アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
長兄の爪と、ルクスンの銀の短剣が交差した。
爪の先が革鎧を引き裂く。
同時に、妖姫殺しが人狼の胸へ突き立った。
互いの勢いを乗せたまま、ルクスンと人狼は地面へ倒れ込む。
「ぐっ……!」
「主よ! 生きておるか!?」
「たぶん!」
長兄の巨体が、ルクスンの上へ覆い被さっている。
生臭い息が顔へかかる。
人狼の牙が、首筋へ迫った。
ルクスンは左腕で喉元を庇い、右手で妖姫殺しの柄を押し込んだ。
刃は胸へ刺さっている。
だが、短い。
心臓まで届いていない。
「だから、もう少し大きくなっててほしかったんだよ!」
「あと五百点じゃ!」
「戦闘中に経験点を前借りできないのか!?」
「できるわけなかろう!」
長兄の牙が、ルクスンの腕へ迫る。
噛まれれば終わる。
単に肉を食い千切られるだけではない。
ライカンスロープは感染症である。
人狼の牙を受けることは、次の人狼になる危険まで意味していた。
「ノクティア!」
「動かないで」
「動いたら噛まれる!」
風を切る音がした。
ノクティアが投げた短剣が、人狼の顔へ飛ぶ。
通常の短剣では致命傷を与えられない。それでも目を狙われれば、人狼も反射的に顔を背ける。
牙がルクスンの首から離れた。
その一瞬で充分だった。
「うおおおおっ!」
ルクスンは左手で人狼の身体を押し退け、右手の妖姫殺しを引き抜いた。
そして、人狼の顎の下へ銀の刃を突き立てる。
短剣は下顎の柔らかな部分から入り、頭部へ深く食い込んだ。
長兄の身体が大きく震える。
爪がルクスンの肩を掴んだ。
だが、それ以上の力は加わらなかった。
人狼の巨体が横へ倒れる。
全身を覆っていた灰色の毛が消え、狼の頭部が人間のものへ戻っていく。
地面に残ったのは、村の狩人だった。
三兄弟の長兄。
ルクスンは荒い呼吸を繰り返しながら、その横へ仰向けに倒れた。
「終わった……?」
妖姫殺しが答える。
「三匹とも動いておらぬ」
「勝った?」
「おそらく」
「経験点は?」
「わらわに聞くでない!」
◇
狐姿のゼフィーリアが、少女を連れて戻ってきた。
少女は倒れている三兄弟を見て、足を止めた。
少女にとって彼らは、最初から怪物だったわけではない。
同じ村で暮らしてきた狩人たち。
森の歩き方や獣の見分け方を、子供たちへ教えていた兄弟だった。
「本当に、人狼だったの……?」
「三人とも、ライカンスロープに感染していた」
ルクスンは身体を起こした。
肩から血が流れているが、牙は受けていない。
傷をつけたのは人狼の爪だった。
すぐに薬師へ診せる必要はあるが、少なくとも噛まれてはいなかった。
「あなたたちを見たって聞いた。森で、狼に話しかけていたのを」
少女は震えながら頷いた。
「狩人さんたちが罠を外しているところを見たの。そのあと、二人が狼の姿になった。逃げようとしたけど、後ろから長兄さんに捕まって……」
「どうして殺されなかった?」
「わからない。夜になったら、わたしも仲間にすると言っていた」
ルクスンは三兄弟の遺体を見た。
少女を殺さなかったのは、情けをかけたからではない。
ライカンスロープへ感染させ、四匹目の人狼にするつもりだったのだ。
「間に合ってよかった」
少女が、狐姿のゼフィーリアへ目を向ける。
「この狐さんが助けてくれたの?」
「そうです」
ゼフィーリアが普通に答えた。
少女の目が大きく見開かれる。
「やっぱり喋った!」
「ゼフィーリア!」
「もう聞かれているのですから、誤魔化しても無意味でしょう」
「正体まで見せるなよ! ダークエルフだって知られたら、今度はお前が討伐される!」
「だーくえるふ?」
「何でもない! この狐は、ものすごく賢い魔法の狐だ!」
少女は首を傾げた。
「さっき、暗黒神の名前を呼んでいたけど……」
「聞かなかったことにして!」
◇
戦いが終わっても、すぐに村へ戻ることはできなかった。
