アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
棟梁は、僕の絵を見た。
紙を持ち上げた。
少し離した。
そして、卓へ戻した。
「船は、どこだ」
「それです」
僕が答えると、隣で鍛冶職人が顔を伏せた。
肩が揺れている。
オトフリートは最初から、別の方を向いていた。
会合は、フリージアが用意してくれた倉庫脇の部屋で開かれた。厚い板の作業台が中央に置かれ、その周りへ椅子を集めてある。
窓は高く、明かりは十分だった。
壁際には水差し。
卓の上には紙と炭筆。
準備に不足はなかった。
足りないのは、僕の絵を船だと理解してくれる人だけだった。
「この先端が船首です。後ろの四角が部屋で、ここが甲板」
説明しながら指を動かす。
棟梁は、船首に描かれた丸い頭を見た。
「これは?」
「僕の席!」
タムロンが手を上げた。
棟梁は紙を少し回した。
「こっちを上にして見るなら、お前の席は船底だ」
「じゃあ、下を見られるね!」
「落ちるぞ」
「落ちないように造ってよ」
棟梁が、僕を見た。
僕は首を振った。
「その注文は、まだ受けてません」
*
まず、自己紹介をした。
船大工の棟梁はガルド。
鍛冶職人はエッダ。
工房では前掛けと煤に隠れていたが、明るい部屋で見るエッダは、棟梁よりずっと若かった。髪を短く束ね、仕事着の袖を肘まで捲っている。
棟梁は彼女を見て、少し眉を動かした。
「お前、あそこの親方のところにいたな」
「最後までいました」
「そうか」
それだけだった。
亡くなった名工について、長い思い出話は始まらなかった。
エッダは持ってきた包みを開いた。
中には、金具が幾つか入っている。
僕が工房で見たものと似ていた。
「何を造るかわからなかったんで、仕事の見本だけ」
ガルドは一つ取った。
指で縁を撫で、穴の位置を見て、別の金具と重ねる。
「揃ってるな」
「揃える仕事ですから」
「数を頼んでも、これで来るか」
「寸法を途中で変えなければ」
ガルドの口元が、少し緩んだ。
「変える時は、先に言う」
僕は二人を見た。
昨日まで別々の場所にいた職人たちが、金具を一つ挟んで話している。
僕が二人の腕を褒めるより、ずっと話が早かった。
*
「では、本日の相談を」
フリージアが紙を一枚置いた。
「建造の発注ではありません。構想を伺い、何を調べ、何を決める必要があるかを整理する席です」
「わかってる」
ガルドが頷く。
フリージアは僕にも目を向けた。
「棟梁の契約と負債については、引き続き確認しています。そちらの判断は別に」
「はい」
タムロンが机へ身を乗り出した。
「船は?」
「今からです」
彼は満足そうに座り直した。
僕は、エピタフから持ち帰った箱を開けた。
包みを外し、必要な図の写しを取り出す。
原本は、作業台の端へ敷いた布の上に置いた。
ガルドもエッダも、自然と手を拭いた。
その仕草を見て、僕は少し安心した。
*
「元になっているのは、魔力の塔の建造書です」
オトフリートが説明を始めた。
「船の設計図ではありません。魔力を供給し、各設備へ送るための仕組みや、構造についての資料です」
彼は写しを広げた。
細い線が交わり、幾つもの記号が書き込まれている。
僕には読める。
しかし、初めて見る職人たちにとっては、何の線なのかもわからないだろう。
「ここが、魔力を集めて送る部分です。そこから、この経路を通して——」
「待て。その線は、物としてあるのか?」
ガルドが遮った。
オトフリートは顔を上げた。
「ええ。加工を施した導管です」
「なら、太さが要る。どこを通すかもだ。梁を後から削って穴を開けるのは、避けたい」
エッダが横から指を出した。
「曲げていいんですか、この管」
「曲げ方によって、魔力の流れへ影響が出る可能性があります。接続部も含め、確認が必要ですね」
「じゃあ、船の中で適当に避けて通すわけにはいかない」
僕は空いた紙へ、必要な確認事項を書いた。
導管の太さ。
曲げられるか。
繫ぐ方法。
初めの三つだけで、もう船の絵とは違う話になっていた。
だが、これがなければ、絵のままで終わるのだ。
*
「その動力を積めば、浮くのか」
ガルドが尋ねた。
「それだけでは浮きません」
オトフリートが答える。
「動力源と、浮上を起こす仕組みは別です。さらに、浮いた後に前へ進めること、向きを変えること、止めることも考えなければなりません」
「止めるのは、大事」
ノクティアが言った。
タムロンが、不思議そうに首を傾げる。
「止まらなくても、ずっと回ってればいいんじゃない?」
「僕らは降りたいんだよ」
「縄を下ろして」
「荷物もある」
「投げて」
「本が入ってる」
オトフリートの声が、少し強くなった。
タムロンは笑った。
「じゃあ、止めよう」
決断は速かった。
ガルドが、新しい紙へ船の輪郭を描き始める。
炭が滑る。
底の線。
船首。
船尾。
僕が朝から眺めていた籠とは、明らかに違うものが現れた。
「船だ」
