アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第114話 船底に椅子をつけるな

 棟梁は、僕の絵を見た。

 

 紙を持ち上げた。

 

 少し離した。

 

 そして、卓へ戻した。

 

「船は、どこだ」

 

「それです」

 

 僕が答えると、隣で鍛冶職人が顔を伏せた。

 

 肩が揺れている。

 

 オトフリートは最初から、別の方を向いていた。

 

 会合は、フリージアが用意してくれた倉庫脇の部屋で開かれた。厚い板の作業台が中央に置かれ、その周りへ椅子を集めてある。

 

 窓は高く、明かりは十分だった。

 

 壁際には水差し。

 

 卓の上には紙と炭筆。

 

 準備に不足はなかった。

 

 足りないのは、僕の絵を船だと理解してくれる人だけだった。

 

「この先端が船首です。後ろの四角が部屋で、ここが甲板」

 

 説明しながら指を動かす。

 

 棟梁は、船首に描かれた丸い頭を見た。

 

「これは?」

 

「僕の席!」

 

 タムロンが手を上げた。

 

 棟梁は紙を少し回した。

 

「こっちを上にして見るなら、お前の席は船底だ」

 

「じゃあ、下を見られるね!」

 

「落ちるぞ」

 

「落ちないように造ってよ」

 

 棟梁が、僕を見た。

 

 僕は首を振った。

 

「その注文は、まだ受けてません」

 

     *

 

 まず、自己紹介をした。

 

 船大工の棟梁はガルド。

 

 鍛冶職人はエッダ。

 

 工房では前掛けと煤に隠れていたが、明るい部屋で見るエッダは、棟梁よりずっと若かった。髪を短く束ね、仕事着の袖を肘まで捲っている。

 

 棟梁は彼女を見て、少し眉を動かした。

 

「お前、あそこの親方のところにいたな」

 

「最後までいました」

 

「そうか」

 

 それだけだった。

 

 亡くなった名工について、長い思い出話は始まらなかった。

 

 エッダは持ってきた包みを開いた。

 

 中には、金具が幾つか入っている。

 

 僕が工房で見たものと似ていた。

 

「何を造るかわからなかったんで、仕事の見本だけ」

 

 ガルドは一つ取った。

 

 指で縁を撫で、穴の位置を見て、別の金具と重ねる。

 

「揃ってるな」

 

「揃える仕事ですから」

 

「数を頼んでも、これで来るか」

 

「寸法を途中で変えなければ」

 

 ガルドの口元が、少し緩んだ。

 

「変える時は、先に言う」

 

 僕は二人を見た。

 

 昨日まで別々の場所にいた職人たちが、金具を一つ挟んで話している。

 

 僕が二人の腕を褒めるより、ずっと話が早かった。

 

     *

 

「では、本日の相談を」

 

 フリージアが紙を一枚置いた。

 

「建造の発注ではありません。構想を伺い、何を調べ、何を決める必要があるかを整理する席です」

 

「わかってる」

 

 ガルドが頷く。

 

 フリージアは僕にも目を向けた。

 

「棟梁の契約と負債については、引き続き確認しています。そちらの判断は別に」

 

「はい」

 

 タムロンが机へ身を乗り出した。

 

「船は?」

 

「今からです」

 

 彼は満足そうに座り直した。

 

 僕は、エピタフから持ち帰った箱を開けた。

 

 包みを外し、必要な図の写しを取り出す。

 

 原本は、作業台の端へ敷いた布の上に置いた。

 

 ガルドもエッダも、自然と手を拭いた。

 

 その仕草を見て、僕は少し安心した。

 

     *

 

「元になっているのは、魔力の塔の建造書です」

 

 オトフリートが説明を始めた。

 

「船の設計図ではありません。魔力を供給し、各設備へ送るための仕組みや、構造についての資料です」

 

 彼は写しを広げた。

 

 細い線が交わり、幾つもの記号が書き込まれている。

 

 僕には読める。

 

 しかし、初めて見る職人たちにとっては、何の線なのかもわからないだろう。

 

「ここが、魔力を集めて送る部分です。そこから、この経路を通して——」

 

