アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第117話 砂の下の財布

 金策の相談をするには、朝食の後がいい。

 

 空腹のときに大きな話をすると、たいてい機嫌まで悪くなる。かといって夕食の後では、眠いから明日にしようと言われかねない。

 

 だから僕は、全員が食べ終わったところで、宿の部屋に船の絵を広げた。

 

 昨日までは、これを見るだけで少し嬉しかった。

 

 今日は横に置いた紙が、その喜びを削ってくる。

 

 材木。金具。人手。運搬。試作。

 

 まだ金額の入っていない欄が、かえって恐ろしい。

 

「昨日のお話の続きですね」

 

 オトフリートが椅子を引いた。

 

「うん。船を造るためのお金について」

 

「妾の部屋は削らせぬぞ」

 

 寝台に腰を下ろしたベラが、早くも釘を刺した。

 

 今日は人の姿だ。銀色の髪を肩の後ろへ払い、図面を覗き込んでいる。

 

「部屋を一つ減らして何とかなる額じゃないと思う」

 

「ならばよい」

 

「よくはないんだけど」

 

 ノクティアは窓際に立ったまま、腕を組んだ。

 

「当てはあるんでしょう?」

 

「ある」

 

「昨日から、言いたそうな顔をしてた」

 

 隠せていなかったらしい。

 

 ゼフィーリアが卓上の湯飲みを脇へ寄せる。

 

「では、伺いましょう。どなたのお財布を開けるおつもりですか?」

 

「まだ誰かの財布って決まったわけじゃ——」

 

 そこで、ふと思いついた。

 

 横を見る。

 

 オトフリートも僕を見た。

 

「……何ですか」

 

「あとはオトフリートの実家名義で——」

 

「しませんよ? 金策はご自分でやってください」

 

 早かった。

 

 まだ借りるとも、保証を頼むとも言っていない。

 

「最後まで聞いてからでも」

 

「最後まで聞くと、私が断るまでが長くなるだけでしょう」

 

「信用がない」

 

「ありますよ。今の笑顔で、私の実家に利益のある話をする方ではないと信用しています」

 

 ベラが腹を抱えた。

 

 ゼフィーリアまで口元を押さえている。

 

 僕は咳払いをして、もう一枚、何も書かれていない紙を取り出した。

 

「本命は別にある」

 

「でしょうね」

 

 ノクティアが窓辺を離れた。

 

「場所は?」

 

「カーン砂漠」

 

 卓を囲む空気が変わった。

 

 僕は紙に大まかな線を引いた。

 

 船の絵よりは、まだましなものになったと思う。

 

「カーン王国の王墓。そこに、欲しい物がある」

 

     *

 

「ビカム・ノーライフキング」

 

 僕がその名を口にすると、オトフリートの手が止まった。

 

 紙を押さえていた指が、ゆっくり離れる。

 

「……その魔導書が、王墓にあると?」

 

「うん」

 

「場所も分かるのですか」

 

「どの王墓かは分かる。ただ、そこまでの旅程や、今の入口の状態までは確認しないといけない」

 

 砂漠の道を、記憶だけで歩くつもりはなかった。

 

 知っていることと、現地で調べることは別だ。

 

 ノクティアが僕の描いた線を見た。

 

「墓の中は?」

 

「全部を知ってるわけじゃない。守っている奴は分かる」

 

「何?」

 

「マスターマミー」

 

 ベラが笑うのをやめた。

 

 オトフリートが椅子の背にもたれ、天井を見上げた。

 

「船を造るお金の相談でしたよね」

 

「そうだよ」

 

「どうして死者の王になる魔導書と、その墓守の話になるのでしょう」

 

「高く売れそうだから」

 

 口に出すと、ひどく単純な理由だった。

 

 でも、単純な理由で危険な遺跡へ入るのは、冒険者には珍しくない。

 

 古代王国の財宝を持ち帰る。

 

