アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第19話 分かっている待ち伏せ

 馬車は大街道を離れ、炭焼きたちが使っていた古い林道へ入った。

 

 左右から伸びる枝が幌を擦る。

 

 車輪は木の根や窪みに取られ、街道にいたときより明らかに速度が落ちていた。

 

「貴族の馬車で通る道ではありませんね」

 

 御者台のオトフリートがぼやいた。

 

「壊したら弁償します」

 

「四千百二十ガメルで足りますか?」

 

「……なるべく壊さない方向で」

 

 荷台では、ノクティアが新しい短槍を確かめていた。

 

 ルクスンは剣と小盾。

 

 短弓は荷物へ残した。

 

 木々が密集する林道では射線を確保しにくい。それに、待ち伏せまでの距離が分からない。弓を構えたまま馬車に揺られるより、すぐ抜ける剣を選んだ。

 

 狐となったゼフィーリアは馬車の前方を走っている。

 

 ときおり林へ入り、また姿を見せる。

 

「止まってください」

 

 ノクティアが言った。

 

 オトフリートが手綱を引く。

 

「何か?」

 

「静かすぎる」

 

 鳥の声がない。

 

 風が枝葉を揺らす音と、馬の鼻息だけが聞こえている。

 

 ルクスンも目を凝らした。

 

 完全版の知識があっても、待ち伏せている人間の位置までは分からない。シナリオに書かれた敵ならともかく、ここにいるのはルクスンたちを殺すため、現実に配置された者たちだ。

 

 前方で狐が立ち止まった。

 

 鼻先を上げ、右手の林を見る。

 

 次に左。

 

 最後に道の先。

 

「三人とも、位置は変わってないみたいだな」

 

「わたしたちを馬車ごと囲むつもりだ」

 

 ノクティアが幌を僅かに開き、林道を確認する。

 

「弓か弩が一人。左右に一人ずつ」

 

「見えたのか?」

 

「見えてはいない。わたしなら、そう配置する」

 

「外れていたら?」

 

「そのとき考える」

 

「僕の作戦みたいなこと言い始めたぞ」

 

 妖姫殺しが鞘の中で笑う。

 

「似た者同士じゃのぉ」

 

「誰が」

 

 二人の声が重なった。

 

 ノクティアは荷台から降り、林の中へ消えた。

 

 精霊へ働きかけ、自分の輪郭と気配を周囲へ紛れ込ませる。完全に透明になるわけではない。動けば枝が揺れ、落ち葉を踏めば音も出る。

 

 それでも、待ち伏せている側の背後へ回るには十分だった。

 

「僕は?」

 

「見えるところにいろ」

 

「囮かよ」

 

「お前は剣と盾を持っている。適任だ」

 

「否定しにくい!」

 

 オトフリートが御者台から振り返った。

 

「僕はどうすれば?」

 

「そのまま進んでください。相手が出てくるまで、何も知らないふりを」

 

「魔法を使う準備は?」

 

「杖を持っていたら警戒されます」

 

「では、合図を」

 

「僕が叫びます」

 

「具体性に欠けますね」

 

「戦闘が始まれば分かります!」

 

 オトフリートは納得していない顔で、再び馬車を進めた。

 

          ◇

 

 最初の倒木が見えた。

 

 ゼフィーリアが報告した二本のうち、一つ目である。

 

 自然に倒れたものではない。

 

 左右から切り込みを入れ、街道を塞ぐように倒してあった。

 

 オトフリートが馬車を止める。

 

「これは困りましたね」

 

「降りて動かします」

 

 ルクスンは荷台から飛び降りた。

 

 周囲を警戒していないふりをして、倒木へ近づく。

 

 狐となったゼフィーリアは、いつの間にか姿を消していた。

 

 ルクスンが倒木へ手をかけた瞬間、背後で弦が鳴った。

 

 身体を捻る。

 

 小盾に矢が突き立った。

 

「うおっ!」

 

「外したか」

 

 右手の木陰から、革鎧を着た男が現れた。

 

 手には装填済みの弩。

 

 左手の藪からも、剣を抜いた男が姿を見せる。

 

 さらに馬車の後方へ、槍を持った三人目が回り込んだ。

 

 ノクティアの予想どおりだった。

 

「荷と馬車を置いていけ」

 

 剣を持った男が言う。

 

「命までは取らん」

 

「普通の山賊は、僕の顔を確認してから矢を撃たないと思うけど?」

 

「抵抗しなければ、そこの御仁には危害を加えない」

 

 男が顎でオトフリートを示す。

 

「黒髪の男とハーフエルフを渡せ」

 

「目的を自白してどうするんだよ」

 

「ここから生きて帰すつもりがないだけだ」

 

 山賊を装うことすら諦めたらしい。

 

 オトフリートは御者台に座ったまま、穏やかに尋ねた。

 

「僕が誰か、承知していますか?」

 

「旅の途中で山賊に襲われ、護衛を失った。それだけのことです」

 

「僕を証人として残すおつもりで?」

 

「余計なことを語らなければな」

 

「なるほど」

 

 オトフリートが馬車の脇へ手を伸ばした。

 

 立てかけていた杖を掴む。

 

「交渉の余地はなさそうですね」

 

「魔術師だ! 撃て!」

 

 弩を持った男が狙いを変えた。

 

「オトフリート!」

 

 ルクスンが叫ぶ。

 

「それが合図ですか!」

 

 オトフリートは杖を突き出し、古代語の短い呪文を唱えた。

 

 放たれた魔力の矢が、弩を持つ男の胸へ突き刺さる。

 

 男の身体が木の幹へ叩きつけられた。

 

 死んではいない。

 

 しかし、すぐに次の矢を放てる状態でもなかった。

 

