アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
冒険者の店で話をまとめた後、ルクスンたちは宿の個室へ移った。
護衛の条件を決めるためである。
卓上へ地図と旅程表を広げたオトフリートが、眼鏡の位置を直す。
「ファンドリアまでは、順調なら七日ほど。通常の護衛料として一日五百ガメル、七日で三千五百ガメルを考えています」
ルクスンの背筋が伸びた。
三千五百ガメル。
四人で一週間旅をするだけで、まとまった金が手に入る。
「前金として千五百ガメル。残りはファンドリア到着時にお支払いします。道中、特に危険な魔物や盗賊との戦闘が発生した場合は――」
「あ、その前に話しておくことがあります」
「何でしょう?」
オトフリートが差し出しかけた革袋を止めた。
「実は僕たち、ロマールの貴族から命を狙われています」
「……はい?」
「ついでに、暗殺者組織からも追われています」
「ついでに付け加える内容ではありませんね」
ルクスンは、カイレン・ヴァルネスの遺品からロケットを回収したこと、それを取り返そうとした侍従を倒したことまで説明した。
ロケットは盗賊ギルドへ預けてある。
それでもヴァルネス家は、醜聞を知った可能性のあるルクスンを消そうとしている。
さらにノクティアは、ルクスンの暗殺に失敗して組織へ戻らなかった。彼女を放置すれば、暗殺者組織の信用に関わる。
説明が終わる頃には、前金の革袋はオトフリートの手元へ戻っていた。
「確認します。旅の途中で追っ手に襲われる可能性がある」
「あります」
「その追っ手が狙っているのは、僕ではない」
「今のところは」
「あなた方ですね?」
「はい」
「その危険に対する手当を、僕が払うのですか?」
ルクスンは答えなかった。
ノクティアも答えなかった。
卓上の妖姫殺しだけが、鞘の中で笑っている。
「一週間三千五百ガメル……」
「払いませんよ」
「前金だけでも……」
「払いません」
「千ガメル?」
「値下げの問題ではありません」
オトフリートは眼鏡を外し、目頭を押さえた。
「むしろ、僕の馬車へあなた方を乗せれば、僕まで巻き込まれるのでは?」
「そこはほら、貴族の馬車だから、敵も襲いにくくなるかなと」
「それはあなた方の利点でしょう」
「さすがインテリ魔術師。話が早い」
「誤魔化さないでください」
ノクティアの膝に乗った黒猫が、深々とうなずいた。
「ゼフィーリア。お前はどっちの味方なんだ」
黒猫は前足で顔を洗い始めた。
「猫は喋れない」
「都合が悪いときだけ猫になるな!」
しばらく考えた後、オトフリートは依頼書を裏返した。
「護衛契約は取りやめます」
ルクスンの三千五百ガメルが消滅した。
まだ受け取ってもいなかったが、消滅したような気がした。
「その代わり、同行者として協力しましょう。僕は正規の旅券、馬車、家名による信用を提供します。皆さんには街道上の魔物や山賊への対処をお願いします」
「僕らの追っ手が出た場合は?」
「皆さんの責任です。ただし、その場に僕もいる以上、自分の身を守るために戦います」
「オトフリートさんが原因の敵は?」
「僕の責任です。その場合、皆さんが助けるかどうかはお任せします」
「護衛料は?」
「発生しません」
「危険手当は?」
「どちらが受け取るのか決められません」
実に公平だった。
そしてルクスンには、一言も反論できなかった。
「依頼人と護衛ではなく、目的地を同じくする同行者。それでよろしいですか?」
「……よろしくお願いします」
「主よ。完全に言い負かされたのぉ」
「うるさい」
「わらわなら、もう少し粘れたぞ?」
「売値五千ガメルの短剣が偉そうにするな」
「わらわの価値を金で量るでない!」
こうして護衛依頼は、出発する前に消滅した。
その代わり、ルクスンたちは貴族の馬車と正規の旅券を手に入れた。
少なくとも徒歩で門を抜けるより、生きてロマールを離れられる可能性は高くなった。
◇
「それにしても、装備が貧弱ですね」
宿を出たところで、オトフリートが言った。
ルクスンは自分の装備を見下ろした。
拾い物を継ぎ合わせ、必要に応じて買い足してきた装備である。使えないわけではないが、これから長旅へ出る冒険者の格好とは言い難い。
「遺跡から生還し、人狼まで倒したと聞きましたが」
「装備が豪華になるほど金を落とす人狼じゃなかったんですよ」
「人狼へ金銭を期待するのが間違いでは?」
「冒険者にとっては切実な問題なんです」
オトフリートと別れ、ルクスンたちは市場へ向かった。
共同資金は九千ガメル。
ロマールを離れる前に、必要な装備を揃えなければならない。
ルクスンは武具店で、重い金属鎧と軽い非金属鎧を前に腕を組んだ。
「戦士として考えるなら、鎧は厚い方がいい」
「なら、それを買えばよい」
妖姫殺しが答えた。
「でも、重装備じゃ盗賊の動きができない。森で弓を使うにも邪魔になる」
