アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

21 / 43
第21話 国境を越えろ

 丘の上から戻った狐は、前足で地面を七度叩いた。

 

「七騎?」

 

 ルクスンの問いに、狐となったゼフィーリアがうなずく。

 

 続いて鼻先を街道へ向け、前足を素早く動かした。

 

「こっちへ向かっている。それも速い?」

 

 もう一度うなずいた。

 

 ヴァルネス家の紋章は掲げていない。

 

 しかし、武装した七騎が偶然同じ馬車を追い続けるはずがなかった。

 

 ノクティアが地図を広げる。

 

「ここから国境までは?」

 

「順調に進んでも、あと二日ほどです。騎馬から逃げ切れる距離ではありません」

 

 オトフリートの答えを聞き、ルクスンは即座に地図へ目を落とした。

 

 馬車では騎馬を振り切れない。

 

 正面から七人を相手にするのも危険。

 

 だが、こちらには精霊使いと魔術師がいる。

 

「ノクティア。スネアを距離と範囲の両方へ拡大する。追っ手が固まったところを、一度に転ばせられるか?」

 

 ノクティアが僅かに目を見開いた。

 

「スネアを知っているのか?」

 

「精霊魔法の基本だろ。地面へ足をつけている相手にしか効かないが、馬を狙えば騎手ごと止められる。魔法そのものは外れない。抵抗される可能性はあるけど、七騎全部に耐えられることはない」

 

「距離と範囲を同時に広げれば、大きく消耗する」

 

「分かってる。だから一度で隊列を崩す。オトフリートはエネルギー・ボルトの距離を拡大して、弓を持った騎手を狙う。魔法は必中だから、狙いを乱すだけなら抵抗されても十分だ」

 

 今度はオトフリートが驚いた。

 

「古代語魔法の拡大までご存じなのですか?」

 

「使えないけど、知識はある。それより、どの程度まで距離を延ばせます?」

 

「一度なら、かなり遠くまで。ただし繰り返せば、ファンドリアへ着く前に精神力が尽きます」

 

「一度でいい。追っ手を倒す必要はない。距離を稼げれば僕たちの勝ちだ」

 

 狐となったゼフィーリアが、感心したようにルクスンを見た。

 

「何だよ?」

 

 狐は首を横へ振る。

 

「どうせ『たまには頭を使う』とか思ってるだろ」

 

 狐は目を逸らした。

 

「否定しろよ!」

 

          ◇

 

 街道はやがて、左右を急な斜面に挟まれた谷道へ入った。

 

 馬車一台が通れる幅はある。

 

 しかし騎馬が横へ広がることはできず、縦一列に近い隊形を取るしかない。

 

 ルクスンは地形を確かめ、馬車の後方を示した。

 

「ここでやる。ノクティアは荷台からスネア。馬車は止めない。術を使ったら、すぐ伏せろ。相手も矢を射てくる」

 

「分かった」

 

 ノクティアは短槍を脇へ置き、魔法の身振りを妨げないよう両手を空けた。

 

 金属鎧は着ていない。

 

 街道には大地の精霊が存在する。

 

 スネアを使う条件は満たしている。

 

「オトフリートは射手を見つけるまで魔法を温存。見つけても、通常の射程へ入るのを待つ必要はない。精神力を追加して届かせてください」

 

「承知しました。しかし、あなたは本当に魔法を使えないのですか?」

 

「使えない。知ってるだけです」

 

「不可解ですね」

 

「僕が一番そう思ってます!」

 

 狐となったゼフィーリアが馬車の屋根へ上った。

 

 後方を見張り、追っ手が谷道へ入ったことを知らせる役目である。

 

 間もなく狐が屋根を激しく叩いた。

 

「来た!」

 

 谷道に蹄の音が響く。

 

 一騎目が姿を現し、その後ろから騎馬が続いた。狭い道のため、追っ手は固まって走っている。

 

 先頭の騎手が馬車を発見した。

 

「追いついたぞ!」

 

 騎馬が速度を上げる。

 

 ルクスンは目測で距離を測った。

 

 通常のスネアでは、まだ届かない。

 

 だが拡大すれば射程内だ。

 

