アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第112話 氷の妖姫

 ノクティアが戻ってきた時、僕は宿の卓に紙を広げていた。

 

 船の絵だ。

 

 先端を尖らせ、後ろに部屋らしい四角を載せた。その下へ線を何本か引いてみたが、船底というより、籠に見える。

 

「何、それ」

 

 覗き込んだノクティアが言った。

 

「船」

 

「……どっちが前?」

 

 僕は黙って、先端へ矢印を書いた。

 

 卓の向こうで、オトフリートが咳払いをした。

 

 笑ったのだと思う。

 

「会ってくれる人がいる」

 

 ノクティアは椅子へ腰を下ろした。

 

 僕も炭筆を置く。

 

「船大工のことを?」

 

「それと、職人や材料の紹介。表で話をまとめにくい取引を扱ってる」

 

「信用できそう?」

 

「そこまでは、まだ。別々のところで名前を聞いて、同じ窓口を教えられた」

 

 彼女は水を飲んでから続けた。

 

「お金を払えば何でも教える、とは言わなかった。用件を聞いて、会うか決めるって」

 

「それで、会ってくれることになったんだ」

 

「うん。明日の昼。四人で来ていいって」

 

「五人じゃ」

 

 ベラが言った。

 

 ノクティアは剣へ目を向けた。

 

「入口で説明して」

 

 僕は、嫌な予感がした。

 

     *

 

 案内された建物は、思っていたより普通だった。

 

 大通りから少し入った場所にある、荷を扱う店。

 

 入口には秤があり、壁際には木箱が積まれている。客が荷札を確かめ、店の男が帳面へ何かを書き込んでいた。

 

 地下へ続く秘密の階段も、髑髏を飾った扉もない。

 

 僕らが名前を告げると、店の男は奥へ声を掛けた。

 

「四人、お着きだ」

 

「五人じゃ」

 

 腰でベラが言った。

 

 男の手が止まる。

 

 僕は剣へ手を添えた。

 

「これが、もう一人です」

 

 男は僕の顔を見た。

 

 剣を見た。

 

 ノクティアへ視線を向けると、彼女は小さく頷いた。

 

「……武器を預けろとは言われてねえ。持って入りな」

 

 それだけ言って、奥の扉を開けた。

 

 僕はベラへ小声で囁いた。

 

「満足?」

 

「正確な人数を申したまでじゃ」

 

 間違ってはいない。

 

 間違ってはいないのだが、毎回これをやるのだろうか。

 

     *

 

 奥の部屋には、風が通っていた。

 

 窓には薄い布が掛かり、外の強い光を和らげている。卓の上には帳面と紙束が置かれ、隅に、水差しと杯が揃えてあった。

 

 その向こうに、女が座っていた。

 

 長い耳。

 

 褐色の肌。

 

 人間に見せようとする様子はない。

 

 ダークエルフだった。

 

「お待ちしていました。お掛けください」

 

 静かな声だった。

 

 僕らが座るのを待ってから、女は名乗った。

 

「闇マーケットギルドの副マスター、フリージアです」

 

 ノクティアから聞いていた名前だ。

 

 『氷の妖姫』。

 

 冷たい女なのかと思っていたが、表情が乏しいわけではない。薄く微笑んでいるし、客を迎える態度も丁寧だった。

 

 ただ、僕らの誰か一人へ、余分に愛想を向けることはなかった。

 

 話す相手を見る。

 

 返答を聞く。

 

 必要なことを、次に尋ねる。

 

 その手順が、妙に澄んでいた。

 

「船大工の仕事と、負債についてお知りになりたいと伺っています」

 

「はい。それから、仕事を頼む職人や、材料を扱う人を探しています」

 

「船を造るのですね」

 

「その相談から、です」

 

 彼女は頷いた。

 

「では、まず、棟梁から何をお聞きになりましたか」

 

     *

 

 僕は、昨日の話を伝えた。

 

 注文主からの支払いが止まったこと。

 

 材木を買い、職人を集め、その賃金を払うために借りたこと。

 

 作りかけの船を、簡単に売って済ませることはできないということ。

 

 フリージアは途中で口を挟まなかった。

 

 聞き終えてから、紙へ短く書きつける。

 

「確認したいのは、負債の額だけですか。それとも、その仕事が止まった経緯まで?」

 

「経緯まで。僕らが仕事を頼んで、同じことで止まると困るので」

 

「借金を引き受ける約束は?」

 

「していません」

 

「結構です」

 

 僕は少し身構えた。

 

 褒められたのか、単に話が簡単でよかったのか、わからなかった。

 

「棟梁の腕は確かです。ですが、誰にいくら支払えば仕事を再開できるかは、腕とは別の話です。注文の契約と、借入れの契約、その両方を見る必要があります」

 

「そこまで調べられるんですか」

 

「調べる仕事を、お受けできます。ただし、調べた結果がお望みの内容になるとは限りません」

 

 言い方は穏やかだった。

 

 僕は頷いた。

 

「都合のいい答えより、本当のところを知りたいです」

 

「では、そのように」

 

 彼女は紙をこちらへ向けた。

 

 調査する範囲と、報酬。

 

 追加の調査が必要なら、勝手に費用を増やさず、一度こちらへ知らせるという条件も書かれていた。

 

 オトフリートが目を通し、ノクティアも確認する。

 

 僕はその紙を読んでから、顔を上げた。

 

「仕事を頼む前に、一つ聞いてもいいですか」

 

「どうぞ」

 

「僕らが何を調べているか、相手へ伝わることは?」

 

「調査の仕方によります。直接、書類の提示を求めれば、誰かが関心を持ったことはわかるでしょう。あなた方の名を出す必要が生じた場合は、先に相談します」

 

