アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
僕の寝る場所がなかった。
船の絵を、右から見る。
左からも見る。
ノクティアの部屋がある。ゼフィーリアの部屋がある。ベラの部屋まで、ちゃんとある。
オトフリートは書物を置く場所の隅へ、寝台を描き足していた。
僕は紙の上へ指を置いた。
「ここ、何?」
「階段」
ガルドが答えた。
「こっちは?」
「食料」
「じゃあ、この空いてるところは」
「扉が開く」
僕は顔を上げた。
「僕、どこで寝るの?」
卓を囲んでいた全員が、船の絵を見た。
しばらく、誰も喋らなかった。
ベラが言った。
「主よ。甲板は広いぞ」
「屋根のあるところで寝たい」
「空が近いのに?」
タムロンまで加わった。
「近くなくていいから、雨を避けたいんだよ」
飛空船の発案者に対する扱いとして、いささか冷たいと思う。
*
ゼフィーリアが、自分の部屋の紙を持ち上げた。
「では、こちらを少し広くすれば?」
ノクティアの指が、その紙の端を押さえた。
「動かすと、廊下がなくなる」
「棟梁が、外側を広げればよいのでは?」
「また俺か」
ガルドが炭筆を置いた。
彼の前には、描き直した船の輪郭が何本も重なっていた。
いちばん外の線を使うのか、途中の線まで戻すのか。僕には、もう少しわからなくなり始めている。
ガルドは、細長い板切れを持ち上げた。
「いいか。ここへ一部屋足したら、寝台一つ分の金で済むわけじゃねえ。床が延びる。壁が増える。それを支える材も要る」
「重さも増えますね」
オトフリートが言った。
「そうだ。今は、どれだけ持ち上がるかも決まってねえんだろう?」
僕は頷いた。
そこでエッダが、余った紙へ小さな四角を描いた。
「寝台の幅だけなら、このくらいですよね」
「うん」
「それで、着替える時は?」
僕は四角の横を指した。
「ここに立って」
「そこ、壁です」
僕は手を引っ込めた。
ガルドが、深く頷いた。
「部屋ってのは、寝台を箱に入れたものじゃねえんだ」
*
結局、僕の部屋は、収納の配置を変えて確保された。
大きくはない。
だが、寝台がある。
立てる。
扉も開く。
それを確認しただけで、随分と立派な部屋に思えてきた。
「船長室だね」
タムロンが言った。
「僕が船長?」
「君の船でしょ?」
「操縦できるかも、まだわからないんだけど」
「じゃあ、今は部屋長だ」
ベラが笑った。
僕は自分の部屋の紙へ、『ルクスン』とだけ書いた。
余計な肩書きはいらない。
名前が載っていれば、次に見た時、物置になっていることはないだろう。
たぶん。
*
食事を挟んでから、話は魔法の設備へ戻った。
塔の建造書そのものは、布を敷いた卓の端へ置いてある。食べ物や水は別の台へ移し、図面の写しだけを中央へ広げた。
オトフリートが図の一部を指した。
「塔では、この位置を固定した前提で導管が配置されています。船では動きますから、接続部へ力がかかった時のことも考えなければなりません」
エッダが、写しへ顔を近づける。
「固く留めすぎても、揺れた時に逃げ場がなくなるかもしれませんね」
「船は、多少しなる」
ガルドが、自分の描いた船体へ線を足した。
「しならせるところと、動かしちゃいけねえところを分けたい。魔法の管がどっちなのか、先に教えてくれ」
僕は書き留めた。
船体がしなる。
導管の継ぎ目。
設備を支える枠。
気づけば、空飛ぶ船の相談なのに、空の話をほとんどしていない。
水の上の船ですら、僕が思っていたより複雑だった。
「この動力部分だけで、重さはどれくらいになりますか」
エッダの問いに、オトフリートは頁をめくった。
「材料を置き換えられるかどうかで変わります。今ここで数字を決めるのは、難しいですね」
「じゃあ、わからないままにしとこう」
ガルドが言った。
僕は少し驚いて、彼を見る。
棟梁は設備の上へ、大きく印をつけた。
「適当な重さで考えて、後から倍になったら困る。わからねえところが、どこかわかるようにしておけ」
僕も、頷いて書き加えた。
重量、未定。
船にはまだ、そういう場所がたくさんあった。
*
「ところで、水は?」
フリージアが尋ねた。
僕は船の中央付近へ置いた紙を指した。
「ここに積むつもりです」
「飲む分だけでしょうか」
「料理にも使うし、洗うのにも」
「どの程度、洗うおつもりで?」
妙に具体的な質問だった。
ゼフィーリアが顔を上げた。
「身体を拭くだけの日が続くのは、避けたいですね」
ノクティアも頷いた。
「砂が入ると、髪が大変」
「妾も、湯は欲しい」
ベラまで言う。
僕は水の紙を見た。
小さい。
紙の大きさを変えたところで、水そのものが湧くわけではない。
