アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
丘の上から戻った狐は、前足で地面を七度叩いた。
「七騎?」
ルクスンの問いに、狐となったゼフィーリアがうなずく。
続いて鼻先を街道へ向け、前足を素早く動かした。
「こっちへ向かっている。それも速い?」
もう一度うなずいた。
ヴァルネス家の紋章は掲げていない。
しかし、武装した七騎が偶然同じ馬車を追い続けるはずがなかった。
ノクティアが地図を広げる。
「ここから国境までは?」
「順調に進んでも、あと二日ほどです。騎馬から逃げ切れる距離ではありません」
オトフリートの答えを聞き、ルクスンは即座に地図へ目を落とした。
馬車では騎馬を振り切れない。
正面から七人を相手にするのも危険。
だが、こちらには精霊使いと魔術師がいる。
「ノクティア。スネアを距離と範囲の両方へ拡大する。追っ手が固まったところを、一度に転ばせられるか?」
ノクティアが僅かに目を見開いた。
「スネアを知っているのか?」
「精霊魔法の基本だろ。地面へ足をつけている相手にしか効かないが、馬を狙えば騎手ごと止められる。魔法そのものは外れない。抵抗される可能性はあるけど、七騎全部に耐えられることはない」
「距離と範囲を同時に広げれば、大きく消耗する」
「分かってる。だから一度で隊列を崩す。オトフリートはエネルギー・ボルトの距離を拡大して、弓を持った騎手を狙う。魔法は必中だから、狙いを乱すだけなら抵抗されても十分だ」
今度はオトフリートが驚いた。
「古代語魔法の拡大までご存じなのですか?」
「使えないけど、知識はある。それより、どの程度まで距離を延ばせます?」
「一度なら、かなり遠くまで。ただし繰り返せば、ファンドリアへ着く前に精神力が尽きます」
「一度でいい。追っ手を倒す必要はない。距離を稼げれば僕たちの勝ちだ」
狐となったゼフィーリアが、感心したようにルクスンを見た。
「何だよ?」
狐は首を横へ振る。
「どうせ『たまには頭を使う』とか思ってるだろ」
狐は目を逸らした。
「否定しろよ!」
◇
街道はやがて、左右を急な斜面に挟まれた谷道へ入った。
馬車一台が通れる幅はある。
しかし騎馬が横へ広がることはできず、縦一列に近い隊形を取るしかない。
ルクスンは地形を確かめ、馬車の後方を示した。
「ここでやる。ノクティアは荷台からスネア。馬車は止めない。術を使ったら、すぐ伏せろ。相手も矢を射てくる」
「分かった」
ノクティアは短槍を脇へ置き、魔法の身振りを妨げないよう両手を空けた。
金属鎧は着ていない。
街道には大地の精霊が存在する。
スネアを使う条件は満たしている。
「オトフリートは射手を見つけるまで魔法を温存。見つけても、通常の射程へ入るのを待つ必要はない。精神力を追加して届かせてください」
「承知しました。しかし、あなたは本当に魔法を使えないのですか?」
「使えない。知ってるだけです」
「不可解ですね」
「僕が一番そう思ってます!」
狐となったゼフィーリアが馬車の屋根へ上った。
後方を見張り、追っ手が谷道へ入ったことを知らせる役目である。
間もなく狐が屋根を激しく叩いた。
「来た!」
谷道に蹄の音が響く。
一騎目が姿を現し、その後ろから騎馬が続いた。狭い道のため、追っ手は固まって走っている。
先頭の騎手が馬車を発見した。
「追いついたぞ!」
騎馬が速度を上げる。
ルクスンは目測で距離を測った。
通常のスネアでは、まだ届かない。
だが拡大すれば射程内だ。
「まだだ。もう少し引きつけろ……今だ、ノクティア!」
ノクティアが精霊語の呪文を唱える。
大地の精霊へ、通常より多くの精神力を注ぎ込む。
効果を及ぼす距離を延ばし、さらに固まって走る騎馬をまとめて捉えられる大きさへ拡大する。
「大地よ、捕らえろ!」
離れた谷道で土と草の根が動いた。
魔法自体が狙いを外すことはない。
範囲内へ入った騎馬の足元へ、大地の精霊が一斉に絡みつく。
先頭の馬が前脚を取られた。
騎手が手綱を引くが間に合わない。馬体が大きく傾き、騎手が街道へ投げ出される。
二頭目も足を止められ、その後ろの馬が衝突を避けようと横へ跳ぶ。
魔法へ抵抗し、足を取られなかった馬もいる。
しかし狭い谷道で前方の馬が倒れたため、走り続けることはできない。
七騎の隊列が、一度に崩壊した。
「成功だ!」
「弓を持った者がいます!」
オトフリートが叫んだ。
追っ手の一人が、馬上で弓を構えている。
「距離を拡大! エネルギー・ボルト!」
ルクスンの指示と同時に、オトフリートが古代語の詠唱へ入る。
通常なら届かない距離。
オトフリートはさらに精神力を注ぎ、魔法の射程を延長した。
杖の先から魔力の矢が放たれる。
射手は馬を横へ振り、避けようとする。
だが、エネルギー・ボルトは矢のように狙いを外さない。
魔力の光は射手の動きを追い、その胸へ確実に命中した。
射手は魔力へ抵抗したものの、衝撃までは消しきれない。身体を仰け反らせ、弓を取り落とした。
「よし、逃げろ!」
「最初から逃げています!」
