アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第13話 ワーウルフ三兄弟

 三人の狩人が、三匹のワーウルフへ変貌した。

 

 衣服が裂け、全身を灰色の剛毛が覆う。人間だったころの面影を残しているのは、獲物を見据える三対の瞳だけだった。

 

 長兄が低く唸る。

 

「村で大人しくしていれば、見逃してやったものを」

 

「村人を皆殺しにする計画を聞いた直後に、それを信じると思うか?」

 

 ルクスンは妖姫殺しを構えた。

 

 ミスリル銀製のダガー+1。

 

 必要筋力一、打撃力十。

 

 人狼へ確実に傷を与えられる、唯一の武器である。

 

 問題は敵が三匹いることだった。

 

「ノクティア、少女を頼む! ゼフィーリアは援護! 僕が三匹を――」

 

「無理」

 

「言い切るなよ!」

 

「主よ。わらわも無理だと思うぞ」

 

「お前まで!」

 

 三匹の人狼が、一斉に地面を蹴った。

 

          ◇

 

 ルクスンは妖姫殺しを鞘へ戻し、背負っていた弓を手に取った。

 

「主よ! なぜわらわをしまうのじゃ!?」

 

「三匹を正面から斬れるか!」

 

「無理じゃ!」

 

「だから数を減らす!」

 

 人狼に通常の矢を射ても、致命傷は与えられない。

 

 ルクスンが狙ったのは、人狼ではなかった。

 

 狩猟小屋の周囲には、獲物を捕らえるための罠が仕掛けられている。

 

 レンジャー技能を持つルクスンには、木の上へ張られた捕獲網と、それを支える縄が見えていた。

 

 矢を放つ。

 

 鏃が縄を断ち切り、折り畳まれていた網が落下した。

 

 先頭を走っていた次兄へ、太い捕獲網が覆い被さる。

 

「グアアッ!」

 

 人狼が地面へ倒れた。

 

 網そのものでは傷を与えられない。だが、動きを止めることはできる。

 

「まず一匹!」

 

「一時的」

 

「わかってるよ!」

 

 残る二匹が、捕らわれた兄弟を置いて左右へ分かれた。

 

 長兄はルクスン。

 

 三男は狩猟小屋へ回り込み、監禁している少女を人質に取ろうとしている。

 

 ノクティアが立ち塞がった。

 

 短剣を抜かず、片手を空けたまま精霊語の呪文を唱える。

 

 大地を満たす精霊が応えた。

 

「《スネア》」

 

 三男の足元から蔓と土が絡みつく。

 

 踏み出した足を取られ、人狼の巨体が前のめりに倒れた。

 

「今!」

 

 ノクティアは人狼の横を駆け抜け、狩猟小屋へ飛び込んだ。

 

 三男が地面を殴りつける。

 

 土が弾け、精霊による拘束が破られた。

 

 人狼が立ち上がる。

 

 しかし、その前へ一匹の狐が歩み出た。

 

「小賢しい獣が」

 

 三男が前足を振り上げる。

 

 狐姿のゼフィーリアは逃げなかった。

 

 その口から流れ出したのは、獣の鳴き声ではない。

 

 暗黒神ファラリスへ捧げる神聖語の祈り。

 

「我が自由を阻む者へ、相応の傷を――《ウーンズ》」

 

 目に見えない力が、人狼の身体を切り裂いた。

 

 肩口から血が噴き出す。

 

 三男が呻き、後ろへ退いた。

 

「狐が魔法を……」

 

 人狼の瞳に、初めて動揺が浮かぶ。

 

「私を、ただの狐と一緒にしないでください」

 

「喋った!?」

 

「その反応はもう僕がやった!」

 

          ◇

 

 長兄の爪が、ルクスンへ振り下ろされた。

 

 弓では受けられない。

 

 ルクスンは弓を捨て、地面を転がって爪を避けた。

 

 頭上を通過した一撃が、背後の木の幹を抉る。

 

「無茶苦茶な攻撃力だな!」

 

「主よ、早くわらわを抜くのじゃ!」

 

「いま抜く!」

 

 妖姫殺しを逆手に抜き、長兄の懐へ飛び込む。

 

 大きく振り回せる剣ではない。

 

