アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第17話 旅費は出ません

 冒険者の店で話をまとめた後、ルクスンたちは宿の個室へ移った。

 

 護衛の条件を決めるためである。

 

 卓上へ地図と旅程表を広げたオトフリートが、眼鏡の位置を直す。

 

「ファンドリアまでは、順調なら七日ほど。通常の護衛料として一日五百ガメル、七日で三千五百ガメルを考えています」

 

 ルクスンの背筋が伸びた。

 

 三千五百ガメル。

 

 四人で一週間旅をするだけで、まとまった金が手に入る。

 

「前金として千五百ガメル。残りはファンドリア到着時にお支払いします。道中、特に危険な魔物や盗賊との戦闘が発生した場合は――」

 

「あ、その前に話しておくことがあります」

 

「何でしょう?」

 

 オトフリートが差し出しかけた革袋を止めた。

 

「実は僕たち、ロマールの貴族から命を狙われています」

 

「……はい?」

 

「ついでに、暗殺者組織からも追われています」

 

「ついでに付け加える内容ではありませんね」

 

 ルクスンは、カイレン・ヴァルネスの遺品からロケットを回収したこと、それを取り返そうとした侍従を倒したことまで説明した。

 

 ロケットは盗賊ギルドへ預けてある。

 

 それでもヴァルネス家は、醜聞を知った可能性のあるルクスンを消そうとしている。

 

 さらにノクティアは、ルクスンの暗殺に失敗して組織へ戻らなかった。彼女を放置すれば、暗殺者組織の信用に関わる。

 

 説明が終わる頃には、前金の革袋はオトフリートの手元へ戻っていた。

 

「確認します。旅の途中で追っ手に襲われる可能性がある」

 

「あります」

 

「その追っ手が狙っているのは、僕ではない」

 

「今のところは」

 

「あなた方ですね?」

 

「はい」

 

「その危険に対する手当を、僕が払うのですか?」

 

 ルクスンは答えなかった。

 

 ノクティアも答えなかった。

 

 卓上の妖姫殺しだけが、鞘の中で笑っている。

 

「一週間三千五百ガメル……」

 

「払いませんよ」

 

「前金だけでも……」

 

「払いません」

 

「千ガメル?」

 

「値下げの問題ではありません」

 

 オトフリートは眼鏡を外し、目頭を押さえた。

 

「むしろ、僕の馬車へあなた方を乗せれば、僕まで巻き込まれるのでは?」

 

「そこはほら、貴族の馬車だから、敵も襲いにくくなるかなと」

 

「それはあなた方の利点でしょう」

 

「さすがインテリ魔術師。話が早い」

 

「誤魔化さないでください」

 

 ノクティアの膝に乗った黒猫が、深々とうなずいた。

 

「ゼフィーリア。お前はどっちの味方なんだ」

 

 黒猫は前足で顔を洗い始めた。

 

「猫は喋れない」

 

「都合が悪いときだけ猫になるな!」

 

 しばらく考えた後、オトフリートは依頼書を裏返した。

 

「護衛契約は取りやめます」

 

 ルクスンの三千五百ガメルが消滅した。

 

 まだ受け取ってもいなかったが、消滅したような気がした。

 

「その代わり、同行者として協力しましょう。僕は正規の旅券、馬車、家名による信用を提供します。皆さんには街道上の魔物や山賊への対処をお願いします」

 

「僕らの追っ手が出た場合は?」

 

「皆さんの責任です。ただし、その場に僕もいる以上、自分の身を守るために戦います」

 

「オトフリートさんが原因の敵は?」

 

「僕の責任です。その場合、皆さんが助けるかどうかはお任せします」

 

「護衛料は?」

 

「発生しません」

 

「危険手当は?」

 

「どちらが受け取るのか決められません」

 

 実に公平だった。

 

 そしてルクスンには、一言も反論できなかった。

 

「依頼人と護衛ではなく、目的地を同じくする同行者。それでよろしいですか?」

 