オトフリートが馬へ鞭を入れる。
馬車は谷道を抜け、隊列を崩した追っ手との距離を広げていった。
ノクティアは荷台へ座り込み、荒い息をついている。
「大丈夫か?」
「距離と範囲を同時に広げた。何度も使えるものではない」
「分かってる。一回で十分だ。七人を倒すより、ずっと安く済んだ」
「何が安い?」
「精神力と命」
「精神力を使ったのは、わたしだ」
「あとで甘いものを奢ります」
「覚えておく」
◇
日没後も、一行は馬車を走らせた。
街道沿いの宿場には入らず、馬を休ませるための短い休憩だけで先を急ぐ。
翌日の昼過ぎ。
丘の上へ再び騎影が現れた。
「もう追いついたのかよ!」
追っ手は七騎から五騎へ減っている。
負傷者を残してきたのか、馬が走れなくなったのか。
それでも、馬車より速いことに変わりはない。
狐となったゼフィーリアが街道の先へ走り、丘を越えた。
間もなく戻ってくる。
狐は前足で四角を描き、その横へ一本の線を引いた。
「建物と柵……関所か?」
狐がうなずく。
オトフリートも前方を指した。
「見えました。国境の関所です!」
街道の先に、石造りの詰所と木製の柵がある。
その向こうには、ファンドリアの旗が掲げられていた。
国境まで、あと僅か。
後方で弓弦が鳴った。
「伏せろ!」
ルクスンの声と同時に、矢が幌を貫いて荷台の床へ突き刺さった。
追っ手の一人が、次の矢をつがえる。
狙っているのは荷台の人間ではない。
馬車を引く馬だった。
「オトフリート。もう一度、エネルギー・ボルトの距離を拡大できる?」
「可能ですが、これで最後です!」
「十分。射手を狙ってください。抵抗されても、狙いを崩せればいい!」
オトフリートは手綱を片手でまとめ、杖を構えた。
古代語の詠唱。
さらに精神力を注ぎ、魔法の射程を延長する。
射手が矢を放つより早く、杖の先から魔力の光が飛んだ。
騎手は馬を横へ振る。
それでも魔法の矢は外れない。
光は騎手を追い、その身体へ確実に突き刺さった。
騎手は魔力へ抵抗したが、弓を構えた腕が大きく跳ねる。放たれた矢は馬車の横を通り過ぎた。
「これ以上の拡大は無理です!」
「もう必要ない!」
馬車が関所へ飛び込んだ。
「止まれ! 何事だ!」
ファンドリア側の兵士たちが槍を構える。
オトフリートは馬車を止め、正規の旅券を掲げた。
「ロマールから遊学のため入国する者です。街道で武装した騎馬に襲撃されています!」
兵士たちの視線が、後方から迫る五騎へ向く。
追っ手は関所の手前で馬を止めた。
「そこの騎馬! 所属と目的を告げろ!」
返答はない。
ここで襲撃を続ければ、ファンドリアの国境兵を敵に回す。捕らえられれば、誰に雇われたのかまで調べられる。
追っ手たちは互いに顔を見合わせ、馬首を返した。
「逃げるぞ!」
ルクスンが短弓を構える。
ノクティアがその腕を下ろした。
「もういい。ここはファンドリアだ。ヴァルネス家の命令で動くには、危険が大きすぎる」
「でも、また追ってくるかもしれない」
「そのときは、そのときだ」
ルクスンは遠ざかる騎馬を見送り、短弓を下ろした。
◇
旅券と荷物の確認を終え、一行は正式にファンドリアへ入国した。
黒猫となったゼフィーリアは、検査の間もノクティアの腕で大人しくしている。
妖姫殺しも、布に包まれたまま黙っていた。
関所を抜けたところで、オトフリートが馬車を止める。
「これで、目的地を同じくする同行はひとまず成功ですね」
「護衛料の発生しない護衛だったけどな」
「僕も拡大した魔法を三度使いました。同行者としては十分働いたと思います」
「魔法がなかったら危なかった。助かりました」
オトフリートが僅かに驚いた顔をした。
「素直に礼を言えるのですね」
「僕を何だと思ってるんですか?」
「騎士と貴族を見ただけで怒る人です」
「それは転生時の恨みが――」
妖姫殺しが布の中から口を挟んだ。
「主は騎士か貴族に生まれたかったのじゃ!」
「お前、関所を抜けた瞬間に喋り始めるな!」
ノクティアの腕にいた黒猫が、馬車の屋根へ飛び乗った。
その先には、湖と水路に囲まれたファンドリアの土地が広がっている。
暗黒神の神殿。
盗賊ギルド。
暗殺者組織。
貴族と商人が陰謀を巡らせる湖の王国。
安全な土地とは、とても言えない。
それでも、ロマール貴族の手が容易には届かない場所まで来た。
「さて。まずは宿と魔術師ギルド。それから、ストーンサークルだ」
「未発見の遺跡があるという話ですか?」
オトフリートが尋ねる。
「ある。絶対にある」
「根拠は?」
「説明できないけど、場所も中身も知ってる」
「それは、もはや勘とは呼びません」
「僕にとっては、似たようなものなんですよ」
八坂鷹の記憶には、はっきり残っている。
入口を守るボーン・ゴーレム。
黒曜石で作られたオブシディアン・ドッグ。
鏡の張り巡らされた部屋と、石化の魔眼を持つメデューサ。
十万ガメル相当の《銀の冠》。
そして、スモール・アイアン・ゴーレムが守る古代王国の資料室。
誰にも発見されていない《銀の冠》の遺跡が、一行を待っていた。