 だが短剣だからこそ、人狼の長い腕よりも内側へ入り込める。

 

 長兄の爪が戻るより早く、脇腹へ銀の刃を突き立てた。

 

 確かな手応え。

 

 人狼が苦痛の叫びを上げる。

 

 銀の刃で裂かれた傷は、塞がらない。

 

「効いてる!」

 

「当然じゃ! わらわはミスリル銀製の魔剣ぞ!」

 

「喋るだけじゃなかったんだな!」

 

「いまさら確認するでない!」

 

 長兄が強引に腕を振るう。

 

 ルクスンは短剣を引き抜き、後方へ跳んだ。

 

 爪の先が胸元を掠める。

 

 革鎧が裂け、皮膚に細い傷が走った。

 

 正面から力で押し合えば、ファイター二レベルのルクスンに勝ち目はない。

 

 だが、手にしているのは大剣ではなく短剣。

 

 ならば、戦士のように立ち合う必要もない。

 

 ルクスンは姿勢を低くした。

 

 相手の視線、肩の動き、踏み込む足。

 

 シーフ技能で、人狼の攻撃の隙を読む。

 

 長兄が飛びかかる。

 

 ルクスンは正面から受けず、身体を横へ滑らせた。

 

 すれ違いざまに、妖姫殺しで人狼の太腿を斬る。

 

 銀の刃が筋肉を断ち、長兄の身体が大きく傾いた。

 

「戦士ではないのか!」

 

「盗賊もやってるんだよ!」

 

「節操がないのう!」

 

「マルチ技能と言え!」

 

          ◇

 

 捕獲網に絡まっていた次兄が、腕力だけで縄を引き千切った。

 

 網を跳ね飛ばし、ルクスンの背後へ迫る。

 

「主よ、後ろじゃ!」

 

 妖姫殺しの声に、ルクスンが振り返る。

 

 間に合わない。

 

 次兄の爪が振り下ろされる。

 

 その直前、赤い炎が人狼の顔面で弾けた。

 

 狩猟小屋から戻ったノクティアが、炎の精霊を放ったのだ。

 

 魔法の炎に焼かれ、次兄が顔を押さえる。

 

「少女は?」

 

「生きている。縄も切った。動ける」

 

「ここから逃がせるか?」

 

「ゼフィーリアに任せる」

 

 狩猟小屋の戸口から、行方不明になっていた少女が姿を現した。

 

 手首には縄の痕が残っているが、歩くことはできる。

 

 狐姿のゼフィーリアが少女の前へ走り、森の奥へ誘導する。

 

「ついて来てください」

 

「狐が喋った!?」

 

「説明はあとです!」

 

 ゼフィーリアは少女を連れ、三兄弟から距離を取った。

 

 これで人質を守りながら戦う必要はなくなった。

 

 だが、状況が有利になったわけではない。

 

 三匹とも健在。

 

 長兄は太腿と脇腹を負傷。

 

 次兄は顔を焼かれたが動ける。

 

 三男も魔法で傷を負っただけ。

 

 対するルクスンたちは、魔法を無制限に使えるわけではない。

 

「長引けば負ける」

 

 ノクティアが告げる。

 

「わかってる。一匹ずつ集中して倒す!」

 

 ルクスンは妖姫殺しを握り直した。

 

「次男を狙う。ノクティアは動きを止めてくれ!」

 

「わかった」

 

「わらわは?」

 

「急所を斬る!」

 

「任せるのじゃ!」

 

          ◇

 

 ノクティアが風の精霊へ呼びかけた。

 

 狩猟小屋の周囲から枯葉が舞い上がり、次兄の視界を覆う。

 

 ルクスンは、その中へ飛び込んだ。

 

 狙うのは喉。

 

 だが次兄は、目を塞がれたまま爪を振り回した。

 

 まともに受ければ、こちらが先に倒れる。

 

 ルクスンは一度足を止め、攻撃が通り過ぎるのを待った。

 

 それから踏み込む。

 

 ファイター技能による、全力の強打。

 

「まだ《スマッシュ・バッシュ》は使えぬぞ!」

 

「能力がなくても全力攻撃はできる!」

 

 妖姫殺しが、次兄の首へ深く食い込んだ。

 

