アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第12話 人狼裁判

 人狼にだけ効く毒草は存在しない。

 

 少なくとも、ルクスンが持つ『ソード・ワールドRPG完全版』の知識にも、村の薬師の知識にも見当たらなかった。

 

 だが、村へ潜んでいる人狼が、その事実を知っているとは限らない。

 

「明日の朝、人狼を判別する検査を行うと発表します」

 

 村へ戻ったルクスンは、薬師の老婆へ計画を説明した。

 

「また毒草の話かい。そんなものはないと言っただろう」

 

「本当に飲ませるつもりはありません。人狼が検査を恐れて動くのを待ちます」

 

「信じなかったら?」

 

「何も起きません。そのときは、罠を外した件を狩人へ直接突きつけます」

 

「そんな嘘を、村人が信じるのかね?」

 

「僕が言っても信じないでしょう。でも、この村で長年薬師をしている人が言えば、信じる者はいる」

 

 老婆は嫌そうにルクスンを見た。

 

「わたしに嘘をつけと言うのかい?」

 

「人狼へ向けた嘘です。検査は明日の朝。つまり誰にも薬を使いません。今夜、犯人が動けばそこで終わります」

 

「動かなかったら?」

 

「検査の前に、薬草が偽物だったと村人へ説明します」

 

「村人に袋叩きにされても知らないよ」

 

「そこは一緒に謝ってください」

 

「どうして、わたしまで!」

 

 薬師は最後まで渋った。

 

 だが、人狼を見つけられなければ、いずれ村人同士で殺し合いが始まる。

 

 その危険を理解している老婆は、最終的に協力を承諾した。

 

「絶対に誰にも飲ませない。それが条件だよ」

 

「約束します」

 

「それで、毒草の代わりに何を使うんだい?」

 

「人狼が見てもわからないものを」

 

 薬師は棚から、強い苦みと独特の臭いを持つ乾燥薬草を取り出した。

 

 胃の調子を整えるための薬草で、少量なら人間にも害はない。

 

 人狼を見分ける力など、もちろん持っていなかった。

 

          ◇

 

 夕方。

 

 村長の命令で、十二戸四十六人の村人が集会所へ集められた。

 

 狩人三兄弟の長兄も、壁際に立っている。

 

 森の狩猟小屋にいる弟二人は戻っていない。

 

 狐姿のゼフィーリアは、ノクティアの足元。

 

 妖姫殺しは、ルクスンの腰で大人しくしていた。

 

「森の罠を調べました」

 

 ルクスンが切り出すと、村人たちの視線が集まった。

 

「人狼の足跡は見つかったのか?」

 

 尋ねたのは狩人だった。

 

「足跡はありません。ただ、人狼を見つける方法は用意できました」

 

 薬師が、乾燥薬草の入った革袋を机へ置く。

 

「人狼の病を患った者だけに、強く作用する薬草だ。乾燥させた葉を火へくべ、その煙を吸わせれば感染者だけが反応する」

 

 集会所がざわめいた。

 

「人間には害がないのか?」

 

「子供にも使うのか?」

 

「反応したら、どうなる?」

 

 薬師は不機嫌そうに答える。

 

「正しい量で使えば、人間には害はない。感染者は高熱を出し、人間の姿を保てなくなる。検査は明日の朝、日の出と同時に行う」

 

 すべて嘘だった。

 

 ルクスンは、村人たちの顔を一人ずつ確認する。

 

 恐怖。

 

 困惑。

 

 安堵。

 

 家族を心配する者。

 

 隣人へ疑いの目を向ける者。

 

 狩人の表情は変わらなかった。

 

「そんな薬草があるなら、どうして最初から使わなかった?」

 

「ロマール周辺では手に入らない希少な薬草です。薬師さんの持っている薬を調合し、代用品を作るのに時間がかかりました」

 

「確実なのか?」

 

「明日の朝になればわかります」

 

 狩人は、それ以上尋ねなかった。

 

 だが、彼の右手が無意識に腰の狩猟刀へ触れたのを、ノクティアは見逃さなかった。

 

          ◇

 

 集会が終わると、村人たちはそれぞれの家へ戻った。

 

 ルクスンたちは、薬草を薬師の家で保管すると伝えていた。

 

 薬師の家には村長と二人の村人が残り、交代で見張る。

 

 だが、本当に監視するのは薬師の家ではない。

 

「犯人が毒草を盗みに来るとは限らない」

 

 ルクスンは小声で作戦を確認した。

 

「自分一人なら、逃げればいい。でも森に仲間がいるなら、検査のことを知らせに行くはずだ」

 

「狩猟小屋にいる弟二人」

 

 ノクティアが答える。

 

「ああ。狩人の家を見張ってくれ。僕は少し離れた場所で待つ」

 

「ゼフィーリアは?」

 

 狐が、自分の鼻先を森へ向けた。

 

「臭いを追う?」

 

 狐は一度だけ頷いた。

 