「……よろしくお願いします」

 

「主よ。完全に言い負かされたのぉ」

 

「うるさい」

 

「わらわなら、もう少し粘れたぞ?」

 

「売値五千ガメルの短剣が偉そうにするな」

 

「わらわの価値を金で量るでない!」

 

 こうして護衛依頼は、出発する前に消滅した。

 

 その代わり、ルクスンたちは貴族の馬車と正規の旅券を手に入れた。

 

 少なくとも徒歩で門を抜けるより、生きてロマールを離れられる可能性は高くなった。

 

          ◇

 

「それにしても、装備が貧弱ですね」

 

 宿を出たところで、オトフリートが言った。

 

 ルクスンは自分の装備を見下ろした。

 

 拾い物を継ぎ合わせ、必要に応じて買い足してきた装備である。使えないわけではないが、これから長旅へ出る冒険者の格好とは言い難い。

 

「遺跡から生還し、人狼まで倒したと聞きましたが」

 

「装備が豪華になるほど金を落とす人狼じゃなかったんですよ」

 

「人狼へ金銭を期待するのが間違いでは?」

 

「冒険者にとっては切実な問題なんです」

 

 オトフリートと別れ、ルクスンたちは市場へ向かった。

 

 共同資金は九千ガメル。

 

 ロマールを離れる前に、必要な装備を揃えなければならない。

 

 ルクスンは武具店で、重い金属鎧と軽い非金属鎧を前に腕を組んだ。

 

「戦士として考えるなら、鎧は厚い方がいい」

 

「なら、それを買えばよい」

 

 妖姫殺しが答えた。

 

「でも、重装備じゃ盗賊の動きができない。森で弓を使うにも邪魔になる」

 

「では軽い方じゃ」

 

「正面から殴り合うときが不安なんだよ」

 

「どちらかに決めい!」

 

「嫌だ。僕は全部やる」

 

 戦士のように強打する。

 

 盗賊のように隙を突き、急所を狙う。

 

 野伏のように弓を使い、森や荒野を移動する。

 

 八坂鷹なら、役割を一つに絞って仲間と分担しただろう。

 

 しかし今のルクスンには、どんな冒険へ放り込まれても生き残る力が必要だった。

 

 最終的に選んだのは、身体の動きを妨げない軽い非金属鎧だった。

 

 片手で扱える剣。

 

 小型の盾。

 

 短弓と矢。

 

 相手と場所に応じ、装備を持ち替えて戦う。

 

「器用貧乏にならぬとよいがの」

 

「言うな。僕も少し気にしてる」

 

 ノクティアは短槍を選んだ。

 

「暗殺者が槍?」

 

「もう暗殺者ではない。それに、短剣だけでは火力が足りない」

 

「自分で分かってたんだ」

 

「簀巻きにするぞ」

 

「やめて。僕まで暗殺に失敗した人みたいになる」

 

 ノクティアは短槍のほか、軽い防具、予備の短剣、投擲用の刃を揃えた。

 

 背負い袋。

 

 毛布。

 

 火口箱。

 

 水袋。

 

 ロープ。

 

 保存食。

 

 そして、鍵や罠を扱うための盗賊道具一式。

 

 これでようやく、旅をする冒険者らしい装備になる。

 

 問題はゼフィーリアだった。

 

 黒猫の姿で衣料品店へ入り、並べられた衣服を見て回る。

 

「本人に合わせないと、寸法が分からないんだけど」

 

 黒猫が一着の外套を前足で示した。

 

「それでいいのか?」

 

 尾を一度振る。

 

「肌着は?」

 

 尾を二度振る。

 

「それは、いるって意味? いらないって意味?」

 

 黒猫は別の服を指した。

 

「猫との買い物、面倒くせぇ!」

 

 結局、ゆったりした衣服と外套を購入した。

 

 変身を解いた直後、外套だけでも自分で身体を覆えるようにする。これでルクスンが毎回マントを貸す必要はなくなるはずだった。

 