 絶対に漏れない、とは言わなかった。

 

 その方が、判断しやすかった。

 

     *

 

 話がまとまりかけたところで、フリージアが僕らを見た。

 

「差し支えなければ、どちらからエレミアへ?」

 

「ザインを抜けてきました」

 

 答えると、彼女の目がオトフリートの杖へ向いた。

 

 ほんの一瞬だった。

 

「船と街道ですか」

 

「途中で、古い坑道を使いました」

 

 フリージアの指が止まった。

 

「……ドワーフの搬出路を?」

 

 僕は頷いた。

 

 彼女は帳面を一冊取り、何枚か捲った。

 

「鉄の番人は?」

 

「いました。壊してはいません。脇の通路を使って、抜けました」

 

 今度は、はっきりと僕らを見た。

 

「全員で?」

 

「全員で」

 

「五人ともじゃ」

 

 ベラが付け加えた。

 

 フリージアは、剣にも視線を向けた。

 

「承知しました」

 

 普通に返事をした。

 

 ベラは、少し嬉しそうだった。

 

「その道は、ご存じなんですね」

 

 僕が尋ねると、フリージアは帳面を閉じた。

 

「以前、通過の候補に入っていました。今は、お客様へ案内できる状態ではありません」

 

「そうでしょうね」

 

 あの拳を思い出す。

 

 あれがいる道を、安全な抜け道として売られたら、僕も怒る。

 

「現状を記録していらっしゃいますか」

 

「地図と、通った時の記録なら」

 

「内容を確認して、対価をお出しすることはできます」

 

 僕は思わず、ノクティアを見た。

 

 彼女は、ほんの少し眉を上げた。

 

 金になるとは考えていなかったらしい。

 

「老人に、道の様子を知らせる約束をしています。同じ内容を、その人へ送っても構いませんか」

 

「こちらが独占を求めるなら、その条件も含めて相談します。今、お話ししているのは、あなた方が見てきた情報を買うということです」

 

 僕は椅子へ座り直した。

 

 坑道では、何も拾ってこなかった。

 

 けれど、持ち帰ったものが、何もなかったわけではないらしい。

 

     *

 

「それから、鍛冶屋も探していると?」

 

 フリージアに尋ねられ、僕は盾を直してもらった工房のことを話した。

 

「先代の銘を求める客が多いところですね」

 

「今の職人の仕事も、いいと思ったんです」

 

「何を頼むおつもりですか」

 

「船に使う金具や、仕掛けを。まだ、図面から考えなきゃいけないんですけど」

 

「棟梁と、その職人を会わせることはできます。ですが、今のお話だけでは、普通の船の注文にしては手順が多いですね」

 

 僕は口を閉じた。

 

 オトフリートが、こちらを見る。

 

 ノクティアは何も言わなかった。

 

 話すなら、僕が決めることだった。

 

「変わった船なんです」

 

「変わった、とは?」

 

 僕は、卓の上の紙へ目を落とした。

 

 調査の範囲。

 

 報酬。

 

 名前を出す前に相談するという約束。

 

 まだ、相手のすべてを知ったわけではない。

 

 それでも、職人を紹介してもらう以上、何を造りたいかを、いつまでも隠してはいられなかった。

 

「空を飛ぶ船です」

 

 フリージアは、動かなかった。

 

 僕が冗談を続けるのを待っているようにも見えた。

 

「古代の船を、引き揚げる話でしょうか」

 

「いえ。これから造りたいんです」

 

 その時、窓の外で声がした。

 

「それ、もう飛んだ?」

 

     *

 

 僕は窓へ顔を向けた。

 

 布が持ち上がる。

 

 小柄な者が窓枠へ腰を掛け、こちらを覗き込んでいた。

 

 子供のように見えるが、グラスランナーだ。

 

 いつからいたのか。

 

 少なくとも、僕は気づかなかった。

 

「まだ。これから、形を考えるところで」

 

 思わず答えると、相手の顔が明るくなった。

 

「じゃあ、最初から見られるんだ!」

 

「マスター。入口は向こうです」

 

 フリージアが言った。

 

「こっちの方が近かったよ」

 

「窓ですので」

 

 グラスランナーは気にした様子もなく、部屋へ入ってきた。

 

 空いた椅子を引き寄せる。

 

 座る前に、僕の顔を覗き込んだ。

 

「飛んだら、どこへ行くの?」

 

「行きたいところへ」

 

「関所も越える?」

 

「越えられるなら」

 

「止まれって言われたら?」

 

 僕は、少しだけ笑った。

 

「止まる理由を聞く」

 

 グラスランナーも笑った。

 

 同じような笑顔なのに、僕は何故か、返事を値踏みされた気がした。

 

「いいね。止まるかどうか、まだ決めてないんだ」

 

 彼は椅子へ飛び乗った。

 

 フリージアが、静かに紹介した。

 

「当ギルドのマスター、タムロンです」

 

 『微笑む魔獣』。

 

 ノクティアから聞いていた、もう一つの名前だった。

 

 目の前のタムロンは、船の値段も、僕らの資産も尋ねなかった。

 

 代わりに、こう言った。

 

「見せて。空飛ぶ船の絵」

 

 僕は、懐の紙へ手を伸ばした。

 

 朝、描いたばかりのものだ。

 

 船に見えるかも怪しい。

 

 だが、ここまで来て、出さないのもおかしかった。

 

 卓へ広げる。

 

 タムロンが覗き込む。

 

 フリージアも目を落とした。

 

 しばらくして、マスターが尋ねた。

 

「これ、籠?」

 

 オトフリートが顔を背けた。

 

 今度は、咳払いでは済まなかった。

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