アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
道標へ突き刺されていた黒い羽根を、ノクティアは火へ投げなかった。
指先で軸を回し、羽根の切り方を確かめている。
「何が書かれている?」
「標的は、この道を通る。その意味で間違いない」
「僕たちの行き先が知られているってことか」
「それだけではない」
ノクティアは、斜めに切り落とされた羽根の先端を示した。
「組織を抜けた者に対する呼び出しだ。日没後、最初の石造建築へ一人で来い」
「行かなかったら?」
「街道上の全員を敵と見なす」
ルクスンたちだけではない。
オトフリートも、ゼフィーリアも、一行を泊めたり助けたりした者まで標的に含めるという脅しだった。
「そんなブラック組織、抜けちまえって言ったけどさ」
「もう抜けている」
「円満退職の制度がないんだよなぁ!」
妖姫殺しが鞘の中から笑った。
「殺し屋を辞めるのに、円満も何もなかろう」
「お前は黙ってろ!」
ノクティアは街道の先へ目を向けた。
「次の石造建築なら、古い料金所がある。今は使われていない」
「ずいぶん都合のいい場所に呼び出されたな」
「向こうが、あそこを選んで羽根を置いた」
オトフリートが眼鏡の位置を直す。
「罠でしょうね」
「罠だ」
「ノクティア一人を向かわせるつもりですか?」
「本人はそのつもりらしい」
ルクスンが答えると、ノクティアは否定しなかった。
「わたしが行けば、ほかの者には手を出さない可能性がある」
「お前が戻ってこない可能性は?」
「高い」
「なら却下」
「これは、わたしと組織の問題だ」
「僕を殺す依頼から始まってるんだから、僕の問題でもある」
「だが――」
「お前が勝手に死ぬと、僕の目覚めが悪くなる」
以前と同じ言葉だった。
ノクティアが黙る。
「全員で行く。ただし、向こうにはお前一人だと思わせる」
「また待ち伏せを待ち伏せするのか?」
「冒険者は、一度うまくいった作戦を繰り返す生き物なんだよ」
「それは賢いのか?」
「引き出しが少ないとも言う」
◇
日が沈む前に、一行は古い料金所を確認した。
石造りの小屋と、街道を塞ぐための朽ちた柵。
屋根の一部は崩れ、窓も扉も失われている。周囲には低い藪と数本の木があり、人を隠す場所には困らない。
狐となったゼフィーリアが周辺を回った。
戻ってきた狐は、前足で地面を四度叩く。
「四人?」
うなずく。
「建物の中は?」
二度。
「残りは外か」
もう一度うなずいた。
相手の位置までは分からない。
狐の鼻と耳で人間の存在を見つけても、どこから、どのように襲うつもりなのかを読む野生の勘は持っていない。
「四人か」
ルクスンは腰の妖姫殺しへ手を置いた。
「お前の新しい力、使えるか?」
「もちろんじゃ。妾を誰だと思っておる」
「名前のない短剣」
「いつか必ず立派な名を得るのじゃ!」
妖姫殺しの意識が周囲へ広がり、近くに存在する刃物の気配を探る。
「建物の中に三本。裏手に二本。道の反対側に一本……待て。まだあるぞ。木の上じゃ」
「人の数より多くない?」
「一人で複数持っておる者もいよう。妾に分かるのは刃の位置までじゃ」
それでも十分だった。
ゼフィーリアが確認できなかった、木の上の伏兵がいる。
ルクスンは地面へ敵の配置を書き込んだ。
「オトフリートは馬車で待機。合図をしたら、魔法で援護してください」
「最初から援護した方がよいのでは?」
「相手は僕たちの人数を正確に知らない。切り札は隠しておきたい」
「分かりました。合図は?」
「僕が叫びます」
「もう少し具体的にできませんか?」
「戦闘が始まれば分かります!」
オトフリートは納得していない顔で馬車へ戻った。
「ゼフィーリアは――」
狐が期待するようにルクスンを見る。
「黒猫になって、馬車の中」
狐が露骨に顔をしかめた。
「ファラリス神官だと知られたら、暗殺者より面倒な連中まで寄ってくるだろ!」
ゼフィーリアは不満そうに外套を咥え、馬車へ入った。
ノクティアが一人で料金所へ向かう。
ルクスンは先回りして藪へ潜み、姿勢を低くした。
完全に暗くなるまで、もう少し。
森を満たす精霊の気配が、昼間よりも濃く感じられる。
ノクティアが料金所の前で足を止めた。
「来た」
崩れた建物から、灰色の外套をまとった女が現れた。
三十を越えているように見える。
武器は見せていない。
だが妖姫殺しによれば、外套の下には二本の刃がある。
「任務を放棄したそうだな」
「失敗した」
「失敗したなら、なぜ戻らなかった?」
「戻れば殺される」
「分かっているではないか」
女が一歩近づいた。
「お前一人の命で、組織の面目を取り戻せるとは思っていない。標的の男はどこだ?」
「知らない」
「嘘が下手になったな」
女が指を僅かに動かした。
木の上で刃の気配が動く。
投げナイフ。
ルクスンは藪から飛び出した。
「来るぞ!」
ノクティアが身を翻す。
飛来した短剣が地面へ突き刺さった。
