アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
人狼にだけ効く毒草は存在しない。
少なくとも、ルクスンが持つ『ソード・ワールドRPG完全版』の知識にも、村の薬師の知識にも見当たらなかった。
だが、村へ潜んでいる人狼が、その事実を知っているとは限らない。
「明日の朝、人狼を判別する検査を行うと発表します」
村へ戻ったルクスンは、薬師の老婆へ計画を説明した。
「また毒草の話かい。そんなものはないと言っただろう」
「本当に飲ませるつもりはありません。人狼が検査を恐れて動くのを待ちます」
「信じなかったら?」
「何も起きません。そのときは、罠を外した件を狩人へ直接突きつけます」
「そんな嘘を、村人が信じるのかね?」
「僕が言っても信じないでしょう。でも、この村で長年薬師をしている人が言えば、信じる者はいる」
老婆は嫌そうにルクスンを見た。
「わたしに嘘をつけと言うのかい?」
「人狼へ向けた嘘です。検査は明日の朝。つまり誰にも薬を使いません。今夜、犯人が動けばそこで終わります」
「動かなかったら?」
「検査の前に、薬草が偽物だったと村人へ説明します」
「村人に袋叩きにされても知らないよ」
「そこは一緒に謝ってください」
「どうして、わたしまで!」
薬師は最後まで渋った。
だが、人狼を見つけられなければ、いずれ村人同士で殺し合いが始まる。
その危険を理解している老婆は、最終的に協力を承諾した。
「絶対に誰にも飲ませない。それが条件だよ」
「約束します」
「それで、毒草の代わりに何を使うんだい?」
「人狼が見てもわからないものを」
薬師は棚から、強い苦みと独特の臭いを持つ乾燥薬草を取り出した。
胃の調子を整えるための薬草で、少量なら人間にも害はない。
人狼を見分ける力など、もちろん持っていなかった。
◇
夕方。
村長の命令で、十二戸四十六人の村人が集会所へ集められた。
狩人三兄弟の長兄も、壁際に立っている。
森の狩猟小屋にいる弟二人は戻っていない。
狐姿のゼフィーリアは、ノクティアの足元。
妖姫殺しは、ルクスンの腰で大人しくしていた。
「森の罠を調べました」
ルクスンが切り出すと、村人たちの視線が集まった。
「人狼の足跡は見つかったのか?」
尋ねたのは狩人だった。
「足跡はありません。ただ、人狼を見つける方法は用意できました」
薬師が、乾燥薬草の入った革袋を机へ置く。
「人狼の病を患った者だけに、強く作用する薬草だ。乾燥させた葉を火へくべ、その煙を吸わせれば感染者だけが反応する」
集会所がざわめいた。
「人間には害がないのか?」
「子供にも使うのか?」
「反応したら、どうなる?」
薬師は不機嫌そうに答える。
「正しい量で使えば、人間には害はない。感染者は高熱を出し、人間の姿を保てなくなる。検査は明日の朝、日の出と同時に行う」
すべて嘘だった。
ルクスンは、村人たちの顔を一人ずつ確認する。
恐怖。
困惑。
安堵。
家族を心配する者。
隣人へ疑いの目を向ける者。
狩人の表情は変わらなかった。
「そんな薬草があるなら、どうして最初から使わなかった?」
「ロマール周辺では手に入らない希少な薬草です。薬師さんの持っている薬を調合し、代用品を作るのに時間がかかりました」
「確実なのか?」
「明日の朝になればわかります」
狩人は、それ以上尋ねなかった。
だが、彼の右手が無意識に腰の狩猟刀へ触れたのを、ノクティアは見逃さなかった。
◇
集会が終わると、村人たちはそれぞれの家へ戻った。
ルクスンたちは、薬草を薬師の家で保管すると伝えていた。
薬師の家には村長と二人の村人が残り、交代で見張る。
だが、本当に監視するのは薬師の家ではない。
「犯人が毒草を盗みに来るとは限らない」
ルクスンは小声で作戦を確認した。
「自分一人なら、逃げればいい。でも森に仲間がいるなら、検査のことを知らせに行くはずだ」
「狩猟小屋にいる弟二人」
ノクティアが答える。
