アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
魔術師ギルドとの契約を終えた一行は、その足で宿へ戻った。
部屋へ入るなり、ルクスンは窓の鎧戸を閉め、扉へ鍵をかける。
「オトフリート。これから見せるものについて、絶対に大声を出さないでください。剣も抜かない。攻撃魔法も禁止です」
「そこまで念を押されると、余計に不安になるのですが」
「喋る短剣より驚くかもしれません」
「妾より珍しいものなど、そうはあるまい!」
「お前は少し黙ってろ」
ノクティアが寝台の上へ衣服と外套を並べた。
黒猫となったゼフィーリアは、オトフリートを見つめている。
「まさか、その猫も喋るのですか?」
「猫の姿では喋れません。とにかく、剣を抜かないでください」
「話が見えません」
ルクスンとノクティアは、オトフリートへ背を向けるよう指示した。
黒猫の外皮が鷹の羽を思わせる形へ開き、《鷹の羽のマント》へ戻る。
その内側から人間形態のゼフィーリアが現れた。
ノクティアが外套を差し出し、ゼフィーリアは身体を覆う。
「もういい」
ノクティアの声を聞き、オトフリートが振り返った。
褐色の肌。
銀色の長髪。
人間より長く尖った耳。
ゼフィーリアを見た瞬間、オトフリートの手が腰の剣へ動く。
「抜くなって言ったでしょう!」
「ダークエルフですよ!」
「知ってます!」
「知っていて同行させていたのですか?」
「だから隠してたんです!」
ゼフィーリアは落ち着いて衣服を身につけた。
「改めて名乗りましょう。私はゼフィーリア。ターシャスの森に住むダークエルフ十二支族を束ねる、祭司の血統に生まれた者です」
オトフリートの手は、まだ剣の柄にかかっている。
「ダークエルフは人間社会で妖魔として扱われます。正体を知られれば、問答無用で討伐されてもおかしくありません」
「ですから、黒猫の姿で同行しています」
「なぜルクスンたちと?」
「望まない結婚から逃げました。森の外で狩人の罠にかかっていたところを、ルクスンに助けられたのです」
「罠に?」
ゼフィーリアの表情が僅かに険しくなる。
「動物の姿になれば、その動物の目や耳や鼻は使えます。しかし、野生の勘まで得られるわけではありません」
「狐の姿で、普通に罠へかかった」
ルクスンが補足した。
「余計な説明は必要ありません」
「重要な出会いだから」
「私の失態です」
「罠にかかる間抜けな狐だと思って助けたら、裸のダークエルフが出てきた僕の気持ちも考えてほしい」
「裸?」
オトフリートの声が低くなった。
「違います! 変身を解いたら服がなかっただけで、僕はすぐマントを貸しました!」
「主は顔を下へ向け、必死に見ないようにしておったぞ!」
「妖姫殺しは黙れ!」
オトフリートは剣から手を離したものの、警戒を解いてはいなかった。
「祭司の血統と言いましたね。何を信仰しているのです?」
「ファラリスです」
オトフリートの手が、再び剣へ戻った。
「だから抜くなって!」
「ダークエルフで、ファラリスの神官。それを先に言ってください!」
「先に言ったら、絶対に剣を抜いたでしょう!」
「今も抜くべきか迷っています!」
ゼフィーリアはオトフリートを真っ直ぐ見た。
「ファラリスは、己の欲望と自由を肯定します。私は十二支族から与えられた地位も結婚も役目も望まなかった。だから捨てました。それが罪だと言うなら、剣を抜けばよいでしょう。ただし、私も抵抗します」
「話をややこしくするな!」
ルクスンは二人の間へ立った。
「ゼフィーリアは、僕らと一緒に人狼から村を守った。追っ手から逃げるときも偵察してくれた。正体を隠しているのは、人間を襲うためじゃない。人間に殺されないためです」
「ファラリス神官であることに変わりはありません」
「オトフリートだって、ファンドリアについて知っているでしょう。ファラリスを信じているだけで全員を殺していたら、この国では歩けません。種族と信仰だけじゃなく、これまで何をしたかも見てください」
オトフリートはしばらく黙っていた。
最後に大きく息を吐き、剣から手を離す。
「今すぐ敵とは見なしません。ただし、正体を隠したまま魔術師ギルドへ連れていくのは危険です。発覚すれば、僕まで共犯者になります」
「分かっています。人間の前では動物の姿を保ちます」