同時に料金所の裏から二人の男が現れる。
一人は曲刀。
もう一人は短剣を両手に持っていた。
「一人で来いって言ったよね!?」
「暗殺者との約束を信じたのか?」
「信じてないから僕がいるんだよ!」
ルクスンは曲刀の男を小盾で押し止めた。
ノクティアは灰色の女と向き合う。
木の上の投げ手が二本目の短剣を構えた。
「オトフリート!」
馬車から古代語の詠唱が聞こえた。
杖の先から魔力の矢が放たれる。
射手が枝から飛び降りようとする。
だが、魔法の矢は弓矢のように狙いを外さない。
魔力の光は射手の動きを追い、その身体へ確実に突き刺さった。
「ぐっ!」
射手は魔力へ抗ったが、衝撃までは消しきれない。
枝の上で体勢を崩し、そのまま地面へ落下した。
「魔術師までいるのか!」
「調査不足ですね!」
オトフリートが杖を構えたまま答えた。
短剣を二本持った男が、ルクスンの横を抜けようとする。
その足元へ、馬車から飛び出した黒猫が駆け込んだ。
「なっ――猫?」
男が反射的に足を止める。
「ただの猫です!」
ルクスンは剣の腹で男の手首を打った。
短剣が一本落ちる。
黒猫は素早く離れ、何事もなかったように馬車の下へ潜り込んだ。
「絶対、あとで自慢するつもりだろ……!」
曲刀が振り下ろされる。
ルクスンは小盾で受け、身体ごと押し返した。
正面からの戦いなら、負ける相手ではない。
一撃、二撃と攻撃を受け流し、相手の踏み込みに合わせて足を払う。
曲刀の男が倒れた。
一方、ノクティアと女の間では、刃が激しく打ち合わされていた。
「腕を上げたな」
「標的に負けたから」
「恥を誇るな」
「恥ではない」
ノクティアの短槍が、女の短剣を弾いた。
「わたしは、生きる方を選んだ」
石突きが女の腹へ入る。
女が息を詰まらせた。
続く一撃が足元を払い、地面へ倒す。
ノクティアは穂先を女の喉元へ突きつけた。
「終わりだ」
「殺せ」
「殺さない」
「情けをかけるつもりか?」
「違う。帰って伝えろ」
ノクティアは女を見下ろした。
「わたしは、もう組織へ戻らない」
◇
残る二人も武器を捨てた。
ルクスンたちは暗殺者を一か所へ集めたが、縛り上げなかった。
灰色の外套をまとった女は、腹を押さえながら立ち上がる。
「我々を帰せば、また追うぞ」
「その前に、依頼について確認した方がいい」
ルクスンが言った。
「依頼人は、僕が盗賊ギルドの保護を受けていると説明したか?」
女は答えない。
「ロケットをギルドへ預けたことは?」
沈黙。
「同行者に、家名を持つ騎士貴族がいることは?」
女の目が、馬車のそばに立つオトフリートへ移る。
オトフリートは家紋の刻まれた剣を示した。
「皆さんが僕を傷つければ、単なる暗殺では済みません。僕の家から正式な調査が入ります」
「脅しか?」
「事実の確認です」
ルクスンは続ける。
「仲介人は、危険を全部隠して安く依頼した。ノクティアが失敗したんじゃない。そいつが組織へ嘘をついたんだ」
標的が盗賊ギルドと関係を持ったこと。
ヴァルネス家の醜聞に絡んでいること。
騎士貴族まで同行していること。
依頼を続ければ、暗殺者組織は報酬以上の敵を作る。
「ロマールへ戻って調べろ。命令書は盗賊ギルドが押さえている。誰が何を隠したか、分かるはずだ」
「我々が、お前の言葉を信じると思うか?」
「信じなくていい。確認しろと言ってる」
女はノクティアを見る。
「お前も、そう主張するのか?」
「わたしは任務に失敗した。それは事実だ」
ノクティアは短槍を下ろした。
「だが、組織が利用されたことも事実だ」
長い沈黙の後、女は外套の内側から黒い羽根を取り出した。
指で軸を折り、地面へ落とす。
「確認が終わるまで、追跡を止める」
「終わった後は?」
「結果次第だ」
「十分だ」
完全な和解ではない。
暗殺者組織との因縁が消えたわけでもない。
それでも、ファンドリアへ到着するまでの猶予は得られた。
女は部下を連れ、ロマール方面へ引き返していく。
その背中が見えなくなると、ルクスンは大きく息を吐いた。
「勝った、でいいのか?」
「追跡は止まった」
「ヴァルネス家の手勢は残ってるけどな」
「一つずつ減らせばよい」
ノクティアが答えた。
馬車の下から黒猫が出てくる。
当然のようにノクティアの肩へ飛び乗り、勝ち誇った顔でルクスンを見た。
「はいはい。お前も活躍したよ」
黒猫は満足そうに目を閉じる。
「妾は?」
「刃物の位置を見つけてくれて助かった」
「もっと褒めてもよいぞ!」
「お前はうるさい」
「扱いに差があるのではないか!?」
翌朝。
一行は古い料金所を後にし、ファンドリアへ続く街道を進み始めた。
ロマールは、もう遥か後方。
暗殺者組織の黒い羽根も、道標から消えている。
だがその日の夕刻。
街道脇の丘へ上った狐が、遠くに一団の騎馬を見つけた。
ヴァルネス家の紋章は掲げていない。
それでも彼らは、明らかにルクスンたちの馬車を追っていた。
暗殺者が退いても、貴族の手勢は諦めていなかった。