アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
国境を越えても、すぐに緊張が解けたわけではなかった。
ルクスンたちは何度も後方を確認しながら、ファンドリア領内の街道を進んだ。
ヴァルネス家の騎士たちは国境を越えてこない。
ファンドリアは決して安全な国ではない。しかし、ロマールの貴族が私兵を送り込み、好き勝手に暗殺できる土地でもなかった。
この国にはこの国の王権がある。
貴族、商人、傭兵、盗賊ギルド、暗殺者組織、ファラリス神殿。それぞれが独自の利害と規則によって動いている。
秩序が存在しないのではない。
複数の秩序が絡まり合い、互いを利用し、牽制し、ときに争っている。
それゆえの“混沌の国”である。
「逃げ切った、と考えていいのか?」
ルクスンの問いに、ノクティアは首を横へ振った。
「ヴァルネス家が諦めたとは限らない。だが、同じ方法では追ってこられない」
「暗殺者組織の方は?」
「依頼の内容を調べるまで追跡を止めると言った。約束を守る保証はないが、すぐに次を送ってくることはないと思う」
「つまり、一時的には安全?」
「ファンドリア国内で、新しい敵を増やさなければ」
馬車の屋根にいた黒猫が、ルクスンへ視線を向けた。
「何だよ。その条件を僕が最初に破ると思ってるのか?」
黒猫は迷わずうなずいた。
「否定しろよ!」
妖姫殺しも鞘の中から口を挟む。
「主は行く先々で厄介事を拾うからのぉ。妾も拾われた厄介事の一つじゃ!」
「自覚があるなら静かにしてくれ」
◇
夕刻、一行は湖へ続く水路沿いの町へ到着した。
港には漁船と商船が並び、小舟が水路を使って荷物を運んでいる。
市場では魚、穀物、塩、木材が売られていた。
労働を終えた港湾労働者。
網を修理する漁師。
商品の値段を巡って口論する商人。
荷車の間を走り回る子供たち。
その向こうには傭兵らしい武装集団が立ち、暗黒神の紋章を隠そうともしない者も歩いている。
ルクスンは、この国のことを知識として知っていた。
ファンドリアは旧ファン王国の系譜を引き、オーファンと同じ歴史から分かれた国家。
湖と水運によって栄え、王権と裏社会、盗賊ギルド、暗殺者組織、ファラリス神殿が複雑に絡み合う“混沌の国”。
国民全員が悪人なのではない。
漁民も農民も職人も、日々の暮らしを営んでいる。
ワールドガイドには、そう書かれていた。
だが紙面からは、魚と水の匂いも、船頭の怒鳴り声も、石畳を濡らす水しぶきも伝わってこなかった。
「これが“混沌の国”ファンドリアか」
ルクスンが呟いた。
オトフリートが振り返る。
「ファンドリアについてご存じだったのですか?」
「知識だけは。旧ファン王国の系譜を引いていて、オーファンとは同根。湖と水運で栄えているけど、王権と裏組織とファラリス神殿の距離が近い。歴代の王を巡る物騒な話も多い」
「概ね間違っていません。どこで学んだのです?」
「ワールドガイド」
「何という書物です?」
「この世界では、たぶん存在しない本です」
「また説明できない知識ですか」
「そういうことにしてください。知識として読むのと、実際に見るのとでは全然違うな……」
黒猫となったゼフィーリアが、港の一角へ顔を向けた。
そこにはファラリスの紋章を掲げた建物がある。
「ゼフィーリアにとっては、ほかの国より暮らしやすいかもしれないな」
「ゼフィーリア?」
オトフリートが黒猫を見る。
ルクスンは動きを止めた。
ノクティアも黒猫を見た。
当の黒猫だけが、何食わぬ顔で前足を舐めている。
「……猫の名前です」
「初めて聞きました」
「いろいろ事情があるんです。そのうち話します」
「喋る短剣より複雑な事情ですか?」
「同じくらい面倒です」
「聞くのが怖くなってきました」
黒猫が不満そうに尾を振った。
◇
宿へ入る前に、オトフリートは馬車を止めた。
「ここで当初の同行は終了です。僕は魔術師ギルドへ遊学の手続きを行い、今後の旅程を整えます」
ルクスンはオトフリートを見る。
依頼人として出会ったが、護衛料を巡る話は出発前に消滅した。
それでも彼は家名と馬車を提供し、追っ手との戦いでは古代語魔法を使った。
ルクスンたちだけでは、ロマールから無事に脱出できなかった可能性が高い。
