アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
「船だよ」
僕は、自分で描いた絵を指した。
「前に尖ってるところがあるだろう?」
「魚籠にも、尖ったのがあるよ」
タムロンは紙を横へ向けた。
次に、逆さまにした。
僕は取り返した。
「向きを変えても、船だから」
「飛ぶんだったら、どっちが上でもいいのかと思った」
「中に人がいるんだよ」
「うん。それは、ひっくり返したら面白いことになるね」
楽しそうに言った。
冗談なのだろう。
そう思って顔を見ると、彼は本当に、船の中で人が転がるところを想像しているようだった。
「怪我するから、やらない」
「それはそうだね」
あっさり同意して、タムロンは笑った。
悪いことだと理解していないわけではない。
理解した上で、面白がっている。
僕は、紙を自分の前へ戻した。
*
「マスター。話を進めてもよろしいですか」
フリージアが言った。
「進めて。船の話でしょ?」
「まず、調査の依頼です」
「そっちかあ」
タムロンは椅子の背へ寄りかかった。
露骨に興味を失った顔だった。
フリージアは気にしない。
船大工の負債と、止まった注文について調べる範囲を、改めて読み上げた。
僕は確認し、頷く。
続いて、坑道の記録の売買について話した。
「地図は、宿にあります。老人へ送る報告の下書きも」
「拝見してから、価格をご提示します。通路の接続と、危険箇所の記録を重視します」
「ゴーレムを避けた道も?」
「ええ。ただ、次も同じように通れるとは限りませんね」
「それは、書いておきたいです」
僕は強く頷いた。
あの足場は殴られていた。
脇部屋の入口も、無傷ではない。
僕らが抜けられたから、次の一行も同じように抜けられるとは限らなかった。
「古い情報のまま客を送って、帰ってこなかったら困るでしょう」
「困りますね」
フリージアは答えた。
「依頼人を失い、案内人を失い、信用も失います。ですから、確かめられたことと、推測は分けていただきたいのです」
僕には、わかりやすい説明だった。
横でタムロンが言った。
「ゴーレム、まだいるんだよね?」
「いるよ」
「じゃあ、見に行けばいいじゃない。歩いてるところ、見たいな」
部屋が、少し静かになった。
フリージアが帳面へ目を落としたまま答える。
「その場合、今回は何人を連れていかれるおつもりですか」
「まだ決めてない」
「先にお決めください。残された者が、探しに行くかどうか判断する材料になります」
「君は来ないの?」
「仕事がありますので」
声は、先ほどまでと同じだった。
僕は二人の顔を交互に見た。
タムロンは、叱られた子供の顔などしていない。
フリージアも、子供を諭しているわけではなかった。
行くなら、行く。
その後の仕事をどうするか。
二人は、それを話していた。
*
「やっぱり、こっちの方がいいかな」
タムロンが、僕の船の絵へ指を伸ばした。
「鉄の人形は、今までも歩いてたんでしょ。この船は、まだ一度も飛んでない」
「そうだね」
「じゃあ、飛ぶ方を見たい」
彼の中で、話が決まったらしかった。
フリージアが顔を上げた。
「何をなさるおつもりですか」
「棟梁に、これを見せようよ」
「ご本人たちが、既に相談しています」
「じゃあ、みんなで見せよう。鍛冶屋も呼んでさ。僕、この籠がどうやって船になるのか見たいんだ」
「船だってば」
僕が言うと、タムロンは嬉しそうに笑った。
「うん。まだ君にしか、そう見えてない船だね」
今度は、すぐに言い返せなかった。
僕の頭の中には、甲板がある。
部屋がある。
そこへ皆が乗って、空を進む姿がある。
紙の上にあるのは、前後もわかりにくい籠だった。
タムロンは、それを見ていた。
*
「集まる場所と、職人への連絡は手配できます」
フリージアが言った。
「ただし、棟梁の調査が終わる前に、建造の契約まで進めることは勧めません。まずは構想を聞いてもらう席、ということで」
「それでお願いします」
僕は頷いた。
「場所代と、職人に時間を取ってもらう分は?」
「ここを使えばいいよ」
タムロンが即答した。
フリージアは、卓と紙の量を見た。
