アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
三人の狩人が、三匹のワーウルフへ変貌した。
衣服が裂け、全身を灰色の剛毛が覆う。人間だったころの面影を残しているのは、獲物を見据える三対の瞳だけだった。
長兄が低く唸る。
「村で大人しくしていれば、見逃してやったものを」
「村人を皆殺しにする計画を聞いた直後に、それを信じると思うか?」
ルクスンは妖姫殺しを構えた。
ミスリル銀製のダガー+1。
必要筋力一、打撃力十。
人狼へ確実に傷を与えられる、唯一の武器である。
問題は敵が三匹いることだった。
「ノクティア、少女を頼む! ゼフィーリアは援護! 僕が三匹を――」
「無理」
「言い切るなよ!」
「主よ。わらわも無理だと思うぞ」
「お前まで!」
三匹の人狼が、一斉に地面を蹴った。
◇
ルクスンは妖姫殺しを鞘へ戻し、背負っていた弓を手に取った。
「主よ! なぜわらわをしまうのじゃ!?」
「三匹を正面から斬れるか!」
「無理じゃ!」
「だから数を減らす!」
人狼に通常の矢を射ても、致命傷は与えられない。
ルクスンが狙ったのは、人狼ではなかった。
狩猟小屋の周囲には、獲物を捕らえるための罠が仕掛けられている。
レンジャー技能を持つルクスンには、木の上へ張られた捕獲網と、それを支える縄が見えていた。
矢を放つ。
鏃が縄を断ち切り、折り畳まれていた網が落下した。
先頭を走っていた次兄へ、太い捕獲網が覆い被さる。
「グアアッ!」
人狼が地面へ倒れた。
網そのものでは傷を与えられない。だが、動きを止めることはできる。
「まず一匹!」
「一時的」
「わかってるよ!」
残る二匹が、捕らわれた兄弟を置いて左右へ分かれた。
長兄はルクスン。
三男は狩猟小屋へ回り込み、監禁している少女を人質に取ろうとしている。
ノクティアが立ち塞がった。
短剣を抜かず、片手を空けたまま精霊語の呪文を唱える。
大地を満たす精霊が応えた。
「《スネア》」
三男の足元から蔓と土が絡みつく。
踏み出した足を取られ、人狼の巨体が前のめりに倒れた。
「今!」
ノクティアは人狼の横を駆け抜け、狩猟小屋へ飛び込んだ。
三男が地面を殴りつける。
土が弾け、精霊による拘束が破られた。
人狼が立ち上がる。
しかし、その前へ一匹の狐が歩み出た。
「小賢しい獣が」
三男が前足を振り上げる。
狐姿のゼフィーリアは逃げなかった。
その口から流れ出したのは、獣の鳴き声ではない。
暗黒神ファラリスへ捧げる神聖語の祈り。
「我が自由を阻む者へ、相応の傷を――《ウーンズ》」
目に見えない力が、人狼の身体を切り裂いた。
肩口から血が噴き出す。
三男が呻き、後ろへ退いた。
「狐が魔法を……」
人狼の瞳に、初めて動揺が浮かぶ。
「私を、ただの狐と一緒にしないでください」
「喋った!?」
「その反応はもう僕がやった!」
◇
長兄の爪が、ルクスンへ振り下ろされた。
弓では受けられない。
ルクスンは弓を捨て、地面を転がって爪を避けた。
頭上を通過した一撃が、背後の木の幹を抉る。
「無茶苦茶な攻撃力だな!」
「主よ、早くわらわを抜くのじゃ!」
「いま抜く!」
妖姫殺しを逆手に抜き、長兄の懐へ飛び込む。
大きく振り回せる剣ではない。
だが短剣だからこそ、人狼の長い腕よりも内側へ入り込める。
長兄の爪が戻るより早く、脇腹へ銀の刃を突き立てた。
確かな手応え。
人狼が苦痛の叫びを上げる。
銀の刃で裂かれた傷は、塞がらない。
「効いてる!」
「当然じゃ! わらわはミスリル銀製の魔剣ぞ!」
「喋るだけじゃなかったんだな!」
「いまさら確認するでない!」
長兄が強引に腕を振るう。
ルクスンは短剣を引き抜き、後方へ跳んだ。
爪の先が胸元を掠める。
革鎧が裂け、皮膚に細い傷が走った。
正面から力で押し合えば、ファイター二レベルのルクスンに勝ち目はない。
だが、手にしているのは大剣ではなく短剣。
ならば、戦士のように立ち合う必要もない。
ルクスンは姿勢を低くした。
相手の視線、肩の動き、踏み込む足。
シーフ技能で、人狼の攻撃の隙を読む。
長兄が飛びかかる。
ルクスンは正面から受けず、身体を横へ滑らせた。
すれ違いざまに、妖姫殺しで人狼の太腿を斬る。
銀の刃が筋肉を断ち、長兄の身体が大きく傾いた。
「戦士ではないのか!」
「盗賊もやってるんだよ!」
「節操がないのう!」
「マルチ技能と言え!」
◇
捕獲網に絡まっていた次兄が、腕力だけで縄を引き千切った。
網を跳ね飛ばし、ルクスンの背後へ迫る。
「主よ、後ろじゃ!」
妖姫殺しの声に、ルクスンが振り返る。
間に合わない。
次兄の爪が振り下ろされる。
その直前、赤い炎が人狼の顔面で弾けた。
狩猟小屋から戻ったノクティアが、炎の精霊を放ったのだ。
