アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第11話 人狼だけに効く毒はない

 村へ戻ったルクスンたちは、村長宅の客間を借りた。

 

 寝床は二つ。

 

 ルクスンとノクティアに一つずつである。

 

 ところが、狐姿のゼフィーリアは当然のようにノクティアの寝床へ飛び乗り、毛布の中央で丸くなった。

 

「お前の寝床はないぞ」

 

 狐は片目だけを開き、ルクスンを一瞥した。

 

 そのまま目を閉じる。

 

「無視した!」

 

「わたしと寝る」

 

「ノクティアがいいならいいけどさ」

 

 妖姫殺しが鞘の中から口を挟む。

 

「主よ。わらわなら寝床を使わぬぞ。感謝するがよい」

 

「剣に寝床を用意した覚えはない」

 

「差別じゃ!」

 

「区別だよ!」

 

 村人に正体を知られるわけにはいかないため、ゼフィーリアは村にいる間、狐の姿を保つことになった。

 

 問題は、狐の姿でも態度がまったく変わらないことだった。

 

          ◇

 

 人狼を見分ける方法。

 

 ルクスンは、自分の持つ『ソード・ワールドRPG完全版』の知識を探った。

 

 人狼。

 

 正確には、ライカンスロープに感染した人間。

 

 人間へ化けた妖魔ではない。

 

 感染症に罹患した生者が、人狼へ変貌する。

 

 アンデッドではないため、黄色い負の精霊力は出ない。

 

 古代語魔法による変身でもないため、《センス・マジック》で見つけることもできない。

 

 人間の姿をしている間は、ルクスンの《センス・オーラ》にも普通の生者として映っていた。

 

「便利能力が二つとも役に立たない……」

 

「主よ。完全版の知識で見分けられぬのか?」

 

「知識は攻略情報であって、犯人の名前が書かれたシナリオじゃないんだよ!」

 

 人狼に有効な銀の武器ならある。

 

 だが銀へ触れただけで人狼が火傷するわけではない。妖姫殺しで斬れば有効というだけで、人狼判別器にはならなかった。

 

「人狼に効く毒草……」

 

 毒草や薬草の知識を思い出す。

 

 生命力を奪う毒。

 

 精神へ作用する毒。

 

 解毒に用いる薬草。

 

 狼などの野生動物が嫌う、臭いの強い植物。

 

 しかし、人狼にだけ効いて人間には無害という、都合のいい毒草は見当たらない。

 

「ない」

 

「何が?」

 

「人狼だけに効く毒。人狼に毒として効く草があっても、人間にも普通に毒だ。村人全員に飲ませたら、全員倒れる」

 

 ノクティアが考える。

 

「最後まで倒れなかった者が人狼?」

 

「人狼のほうが毒に強いとは限らないだろ!」

 

「では、最初に倒れた者」

 

「体質の弱い村人だったらどうする!」

 

 妖姫殺しも意見を出す。

 

「村人全員を、わらわで斬るのはどうじゃ?」

 

「それは検査じゃなくて通り魔だ!」

 

 毒も銀も、人狼を倒す手段にはなる。

 

 だが、正体を見破る手段にはならない。

 

「一応、村の薬師にも確認する。完全版に載っている薬草が、フォーセリアに存在する全種類とは限らないからな」

 

「なかったら?」

 

「地道に調べる」

 

「最初からそうすればいい」

 

「便利なアイテムがあるなら使いたいだろ!」

 

          ◇

 

 村の薬師は、湖岸から少し離れた小屋に住む白髪の老婆だった。

 

 天井からは乾燥させた薬草が吊り下げられ、壁際の棚には煎じ薬を入れた壺が並んでいる。

 

 薬草の強い臭いに、狐姿のゼフィーリアが何度も鼻を動かしていた。

 

 老婆はルクスンの質問を聞くと、呆れたように眉を上げた。

 

「人狼だけに効いて、人間には効かない毒草? そんな都合のいい草は知らないね」

 

「やっぱりありませんか」

 

「毒は人間にも獣にも毒だ。種類によって効き方や量は違うが、飲ませれば種族を判別できるような薬はないよ」

 

「狼除けの草は?」

 

「臭いを嫌がる草ならある。ただの人間にも臭いし、人狼が必ず嫌がる保証もない」

 

「ですよねぇ……」

 

「まさか、村人へ毒を飲ませようとしていたんじゃないだろうね?」

 

「検討しただけです」

 

「検討するんじゃないよ!」

 

 即座に叱られた。

 

 薬師の指摘には、別の意味もあった。

 

「いま村人へ怪しい薬を飲ませれば、咳き込んだ者や、怖がって拒んだ者を人狼だと言い出す。そんな検査を始めたら、最後に残るのは人狼ではなく死体の山だよ」

 

「魔女裁判になるか」

 

「人狼を見つけたいなら、まず人間を見な。嘘をついている者は、薬草を飲ませなくてもどこかで間違える」

 

 ルクスンは頷いた。

 

「毒草による検査は中止します。ただ、あとで薬師さんに協力をお願いするかもしれません」

 

「今度は何を企んでいるんだい?」

 

「まだ何も」

 

「その顔で言われても信用できないね」

 

          ◇

 

 その日の午後、十二戸四十六人への聞き取りが始まった。

 

 確認するのは、少女が消えた日の行動。

 

 夜中に外出できた者。

 

 森や湖へ出入りする習慣がある者。

 

