何を支えるか決めろ。水は船底を支える。お前の魔法は、船のどこを持ち上げる?」

 

 答えが出なかった。

 

 船全体。

 

 そう言いかけたが、それは答えになっていない気がした。

 

 棟梁は、船底を通る太い木材を指した。

 

「一か所を吊って、そこへ全部の重さが集まるなら、そういう造りにする。あちこちを支えるなら、また違う。軽い木を使えば飛ぶ、という話じゃねえぞ」

 

 オトフリートが、深く頷いた。

 

「その点は、資料を確かめなければなりませんね」

 

 僕は初めて、空飛ぶ船について、船大工と話している気がした。

 

     *

 

 棟梁は途中の船へ歩いていき、張り終えた板へ掌を当てた。

 

 木目に沿って指を動かす。

 

 その手つきが、昨日の鍛冶職人を思わせた。

 

 自分が触っているものを、よく知っている手だった。

 

「この船は、いつ完成するんですか」

 

 尋ねると、掌が止まった。

 

「金が来ればな」

 

「注文主から?」

 

「ああ」

 

 棟梁は、それ以上すぐには話さなかった。

 

 作業場の奥を見る。

 

 道具を置く場所は幾つもあるのに、働いているのは棟梁だけだった。

 

 床に木屑はある。

 

 だが、広さに比べると少なかった。

 

「材木は買った。職人も集めた。途中までは払われたが、残りが止まった。俺が職人に払う金まで止めるわけにはいかねえから、借りた」

 

 説明は短かった。

 

「船を売るわけには?」

 

「売って片づくなら、そうしてる」

 

 棟梁は僕を見た。

 

 僕は口を閉じた。

 

 誰がどこまで権利を持ち、何を約束していたのか。何も知らずに、思いつきで言っていい話ではなかった。

 

「今は、こっちだ」

 

 棟梁は作業台へ戻り、椅子の脚を持ち上げた。

 

「直す物は、船以外にもある」

 

 僕は、作りかけの船へ目を戻した。

 

 木材が、まだ船の形で立っている。

 

 職人の手が入るのを、待っているように見えた。

 

     *

 

「図面を見てもらうだけなら、お願いできますか」

 

 僕が尋ねると、棟梁は椅子の脚を台へ置いた。

 

「見ただけで、古代の魔法がわかるわけじゃねえぞ」

 

「魔法の方は、僕らで考えます。造る側から、何を決めなきゃいけないのか教えてほしいんです」

 

 オトフリートが続けた。

 

「現物を組み立てる方の意見が必要です。書かれた設備を船へ載せるとしても、そのまま縮めればよいとは限りませんから」

 

 棟梁は少し考えた。

 

 外で荷車が通った。

 

 作業場の入口へ、薄い埃が流れ込む。

 

「話を聞くことはできる。ただし、仕事として頼むなら、金の話も先にする」

 

「はい」

 

「飛ぶかどうかもわからん船で、職人を呼び戻す約束はできん。誰かを働かせるなら、そいつの飯代が要る」

 

 声は荒くなかった。

 

 それだけに、軽く返事をしてはいけないと思った。

 

「わかりました。まず、相談の範囲から」

 

「なら、持ってこい。俺の知らねえ字なら、読める奴も連れてこいよ」

 

「読めます」

 

 僕が答えると、棟梁は片眉を上げた。

 

「お前が?」

 

「古代語も、大丈夫です」

 

「喋る剣を持って、昔の本を読めて、空へ船を上げたいと来たか」

 

 棟梁は、初めて少し笑った。

 

「面倒な客だな」

 

     *

 

 帰り道、ゼフィーリアが言った。

 

「借金の話を聞いても、その場で引き受けるとは言わなかったのですね」

 

「額も、相手も、約束の中身も知らないから」

 

「ええ」

 

「でも、あの人には相談したい」

 

 僕はそう付け加えた。

 

 船を飛ばすと聞いても、棟梁は魔法の凄さに感心するばかりではなかった。

 

 どこを持ち上げるのか。

 

 何を載せるのか。

 

 誰が動かすのか。

 

 僕が曖昧にしていたところへ、次々と指を置いた。

 

 ああいう人が必要なのだと思う。

 

 ノクティアが言った。

 

「借金の話は、別でも聞いた方がいい」

 

「宿の主人に?」

 

「まずは。でも、商売の揉め事なら、それを知ってる人がいる」

 

 彼女の声で、何となく察した。

 

 表へ出ている話だけでは、わからないことがある。

 

 僕らも、それはよく知っていた。

 

「繋ぎを探せる?」

 

「探してみる。この町で、誰に聞くべきかから」

 

 ノクティアは、勝手に知り合いがいるようなことは言わなかった。

 

 だから、頼める。

 

「お願い。無理はしないで」

 

 彼女は頷いた。

 

 僕は、修理された盾の革帯を握り直した。

 

 腕のいい鍛冶職人がいる。

 

 話を聞いてくれる船大工がいる。

 

 けれど、腕だけで仕事が回るわけではない。

 

 金も、材料も、約束を守る相手も必要だった。

 

 空へ上がるために、まず地面の上でやることが増えていく。

 

「主よ」

 

 腰元から、ベラが呼んだ。

 

「先程の棟梁、妾を人数に数えたな」

 

「数えたね」

 

「見込みのある男じゃ」

 

 僕は笑った。

 

 ベラにも、職人を選ぶ基準があるらしい。

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