思わず言うと、ガルドは手を止めずに答えた。
「船だからな」
隣でエッダが、とうとう声を出して笑った。
*
横から見た形の隣へ、上から見た絵が描かれた。
船の内側は、まだ空白だった。
ガルドは中央へ線を引く。
「どこへ、どれだけ重さが載るかで、支え方を考える。今日は寸法まで決めん。何を積むか出してくれ」
「寝室」
ゼフィーリアが、間を置かずに言った。
「食料と水も」
僕が続ける。
「書物を置く場所が必要です」
オトフリートも言った。
ノクティアは、甲板を指した。
「見張れる場所。あと、外へ出る道は一つにしないで」
「妾の部屋もじゃ」
ベラの声に、ガルドの炭が止まった。
「剣掛けなら、壁につける」
「部屋!」
「……その話、必要なのか?」
棟梁が僕を見る。
僕は、少し考えてから頷いた。
「必要になります。人の姿も取れるので」
ガルドはベラを見た。
しばらく見ていた。
それから、人数の欄に書いた数字を確かめた。
「先に言え」
「昨日、五人って」
「五人目が壁に掛かると思ってたんだよ」
*
ゼフィーリアは、小さく切った紙を取った。
四角く折り、船の絵の上へ置く。
「このくらいが、私の部屋ですね」
ガルドの手が止まる。
「まだ大きさは決めてない」
「では、希望ということで」
ノクティアも紙を一枚取った。
「わたしは隣。扉はこっち」
「妾も、紙を寄越せ」
僕は小さな紙へ『ベラ』と書き、卓へ置いた。
ゼフィーリアがそれを取り、ノクティアの部屋の隣へ並べた。
いつの間にか、船の半分が埋まっている。
「ちょっと待って。まだ外側を考えてるんだけど」
僕が言うと、ゼフィーリアは真剣な顔で答えた。
「外側が決まってから、部屋が入りませんと言われても困ります」
「入るように考えるよ」
「では、今から置いておけばよいでしょう?」
ガルドが、炭を握り直した。
反論するのかと思った。
船の輪郭が、少し外へ広がった。
「大きくした!?」
「部屋を減らすか、船を広げるかだ。今、どっちが早いと思う」
僕は女性陣を見た。
誰も、自分の紙を引き取ろうとしなかった。
*
フリージアが、並んだ紙の間を指した。
「この扉では、向かい合って開くとぶつかりますね」
ノクティアが、自分の紙を少し動かす。
「じゃあ、ずらす」
「衣装箱は、どこへ置くのです?」
「こっちへ」
ゼフィーリアが紙を折り直した。
少し大きくなった。
僕はフリージアを見た。
「そこ、まとめてくれる側じゃないんですか」
「まとめています。暮らし始めてから毎朝揉めるより、今の方が安く済みます」
横でタムロンが、余った紙を長く丸めていた。
それを船首へ載せる。
「僕の席!」
ガルドが、無言で船の外へ移した。
タムロンは戻した。
ガルドがまた動かす。
僕は、その紙を預かった。
「落ちない造り方が決まるまで、保留で」
「約束だよ」
「採用の約束じゃないからね」
*
エッダが動力設備の写しを指した。
「これを載せる場所、なくなってますよ」
全員が船の絵を見た。
部屋。
収納。
書物。
食料。
まだ描いていない水まで考えると、空いている場所は少ない。
オトフリートが、設備用に紙を一枚切った。
中央へ置く。
ゼフィーリアの寝室と重なった。
「そこは私の部屋です」
「ここなら、重さを中央へ寄せられます」
「夜も動く設備ですか?」
「飛行を続けるなら、その可能性はあります」
「音は?」
「まだ、わかりません」
「熱は?」
「それも、調べないと」
ゼフィーリアは寝室の紙を取り上げた。
動力設備から、できるだけ離れたところへ置く。
ノクティアの紙も、その隣へ動いた。
ベラの紙は、僕が動かす前にゼフィーリアが連れていった。
居住区の移転は、驚くほど速かった。
「……今のは、助かった」
僕が呟くと、ガルドが頷いた。
「物を置けば、わかることはある」
棟梁は設備の周りへ、少し広く線を引いた。
「直す奴が入る場所も取れ。ぴったり囲ったら、壊れるたびに壁を剥がすことになる」
エッダが、その余白へ書き込む。
点検。
取り外し。
運び出す道。
皆が欲しがる場所の間へ、船を使い続けるための場所が増えていった。
*
昼を過ぎても、船は完成しなかった。
紙の上でさえ、まだ形が変わる。
けれど、最初の絵とは違っていた。
どこで眠るか。
どこへ荷を積むか。
重い設備を、どう支えるか。
誰かが置いた紙へ別の誰かが意見を出し、動かし、戻し、時には棟梁が船そのものを広げる。
僕は、紙の端に追いやられた最初の絵を見た。
籠の船だ。
タムロンが、その横へ顔を寄せた。
「面白くなってきたね」
「大変になってきたよ」
「同じじゃない?」
僕は返事を考えた。
その間にも、ベラが収納の大きさに文句を言い、ゼフィーリアが窓の位置を変え、オトフリートが導管の経路を描き直している。
エッダとガルドは、支える金具を別の紙へ描き始めていた。
「……今は、少し同じかも」
僕が答えると、タムロンは満足そうに笑った。
まだ、一枚の板も買っていない。
それなのに僕らはもう、船の中で暮らし始めていた。