 銀の刃を押し込み、そのまま横へ引く。

 

 次兄の身体から力が抜けた。

 

 巨大な人狼の身体が地面へ崩れ、灰色の毛が消えていく。

 

 あとに残ったのは、人間の姿へ戻った狩人だった。

 

 ルクスンは一瞬だけ動きを止めた。

 

 昨日まで、村人たちと一緒に少女を捜していた男。

 

 生まれたときから怪物だったわけではない。

 

 感染症によって人狼となった、村の狩人。

 

 だが迷っている時間はなかった。

 

「一匹!」

 

「主よ、来るぞ!」

 

 長兄と三男が、同時に飛びかかってくる。

 

 ルクスンは妖姫殺しを構えた。

 

 片方は自分。

 

 もう片方はノクティア。

 

 分かれて戦えば押し切られる。

 

「ノクティア、僕の後ろへ!」

 

「二匹とも相手にするの?」

 

「正面からは無理だ。だから罠へ誘う!」

 

 ルクスンは狩猟小屋の裏へ向かって走った。

 

 三兄弟が仕掛けた、大型獣用の落とし穴。

 

 レンジャー技能で位置を見抜いていた、最後の罠。

 

 長兄と三男が追ってくる。

 

 ルクスンは落とし穴の直前で地面を蹴り、覆いを飛び越えた。

 

 ノクティアも軽々と跳ぶ。

 

 三男が続く。

 

 しかし、負傷した長兄は踏み切れなかった。

 

 地面を偽装していた枝が折れ、長兄の巨体が落とし穴へ沈む。

 

 底にある杭では、人狼へ致命傷を与えられない。

 

 だが、這い上がるまでの時間は稼げる。

 

「残り一匹!」

 

 三男が振り返った。

 

 兄を助けるか。

 

 ルクスンたちを倒すか。

 

 一瞬の迷い。

 

 その隙に、ノクティアが再び大地の精霊へ呼びかけた。

 

「《スネア》」

 

 三男の足が地面へ縫い止められる。

 

 ルクスンは正面から突っ込んだ。

 

 人狼の爪が迫る。

 

 避けない。

 

 肩を引き、致命傷だけを外す。

 

 爪が革鎧を裂き、ルクスンの身体を吹き飛ばした。

 

 それでも妖姫殺しを手放さない。

 

 倒れながら腕を伸ばし、銀の短剣を三男の胸へ突き立てる。

 

「主よ! もっと深くじゃ!」

 

「言われなくても!」

 

 刃を両手で押し込む。

 

 三男の身体が激しく震えた。

 

 やがて膝をつき、人間の姿へ戻っていく。

 

「二匹目……!」

 

 ルクスンは妖姫殺しを引き抜き、荒い息を吐いた。

 

 だが、戦いは終わっていない。

 

 落とし穴の中から、長兄の咆哮が響く。

 

 土が崩れ、太い腕が穴の縁を掴んだ。

 

 最後の一匹が、這い上がってくる。

 

 ルクスンの革鎧は裂け、肩から血が流れている。

 

 ノクティアも魔法を続けて使い、呼吸が乱れていた。

 

 ゼフィーリアは少女を安全な場所まで逃がしている。

 

 妖姫殺しだけが、相変わらず元気だった。

 

「主よ! 最後の一匹じゃ!」

 

「お前は疲れなくていいよな!」

 

「剣だからの!」

 

 長兄が穴から姿を現す。

 

 弟二人を失った人狼の瞳には、獲物を狩るための冷静さは残っていなかった。

 

「殺す……お前たちを殺し、村の者も全員殺す!」

 

「もう終わりだ。少女は助けた。弟たちも倒した。村への道には、僕たちが罠を戻してある」

 

「ならば、お前から喰い殺す!」

 

 長兄が、四肢を使って突進する。

 

 ルクスンは銀の短剣を構えた。

 

 戦士の強打。

 

 盗賊の急所狙い。

 

 野伏の罠。

 

 使える手段は、すべて使った。

 

 最後に残っているのは、正面からの一撃だけだった。

 

 長兄が飛びかかる。

 

 ルクスンも地面を蹴った。

 

 爪と銀の刃が、月明かりの下で交差した。

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