「……湯を使う場所も作る?」
口にした途端、女性陣の視線が集まった。
ガルドは、すぐには船の外側を広げなかった。
「水をどこから入れて、どう抜くか決めろ。使った水を、船の中へ溜めるなよ」
「空から捨てる?」
タムロンが言った。
「人の上に落とさないでね」
僕が答えると、彼は楽しそうに目を細めた。
「びっくりするだろうねえ」
「びっくりで済まない量になるかもしれないんだよ」
「なら、下を見られる席が必要だ」
彼は、保留にしたはずの船首の席を引き寄せた。
僕は、その紙をまた遠ざけた。
「別の理由をつけて戻さないで」
*
エッダは水回りの案を描きながら、船の壁を指した。
「ここへ管を通すなら、外から直せるようにしたいです」
「飛んでる途中に?」
僕が尋ねる。
「地面に降りてからです」
「ああ」
僕は頷きかけ、止まった。
降りる。
地面へ。
僕らは、同時に横から見た船の絵へ目を向けた。
船底は丸い。
水へ浮かべる船なのだから、当然だった。
タムロンが首を傾げた。
「置いたら、倒れるね」
ガルドは額を押さえた。
「だから、外側を先に考えたかったんだよ」
*
地面へ降りる時に、何で支えるか。
着水もできるようにするか。
どこへ階段を出せば、人と荷物が下りられるか。
話すことが、また増えた。
僕は別の紙へ、船の下に脚を描いた。
エッダが、それを見た。
「これは、どうやって出すんです?」
「下ろして」
「何で?」
僕は脚の付け根へ、丸を描いた。
「ここを動かして」
「動かす力は?」
僕はオトフリートを見た。
彼は、ゆっくり首を振った。
「こちらを見れば解決するわけではありませんよ」
エッダが笑い、紙を引き寄せた。
「最初から複雑にしなくても、地上で使う台を別に用意する方法はあります。ただ、その台も運ぶなら荷物になります」
「船と別々に落としたら、駄目?」
タムロンが尋ねた。
「自分で拾ってきてくれ」
ガルドが答える。
「面倒だなあ」
「造る方もだ」
棟梁は、脚の絵を消さなかった。
脇へ小さく、『着地方法、要検討』と書いた。
保留の印が、船の下にも増えた。
*
午後の光が、卓の上を移動していた。
紙を押さえる金具の影が、長くなっている。
僕は肩を回し、改めて全体を眺めた。
船として成立しているのか。
魔法で動くのか。
まだ、答えは出ていない。
けれど、何を載せたいのかは、朝よりずっとわかる。
僕らの寝る場所。
一緒に食べる場所。
旅の食料と水。
オトフリートの書物。
手入れをする道具と、壊れた物を直すための場所。
どれも、今までの旅で欲しかったものだった。
「主よ」
ベラに呼ばれ、顔を上げる。
「そこの通路を、指で辿ってみよ」
言われた通りに、自分の部屋から指を動かした。
廊下へ出る。
階段へ向かう。
途中で、動力設備の紙にぶつかった。
「……通れない」
「妾の部屋からもじゃ」
ガルドが椅子を引き寄せた。
「よし。ここから、直すぞ」
誰も、もう帰ろうとは言わなかった。
*
紙を動かし、線を引き直す。
通路がつながり、扉が開くようになる。
オトフリートが導管を通す場所を残し、エッダが点検のための隙間を足す。ノクティアは甲板へ出る経路を確かめ、ゼフィーリアは寝台のすぐ脇を人が歩かない配置を求めた。
僕は、そのたびに自分の部屋の位置を確認した。
油断すると、水になる。
タムロンは椅子へ膝を抱えて座り、僕らの手元を見ていた。
不意に、彼が笑う。
「ねえ、これ、本当に造れたらさ」
全員が、少しだけ顔を上げた。
「帰りたくない場所へ、帰らなくてよくなるんだね」
僕の指が止まった。
タムロンは船の絵を見ていた。
いつもの、面白がっている顔だった。
その言葉にどれほどの意味を込めたのか、僕にはわからない。
けれど、答えは決まっていた。
「うん。そのためにも、造りたい」
ガルドは何も言わなかった。
ただ、僕の部屋へ通じる廊下の線を、太く引き直した。
*
帰る前に、フリージアが紙の隅へ日付を記した。
「本日の案として、残しておきます。変更した理由も、わかる範囲で添えておきましょう」
「これ、持って帰って考えても?」
僕が尋ねると、彼女は頷いた。
「写しを作ります。こちらにも一部」
僕は船の絵を覗き込んだ。
ガルドが最後に書き足した文字がある。
ルクスンの部屋。
その下に、小さく一行。
――これ以上、削らない。
「棟梁」
「何だ」
「ありがとう」
「船主が廊下で寝てたら、造った方の評判が悪くなる」
僕は笑った。
まだ船主にもなっていない。
船そのものも、紙の上で何度も形を変えている。
それでも、自分の寝る場所があるだけで、その船を少し身近に感じた。
空を飛ぶ仕組みも、材料も、金も、これからだ。
僕らの席だけは、ようやく揃った。