「では軽い方じゃ」
「正面から殴り合うときが不安なんだよ」
「どちらかに決めい!」
「嫌だ。僕は全部やる」
戦士のように強打する。
盗賊のように隙を突き、急所を狙う。
野伏のように弓を使い、森や荒野を移動する。
八坂鷹なら、役割を一つに絞って仲間と分担しただろう。
しかし今のルクスンには、どんな冒険へ放り込まれても生き残る力が必要だった。
最終的に選んだのは、身体の動きを妨げない軽い非金属鎧だった。
片手で扱える剣。
小型の盾。
短弓と矢。
相手と場所に応じ、装備を持ち替えて戦う。
「器用貧乏にならぬとよいがの」
「言うな。僕も少し気にしてる」
ノクティアは短槍を選んだ。
「暗殺者が槍?」
「もう暗殺者ではない。それに、短剣だけでは火力が足りない」
「自分で分かってたんだ」
「簀巻きにするぞ」
「やめて。僕まで暗殺に失敗した人みたいになる」
ノクティアは短槍のほか、軽い防具、予備の短剣、投擲用の刃を揃えた。
背負い袋。
毛布。
火口箱。
水袋。
ロープ。
保存食。
そして、鍵や罠を扱うための盗賊道具一式。
これでようやく、旅をする冒険者らしい装備になる。
問題はゼフィーリアだった。
黒猫の姿で衣料品店へ入り、並べられた衣服を見て回る。
「本人に合わせないと、寸法が分からないんだけど」
黒猫が一着の外套を前足で示した。
「それでいいのか?」
尾を一度振る。
「肌着は?」
尾を二度振る。
「それは、いるって意味? いらないって意味?」
黒猫は別の服を指した。
「猫との買い物、面倒くせぇ!」
結局、ゆったりした衣服と外套を購入した。
変身を解いた直後、外套だけでも自分で身体を覆えるようにする。これでルクスンが毎回マントを貸す必要はなくなるはずだった。
装備と旅支度に四千八百ガメル。
さらに、その日のルクスンとノクティアの生活費と宿代が八十ガメル。
残金は四千百二十ガメル。
オトフリートは自分の費用を自分で支払い、黒猫は宿代を払わず、妖姫殺しはそもそも食事をしない。
「金が半分以下になった……」
「必要な出費だ」
「分かってるけど、金が減るの早すぎない?」
「旅に出れば、さらに減る」
「やめて! 現実を突きつけないで!」
稼がなければならない。
街道の魔物が都合よく金貨を落とす世界ではないのだ。
◇
その夜。
出発の打ち合わせをするため、オトフリートが地図と年代表を宿へ持ってきた。
ルクスンは、年代表に記された数字を見て動きを止めた。
新王国歴五百十一年。
「五百十一年……」
「何か?」
「いや。ちょっと待って」
八坂鷹の記憶が、一斉に蘇った。
まだ発見されていない遺跡。
後世になって冒険者に荒らされる古代王国の施設。
オーファン近郊に眠る、魔力の塔建造にまつわる魔導書。
レックスにある飛空石。
今なら、すべて先回りできる。
魔力の塔を築き、飛空石で空へ浮かべる。
文明破壊級の空飛ぶ拠点で、アレクラスト全土を冒険する。
それは途方もない野望だった。
資金がない。
実力がない。
魔術師ギルドからの信用もない。
塔を築く職人も、必要な人材もいない。
何もかも足りない。
だが、足りないなら集めればよい。
遺跡を攻略して金と力を得る。
人を救い、事件を解決して名を上げる。
悪名では駄目だ。
金も人材も信用も向こうから集まってくる、英雄的な名声が必要だった。
「決めた」
「何をだ?」
ノクティアが尋ねた。
「まだ誰にも発見されていない遺跡を、先回りして攻略する」
「どこにある?」
「いくつか心当たりがある」
「なぜ知っている?」
「……冒険者の勘?」
ノクティアの目が細くなった。
「ルクスンに、そんなものがあるのか?」
「失礼な!」
黒猫も疑わしそうにルクスンを見ている。
オトフリートだけは、興味を示した。
「未発見の古代王国遺跡ですか。それが本当なら、魔術師ギルドから評価を得られる可能性があります」
「だろ?」
「ただし、発見できれば、ですが」
「ある。絶対にある」
八坂鷹が仲間たちと攻略した、思い出深い遺跡。
いくつものストーンサークルに隠された、古代王国の地下施設。
石化の魔眼を持つメデューサに苦しめられた、忘れられないダンジョン。
――《銀の冠》の遺跡。
その場所は、ファンドリアへ向かう道の先にある。
だが、まずはロマールを脱出しなければならない。
盗賊ギルドが用意した偽情報は三つ。
一行は北門から徒歩で出る。
ノクティアだけが水路から逃げる。
ルクスンは盗賊ギルドの施設へ潜伏する。
本物の一行は、オトフリートの従者を装い、正規の旅券を使って西門から出る。
翌朝。
まだ薄暗いロマールの街路を、一台の馬車が走り始めた。
御者台にはオトフリート。
荷台には使用人の格好をしたルクスンとノクティア。
黒猫となったゼフィーリアと、荷物へ紛れ込んだ妖姫殺し。
門までは、あと僅か。
通りの反対側で、外套を着た男が静かに馬車を見送っていた。