アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第113話 微笑む魔獣の勘定

「船だよ」

 

 僕は、自分で描いた絵を指した。

 

「前に尖ってるところがあるだろう?」

 

「魚籠にも、尖ったのがあるよ」

 

 タムロンは紙を横へ向けた。

 

 次に、逆さまにした。

 

 僕は取り返した。

 

「向きを変えても、船だから」

 

「飛ぶんだったら、どっちが上でもいいのかと思った」

 

「中に人がいるんだよ」

 

「うん。それは、ひっくり返したら面白いことになるね」

 

 楽しそうに言った。

 

 冗談なのだろう。

 

 そう思って顔を見ると、彼は本当に、船の中で人が転がるところを想像しているようだった。

 

「怪我するから、やらない」

 

「それはそうだね」

 

 あっさり同意して、タムロンは笑った。

 

 悪いことだと理解していないわけではない。

 

 理解した上で、面白がっている。

 

 僕は、紙を自分の前へ戻した。

 

     *

 

「マスター。話を進めてもよろしいですか」

 

 フリージアが言った。

 

「進めて。船の話でしょ?」

 

「まず、調査の依頼です」

 

「そっちかあ」

 

 タムロンは椅子の背へ寄りかかった。

 

 露骨に興味を失った顔だった。

 

 フリージアは気にしない。

 

 船大工の負債と、止まった注文について調べる範囲を、改めて読み上げた。

 

 僕は確認し、頷く。

 

 続いて、坑道の記録の売買について話した。

 

「地図は、宿にあります。老人へ送る報告の下書きも」

 

「拝見してから、価格をご提示します。通路の接続と、危険箇所の記録を重視します」

 

「ゴーレムを避けた道も?」

 

「ええ。ただ、次も同じように通れるとは限りませんね」

 

「それは、書いておきたいです」

 

 僕は強く頷いた。

 

 あの足場は殴られていた。

 

 脇部屋の入口も、無傷ではない。

 

 僕らが抜けられたから、次の一行も同じように抜けられるとは限らなかった。

 

「古い情報のまま客を送って、帰ってこなかったら困るでしょう」

 

「困りますね」

 

 フリージアは答えた。

 

「依頼人を失い、案内人を失い、信用も失います。ですから、確かめられたことと、推測は分けていただきたいのです」

 

 僕には、わかりやすい説明だった。

 

 横でタムロンが言った。

 

「ゴーレム、まだいるんだよね?」

 

「いるよ」

 

「じゃあ、見に行けばいいじゃない。歩いてるところ、見たいな」

 

 部屋が、少し静かになった。

 

 フリージアが帳面へ目を落としたまま答える。

 

「その場合、今回は何人を連れていかれるおつもりですか」

 

「まだ決めてない」

 

「先にお決めください。残された者が、探しに行くかどうか判断する材料になります」

 

「君は来ないの?」

 

「仕事がありますので」

 

 声は、先ほどまでと同じだった。

 

 僕は二人の顔を交互に見た。

 

 タムロンは、叱られた子供の顔などしていない。

 

 フリージアも、子供を諭しているわけではなかった。

 

 行くなら、行く。

 

 その後の仕事をどうするか。

 

 二人は、それを話していた。

 

     *

 

「やっぱり、こっちの方がいいかな」

 

 タムロンが、僕の船の絵へ指を伸ばした。

 

「鉄の人形は、今までも歩いてたんでしょ。この船は、まだ一度も飛んでない」

 

「そうだね」

 

「じゃあ、飛ぶ方を見たい」

 

 彼の中で、話が決まったらしかった。

 

 フリージアが顔を上げた。

 

「何をなさるおつもりですか」

 

「棟梁に、これを見せようよ」

 

「ご本人たちが、既に相談しています」

 

「じゃあ、みんなで見せよう。鍛冶屋も呼んでさ。僕、この籠がどうやって船になるのか見たいんだ」

 

「船だってば」

 

 僕が言うと、タムロンは嬉しそうに笑った。

 

「うん。まだ君にしか、そう見えてない船だね」

 

 今度は、すぐに言い返せなかった。

 

 僕の頭の中には、甲板がある。

 

 部屋がある。

 

 そこへ皆が乗って、空を進む姿がある。

 

 紙の上にあるのは、前後もわかりにくい籠だった。

 

 タムロンは、それを見ていた。

 

     *

 

「集まる場所と、職人への連絡は手配できます」

 

 フリージアが言った。

 

「ただし、棟梁の調査が終わる前に、建造の契約まで進めることは勧めません。まずは構想を聞いてもらう席、ということで」

 

「それでお願いします」

 

 僕は頷いた。

 

「場所代と、職人に時間を取ってもらう分は?」

 

「ここを使えばいいよ」

 

 タムロンが即答した。

 

 フリージアは、卓と紙の量を見た。

 

「この部屋では狭いでしょう。倉庫の隣なら、作業台を置けます」

 

「じゃあ、そこ!」

 

