アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
馬車は大街道を離れ、炭焼きたちが使っていた古い林道へ入った。
左右から伸びる枝が幌を擦る。
車輪は木の根や窪みに取られ、街道にいたときより明らかに速度が落ちていた。
「貴族の馬車で通る道ではありませんね」
御者台のオトフリートがぼやいた。
「壊したら弁償します」
「四千百二十ガメルで足りますか?」
「……なるべく壊さない方向で」
荷台では、ノクティアが新しい短槍を確かめていた。
ルクスンは剣と小盾。
短弓は荷物へ残した。
木々が密集する林道では射線を確保しにくい。それに、待ち伏せまでの距離が分からない。弓を構えたまま馬車に揺られるより、すぐ抜ける剣を選んだ。
狐となったゼフィーリアは馬車の前方を走っている。
ときおり林へ入り、また姿を見せる。
「止まってください」
ノクティアが言った。
オトフリートが手綱を引く。
「何か?」
「静かすぎる」
鳥の声がない。
風が枝葉を揺らす音と、馬の鼻息だけが聞こえている。
ルクスンも目を凝らした。
完全版の知識があっても、待ち伏せている人間の位置までは分からない。シナリオに書かれた敵ならともかく、ここにいるのはルクスンたちを殺すため、現実に配置された者たちだ。
前方で狐が立ち止まった。
鼻先を上げ、右手の林を見る。
次に左。
最後に道の先。
「三人とも、位置は変わってないみたいだな」
「わたしたちを馬車ごと囲むつもりだ」
ノクティアが幌を僅かに開き、林道を確認する。
「弓か弩が一人。左右に一人ずつ」
「見えたのか?」
「見えてはいない。わたしなら、そう配置する」
「外れていたら?」
「そのとき考える」
「僕の作戦みたいなこと言い始めたぞ」
妖姫殺しが鞘の中で笑う。
「似た者同士じゃのぉ」
「誰が」
二人の声が重なった。
ノクティアは荷台から降り、林の中へ消えた。
精霊へ働きかけ、自分の輪郭と気配を周囲へ紛れ込ませる。完全に透明になるわけではない。動けば枝が揺れ、落ち葉を踏めば音も出る。
それでも、待ち伏せている側の背後へ回るには十分だった。
「僕は?」
「見えるところにいろ」
「囮かよ」
「お前は剣と盾を持っている。適任だ」
「否定しにくい!」
オトフリートが御者台から振り返った。
「僕はどうすれば?」
「そのまま進んでください。相手が出てくるまで、何も知らないふりを」
「魔法を使う準備は?」
「杖を持っていたら警戒されます」
「では、合図を」
「僕が叫びます」
「具体性に欠けますね」
「戦闘が始まれば分かります!」
オトフリートは納得していない顔で、再び馬車を進めた。
◇
最初の倒木が見えた。
ゼフィーリアが報告した二本のうち、一つ目である。
自然に倒れたものではない。
左右から切り込みを入れ、街道を塞ぐように倒してあった。
オトフリートが馬車を止める。
「これは困りましたね」
「降りて動かします」
ルクスンは荷台から飛び降りた。
周囲を警戒していないふりをして、倒木へ近づく。
狐となったゼフィーリアは、いつの間にか姿を消していた。
ルクスンが倒木へ手をかけた瞬間、背後で弦が鳴った。
身体を捻る。
小盾に矢が突き立った。
「うおっ!」
「外したか」
右手の木陰から、革鎧を着た男が現れた。
手には装填済みの弩。
左手の藪からも、剣を抜いた男が姿を見せる。
さらに馬車の後方へ、槍を持った三人目が回り込んだ。
ノクティアの予想どおりだった。
「荷と馬車を置いていけ」
剣を持った男が言う。
「命までは取らん」
「普通の山賊は、僕の顔を確認してから矢を撃たないと思うけど?」
「抵抗しなければ、そこの御仁には危害を加えない」
男が顎でオトフリートを示す。
「黒髪の男とハーフエルフを渡せ」
「目的を自白してどうするんだよ」
「ここから生きて帰すつもりがないだけだ」
山賊を装うことすら諦めたらしい。
オトフリートは御者台に座ったまま、穏やかに尋ねた。
「僕が誰か、承知していますか?」
「旅の途中で山賊に襲われ、護衛を失った。それだけのことです」
「僕を証人として残すおつもりで?」
「余計なことを語らなければな」
「なるほど」
オトフリートが馬車の脇へ手を伸ばした。
立てかけていた杖を掴む。
「交渉の余地はなさそうですね」
「魔術師だ! 撃て!」
弩を持った男が狙いを変えた。
「オトフリート!」
ルクスンが叫ぶ。
「それが合図ですか!」
オトフリートは杖を突き出し、古代語の短い呪文を唱えた。
放たれた魔力の矢が、弩を持つ男の胸へ突き刺さる。
