アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第115話 船長の寝る場所

 僕の寝る場所がなかった。

 

 船の絵を、右から見る。

 

 左からも見る。

 

 ノクティアの部屋がある。ゼフィーリアの部屋がある。ベラの部屋まで、ちゃんとある。

 

 オトフリートは書物を置く場所の隅へ、寝台を描き足していた。

 

 僕は紙の上へ指を置いた。

 

「ここ、何?」

 

「階段」

 

 ガルドが答えた。

 

「こっちは?」

 

「食料」

 

「じゃあ、この空いてるところは」

 

「扉が開く」

 

 僕は顔を上げた。

 

「僕、どこで寝るの?」

 

 卓を囲んでいた全員が、船の絵を見た。

 

 しばらく、誰も喋らなかった。

 

 ベラが言った。

 

「主よ。甲板は広いぞ」

 

「屋根のあるところで寝たい」

 

「空が近いのに?」

 

 タムロンまで加わった。

 

「近くなくていいから、雨を避けたいんだよ」

 

 飛空船の発案者に対する扱いとして、いささか冷たいと思う。

 

     *

 

 ゼフィーリアが、自分の部屋の紙を持ち上げた。

 

「では、こちらを少し広くすれば?」

 

 ノクティアの指が、その紙の端を押さえた。

 

「動かすと、廊下がなくなる」

 

「棟梁が、外側を広げればよいのでは?」

 

「また俺か」

 

 ガルドが炭筆を置いた。

 

 彼の前には、描き直した船の輪郭が何本も重なっていた。

 

 いちばん外の線を使うのか、途中の線まで戻すのか。僕には、もう少しわからなくなり始めている。

 

 ガルドは、細長い板切れを持ち上げた。

 

「いいか。ここへ一部屋足したら、寝台一つ分の金で済むわけじゃねえ。床が延びる。壁が増える。それを支える材も要る」

 

「重さも増えますね」

 

 オトフリートが言った。

 

「そうだ。今は、どれだけ持ち上がるかも決まってねえんだろう?」

 

 僕は頷いた。

 

 そこでエッダが、余った紙へ小さな四角を描いた。

 

「寝台の幅だけなら、このくらいですよね」

 

「うん」

 

「それで、着替える時は?」

 

 僕は四角の横を指した。

 

「ここに立って」

 

「そこ、壁です」

 

 僕は手を引っ込めた。

 

 ガルドが、深く頷いた。

 

「部屋ってのは、寝台を箱に入れたものじゃねえんだ」

 

     *

 

 結局、僕の部屋は、収納の配置を変えて確保された。

 

 大きくはない。

 

 だが、寝台がある。

 

 立てる。

 

 扉も開く。

 

 それを確認しただけで、随分と立派な部屋に思えてきた。

 

「船長室だね」

 

 タムロンが言った。

 

「僕が船長?」

 

「君の船でしょ?」

 

「操縦できるかも、まだわからないんだけど」

 

「じゃあ、今は部屋長だ」

 

 ベラが笑った。

 

 僕は自分の部屋の紙へ、『ルクスン』とだけ書いた。

 

 余計な肩書きはいらない。

 

 名前が載っていれば、次に見た時、物置になっていることはないだろう。

 

 たぶん。

 

     *

 

 食事を挟んでから、話は魔法の設備へ戻った。

 

 塔の建造書そのものは、布を敷いた卓の端へ置いてある。食べ物や水は別の台へ移し、図面の写しだけを中央へ広げた。

 

 オトフリートが図の一部を指した。

 

「塔では、この位置を固定した前提で導管が配置されています。船では動きますから、接続部へ力がかかった時のことも考えなければなりません」

 

 エッダが、写しへ顔を近づける。

 

「固く留めすぎても、揺れた時に逃げ場がなくなるかもしれませんね」

 

「船は、多少しなる」

 

 ガルドが、自分の描いた船体へ線を足した。

 

