アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
村へ戻ったルクスンたちは、村長宅の客間を借りた。
寝床は二つ。
ルクスンとノクティアに一つずつである。
ところが、狐姿のゼフィーリアは当然のようにノクティアの寝床へ飛び乗り、毛布の中央で丸くなった。
「お前の寝床はないぞ」
狐は片目だけを開き、ルクスンを一瞥した。
そのまま目を閉じる。
「無視した!」
「わたしと寝る」
「ノクティアがいいならいいけどさ」
妖姫殺しが鞘の中から口を挟む。
「主よ。わらわなら寝床を使わぬぞ。感謝するがよい」
「剣に寝床を用意した覚えはない」
「差別じゃ!」
「区別だよ!」
村人に正体を知られるわけにはいかないため、ゼフィーリアは村にいる間、狐の姿を保つことになった。
問題は、狐の姿でも態度がまったく変わらないことだった。
◇
人狼を見分ける方法。
ルクスンは、自分の持つ『ソード・ワールドRPG完全版』の知識を探った。
人狼。
正確には、ライカンスロープに感染した人間。
人間へ化けた妖魔ではない。
感染症に罹患した生者が、人狼へ変貌する。
アンデッドではないため、黄色い負の精霊力は出ない。
古代語魔法による変身でもないため、《センス・マジック》で見つけることもできない。
人間の姿をしている間は、ルクスンの《センス・オーラ》にも普通の生者として映っていた。
「便利能力が二つとも役に立たない……」
「主よ。完全版の知識で見分けられぬのか?」
「知識は攻略情報であって、犯人の名前が書かれたシナリオじゃないんだよ!」
人狼に有効な銀の武器ならある。
だが銀へ触れただけで人狼が火傷するわけではない。妖姫殺しで斬れば有効というだけで、人狼判別器にはならなかった。
「人狼に効く毒草……」
毒草や薬草の知識を思い出す。
生命力を奪う毒。
精神へ作用する毒。
解毒に用いる薬草。
狼などの野生動物が嫌う、臭いの強い植物。
しかし、人狼にだけ効いて人間には無害という、都合のいい毒草は見当たらない。
「ない」
「何が?」
「人狼だけに効く毒。人狼に毒として効く草があっても、人間にも普通に毒だ。村人全員に飲ませたら、全員倒れる」
ノクティアが考える。
「最後まで倒れなかった者が人狼?」
「人狼のほうが毒に強いとは限らないだろ!」
「では、最初に倒れた者」
「体質の弱い村人だったらどうする!」
妖姫殺しも意見を出す。
「村人全員を、わらわで斬るのはどうじゃ?」
「それは検査じゃなくて通り魔だ!」
毒も銀も、人狼を倒す手段にはなる。
だが、正体を見破る手段にはならない。
「一応、村の薬師にも確認する。完全版に載っている薬草が、フォーセリアに存在する全種類とは限らないからな」
「なかったら?」
「地道に調べる」
「最初からそうすればいい」
「便利なアイテムがあるなら使いたいだろ!」
◇
村の薬師は、湖岸から少し離れた小屋に住む白髪の老婆だった。
天井からは乾燥させた薬草が吊り下げられ、壁際の棚には煎じ薬を入れた壺が並んでいる。
薬草の強い臭いに、狐姿のゼフィーリアが何度も鼻を動かしていた。
老婆はルクスンの質問を聞くと、呆れたように眉を上げた。
「人狼だけに効いて、人間には効かない毒草? そんな都合のいい草は知らないね」
「やっぱりありませんか」
「毒は人間にも獣にも毒だ。種類によって効き方や量は違うが、飲ませれば種族を判別できるような薬はないよ」
「狼除けの草は?」
「臭いを嫌がる草ならある。ただの人間にも臭いし、人狼が必ず嫌がる保証もない」
「ですよねぇ……」
「まさか、村人へ毒を飲ませようとしていたんじゃないだろうね?」
「検討しただけです」
「検討するんじゃないよ!」
即座に叱られた。
薬師の指摘には、別の意味もあった。
「いま村人へ怪しい薬を飲ませれば、咳き込んだ者や、怖がって拒んだ者を人狼だと言い出す。そんな検査を始めたら、最後に残るのは人狼ではなく死体の山だよ」
「魔女裁判になるか」
「人狼を見つけたいなら、まず人間を見な。嘘をついている者は、薬草を飲ませなくてもどこかで間違える」
ルクスンは頷いた。
「毒草による検査は中止します。ただ、あとで薬師さんに協力をお願いするかもしれません」
「今度は何を企んでいるんだい?」
「まだ何も」
「その顔で言われても信用できないね」
◇
その日の午後、十二戸四十六人への聞き取りが始まった。