「遺跡では?」
「人間形態へ戻ります。ルクスンが負傷した場合、私が神聖魔法で治療します」
「ファラリスの神官が治癒魔法を使えるのですか?」
オトフリートが驚いた。
ゼフィーリアが答えるより先に、ルクスンが口を開く。
「使えますよ。ダークプリーストだからって、傷つける魔法しか使えないわけじゃありません。《キュア・ウーンズ》による治療ができます」
「あなたは、暗黒神官の魔法まで知っているのですか?」
「完全版に載ってるから」
「その完全版とは、何なのです?」
「説明すると長いので、僕が知識だけは持っていると覚えてください」
ゼフィーリアは外套の留め具を締めた。
「ファラリスは自由と欲望を肯定する神です。信徒を傷つけることしかできない神ではありません。仲間を生かしたいという私の意思を、否定する理由もありません」
「むしろ、僕らの中では一番強力な回復役なんだよなぁ」
「不満ですか?」
「助かるけど、ファラリス神官を生命線にしてゴーレムと殴り合う冒険者パーティって、字面がひどい」
「治療してほしくないのであれば、そう言ってください」
「ぜひお願いします!」
オトフリートが額へ手を当てた。
「ほかにも隠していることは?」
ルクスンはノクティアを見る。
元暗殺者であることは説明済み。
妖姫殺しは勝手に喋る。
ゼフィーリアの正体と信仰も明かした。
「僕が逃亡奴隷だったことくらい?」
「初耳ですが」
「あれ? 言ってませんでした?」
「聞いていません!」
オトフリートは椅子へ腰を下ろし、両手で顔を覆った。
「逃亡奴隷、元暗殺者、ファラリス神官のダークエルフ、喋って飛ぶ魔剣……僕は、とんでもない一行へ加わってしまったのでは?」
「気づくのが遅いのぉ」
「妖姫殺しが言うな!」
◇
秘密を明かした後、一行は武具店へ向かった。
遺跡前半では、現在の軽装を使う。
罠や落とし穴を調べ、メデューサの鏡の間を突破するには、動きやすさを失うわけにはいかない。
問題は、資料室の手前にいるスモール・アイアン・ゴーレムだった。
「鉄の身体を剣で斬っても効率が悪い。最後の戦闘だけ装備を替える」
ルクスンは店内に並ぶ金属鎧を確認した。
必要なのは、現在の筋力で扱える金属鎧。
打撃武器であるメイス。
そして守りを固めるラウンドシールド。
「鎧を着替える時間はあるのか?」
ノクティアが尋ねた。
「メデューサの部屋とゴーレムの間に通路がある。そこで装備を替える。スモール・アイアン・ゴーレムは、資料室へ近づかなければ動かない」
「その情報も、八坂鷹だった頃の冒険から?」
「そう。起動させる前に、オトフリートから《エンチャント・ウェポン》と《プロテクション》をかけてもらう」
オトフリートは、金属鎧を調べるルクスンを見た。
「前衛を一人で引き受けるつもりですか?」
「ゴーレムを自由に動かしたら、後ろの三人が危ない。僕がメイスと盾で押さえる。ノクティアは後ろから《ウィル・オー・ウィスプ》。オトフリートはゴーレムの攻撃範囲から外れ、《エネルギー・ボルト》で攻撃。ゼフィーリアは《キュア・ウーンズ》の準備をして待機する」
「長期戦になりますね」
「だから防御を優先する。魔法は必中だ。僕が倒れずに時間を稼げば、少しずつでも確実に削れる」
「抵抗されれば威力は減少します」
「それも承知してる。効かないわけじゃない」
ルクスンは金属鎧を持ち上げた。
ずしりと重い。
これを着ている間は、盗賊や野伏のようには動けない。
戦士として、正面からゴーレムを受け止めるためだけの装備だった。
「問題は値段だな」
店主から示された金額を聞き、ルクスンの顔が引きつった。
共同資金は三千五百六十ガメル。
メイス、ラウンドシールド、金属鎧に加え、松明、油、ロープ、保存食、鏡を覆うための厚布も必要になる。
「十万ガメルを取りに行く前に破産しそうだ……」
「装備を買わずに死ぬよりよいでしょう」
「オトフリート、貴族なんだから貸してくれない?」
「発見物を山分けする、対等な仲間なのでしょう?」
「対等って厳しいな!」
妖姫殺しが鞘の中から笑った。
「財宝を得るため、まず財を失う。冒険者とは因果な商売じゃのぉ」
ルクスンは値札と残金を何度も見比べた。
《銀の冠》への最初の障害は、メデューサでもゴーレムでもない。
装備を揃えるための予算だった。