 装備と旅支度に四千八百ガメル。

 

 さらに、その日のルクスンとノクティアの生活費と宿代が八十ガメル。

 

 残金は四千百二十ガメル。

 

 オトフリートは自分の費用を自分で支払い、黒猫は宿代を払わず、妖姫殺しはそもそも食事をしない。

 

「金が半分以下になった……」

 

「必要な出費だ」

 

「分かってるけど、金が減るの早すぎない?」

 

「旅に出れば、さらに減る」

 

「やめて! 現実を突きつけないで!」

 

 稼がなければならない。

 

 街道の魔物が都合よく金貨を落とす世界ではないのだ。

 

          ◇

 

 その夜。

 

 出発の打ち合わせをするため、オトフリートが地図と年代表を宿へ持ってきた。

 

 ルクスンは、年代表に記された数字を見て動きを止めた。

 

 新王国歴五百十一年。

 

「五百十一年……」

 

「何か?」

 

「いや。ちょっと待って」

 

 八坂鷹の記憶が、一斉に蘇った。

 

 まだ発見されていない遺跡。

 

 後世になって冒険者に荒らされる古代王国の施設。

 

 オーファン近郊に眠る、魔力の塔建造にまつわる魔導書。

 

 レックスにある飛空石。

 

 今なら、すべて先回りできる。

 

 魔力の塔を築き、飛空石で空へ浮かべる。

 

 文明破壊級の空飛ぶ拠点で、アレクラスト全土を冒険する。

 

 それは途方もない野望だった。

 

 資金がない。

 

 実力がない。

 

 魔術師ギルドからの信用もない。

 

 塔を築く職人も、必要な人材もいない。

 

 何もかも足りない。

 

 だが、足りないなら集めればよい。

 

 遺跡を攻略して金と力を得る。

 

 人を救い、事件を解決して名を上げる。

 

 悪名では駄目だ。

 

 金も人材も信用も向こうから集まってくる、英雄的な名声が必要だった。

 

「決めた」

 

「何をだ?」

 

 ノクティアが尋ねた。

 

「まだ誰にも発見されていない遺跡を、先回りして攻略する」

 

「どこにある?」

 

「いくつか心当たりがある」

 

「なぜ知っている?」

 

「……冒険者の勘?」

 

 ノクティアの目が細くなった。

 

「ルクスンに、そんなものがあるのか?」

 

「失礼な!」

 

 黒猫も疑わしそうにルクスンを見ている。

 

 オトフリートだけは、興味を示した。

 

「未発見の古代王国遺跡ですか。それが本当なら、魔術師ギルドから評価を得られる可能性があります」

 

「だろ?」

 

「ただし、発見できれば、ですが」

 

「ある。絶対にある」

 

 八坂鷹が仲間たちと攻略した、思い出深い遺跡。

 

 いくつものストーンサークルに隠された、古代王国の地下施設。

 

 石化の魔眼を持つメデューサに苦しめられた、忘れられないダンジョン。

 

 ――《銀の冠》の遺跡。

 

 その場所は、ファンドリアへ向かう道の先にある。

 

 だが、まずはロマールを脱出しなければならない。

 

 盗賊ギルドが用意した偽情報は三つ。

 

 一行は北門から徒歩で出る。

 

 ノクティアだけが水路から逃げる。

 

 ルクスンは盗賊ギルドの施設へ潜伏する。

 

 本物の一行は、オトフリートの従者を装い、正規の旅券を使って西門から出る。

 

 翌朝。

 

 まだ薄暗いロマールの街路を、一台の馬車が走り始めた。

 

 御者台にはオトフリート。

 

 荷台には使用人の格好をしたルクスンとノクティア。

 

 黒猫となったゼフィーリアと、荷物へ紛れ込んだ妖姫殺し。

 

 門までは、あと僅か。

 

 通りの反対側で、外套を着た男が静かに馬車を見送っていた。

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