 最近、大きな怪我や原因不明の発熱を経験した者。

 

 そして、少女と最後に話した者。

 

 しかし、聞き取りは思うように進まなかった。

 

「夫は一晩中、家にいた!」

 

「息子が人狼だと言うのか!」

 

「森へ入るのは狩人だけじゃない!」

 

「余所者のお前たちのほうが怪しい!」

 

 家族は家族を庇う。

 

 仲の悪い隣人を疑う者もいる。

 

 昔の喧嘩や、畑の境界争いまで持ち出す者もいた。

 

「家族の証言だけでは、アリバイにならない」

 

 ノクティアが記録を見ながら言った。

 

「家族全員が眠っていたなら、夜中に一人が外へ出ても気づかない。正体を知って庇っているなら、全員で嘘をつく」

 

「一人ずつじゃなく、家族単位で考えるべきか」

 

 夜中に外出しても不自然ではない者は限られていた。

 

 漁師。

 

 薬師の助手。

 

 独り暮らしの木こり。

 

 そして、村の狩人たち。

 

 狩人をしているのは三人の兄弟だった。

 

 長兄は村の家で暮らし、弟二人は狩猟期になると森の奥にある狩猟小屋へ泊まり込む。

 

 少女が消えた日も、弟二人は狩猟小屋にいたという。

 

「弟たちは、まだ森に?」

 

「獣が姿を消した原因を調べている」

 

 長兄である狩人は、村長宅の机へ森の地図を広げた。

 

「村の周囲には、俺たち三人で罠を仕掛けた。人狼が森から近づけば、必ずどこかにかかるはずだ」

 

「一度も作動していない?」

 

「枝や小動物がかかった罠はある。だが、人狼らしい獲物はない」

 

「罠の場所を、全部この地図へ記してもらえますか?」

 

「何のためだ?」

 

「僕もレンジャーです。実際の配置と、罠に残った痕跡を確認したい」

 

 狩人は少し嫌そうな顔をしたが、地図へ印をつけ始めた。

 

 北の獣道。

 

 湖へ続く西の斜面。

 

 村へ真っすぐ下る南の道。

 

 すべての経路を塞ぐように、罠が配置されている。

 

 地図上では、隙のない防備だった。

 

 だが、ルクスンは一つのことに気づいた。

 

 ゼフィーリアが引っかかった罠が記されていない。

 

「ここにも罠がありましたよね?」

 

 ルクスンが地図を指すと、狩人は即座に答えた。

 

「それは古い罠だ。今回、俺たちが仕掛けたものじゃない」

 

「縄は新しかったですよ?」

 

「森に罠を仕掛けるのは、俺たちだけじゃない」

 

「誰が仕掛けたかわからない?」

 

「ああ」

 

 狩人は迷わず答えた。

 

 ノクティアが、ルクスンを見た。

 

 質問はそれ以上続けなかった。

 

          ◇

 

 日が傾く前に、ルクスンとノクティアはもう一度森へ入った。

 

 狐姿のゼフィーリアも同行している。

 

 狩人が地図へ記した罠を、一つずつ確認する。

 

 北の獣道には、罠があった。

 

 西の斜面にもある。

 

 南の道にも、鳴子とくくり罠が仕掛けられていた。

 

 しかし、村の東側。

 

 湖岸から森の狩猟小屋へ続く、細い獣道にだけ罠がない。

 

 地図には、三つの罠が記されている。

 

 だが、現場に残っているのは、切断された縄と引き抜かれた杭だけだった。

 

 罠が獲物に破壊された痕跡ではない。

 

 仕掛けた者が、自分の手で丁寧に撤去している。

 

「人狼が罠を避けたんじゃない」

 

 ルクスンは、切られた縄を拾った。

 

「誰かが、人狼の通る道から罠を外している」

 

 ノクティアが地面を調べる。

 

「足跡は消されている。でも、完全ではない。人間の靴跡」

 

 狐姿のゼフィーリアが、道の先へ鼻を向ける。

 

 その先には、狩人三兄弟が使っている森の狩猟小屋がある。

 

「狩人は、ここにも罠があると言った」

 

「ああ。地図にも自分で書いた」

 

「嘘をついた?」

 

「少なくとも、罠が撤去されたことを隠している」

 

 狩人三兄弟は、この森の罠を管理している。

 

 弟二人は、森の狩猟小屋。

 

 長兄は村の中。

 

 そして、弟たちのいる狩猟小屋から村へ続く道だけ、罠が外されている。

 

 妖姫殺しが小声で尋ねた。

 

「主よ。狩人が人狼なのか?」

 

「まだ証拠が足りない。罠を外した理由を聞いても、別の獲物を通すためだとか、壊れていたとか言い逃れできる」

 

「では、どうする?」

 

 ルクスンは切断された縄を見つめた。

 

「人狼にだけ効く毒草は存在しない」

 

「先ほど聞いたぞ」

 

「でも、狩人がそれを知っているとは限らない」

 

 ノクティアが意図を理解する。

 

「毒草があると嘘をつく?」

 

「明日の朝、村人全員を検査すると発表する。狩人が人狼なら、検査を受ける前に動く」

 

「逃げるか、毒草を盗む」

 

「あるいは――森にいる弟たちへ知らせに行く」

 

 三人は、罠のない獣道の先を見た。

 

 森は静まり返っている。

 

 その奥で何かが待っていることを、誰もが感じていた。

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