魔法の炎に焼かれ、次兄が顔を押さえる。
「少女は?」
「生きている。縄も切った。動ける」
「ここから逃がせるか?」
「ゼフィーリアに任せる」
狩猟小屋の戸口から、行方不明になっていた少女が姿を現した。
手首には縄の痕が残っているが、歩くことはできる。
狐姿のゼフィーリアが少女の前へ走り、森の奥へ誘導する。
「ついて来てください」
「狐が喋った!?」
「説明はあとです!」
ゼフィーリアは少女を連れ、三兄弟から距離を取った。
これで人質を守りながら戦う必要はなくなった。
だが、状況が有利になったわけではない。
三匹とも健在。
長兄は太腿と脇腹を負傷。
次兄は顔を焼かれたが動ける。
三男も魔法で傷を負っただけ。
対するルクスンたちは、魔法を無制限に使えるわけではない。
「長引けば負ける」
ノクティアが告げる。
「わかってる。一匹ずつ集中して倒す!」
ルクスンは妖姫殺しを握り直した。
「次男を狙う。ノクティアは動きを止めてくれ!」
「わかった」
「わらわは?」
「急所を斬る!」
「任せるのじゃ!」
◇
ノクティアが風の精霊へ呼びかけた。
狩猟小屋の周囲から枯葉が舞い上がり、次兄の視界を覆う。
ルクスンは、その中へ飛び込んだ。
狙うのは喉。
だが次兄は、目を塞がれたまま爪を振り回した。
まともに受ければ、こちらが先に倒れる。
ルクスンは一度足を止め、攻撃が通り過ぎるのを待った。
それから踏み込む。
ファイター技能による、全力の強打。
「まだ《スマッシュ・バッシュ》は使えぬぞ!」
「能力がなくても全力攻撃はできる!」
妖姫殺しが、次兄の首へ深く食い込んだ。
銀の刃を押し込み、そのまま横へ引く。
次兄の身体から力が抜けた。
巨大な人狼の身体が地面へ崩れ、灰色の毛が消えていく。
あとに残ったのは、人間の姿へ戻った狩人だった。
ルクスンは一瞬だけ動きを止めた。
昨日まで、村人たちと一緒に少女を捜していた男。
生まれたときから怪物だったわけではない。
感染症によって人狼となった、村の狩人。
だが迷っている時間はなかった。
「一匹!」
「主よ、来るぞ!」
長兄と三男が、同時に飛びかかってくる。
ルクスンは妖姫殺しを構えた。
片方は自分。
もう片方はノクティア。
分かれて戦えば押し切られる。
「ノクティア、僕の後ろへ!」
「二匹とも相手にするの?」
「正面からは無理だ。だから罠へ誘う!」
ルクスンは狩猟小屋の裏へ向かって走った。
三兄弟が仕掛けた、大型獣用の落とし穴。
レンジャー技能で位置を見抜いていた、最後の罠。
長兄と三男が追ってくる。
ルクスンは落とし穴の直前で地面を蹴り、覆いを飛び越えた。
ノクティアも軽々と跳ぶ。
三男が続く。
しかし、負傷した長兄は踏み切れなかった。
地面を偽装していた枝が折れ、長兄の巨体が落とし穴へ沈む。
底にある杭では、人狼へ致命傷を与えられない。
だが、這い上がるまでの時間は稼げる。
「残り一匹!」
三男が振り返った。
兄を助けるか。
ルクスンたちを倒すか。
一瞬の迷い。
その隙に、ノクティアが再び大地の精霊へ呼びかけた。
「《スネア》」
三男の足が地面へ縫い止められる。
ルクスンは正面から突っ込んだ。
人狼の爪が迫る。
避けない。
肩を引き、致命傷だけを外す。
爪が革鎧を裂き、ルクスンの身体を吹き飛ばした。
それでも妖姫殺しを手放さない。
倒れながら腕を伸ばし、銀の短剣を三男の胸へ突き立てる。
「主よ! もっと深くじゃ!」
「言われなくても!」
刃を両手で押し込む。
三男の身体が激しく震えた。
やがて膝をつき、人間の姿へ戻っていく。
「二匹目……!」
ルクスンは妖姫殺しを引き抜き、荒い息を吐いた。
だが、戦いは終わっていない。
落とし穴の中から、長兄の咆哮が響く。
土が崩れ、太い腕が穴の縁を掴んだ。
最後の一匹が、這い上がってくる。
ルクスンの革鎧は裂け、肩から血が流れている。
ノクティアも魔法を続けて使い、呼吸が乱れていた。
ゼフィーリアは少女を安全な場所まで逃がしている。
妖姫殺しだけが、相変わらず元気だった。
「主よ! 最後の一匹じゃ!」
「お前は疲れなくていいよな!」
「剣だからの!」
長兄が穴から姿を現す。
弟二人を失った人狼の瞳には、獲物を狩るための冷静さは残っていなかった。
「殺す……お前たちを殺し、村の者も全員殺す!」
「もう終わりだ。少女は助けた。弟たちも倒した。村への道には、僕たちが罠を戻してある」
「ならば、お前から喰い殺す!」
長兄が、四肢を使って突進する。
ルクスンは銀の短剣を構えた。
戦士の強打。
盗賊の急所狙い。
野伏の罠。
使える手段は、すべて使った。
最後に残っているのは、正面からの一撃だけだった。
長兄が飛びかかる。
ルクスンも地面を蹴った。
爪と銀の刃が、月明かりの下で交差した。