「待て。その線は、物としてあるのか?」

 

 ガルドが遮った。

 

 オトフリートは顔を上げた。

 

「ええ。加工を施した導管です」

 

「なら、太さが要る。どこを通すかもだ。梁を後から削って穴を開けるのは、避けたい」

 

 エッダが横から指を出した。

 

「曲げていいんですか、この管」

 

「曲げ方によって、魔力の流れへ影響が出る可能性があります。接続部も含め、確認が必要ですね」

 

「じゃあ、船の中で適当に避けて通すわけにはいかない」

 

 僕は空いた紙へ、必要な確認事項を書いた。

 

 導管の太さ。

 

 曲げられるか。

 

 繫ぐ方法。

 

 初めの三つだけで、もう船の絵とは違う話になっていた。

 

 だが、これがなければ、絵のままで終わるのだ。

 

     *

 

「その動力を積めば、浮くのか」

 

 ガルドが尋ねた。

 

「それだけでは浮きません」

 

 オトフリートが答える。

 

「動力源と、浮上を起こす仕組みは別です。さらに、浮いた後に前へ進めること、向きを変えること、止めることも考えなければなりません」

 

「止めるのは、大事」

 

 ノクティアが言った。

 

 タムロンが、不思議そうに首を傾げる。

 

「止まらなくても、ずっと回ってればいいんじゃない?」

 

「僕らは降りたいんだよ」

 

「縄を下ろして」

 

「荷物もある」

 

「投げて」

 

「本が入ってる」

 

 オトフリートの声が、少し強くなった。

 

 タムロンは笑った。

 

「じゃあ、止めよう」

 

 決断は速かった。

 

 ガルドが、新しい紙へ船の輪郭を描き始める。

 

 炭が滑る。

 

 底の線。

 

 船首。

 

 船尾。

 

 僕が朝から眺めていた籠とは、明らかに違うものが現れた。

 

「船だ」

 

 思わず言うと、ガルドは手を止めずに答えた。

 

「船だからな」

 

 隣でエッダが、とうとう声を出して笑った。

 

     *

 

 横から見た形の隣へ、上から見た絵が描かれた。

 

 船の内側は、まだ空白だった。

 

 ガルドは中央へ線を引く。

 

「どこへ、どれだけ重さが載るかで、支え方を考える。今日は寸法まで決めん。何を積むか出してくれ」

 

「寝室」

 

 ゼフィーリアが、間を置かずに言った。

 

「食料と水も」

 

 僕が続ける。

 

「書物を置く場所が必要です」

 

 オトフリートも言った。

 

 ノクティアは、甲板を指した。

 

「見張れる場所。あと、外へ出る道は一つにしないで」

 

「妾の部屋もじゃ」

 

 ベラの声に、ガルドの炭が止まった。

 

「剣掛けなら、壁につける」

 

「部屋!」

 

「……その話、必要なのか?」

 

 棟梁が僕を見る。

 

 僕は、少し考えてから頷いた。

 

「必要になります。人の姿も取れるので」

 

 ガルドはベラを見た。

 

 しばらく見ていた。

 

 それから、人数の欄に書いた数字を確かめた。

 

「先に言え」

 

「昨日、五人って」

 

「五人目が壁に掛かると思ってたんだよ」

 

     *

 

 ゼフィーリアは、小さく切った紙を取った。

 

 四角く折り、船の絵の上へ置く。

 

「このくらいが、私の部屋ですね」

 

 ガルドの手が止まる。

 

「まだ大きさは決めてない」

 

「では、希望ということで」

 

 ノクティアも紙を一枚取った。

 

「わたしは隣。扉はこっち」

 

「妾も、紙を寄越せ」

 

 僕は小さな紙へ『ベラ』と書き、卓へ置いた。

 

 ゼフィーリアがそれを取り、ノクティアの部屋の隣へ並べた。

 

 いつの間にか、船の半分が埋まっている。

 

「ちょっと待って。まだ外側を考えてるんだけど」

 

 僕が言うと、ゼフィーリアは真剣な顔で答えた。

 

「外側が決まってから、部屋が入りませんと言われても困ります」

 