「古代語魔法だと!?」

 

「僕も戦闘では後方から援護できると、昨日申し上げたでしょう」

 

「聞いてないのは敵だよ!」

 

 剣を持った男がルクスンへ斬りかかった。

 

 小盾で受け流す。

 

 もう一人の槍使いは、馬車の後ろからオトフリートを狙おうとしていた。

 

 その足元へ、狐が飛び出した。

 

「なっ――」

 

 狐は攻撃しなかった。

 

 槍使いの目の前を横切り、落ち葉を巻き上げる。

 

 男が反射的に槍を向けた。

 

 その一瞬で十分だった。

 

 何もいなかったはずの背後から、ノクティアが姿を現す。

 

 短槍の柄が、男の膝裏を打った。

 

 体勢を崩したところへ足をかけ、地面へ引き倒す。

 

「一人」

 

 ノクティアは倒れた男の首筋へ穂先を突きつけた。

 

 ルクスンは剣を振り下ろさず、盾を前へ突き出した。

 

 剣士の胸へ小盾が激突する。

 

 男がよろめく。

 

 追って踏み込み、剣を持つ手首を柄で打った。

 

 剣が落ちる。

 

「二人!」

 

「まだ弩がいる」

 

 魔力の矢を受けた男が、苦しみながらも短剣を抜いていた。

 

 その前にオトフリートが杖を向ける。

 

「動かないでください。次は手加減できる保証がありません」

 

 男の動きが止まった。

 

 妖姫殺しが鞘の中から叫ぶ。

 

「妾の出番は!?」

 

「なかった!」

 

「せっかく新たな力へ目覚めたというのに!」

 

「刃物がどこにあるか探す前に、敵が全部出てきただろ!」

 

 戦いは、始まってしまえば短かった。

 

 待ち伏せを見破られ、配置を読まれ、魔術師ではないと思っていたオトフリートから魔法を撃ち込まれた。

 

 相手の計算違いが重なった結果である。

 

          ◇

 

 三人を縛り上げ、武器を遠ざける。

 

 ノクティアは男たちの装備を調べた。

 

 暗殺者組織の印はない。

 

 毒も、特殊な暗器も持っていなかった。

 

「組織の人間ではない」

 

「ヴァルネス家の私兵?」

 

「おそらく、雇われただけの傭兵だ」

 

 ルクスンは剣士の前へしゃがんだ。

 

「誰に雇われた?」

 

「知らん」

 

「便利な答えだな」

 

「仲介人から、黒髪の男とハーフエルフを始末しろと言われただけだ」

 

「後ろから僕らを追っていた男は?」

 

「何の話だ」

 

 嘘をついているようには見えなかった。

 

 彼らは待ち伏せを任されただけ。

 

 尾行役とは、直接連絡を取っていない。

 

「やっぱり、後ろの一人が本命か」

 

 ルクスンが街道側を振り返る。

 

 追跡者はまだ姿を見せていない。

 

 こちらが林道へ入ったことには気づいているはずだ。

 

「このまま進めば、追いつかれます」

 

 オトフリートが言った。

 

「ですが、彼らを殺して口を封じるわけにもいかない」

 

「殺さない」

 

 ノクティアは即答した。

 

 自分を殺しに来た相手であっても、捕らえた後まで殺すつもりはないらしい。

 

「なら、利用しよう」

 

 ルクスンは縛られた三人の外套を一枚奪った。

 

「ノクティア。暗殺者が使う連絡の印は分かるか?」

 

「いくつかは」

 

「僕らが南へ逃げたように見せられる?」

 

 ノクティアは少し考え、うなずいた。

 

「できる」

 

 倒木の枝へ、傭兵が身につけていた布を結ぶ。

 

 向きと結び目によって、標的が馬車を捨てて南へ逃げたことを示す。

 

 さらに林道へ偽の足跡を残し、途中から南側の斜面へ続けた。

 

 追跡者が印を信じれば、ルクスンたちを追って林の奥へ入る。

 

 その間に一行は倒木を動かし、馬車で林道を北へ抜ける。

 

「うまくいくでしょうか?」

 

「うまくいかなければ、また追われる」

 

「それは作戦成功とは言いません」

 

「捕まらなければ成功なんだよ!」

 

 四人で倒木を退け、馬車が通れる隙間を作る。

 

 傭兵たちは木へ縛ったまま残した。追跡者が来れば解放されるだろうし、来なくても夕方には炭焼きが通る。

 

 馬車は再び林道を進み始めた。

 

 しばらくして、後方から馬の嘶きが聞こえた。

 

 追跡者が林道へ入ったのだ。

 

 やがて蹄の音は南へ逸れ、遠ざかっていった。

 

「成功した?」

 

 ルクスンが尋ねる。

 

 ノクティアは耳を澄ませた。

 

「少なくとも、今は」

 

 ロマールの城壁は、もう見えない。

 

 最初の待ち伏せも突破した。

 

 しかし、貴族の手勢は傭兵を使い、暗殺者組織は別に動いている。

 

 追跡を完全に振り切ったわけではなかった。

 

 夕暮れ前。

 

 馬車は炭焼き道を抜け、再びファンドリアへ続く街道へ戻った。

 

 道標の根元へ、小さな黒い羽根が突き刺さっている。

 

 それを見つけたノクティアの表情が変わった。

 

「どうした?」

 

「組織の印だ」

 

「何て書いてある?」

 

 ノクティアは黒い羽根を引き抜いた。

 

「標的は、この道を通る」

 

 偽の足跡に引っかかったのは、ヴァルネス家の監視役だけ。

 

 暗殺者組織は最初から、ファンドリアへ続く街道で一行を待っていた。

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