「まだだ。もう少し引きつけろ……今だ、ノクティア!」

 

 ノクティアが精霊語の呪文を唱える。

 

 大地の精霊へ、通常より多くの精神力を注ぎ込む。

 

 効果を及ぼす距離を延ばし、さらに固まって走る騎馬をまとめて捉えられる大きさへ拡大する。

 

「大地よ、捕らえろ!」

 

 離れた谷道で土と草の根が動いた。

 

 魔法自体が狙いを外すことはない。

 

 範囲内へ入った騎馬の足元へ、大地の精霊が一斉に絡みつく。

 

 先頭の馬が前脚を取られた。

 

 騎手が手綱を引くが間に合わない。馬体が大きく傾き、騎手が街道へ投げ出される。

 

 二頭目も足を止められ、その後ろの馬が衝突を避けようと横へ跳ぶ。

 

 魔法へ抵抗し、足を取られなかった馬もいる。

 

 しかし狭い谷道で前方の馬が倒れたため、走り続けることはできない。

 

 七騎の隊列が、一度に崩壊した。

 

「成功だ!」

 

「弓を持った者がいます!」

 

 オトフリートが叫んだ。

 

 追っ手の一人が、馬上で弓を構えている。

 

「距離を拡大! エネルギー・ボルト!」

 

 ルクスンの指示と同時に、オトフリートが古代語の詠唱へ入る。

 

 通常なら届かない距離。

 

 オトフリートはさらに精神力を注ぎ、魔法の射程を延長した。

 

 杖の先から魔力の矢が放たれる。

 

 射手は馬を横へ振り、避けようとする。

 

 だが、エネルギー・ボルトは矢のように狙いを外さない。

 

 魔力の光は射手の動きを追い、その胸へ確実に命中した。

 

 射手は魔力へ抵抗したものの、衝撃までは消しきれない。身体を仰け反らせ、弓を取り落とした。

 

「よし、逃げろ!」

 

「最初から逃げています!」

 

 オトフリートが馬へ鞭を入れる。

 

 馬車は谷道を抜け、隊列を崩した追っ手との距離を広げていった。

 

 ノクティアは荷台へ座り込み、荒い息をついている。

 

「大丈夫か?」

 

「距離と範囲を同時に広げた。何度も使えるものではない」

 

「分かってる。一回で十分だ。七人を倒すより、ずっと安く済んだ」

 

「何が安い?」

 

「精神力と命」

 

「精神力を使ったのは、わたしだ」

 

「あとで甘いものを奢ります」

 

「覚えておく」

 

          ◇

 

 日没後も、一行は馬車を走らせた。

 

 街道沿いの宿場には入らず、馬を休ませるための短い休憩だけで先を急ぐ。

 

 翌日の昼過ぎ。

 

 丘の上へ再び騎影が現れた。

 

「もう追いついたのかよ!」

 

 追っ手は七騎から五騎へ減っている。

 

 負傷者を残してきたのか、馬が走れなくなったのか。

 

 それでも、馬車より速いことに変わりはない。

 

 狐となったゼフィーリアが街道の先へ走り、丘を越えた。

 

 間もなく戻ってくる。

 

 狐は前足で四角を描き、その横へ一本の線を引いた。

 

「建物と柵……関所か?」

 

 狐がうなずく。

 

 オトフリートも前方を指した。

 

「見えました。国境の関所です!」

 

 街道の先に、石造りの詰所と木製の柵がある。

 

 その向こうには、ファンドリアの旗が掲げられていた。

 

 国境まで、あと僅か。

 

 後方で弓弦が鳴った。

 

「伏せろ!」

 

 ルクスンの声と同時に、矢が幌を貫いて荷台の床へ突き刺さった。

 

 追っ手の一人が、次の矢をつがえる。

 

 狙っているのは荷台の人間ではない。

 

 馬車を引く馬だった。

 

「オトフリート。もう一度、エネルギー・ボルトの距離を拡大できる?」

 

「可能ですが、これで最後です!」

 

「十分。射手を狙ってください。抵抗されても、狙いを崩せればいい!」

 

 オトフリートは手綱を片手でまとめ、杖を構えた。

 