「入るように考えるよ」

 

「では、今から置いておけばよいでしょう?」

 

 ガルドが、炭を握り直した。

 

 反論するのかと思った。

 

 船の輪郭が、少し外へ広がった。

 

「大きくした!?」

 

「部屋を減らすか、船を広げるかだ。今、どっちが早いと思う」

 

 僕は女性陣を見た。

 

 誰も、自分の紙を引き取ろうとしなかった。

 

     *

 

 フリージアが、並んだ紙の間を指した。

 

「この扉では、向かい合って開くとぶつかりますね」

 

 ノクティアが、自分の紙を少し動かす。

 

「じゃあ、ずらす」

 

「衣装箱は、どこへ置くのです?」

 

「こっちへ」

 

 ゼフィーリアが紙を折り直した。

 

 少し大きくなった。

 

 僕はフリージアを見た。

 

「そこ、まとめてくれる側じゃないんですか」

 

「まとめています。暮らし始めてから毎朝揉めるより、今の方が安く済みます」

 

 横でタムロンが、余った紙を長く丸めていた。

 

 それを船首へ載せる。

 

「僕の席!」

 

 ガルドが、無言で船の外へ移した。

 

 タムロンは戻した。

 

 ガルドがまた動かす。

 

 僕は、その紙を預かった。

 

「落ちない造り方が決まるまで、保留で」

 

「約束だよ」

 

「採用の約束じゃないからね」

 

     *

 

 エッダが動力設備の写しを指した。

 

「これを載せる場所、なくなってますよ」

 

 全員が船の絵を見た。

 

 部屋。

 

 収納。

 

 書物。

 

 食料。

 

 まだ描いていない水まで考えると、空いている場所は少ない。

 

 オトフリートが、設備用に紙を一枚切った。

 

 中央へ置く。

 

 ゼフィーリアの寝室と重なった。

 

「そこは私の部屋です」

 

「ここなら、重さを中央へ寄せられます」

 

「夜も動く設備ですか?」

 

「飛行を続けるなら、その可能性はあります」

 

「音は?」

 

「まだ、わかりません」

 

「熱は?」

 

「それも、調べないと」

 

 ゼフィーリアは寝室の紙を取り上げた。

 

 動力設備から、できるだけ離れたところへ置く。

 

 ノクティアの紙も、その隣へ動いた。

 

 ベラの紙は、僕が動かす前にゼフィーリアが連れていった。

 

 居住区の移転は、驚くほど速かった。

 

「……今のは、助かった」

 

 僕が呟くと、ガルドが頷いた。

 

「物を置けば、わかることはある」

 

 棟梁は設備の周りへ、少し広く線を引いた。

 

「直す奴が入る場所も取れ。ぴったり囲ったら、壊れるたびに壁を剥がすことになる」

 

 エッダが、その余白へ書き込む。

 

 点検。

 

 取り外し。

 

 運び出す道。

 

 皆が欲しがる場所の間へ、船を使い続けるための場所が増えていった。

 

     *

 

 昼を過ぎても、船は完成しなかった。

 

 紙の上でさえ、まだ形が変わる。

 

 けれど、最初の絵とは違っていた。

 

 どこで眠るか。

 

 どこへ荷を積むか。

 

 重い設備を、どう支えるか。

 

 誰かが置いた紙へ別の誰かが意見を出し、動かし、戻し、時には棟梁が船そのものを広げる。

 

 僕は、紙の端に追いやられた最初の絵を見た。

 

 籠の船だ。

 

 タムロンが、その横へ顔を寄せた。

 

「面白くなってきたね」

 

「大変になってきたよ」

 

「同じじゃない?」

 

 僕は返事を考えた。

 

 その間にも、ベラが収納の大きさに文句を言い、ゼフィーリアが窓の位置を変え、オトフリートが導管の経路を描き直している。

 

 エッダとガルドは、支える金具を別の紙へ描き始めていた。

 

「……今は、少し同じかも」

 

 僕が答えると、タムロンは満足そうに笑った。

 

 まだ、一枚の板も買っていない。

 

 それなのに僕らはもう、船の中で暮らし始めていた。

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