男の身体が木の幹へ叩きつけられた。
死んではいない。
しかし、すぐに次の矢を放てる状態でもなかった。
「古代語魔法だと!?」
「僕も戦闘では後方から援護できると、昨日申し上げたでしょう」
「聞いてないのは敵だよ!」
剣を持った男がルクスンへ斬りかかった。
小盾で受け流す。
もう一人の槍使いは、馬車の後ろからオトフリートを狙おうとしていた。
その足元へ、狐が飛び出した。
「なっ――」
狐は攻撃しなかった。
槍使いの目の前を横切り、落ち葉を巻き上げる。
男が反射的に槍を向けた。
その一瞬で十分だった。
何もいなかったはずの背後から、ノクティアが姿を現す。
短槍の柄が、男の膝裏を打った。
体勢を崩したところへ足をかけ、地面へ引き倒す。
「一人」
ノクティアは倒れた男の首筋へ穂先を突きつけた。
ルクスンは剣を振り下ろさず、盾を前へ突き出した。
剣士の胸へ小盾が激突する。
男がよろめく。
追って踏み込み、剣を持つ手首を柄で打った。
剣が落ちる。
「二人!」
「まだ弩がいる」
魔力の矢を受けた男が、苦しみながらも短剣を抜いていた。
その前にオトフリートが杖を向ける。
「動かないでください。次は手加減できる保証がありません」
男の動きが止まった。
妖姫殺しが鞘の中から叫ぶ。
「妾の出番は!?」
「なかった!」
「せっかく新たな力へ目覚めたというのに!」
「刃物がどこにあるか探す前に、敵が全部出てきただろ!」
戦いは、始まってしまえば短かった。
待ち伏せを見破られ、配置を読まれ、魔術師ではないと思っていたオトフリートから魔法を撃ち込まれた。
相手の計算違いが重なった結果である。
◇
三人を縛り上げ、武器を遠ざける。
ノクティアは男たちの装備を調べた。
暗殺者組織の印はない。
毒も、特殊な暗器も持っていなかった。
「組織の人間ではない」
「ヴァルネス家の私兵?」
「おそらく、雇われただけの傭兵だ」
ルクスンは剣士の前へしゃがんだ。
「誰に雇われた?」
「知らん」
「便利な答えだな」
「仲介人から、黒髪の男とハーフエルフを始末しろと言われただけだ」
「後ろから僕らを追っていた男は?」
「何の話だ」
嘘をついているようには見えなかった。
彼らは待ち伏せを任されただけ。
尾行役とは、直接連絡を取っていない。
「やっぱり、後ろの一人が本命か」
ルクスンが街道側を振り返る。
追跡者はまだ姿を見せていない。
こちらが林道へ入ったことには気づいているはずだ。
「このまま進めば、追いつかれます」
オトフリートが言った。
「ですが、彼らを殺して口を封じるわけにもいかない」
「殺さない」
ノクティアは即答した。
自分を殺しに来た相手であっても、捕らえた後まで殺すつもりはないらしい。
「なら、利用しよう」
ルクスンは縛られた三人の外套を一枚奪った。
「ノクティア。暗殺者が使う連絡の印は分かるか?」
「いくつかは」
「僕らが南へ逃げたように見せられる?」
ノクティアは少し考え、うなずいた。
「できる」
倒木の枝へ、傭兵が身につけていた布を結ぶ。
向きと結び目によって、標的が馬車を捨てて南へ逃げたことを示す。
さらに林道へ偽の足跡を残し、途中から南側の斜面へ続けた。
追跡者が印を信じれば、ルクスンたちを追って林の奥へ入る。
その間に一行は倒木を動かし、馬車で林道を北へ抜ける。
「うまくいくでしょうか?」
「うまくいかなければ、また追われる」
「それは作戦成功とは言いません」
「捕まらなければ成功なんだよ!」
四人で倒木を退け、馬車が通れる隙間を作る。
傭兵たちは木へ縛ったまま残した。追跡者が来れば解放されるだろうし、来なくても夕方には炭焼きが通る。
馬車は再び林道を進み始めた。
しばらくして、後方から馬の嘶きが聞こえた。
追跡者が林道へ入ったのだ。
やがて蹄の音は南へ逸れ、遠ざかっていった。
「成功した?」
ルクスンが尋ねる。
ノクティアは耳を澄ませた。
「少なくとも、今は」
ロマールの城壁は、もう見えない。
最初の待ち伏せも突破した。
しかし、貴族の手勢は傭兵を使い、暗殺者組織は別に動いている。
追跡を完全に振り切ったわけではなかった。
夕暮れ前。
馬車は炭焼き道を抜け、再びファンドリアへ続く街道へ戻った。
道標の根元へ、小さな黒い羽根が突き刺さっている。
それを見つけたノクティアの表情が変わった。
「どうした?」
「組織の印だ」
「何て書いてある?」
ノクティアは黒い羽根を引き抜いた。
「標的は、この道を通る」
偽の足跡に引っかかったのは、ヴァルネス家の監視役だけ。
暗殺者組織は最初から、ファンドリアへ続く街道で一行を待っていた。