「わらわは?」

 

「僕と一緒」

 

「また腰にぶら下がるだけではないか!」

 

「一番重要な役目だよ。相手が人狼だったら、お前しか普通に斬れない」

 

「そういうことなら、任せるのじゃ!」

 

 妖姫殺しは満足した。

 

          ◇

 

 夜が更けた。

 

 湖面に月が映り、風が森の木々を揺らしている。

 

 鳥も獣も鳴かない。

 

 狩人の家から明かりが消えたあとも、しばらく何も起こらなかった。

 

 一時間。

 

 二時間。

 

 ルクスンが欠伸を噛み殺したころ、家の裏側で微かな音がした。

 

 窓が開く。

 

 人影が音もなく外へ降りた。

 

 狩人だった。

 

 弓と狩猟刀を持ち、背には小さな荷物を負っている。

 

 薬師の家へは向かわない。

 

 周囲を警戒しながら、村の東側へ歩き始めた。

 

 罠が撤去されていた獣道。

 

 森の狩猟小屋へ続く道だった。

 

 姿を隠したノクティアが、狩人のあとを追う。

 

 狐姿のゼフィーリアも茂みへ消えた。

 

 少し間を置き、ルクスンが続く。

 

「ブラフに引っかかった」

 

「まだ人狼と決まったわけではなかろう?」

 

「明日の検査を前に、誰にも告げず、罠を外した道から森の弟たちへ会いに行く。充分すぎるだろ」

 

「戦うのか?」

 

「まず少女を見つける。人狼が三人いるなら、正面から突っ込むのは危険だ」

 

「主にしては慎重じゃな」

 

「僕はファイター二レベル! 相手が三匹なら普通に死ぬわ!」

 

          ◇

 

 狩人は迷わず森を進んだ。

 

 地面へ落ちた枝を踏まず、足跡が残りにくい場所を選んでいる。

 

 だが、ノクティアの隠密とゼフィーリアの鼻からは逃れられない。

 

 ルクスンもレンジャー技能で、二人が残した小さな目印を追った。

 

 やがて、木々の間に小さな狩猟小屋が現れた。

 

 窓から、かすかな明かりが漏れている。

 

 狩人が扉を叩く。

 

 内側から二人の男が現れた。

 

 顔立ちが似ている。

 

 森で暮らしているという、狩人の弟たちだった。

 

「兄貴、村を空けて大丈夫なのか?」

 

「明日の朝、村人全員へ人狼を見つける薬を使うらしい。ここも見つかる。今夜のうちに村を襲う」

 

「まだ準備が終わっていない」

 

「罠は外した。船を壊せば、村人は湖へ逃げられない。火を放って外へ追い出し、一人ずつ狩る」

 

 ルクスンは木の陰で息を殺した。

 

 狩人が人狼なのは、ほぼ間違いない。

 

 しかも、少女をさらっただけではない。

 

 三兄弟は、村そのものを狩場にするつもりだった。

 

「娘はどうする?」

 

「連れていく。俺たちを見た以上、村へ返すわけにはいかない」

 

 少女は生きている。

 

 狩猟小屋の中にいる。

 

 ルクスンが動こうとした瞬間、狐姿のゼフィーリアが前足で制止した。

 

 ノクティアも、木陰から首を横に振る。

 

 敵は三人。

 

 少女を人質に取られれば、救出が難しくなる。

 

 まずは居場所を確認しなければならない。

 

 ノクティアが精霊へ意識を向ける。

 

 風が小屋の隙間を抜け、内部の気配を探った。

 

 小屋の奥。

 

 一人。

 

 生きている。

 

 縛られているが、大きな怪我はない。

 

 ノクティアが指で伝える。

 

 ルクスンは頷いた。

 

 少女の場所はわかった。

 

 あとは、三兄弟から引き離すだけだ。

 

 そのとき、狩人の弟の一人が鼻を動かした。

 

「人間の臭いがする」

 

 ルクスンの背筋が凍った。

 

「兄貴。誰かにつけられたな?」

 

 三人の狩人が、同時に森へ顔を向けた。

 

 月明かりの下で、その瞳が獣のような黄金色へ変わる。

 

 骨が軋む音がした。

 

 肩が盛り上がり、爪が伸び、口元が狼のように裂けていく。

 

 三人の人間が、三匹のワーウルフへ変貌する。

 

「隠れても無駄だ。出てこい」

 

 完全版の知識が、ルクスンへ警告していた。

 

 通常の武器は通用しない。

 

 敵は三匹。

 

 こちらにある銀の武器は、妖姫殺し一本だけ。

 

 ルクスンはミスリル銀の短剣を抜いた。

 

「……こういうときくらい、もう少し大きな剣になっててほしかったな」

 

「あと五百点足りぬのじゃ!」

 

「知ってるよ!」

 

 三匹の人狼が一斉に吠えた。

 

 静まり返っていた森に、初めて獣の声が響き渡った。

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