「マスターのご招待として処理します」

 

 タムロンが、ひらひらと手を振った。

 

「いいよ。面白ければ」

 

 僕は、そこで口を挟んだ。

 

「その代わりに、何を?」

 

 彼は首を傾げた。

 

「船の話を聞くんだよ」

 

「それだけ?」

 

「今はね」

 

 今は。

 

 その言葉が、妙に耳へ残った。

 

 タムロンは僕の顔を見て、笑みを深くした。

 

「君、まだ飛んでもいない船のことで、もう取られる心配してるの?」

 

「造れた後で揉めたくないから」

 

「揉めたら、どうするの?」

 

「揉め方による」

 

「欲しいって言われたら?」

 

「僕も欲しいから造るんだ。簡単には渡さないよ」

 

 タムロンは、卓へ肘をついた。

 

「よかった。すぐあげちゃったら、つまらないものね」

 

 僕は、この人にとっての面白さと、自分にとっての都合が、ずっと一致するわけではないと理解した。

 

     *

 

 フリージアが、紙を一枚差し出した。

 

「今回の席を設けることによって、船や設計の権利をこちらが得ることはありません。今後、出資や共同事業を提案する場合は、別の話として扱います」

 

 僕は紙を受け取った。

 

 タムロンは覗き込まない。

 

 もう、船の絵へ炭筆を近づけていた。

 

「そこ、何を足すつもり?」

 

「座る場所」

 

「部屋?」

 

「外。前の一番先」

 

「落ちるよ」

 

「落ちないようにして」

 

 気軽に言って、丸を描く。

 

 僕が描いた船首に、人の頭が増えた。

 

 鍛冶屋と棟梁へ相談することが、また一つ増えた。

 

 フリージアは、こちらを見ていた。

 

 僕は紙へ目を戻した。

 

 すべてを信用する必要はない。

 

 今、何を頼み、何を頼んでいないか。

 

 そこを確かめながら、付き合えばいい。

 

 少なくとも、このダークエルフは、その境目を言葉にしてくれる。

 

     *

 

 帰ろうとした時、タムロンがノクティアへ声を掛けた。

 

「君、最初にここを探した子?」

 

「そう」

 

「どうして、あの店で僕らのことを聞いたの?」

 

 ノクティアの表情が変わった。

 

 ほんの僅かだった。

 

「荷の扱いが、表の売り物と合ってなかったから」

 

「どこが?」

 

 彼女は答えなかった。

 

 タムロンは、少し待った。

 

 それから笑った。

 

「そこから先は、ただじゃ教えてくれないんだ」

 

「仕事にするなら」

 

 僕は二人を見た。

 

 フリージアの指が、帳面の上で止まっている。

 

 タムロンは椅子を揺らしながら言った。

 

「いいね。フリージア、今の話も買おうよ。どこから見つかったか、知りたい」

 

「別途、ご相談します」

 

 副マスターは、ノクティアへ向き直った。

 

 さっきまで職人の情報を買おうとしていた僕らが、今度は情報を売る側になっている。

 

 ノクティアは慌てなかった。

 

「何を知りたいか、先に聞く」

 

 僕は黙っていた。

 

 ここは、彼女の仕事だった。

 

     *

 

 店を出ると、通りの熱気が顔へ当たった。

 

 僕は肩を回し、息を吐いた。

 

 殴り合ったわけでもないのに、疲れていた。

 

「どう思う?」

 

 ノクティアへ尋ねると、彼女は少し考えた。

 

「副マスターは、仕事の話ができる」

 

「マスターは?」

 

「何を面白がるか、気をつける」

 

 僕も、同じ意見だった。

 

 オトフリートが、懐にしまった条件書を指で押さえた。

 

「一つずつ確認していきましょう。こちらが曖昧にしたことを、都合よく解釈されないように」

 

「そうだね」

 

 ゼフィーリアは、建物を振り返った。

 

「あの方は、善いことをしているから協力するのでも、悪いことだから手を引くのでもありませんね」

 

「うん」

 

「ですが、こちらまで同じ理由で動く必要はないでしょう」

 

 僕は頷いた。

 

 船を造りたい。

 

 仲間と、自由に旅をしたい。

 

 そのために、職人の力を借りる。

 

 タムロンが何を面白がっても、僕の目的まで変わるわけではなかった。

 

     *

 

 宿へ戻り、僕は船の絵を広げた。

 

 船首に、タムロンの描いた丸い頭がある。

 

 いつの間にか、笑った口まで描き足されていた。

 

「消さないの?」

 

 ノクティアが尋ねた。

 

「……棟梁に見せたら、何て言うかなと思って」

 

 言ってから、顔を上げた。

 

 ノクティアが僕を見ている。

 

 オトフリートも見ていた。

 

 ベラが、呆れたように言った。

 

「主よ。少し、面白がっておらぬか」

 

 僕は炭筆を置いた。

 

 タムロンのことを、あまり笑えない気がした。

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