「この部屋では狭いでしょう。倉庫の隣なら、作業台を置けます」
「じゃあ、そこ!」
「マスターのご招待として処理します」
タムロンが、ひらひらと手を振った。
「いいよ。面白ければ」
僕は、そこで口を挟んだ。
「その代わりに、何を?」
彼は首を傾げた。
「船の話を聞くんだよ」
「それだけ?」
「今はね」
今は。
その言葉が、妙に耳へ残った。
タムロンは僕の顔を見て、笑みを深くした。
「君、まだ飛んでもいない船のことで、もう取られる心配してるの?」
「造れた後で揉めたくないから」
「揉めたら、どうするの?」
「揉め方による」
「欲しいって言われたら?」
「僕も欲しいから造るんだ。簡単には渡さないよ」
タムロンは、卓へ肘をついた。
「よかった。すぐあげちゃったら、つまらないものね」
僕は、この人にとっての面白さと、自分にとっての都合が、ずっと一致するわけではないと理解した。
*
フリージアが、紙を一枚差し出した。
「今回の席を設けることによって、船や設計の権利をこちらが得ることはありません。今後、出資や共同事業を提案する場合は、別の話として扱います」
僕は紙を受け取った。
タムロンは覗き込まない。
もう、船の絵へ炭筆を近づけていた。
「そこ、何を足すつもり?」
「座る場所」
「部屋?」
「外。前の一番先」
「落ちるよ」
「落ちないようにして」
気軽に言って、丸を描く。
僕が描いた船首に、人の頭が増えた。
鍛冶屋と棟梁へ相談することが、また一つ増えた。
フリージアは、こちらを見ていた。
僕は紙へ目を戻した。
すべてを信用する必要はない。
今、何を頼み、何を頼んでいないか。
そこを確かめながら、付き合えばいい。
少なくとも、このダークエルフは、その境目を言葉にしてくれる。
*
帰ろうとした時、タムロンがノクティアへ声を掛けた。
「君、最初にここを探した子?」
「そう」
「どうして、あの店で僕らのことを聞いたの?」
ノクティアの表情が変わった。
ほんの僅かだった。
「荷の扱いが、表の売り物と合ってなかったから」
「どこが?」
彼女は答えなかった。
タムロンは、少し待った。
それから笑った。
「そこから先は、ただじゃ教えてくれないんだ」
「仕事にするなら」
僕は二人を見た。
フリージアの指が、帳面の上で止まっている。
タムロンは椅子を揺らしながら言った。
「いいね。フリージア、今の話も買おうよ。どこから見つかったか、知りたい」
「別途、ご相談します」
副マスターは、ノクティアへ向き直った。
さっきまで職人の情報を買おうとしていた僕らが、今度は情報を売る側になっている。
ノクティアは慌てなかった。
「何を知りたいか、先に聞く」
僕は黙っていた。
ここは、彼女の仕事だった。
*
店を出ると、通りの熱気が顔へ当たった。
僕は肩を回し、息を吐いた。
殴り合ったわけでもないのに、疲れていた。
「どう思う?」
ノクティアへ尋ねると、彼女は少し考えた。
「副マスターは、仕事の話ができる」
「マスターは?」
「何を面白がるか、気をつける」
僕も、同じ意見だった。
オトフリートが、懐にしまった条件書を指で押さえた。
「一つずつ確認していきましょう。こちらが曖昧にしたことを、都合よく解釈されないように」
「そうだね」
ゼフィーリアは、建物を振り返った。
「あの方は、善いことをしているから協力するのでも、悪いことだから手を引くのでもありませんね」
「うん」
「ですが、こちらまで同じ理由で動く必要はないでしょう」
僕は頷いた。
船を造りたい。
仲間と、自由に旅をしたい。
そのために、職人の力を借りる。
タムロンが何を面白がっても、僕の目的まで変わるわけではなかった。
*
宿へ戻り、僕は船の絵を広げた。
船首に、タムロンの描いた丸い頭がある。
いつの間にか、笑った口まで描き足されていた。
「消さないの?」
ノクティアが尋ねた。
「……棟梁に見せたら、何て言うかなと思って」
言ってから、顔を上げた。
ノクティアが僕を見ている。
オトフリートも見ていた。
ベラが、呆れたように言った。
「主よ。少し、面白がっておらぬか」
僕は炭筆を置いた。
タムロンのことを、あまり笑えない気がした。