 古代語の詠唱。

 

 さらに精神力を注ぎ、魔法の射程を延長する。

 

 射手が矢を放つより早く、杖の先から魔力の光が飛んだ。

 

 騎手は馬を横へ振る。

 

 それでも魔法の矢は外れない。

 

 光は騎手を追い、その身体へ確実に突き刺さった。

 

 騎手は魔力へ抵抗したが、弓を構えた腕が大きく跳ねる。放たれた矢は馬車の横を通り過ぎた。

 

「これ以上の拡大は無理です!」

 

「もう必要ない!」

 

 馬車が関所へ飛び込んだ。

 

「止まれ! 何事だ!」

 

 ファンドリア側の兵士たちが槍を構える。

 

 オトフリートは馬車を止め、正規の旅券を掲げた。

 

「ロマールから遊学のため入国する者です。街道で武装した騎馬に襲撃されています!」

 

 兵士たちの視線が、後方から迫る五騎へ向く。

 

 追っ手は関所の手前で馬を止めた。

 

「そこの騎馬! 所属と目的を告げろ!」

 

 返答はない。

 

 ここで襲撃を続ければ、ファンドリアの国境兵を敵に回す。捕らえられれば、誰に雇われたのかまで調べられる。

 

 追っ手たちは互いに顔を見合わせ、馬首を返した。

 

「逃げるぞ!」

 

 ルクスンが短弓を構える。

 

 ノクティアがその腕を下ろした。

 

「もういい。ここはファンドリアだ。ヴァルネス家の命令で動くには、危険が大きすぎる」

 

「でも、また追ってくるかもしれない」

 

「そのときは、そのときだ」

 

 ルクスンは遠ざかる騎馬を見送り、短弓を下ろした。

 

          ◇

 

 旅券と荷物の確認を終え、一行は正式にファンドリアへ入国した。

 

 黒猫となったゼフィーリアは、検査の間もノクティアの腕で大人しくしている。

 

 妖姫殺しも、布に包まれたまま黙っていた。

 

 関所を抜けたところで、オトフリートが馬車を止める。

 

「これで、目的地を同じくする同行はひとまず成功ですね」

 

「護衛料の発生しない護衛だったけどな」

 

「僕も拡大した魔法を三度使いました。同行者としては十分働いたと思います」

 

「魔法がなかったら危なかった。助かりました」

 

 オトフリートが僅かに驚いた顔をした。

 

「素直に礼を言えるのですね」

 

「僕を何だと思ってるんですか?」

 

「騎士と貴族を見ただけで怒る人です」

 

「それは転生時の恨みが――」

 

 妖姫殺しが布の中から口を挟んだ。

 

「主は騎士か貴族に生まれたかったのじゃ!」

 

「お前、関所を抜けた瞬間に喋り始めるな!」

 

 ノクティアの腕にいた黒猫が、馬車の屋根へ飛び乗った。

 

 その先には、湖と水路に囲まれたファンドリアの土地が広がっている。

 

 暗黒神の神殿。

 

 盗賊ギルド。

 

 暗殺者組織。

 

 貴族と商人が陰謀を巡らせる湖の王国。

 

 安全な土地とは、とても言えない。

 

 それでも、ロマール貴族の手が容易には届かない場所まで来た。

 

「さて。まずは宿と魔術師ギルド。それから、ストーンサークルだ」

 

「未発見の遺跡があるという話ですか?」

 

 オトフリートが尋ねる。

 

「ある。絶対にある」

 

「根拠は?」

 

「説明できないけど、場所も中身も知ってる」

 

「それは、もはや勘とは呼びません」

 

「僕にとっては、似たようなものなんですよ」

 

 八坂鷹の記憶には、はっきり残っている。

 

 入口を守るボーン・ゴーレム。

 

 黒曜石で作られたオブシディアン・ドッグ。

 

 鏡の張り巡らされた部屋と、石化の魔眼を持つメデューサ。

 

 十万ガメル相当の《銀の冠》。

 

 そして、スモール・アイアン・ゴーレムが守る古代王国の資料室。

 

 誰にも発見されていない《銀の冠》の遺跡が、一行を待っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。