ルクスンとノクティアは狩猟小屋の中を調べた。
少女を縛っていた縄。
村と湖岸を描いた地図。
外された罠の位置。
壊す予定だった漁船。
村へ火を放つ場所まで記された襲撃計画。
三兄弟が何をしようとしていたのかを示す証拠は、充分に残っていた。
さらに、小屋の奥から血のついた衣服が見つかった。
三兄弟のものではない。
かなり古く、持ち主を特定できる状態ではなかった。
「最初に三兄弟へ感染させた人狼のものかもしれない」
「その人狼は?」
ノクティアが尋ねる。
「わからない。三兄弟に倒されたのか、まだ森のどこかにいるのか」
完全版の知識を持っていても、ここで起きた過去まで読み取ることはできない。
ただ、森の静けさは少しずつ変わり始めていた。
遠くから、一羽の鳥の声が聞こえる。
続いて、茂みの奥を小動物が走り抜ける音。
森を支配していた捕食者が消え、獣たちが戻り始めている。
「少なくとも、この森にいた人狼は三兄弟だけだったみたいだな」
ルクスンは息を吐いた。
◇
夜が明けるころ、ルクスンたちは村へ戻った。
先頭を歩くのは、救出された少女。
その姿を見つけた母親が、家から飛び出してくる。
「お母さん!」
二人は村の中央で抱き合った。
声を聞きつけ、家々から村人たちが集まってくる。
喜びの声は、ルクスンたちが運んできた三人の遺体を見て消えた。
狩人三兄弟。
村を守るために森へ入り、誰よりも獣と罠を知っていた男たち。
その三人が人狼となり、村を襲おうとしていた。
村長は、狩猟小屋から持ち帰った地図と襲撃計画を確認した。
「三人とも、本当に人狼だったのか?」
「少女が目撃しています。僕たちも、人狼へ変身するところを見た。三兄弟は今夜、村の罠を外し、船を壊してから襲うつもりでした」
「なぜ、あの三人が……」
「ライカンスロープは感染症です。最初から怪物だったわけじゃない。どこかで感染したんでしょう」
「助けることは、できなかったのか?」
ルクスンは答えられなかった。
感染症である以上、治療できる可能性はある。
だが、今のルクスンたちには治療の奇跡も、三匹の人狼を無傷で拘束する力もなかった。
少女を救い、村を守るためには、戦うしかなかった。
「僕たちには、できませんでした」
村長は目を閉じた。
やがて、三兄弟の遺体を家族へ返すよう村人たちへ命じた。
◇
薬師の家で傷の手当てを受けたあと、ルクスンは村長宅の客間へ戻った。
ノクティア。
妖姫殺し。
そして、寝床の中央を占領する狐。
「事件は解決した。少女も助けた。ゼフィーリアは、これからどうする?」
狐が鷹の羽を思わせる外皮を開く。
魔力が溢れ、褐色の肌と銀色の長髪を持つ女性が現れた。
ゼフィーリアはルクスンから借りたマントで身体を隠すと、堂々と答えた。
「旅を続けます」
「十二支族から逃げながら?」
「自由を求めているのです」
「行く当ては?」
「ありません」
「金は?」
「ありません」
「食料は?」
「狐の姿で狩ります」
「村の罠にかかってたよね?」
「実地調査です」
ノクティアが、ゼフィーリアを見る。
「わたしたちと来ればいい」
「ノクティア!?」
「わたしも帰る場所がない。ゼフィーリアも同じ」
「暗殺者の次は、ダークエルフのファラリス神官だぞ! このパーティー、人に見せられない仲間ばかり増えてないか!?」
妖姫殺しが嬉しそうに声を上げた。
「こりゃー、一緒に行くしかないのぉ!」
「前にも聞いたぞ、その台詞!」
ゼフィーリアは少し考えたあと、当然のように頷いた。
「あなたたちだけでは、また森の罠にかかるでしょう。仕方ありません。しばらく同行してあげます」
「罠にかかったのはお前だ!」
「実地調査です」
「まだ言い張るのか!」
こうしてルクスンとノクティアの初仕事は終わった。
少女は救出され、村を襲おうとしていた人狼は倒された。
そして一行には、暗黒神ファラリスを信仰するダークエルフが加わった。
依頼を一つ解決するたび、社会的な立場だけが悪化している気がした。