 魔法の武器を手に入れる。

 

 希少な書物を見つける。

 

 今回は、船が欲しい。

 

「魔術師ギルドに買い取ってもらう。内容が内容だから、値段だけじゃなくて、持ち帰ったこと自体も実績になると思う」

 

 オトフリートは、すぐには頷かなかった。

 

「価値があることには同意します。ただ、買い取り額を決めるのは私たちではありません。現物の状態も、記述が完全かどうかも分からない」

 

「うん。船一隻分になるって、先に約束するつもりはないよ」

 

「それなら結構です」

 

「前金と、試作を始める分くらいにはしたいけど」

 

「希望は持っていて構いません」

 

 言い方が、妙に先生らしかった。

 

 ゼフィーリアが頬杖をつく。

 

「ルクスン様ご自身が、お使いになるのではないのですね」

 

「ならないよ」

 

「永遠に船の完成を待てるようにはなりますが」

 

「僕は、生きてるうちに乗りたいんだ」

 

「妾も、干からびた主と同じ部屋には入りとうない」

 

 ベラが顔をしかめる。

 

「だから、ならないって」

 

 否定してから、僕は卓上の船を見た。

 

 風が通る甲板。

 

 食事をする場所。

 

 眠る部屋。

 

 あれを手に入れるために、自分が食事も眠りも要らない身体になるのは、どう考えても順序がおかしい。

 

     *

 

「それで」

 

 ノクティアが、僕の右手を見た。

 

「その顔は何?」

 

「どんな顔?」

 

「殴れば済むと思ってる顔」

 

「そこまでは思ってない」

 

「少しは?」

 

「……少し」

 

 僕は右の拳を握った。

 

 相手がアンデッドなら、僕には頼れる手段がある。

 

 魔法の武器を買い揃えるところから始めなくてもいい。実体のない相手に、普通の剣を振って途方に暮れることもない。

 

 そこは大きい。

 

 大きいけれど。

 

「主よ。殴るには近づかねばならぬぞ」

 

「分かってる」

 

「近づけば向こうも殴れる」

 

「それも分かってる」

 

 ゼフィーリアが、握った拳へそっと指を添えた。

 

「手が届けば勝ち、というお話にはしないでくださいね。こちらの手が届く前に、何をされるかも考えましょう」

 

 静かな声に、僕は拳を開いた。

 

 レイスのいた要塞でも、右手だけで全部片づいたわけではない。

 

 そこへ至るまでに通路があり、扉があり、罠がある。休む場所も必要だった。

 

 墓守を知っているからといって、墓そのものを攻略したことにはならない。

 

「まず、旅の用意と情報を集める。王墓の中では、ノクティアに先を見てもらう。僕が勝手に突っ込まない」

 

「最後のところ、覚えておいて」

 

「はい」

 

 オトフリートが紙を手前へ寄せた。

 

「書物を運び出す準備も必要ですね。見つけたものを、その場で無造作に開かないこと。保管状態によっては、触るだけで傷めます」

 

「丈夫な箱を用意しよう」

 

「砂を入れない工夫も欲しいところです」

 

「水も」

 

 ノクティアが付け加えた。

 

「帰りの分まで」

 

 話が旅の準備へ進んだところで、ベラが僕の袖を引いた。

 

「主よ」

 

「何?」

 

「船の金を稼ぐために出かけるのに、その旅にも金がかかるのじゃな」

 

 僕は、船の絵の横に置かれた費用の紙を見た。

 

 余白はまだあった。

 

 そこへ、砂漠へ行くための準備、と書き足す。

 

 船が少し遠ざかった気がした。

 

     *

 

 その日の午後、僕たちはフリージアを訪ねた。

 

 王墓の位置を、いきなり卓の上に広げるつもりはなかった。まず必要なのは、砂漠へ向かう旅の足と、物資の手配についての相談だ。

 