「しならせるところと、動かしちゃいけねえところを分けたい。魔法の管がどっちなのか、先に教えてくれ」

 

 僕は書き留めた。

 

 船体がしなる。

 

 導管の継ぎ目。

 

 設備を支える枠。

 

 気づけば、空飛ぶ船の相談なのに、空の話をほとんどしていない。

 

 水の上の船ですら、僕が思っていたより複雑だった。

 

「この動力部分だけで、重さはどれくらいになりますか」

 

 エッダの問いに、オトフリートは頁をめくった。

 

「材料を置き換えられるかどうかで変わります。今ここで数字を決めるのは、難しいですね」

 

「じゃあ、わからないままにしとこう」

 

 ガルドが言った。

 

 僕は少し驚いて、彼を見る。

 

 棟梁は設備の上へ、大きく印をつけた。

 

「適当な重さで考えて、後から倍になったら困る。わからねえところが、どこかわかるようにしておけ」

 

 僕も、頷いて書き加えた。

 

 重量、未定。

 

 船にはまだ、そういう場所がたくさんあった。

 

     *

 

「ところで、水は?」

 

 フリージアが尋ねた。

 

 僕は船の中央付近へ置いた紙を指した。

 

「ここに積むつもりです」

 

「飲む分だけでしょうか」

 

「料理にも使うし、洗うのにも」

 

「どの程度、洗うおつもりで?」

 

 妙に具体的な質問だった。

 

 ゼフィーリアが顔を上げた。

 

「身体を拭くだけの日が続くのは、避けたいですね」

 

 ノクティアも頷いた。

 

「砂が入ると、髪が大変」

 

「妾も、湯は欲しい」

 

 ベラまで言う。

 

 僕は水の紙を見た。

 

 小さい。

 

 紙の大きさを変えたところで、水そのものが湧くわけではない。

 

「……湯を使う場所も作る?」

 

 口にした途端、女性陣の視線が集まった。

 

 ガルドは、すぐには船の外側を広げなかった。

 

「水をどこから入れて、どう抜くか決めろ。使った水を、船の中へ溜めるなよ」

 

「空から捨てる?」

 

 タムロンが言った。

 

「人の上に落とさないでね」

 

 僕が答えると、彼は楽しそうに目を細めた。

 

「びっくりするだろうねえ」

 

「びっくりで済まない量になるかもしれないんだよ」

 

「なら、下を見られる席が必要だ」

 

 彼は、保留にしたはずの船首の席を引き寄せた。

 

 僕は、その紙をまた遠ざけた。

 

「別の理由をつけて戻さないで」

 

     *

 

 エッダは水回りの案を描きながら、船の壁を指した。

 

「ここへ管を通すなら、外から直せるようにしたいです」

 

「飛んでる途中に?」

 

 僕が尋ねる。

 

「地面に降りてからです」

 

「ああ」

 

 僕は頷きかけ、止まった。

 

 降りる。

 

 地面へ。

 

 僕らは、同時に横から見た船の絵へ目を向けた。

 

 船底は丸い。

 

 水へ浮かべる船なのだから、当然だった。

 

 タムロンが首を傾げた。

 

「置いたら、倒れるね」

 

 ガルドは額を押さえた。

 

「だから、外側を先に考えたかったんだよ」

 

     *

 

 地面へ降りる時に、何で支えるか。

 

 着水もできるようにするか。

 

 どこへ階段を出せば、人と荷物が下りられるか。

 

 話すことが、また増えた。

 

 僕は別の紙へ、船の下に脚を描いた。

 

 エッダが、それを見た。

 

「これは、どうやって出すんです?」

 

「下ろして」

 

「何で?」

 

 僕は脚の付け根へ、丸を描いた。

 

「ここを動かして」

 

「動かす力は?」

 

 僕はオトフリートを見た。

 

 彼は、ゆっくり首を振った。

 

「こちらを見れば解決するわけではありませんよ」

 