確認するのは、少女が消えた日の行動。
夜中に外出できた者。
森や湖へ出入りする習慣がある者。
最近、大きな怪我や原因不明の発熱を経験した者。
そして、少女と最後に話した者。
しかし、聞き取りは思うように進まなかった。
「夫は一晩中、家にいた!」
「息子が人狼だと言うのか!」
「森へ入るのは狩人だけじゃない!」
「余所者のお前たちのほうが怪しい!」
家族は家族を庇う。
仲の悪い隣人を疑う者もいる。
昔の喧嘩や、畑の境界争いまで持ち出す者もいた。
「家族の証言だけでは、アリバイにならない」
ノクティアが記録を見ながら言った。
「家族全員が眠っていたなら、夜中に一人が外へ出ても気づかない。正体を知って庇っているなら、全員で嘘をつく」
「一人ずつじゃなく、家族単位で考えるべきか」
夜中に外出しても不自然ではない者は限られていた。
漁師。
薬師の助手。
独り暮らしの木こり。
そして、村の狩人たち。
狩人をしているのは三人の兄弟だった。
長兄は村の家で暮らし、弟二人は狩猟期になると森の奥にある狩猟小屋へ泊まり込む。
少女が消えた日も、弟二人は狩猟小屋にいたという。
「弟たちは、まだ森に?」
「獣が姿を消した原因を調べている」
長兄である狩人は、村長宅の机へ森の地図を広げた。
「村の周囲には、俺たち三人で罠を仕掛けた。人狼が森から近づけば、必ずどこかにかかるはずだ」
「一度も作動していない?」
「枝や小動物がかかった罠はある。だが、人狼らしい獲物はない」
「罠の場所を、全部この地図へ記してもらえますか?」
「何のためだ?」
「僕もレンジャーです。実際の配置と、罠に残った痕跡を確認したい」
狩人は少し嫌そうな顔をしたが、地図へ印をつけ始めた。
北の獣道。
湖へ続く西の斜面。
村へ真っすぐ下る南の道。
すべての経路を塞ぐように、罠が配置されている。
地図上では、隙のない防備だった。
だが、ルクスンは一つのことに気づいた。
ゼフィーリアが引っかかった罠が記されていない。
「ここにも罠がありましたよね?」
ルクスンが地図を指すと、狩人は即座に答えた。
「それは古い罠だ。今回、俺たちが仕掛けたものじゃない」
「縄は新しかったですよ?」
「森に罠を仕掛けるのは、俺たちだけじゃない」
「誰が仕掛けたかわからない?」
「ああ」
狩人は迷わず答えた。
ノクティアが、ルクスンを見た。
質問はそれ以上続けなかった。
◇
日が傾く前に、ルクスンとノクティアはもう一度森へ入った。
狐姿のゼフィーリアも同行している。
狩人が地図へ記した罠を、一つずつ確認する。
北の獣道には、罠があった。
西の斜面にもある。
南の道にも、鳴子とくくり罠が仕掛けられていた。
しかし、村の東側。
湖岸から森の狩猟小屋へ続く、細い獣道にだけ罠がない。
地図には、三つの罠が記されている。
だが、現場に残っているのは、切断された縄と引き抜かれた杭だけだった。
罠が獲物に破壊された痕跡ではない。
仕掛けた者が、自分の手で丁寧に撤去している。
「人狼が罠を避けたんじゃない」
ルクスンは、切られた縄を拾った。
「誰かが、人狼の通る道から罠を外している」
ノクティアが地面を調べる。
「足跡は消されている。でも、完全ではない。人間の靴跡」
狐姿のゼフィーリアが、道の先へ鼻を向ける。
その先には、狩人三兄弟が使っている森の狩猟小屋がある。
「狩人は、ここにも罠があると言った」
「ああ。地図にも自分で書いた」
「嘘をついた?」
「少なくとも、罠が撤去されたことを隠している」
狩人三兄弟は、この森の罠を管理している。
弟二人は、森の狩猟小屋。
長兄は村の中。
そして、弟たちのいる狩猟小屋から村へ続く道だけ、罠が外されている。
妖姫殺しが小声で尋ねた。
「主よ。狩人が人狼なのか?」
「まだ証拠が足りない。罠を外した理由を聞いても、別の獲物を通すためだとか、壊れていたとか言い逃れできる」
「では、どうする?」
ルクスンは切断された縄を見つめた。
「人狼にだけ効く毒草は存在しない」
「先ほど聞いたぞ」
「でも、狩人がそれを知っているとは限らない」
ノクティアが意図を理解する。
「毒草があると嘘をつく?」
「明日の朝、村人全員を検査すると発表する。狩人が人狼なら、検査を受ける前に動く」
「逃げるか、毒草を盗む」
「あるいは――森にいる弟たちへ知らせに行く」
三人は、罠のない獣道の先を見た。
森は静まり返っている。
その奥で何かが待っていることを、誰もが感じていた。