「人数は五人です」

 

 僕が言うと、フリージアは一度ベラを見てから頷いた。

 

 ベラは剣の姿に戻り、僕の腰に収まっている。

 

「水と食料は、皆さん同じ量でよろしいですか」

 

「妾の分は主の分に回してよいぞ」

 

「それでお願いします」

 

 僕が答えると、フリージアは帳面へ書き込んだ。

 

 余計な驚きも、聞き返しもない。

 

 助かる。

 

 窓際で干した果物を食べていたタムロンが、こちらへ顔を向けた。

 

「お墓に行くの?」

 

 僕は彼を見た。

 

「まだ墓とは言ってないよね」

 

「砂漠にある、古い物を取りに行くんでしょう? さっきからそんな話し方だよ」

 

 当てずっぽうか、顔を読まれたか。

 

 どちらにせよ、ここで慌てて否定しても仕方がない。

 

「遺跡を調べるつもり」

 

「王様の?」

 

「詳しい場所は、今は話さない」

 

「そっか」

 

 タムロンはあっさり引いた。

 

 そのまま、もう一つ果物を口へ放り込む。

 

「じゃあ、帰ってきたら教えて。王様が怒ったかどうか」

 

「怒る前提なんだ」

 

「自分のお墓から物を持っていかれるんだよ。怒るんじゃない?」

 

 そう言って笑った。

 

 悪いことだからやめろ、という意味ではない。

 

 怒った王様と、それでも宝を持っていこうとする僕たち。

 

 彼は、その場面を見たいのだ。

 

「怒って追いかけてきたら、町まで連れてこないでくださいね」

 

 フリージアが帳面から目を上げずに言った。

 

「そこは分かってる」

 

「よかった。では、目的地の細部を伏せたまま手配できる範囲から、ご相談しましょう」

 

 現実的な話に戻ると、僕は少し安心した。

 

 タムロンは退屈したのか、今度は壁に立てかけてあった船の絵へ近づいていた。

 

     *

 

 打ち合わせの終わりに、フリージアが尋ねた。

 

「職人のお二人には、どこまでお伝えしますか」

 

「冒険に出て、資金を作るつもりだと。戻る日付は、まだ約束できない」

 

「留守中の作業は?」

 

 僕は、すぐには答えられなかった。

 

 帰るまで待っていてほしい。

 

 そんな気持ちはあった。

 

 でも、ガルドにもエッダにも生活がある。僕たちが砂漠を歩いている間、他の仕事を断って待たせるわけにはいかない。

 

「大きな材料の買い付けや、本格的な製作は頼まない。出発までに、今の絵を一度まとめたい。それから先は、払える分の仕事だけ相談する」

 

 フリージアが頷いた。

 

「では、明日、お二人にもお越しいただきましょう」

 

 窓際から、タムロンの声がした。

 

「船の名前は?」

 

「まだ決めてない」

 

「お金より先に決められるよ」

 

 確かに、そのとおりだった。

 

 僕は彼の持っている絵を見た。

 

 まだ飛ばない。

 

 造り始めてもいない。

 

 けれど、船に乗る仲間がいて、造ってくれる職人がいる。

 

 少し前まで僕の頭の中にしかなかったものが、今は、誰かの手から誰かの手へ渡っていた。

 

「名前は、もう少し考える」

 

「じゃあ、今は何て呼ぶの?」

 

 答える前に、ベラが口を挟んだ。

 

「主の皮算用号じゃな」

 

 タムロンが吹き出した。

 

 ノクティアは横を向き、オトフリートは眼鏡を直した。

 

 ゼフィーリアだけが、いたわるように僕の腕へ手を添えた。

 

「正式なお名前が決まる前に、定着しないとよいですね」

 

「絶対、明日までに考える」

 

 僕は船の絵を取り返した。

 

 王墓へ出かけている間に、その名前を船首へ彫られてはたまらなかった。

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