 エッダが笑い、紙を引き寄せた。

 

「最初から複雑にしなくても、地上で使う台を別に用意する方法はあります。ただ、その台も運ぶなら荷物になります」

 

「船と別々に落としたら、駄目?」

 

 タムロンが尋ねた。

 

「自分で拾ってきてくれ」

 

 ガルドが答える。

 

「面倒だなあ」

 

「造る方もだ」

 

 棟梁は、脚の絵を消さなかった。

 

 脇へ小さく、『着地方法、要検討』と書いた。

 

 保留の印が、船の下にも増えた。

 

     *

 

 午後の光が、卓の上を移動していた。

 

 紙を押さえる金具の影が、長くなっている。

 

 僕は肩を回し、改めて全体を眺めた。

 

 船として成立しているのか。

 

 魔法で動くのか。

 

 まだ、答えは出ていない。

 

 けれど、何を載せたいのかは、朝よりずっとわかる。

 

 僕らの寝る場所。

 

 一緒に食べる場所。

 

 旅の食料と水。

 

 オトフリートの書物。

 

 手入れをする道具と、壊れた物を直すための場所。

 

 どれも、今までの旅で欲しかったものだった。

 

「主よ」

 

 ベラに呼ばれ、顔を上げる。

 

「そこの通路を、指で辿ってみよ」

 

 言われた通りに、自分の部屋から指を動かした。

 

 廊下へ出る。

 

 階段へ向かう。

 

 途中で、動力設備の紙にぶつかった。

 

「……通れない」

 

「妾の部屋からもじゃ」

 

 ガルドが椅子を引き寄せた。

 

「よし。ここから、直すぞ」

 

 誰も、もう帰ろうとは言わなかった。

 

     *

 

 紙を動かし、線を引き直す。

 

 通路がつながり、扉が開くようになる。

 

 オトフリートが導管を通す場所を残し、エッダが点検のための隙間を足す。ノクティアは甲板へ出る経路を確かめ、ゼフィーリアは寝台のすぐ脇を人が歩かない配置を求めた。

 

 僕は、そのたびに自分の部屋の位置を確認した。

 

 油断すると、水になる。

 

 タムロンは椅子へ膝を抱えて座り、僕らの手元を見ていた。

 

 不意に、彼が笑う。

 

「ねえ、これ、本当に造れたらさ」

 

 全員が、少しだけ顔を上げた。

 

「帰りたくない場所へ、帰らなくてよくなるんだね」

 

 僕の指が止まった。

 

 タムロンは船の絵を見ていた。

 

 いつもの、面白がっている顔だった。

 

 その言葉にどれほどの意味を込めたのか、僕にはわからない。

 

 けれど、答えは決まっていた。

 

「うん。そのためにも、造りたい」

 

 ガルドは何も言わなかった。

 

 ただ、僕の部屋へ通じる廊下の線を、太く引き直した。

 

     *

 

 帰る前に、フリージアが紙の隅へ日付を記した。

 

「本日の案として、残しておきます。変更した理由も、わかる範囲で添えておきましょう」

 

「これ、持って帰って考えても?」

 

 僕が尋ねると、彼女は頷いた。

 

「写しを作ります。こちらにも一部」

 

 僕は船の絵を覗き込んだ。

 

 ガルドが最後に書き足した文字がある。

 

 ルクスンの部屋。

 

 その下に、小さく一行。

 

 ――これ以上、削らない。

 

「棟梁」

 

「何だ」

 

「ありがとう」

 

「船主が廊下で寝てたら、造った方の評判が悪くなる」

 

 僕は笑った。

 

 まだ船主にもなっていない。

 

 船そのものも、紙の上で何度も形を変えている。

 

 それでも、自分の寝る場所があるだけで、その船を少し身近に感じた。

 

 空を飛ぶ仕組みも、材料も、金も、これからだ。

 

 僕らの席だけは、ようやく揃った。

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