「ああ。狩人の家を見張ってくれ。僕は少し離れた場所で待つ」
「ゼフィーリアは?」
狐が、自分の鼻先を森へ向けた。
「臭いを追う?」
狐は一度だけ頷いた。
「わらわは?」
「僕と一緒」
「また腰にぶら下がるだけではないか!」
「一番重要な役目だよ。相手が人狼だったら、お前しか普通に斬れない」
「そういうことなら、任せるのじゃ!」
妖姫殺しは満足した。
◇
夜が更けた。
湖面に月が映り、風が森の木々を揺らしている。
鳥も獣も鳴かない。
狩人の家から明かりが消えたあとも、しばらく何も起こらなかった。
一時間。
二時間。
ルクスンが欠伸を噛み殺したころ、家の裏側で微かな音がした。
窓が開く。
人影が音もなく外へ降りた。
狩人だった。
弓と狩猟刀を持ち、背には小さな荷物を負っている。
薬師の家へは向かわない。
周囲を警戒しながら、村の東側へ歩き始めた。
罠が撤去されていた獣道。
森の狩猟小屋へ続く道だった。
姿を隠したノクティアが、狩人のあとを追う。
狐姿のゼフィーリアも茂みへ消えた。
少し間を置き、ルクスンが続く。
「ブラフに引っかかった」
「まだ人狼と決まったわけではなかろう?」
「明日の検査を前に、誰にも告げず、罠を外した道から森の弟たちへ会いに行く。充分すぎるだろ」
「戦うのか?」
「まず少女を見つける。人狼が三人いるなら、正面から突っ込むのは危険だ」
「主にしては慎重じゃな」
「僕はファイター二レベル! 相手が三匹なら普通に死ぬわ!」
◇
狩人は迷わず森を進んだ。
地面へ落ちた枝を踏まず、足跡が残りにくい場所を選んでいる。
だが、ノクティアの隠密とゼフィーリアの鼻からは逃れられない。
ルクスンもレンジャー技能で、二人が残した小さな目印を追った。
やがて、木々の間に小さな狩猟小屋が現れた。
窓から、かすかな明かりが漏れている。
狩人が扉を叩く。
内側から二人の男が現れた。
顔立ちが似ている。
森で暮らしているという、狩人の弟たちだった。
「兄貴、村を空けて大丈夫なのか?」
「明日の朝、村人全員へ人狼を見つける薬を使うらしい。ここも見つかる。今夜のうちに村を襲う」
「まだ準備が終わっていない」
「罠は外した。船を壊せば、村人は湖へ逃げられない。火を放って外へ追い出し、一人ずつ狩る」
ルクスンは木の陰で息を殺した。
狩人が人狼なのは、ほぼ間違いない。
しかも、少女をさらっただけではない。
三兄弟は、村そのものを狩場にするつもりだった。
「娘はどうする?」
「連れていく。俺たちを見た以上、村へ返すわけにはいかない」
少女は生きている。
狩猟小屋の中にいる。
ルクスンが動こうとした瞬間、狐姿のゼフィーリアが前足で制止した。
ノクティアも、木陰から首を横に振る。
敵は三人。
少女を人質に取られれば、救出が難しくなる。
まずは居場所を確認しなければならない。
ノクティアが精霊へ意識を向ける。
風が小屋の隙間を抜け、内部の気配を探った。
小屋の奥。
一人。
生きている。
縛られているが、大きな怪我はない。
ノクティアが指で伝える。
ルクスンは頷いた。
少女の場所はわかった。
あとは、三兄弟から引き離すだけだ。
そのとき、狩人の弟の一人が鼻を動かした。
「人間の臭いがする」
ルクスンの背筋が凍った。
「兄貴。誰かにつけられたな?」
三人の狩人が、同時に森へ顔を向けた。
月明かりの下で、その瞳が獣のような黄金色へ変わる。
骨が軋む音がした。
肩が盛り上がり、爪が伸び、口元が狼のように裂けていく。
三人の人間が、三匹のワーウルフへ変貌する。
「隠れても無駄だ。出てこい」
完全版の知識が、ルクスンへ警告していた。
通常の武器は通用しない。
敵は三匹。
こちらにある銀の武器は、妖姫殺し一本だけ。
ルクスンはミスリル銀の短剣を抜いた。
「……こういうときくらい、もう少し大きな剣になっててほしかったな」
「あと五百点足りぬのじゃ!」
「知ってるよ!」
三匹の人狼が一斉に吠えた。
静まり返っていた森に、初めて獣の声が響き渡った。