「オトフリート。同行はここまでだけど、提案があります」
「何でしょう?」
「魔術師ギルドが管理しているストーンサークル群。その一つに、未発見の古代王国遺跡が隠されている」
「考えている、ではなく断言するのですね」
「場所も内部の構造も、だいたい知ってる。ただし、どうして知っているかは説明できない」
「いつもの説明できない知識ですか」
「はい」
オトフリートは眼鏡の位置を直した。
「なぜ魔術師ギルドへ報告するのです? 秘密裏に攻略すれば、発見物を独占できるでしょう」
「地上にあるストーンサークルは魔術師ギルドの管理物です。勝手に地下へ入れば、不法侵入か盗掘扱いされる。遺跡の中身を持ち帰れても、ギルドの信用を失ったら意味がない」
「信用が必要なのですか?」
「これから先、もっと大きな遺跡を攻略する。魔術師ギルドの協力も欲しい。それに、いつか魔力の塔を造る」
オトフリートが沈黙した。
「いま、魔力の塔と?」
「最終的には空を飛ばす」
「話が急に大きくなりましたね」
「必要なのは資金、実力、信用、職人、魔術師。その第一歩が《銀の冠》だ」
「銀の冠?」
「石化を無効にするマジックアイテム。基本取引価格は十万ガメル相当」
「なぜ価格まで知っているのです?」
「説明できない知識です!」
黒猫が馬車の屋根で前足を顔へ当てた。
ノクティアも無言で首を横へ振っている。
「とにかく、遺跡を発見するには魔術師ギルドとの交渉が必要だ。僕らにはギルドの信用がない。オトフリートには家名と古代語魔法の知識がある」
「代わりに、あなた方には遺跡を攻略する力がある」
「そういうこと。今度は依頼人と護衛じゃない。発見物を山分けする、対等な仲間として一緒に来ませんか?」
オトフリートはすぐには答えなかった。
「遺跡には、どのような危険があるのです?」
「入口にボーン・ゴーレムが二体。途中にオブシディアン・ドッグ。鏡の張り巡らされた部屋にはメデューサがいる。資料室の手前には、スモール・アイアン・ゴーレム」
「……最後だけ、明らかに危険度が違いませんか?」
「正面から戦うつもりはない」
「勝算は?」
「八坂鷹だった頃に、仲間と一度攻略してる」
「ヤサカヨウ?」
「忘れてください」
「無理です」
ルクスンは強引に話を戻した。
「銀の冠を手に入れれば、十万ガメル相当の資産になる。資料室から古代王国の文献も回収できる。ギルドにとっても悪い話ではない」
「魔術師として、未発見の古代王国遺跡には興味があります。ただし、魔術師ギルドへ無断で侵入することには反対します。発見物の所有権も、攻略前に文書で確定させます」
「決まりだな」
「まだ条件があります。遺跡が存在しなかった場合は?」
「僕が謝る」
「それだけですか?」
「全財産から夕食を奢る」
「残金はいくらです?」
「三千五百六十ガメル」
「十万ガメルの魔法の品を探す一行の資金とは思えませんね」
「だから取りに行くんだよ!」
こうしてオトフリートは、依頼人ではなく仲間として一行へ加わった。
翌日。
ルクスンたちはファンドリアの魔術師ギルドを訪れ、《銀の冠》の遺跡に関する最初の交渉を始める。
章末・獲得経験点
ロマール脱出行において、騎士級の追っ手を退け、暗殺者組織との交渉を成立させ、全員でファンドリアへ到達した。
追っ手はモンスターレベル4~5相当として扱う。
キャラクター 獲得経験点
ルクスン 2000点
ノクティア 2000点
ゼフィーリア 2000点
オトフリート 2000点
妖姫殺し 2000点
この時点では技能成長を行わず、次章冒頭の成長報告で配分する。
章末・収支表
内容 収入 支出
前章からの繰越 9000ガメル ―
一行の装備更新費 ― 4800ガメル
ロマール出発前の生活費・宿代 ― 80ガメル
七日間の生活費・宿代ルクスン、ノクティア各40ガメル×7日 ― 560ガメル
オトフリートからの護衛料 0ガメル ―
敵からの戦利品 0ガメル ―
合計 9000ガメル 5440ガメル
次章への繰越 3560ガメル ―
オトフリートは自分の旅費と生活費を自費で負担。ゼフィーリアは動物形態を利用し、妖姫殺しは食事と宿を必要としないため、共同資金からの生活費は発生していない。