アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第27話 記憶にない剣

 砕け散った二体のボーン・ゴーレムを越え、ルクスンたちは次の部屋へ進んだ。

 

 通路の先には、一枚の石扉がある。

 

 扉の向こうから、無機質な魔力が漂っていた。

 

 ルクスンには覚えがある。

 

「この先にはオブシディアン・ドッグが一体いる。黒曜石で作られた犬型の魔法生物だ。素早いけど、さっきのボーン・ゴーレムより脆い。入口まで誘い出して、みんなで叩けばいい」

 

「今回も、記憶どおり?」

 

「少なくとも、僕らが遊んだときはそうだった」

 

 ノクティアは石扉の前へしゃがみ込み、床、壁、蝶番、扉の隙間を順番に調べていく。

 

「扉に罠はない。向こうに何かいる」

 

「犬が一体だけなら問題ない。開けたら、すぐに通路へ――」

 

「待つのじゃ、主よ」

 

 鞘の中から妖姫殺しが声を上げた。

 

「どうした?」

 

「扉の向こうに剣があるぞ」

 

 ルクスンの動きが止まった。

 

「剣?」

 

「うむ。一本じゃ。わらわほどではないが、きちんと刃のある剣じゃな」

 

 オブシディアン・ドッグは剣など持たない。

 

 黒曜石で作られた牙と爪が武器である。

 

「……僕の記憶には、剣を持った敵なんていないぞ」

 

「では、記憶と違う」

 

「まだ扉も開けてないのに、もう違うのかよ」

 

 だが、妖姫殺しが刃物の気配を感じ取ったのなら、扉の向こうに剣があることは間違いない。

 

 誰かが落とした武器かもしれない。

 

 あるいは、剣を持った別の守護者がいる。

 

「作戦を変える。敵がオブシディアン・ドッグ一体とは限らない。開けたら中を確認して、すぐに下がる。足の速い奴から通路へ誘い込むぞ」

 

「私の役目は?」

 

「精霊を待機させてくれ。オトフリートは僕のメイスを強化。ゼフィーリアは負傷者が出るまで力を温存。妖姫殺しは、剣の位置が動いたら教えろ」

 

「わらわの力が、ついに探索で役立ったのう!」

 

「まだ敵の剣を見つけただけだからな」

 

「もっと褒めてもよいのじゃぞ?」

 

「敵を倒して生き残ったら褒めてやる」

 

 ルクスンはメイスとラウンドシールドを構えた。

 

 盾を前へ出し、石扉を押す。

 

 重い扉が、床を擦りながら開いていく。

 

 部屋の正面に、一体の黒い犬が鎮座していた。

 

 磨き上げられた黒曜石の身体。

 

 鋭く尖った牙。

 

 暗闇の中で、両目に赤い光が灯る。

 

「オブシディアン・ドッグ。一体目は記憶どおり――」

 

 その右側で、もう一対の赤い目が輝いた。

 

「二体いる」

 

 ノクティアが告げた。

 

「増えてるじゃねえか!」

 

 二体目のオブシディアン・ドッグが、石柱の陰から姿を現した。

 

 同時に、部屋の奥から硬い足音が響いてくる。

 

「剣が動いたぞ! こちらへ近づいてくるのじゃ!」

 

 妖姫殺しの警告とともに、人骨に似た姿をした異形の戦士が暗闇から姿を現した。

 

 全身を構成しているのは、人間の骨ではない。

 

 古代王国の魔術によって成形された竜の牙である。

 

 片手には剣。

 

 もう片方の手には盾。

 

 骨の身体に武装した姿は、死者の戦士にしか見えない。

 

 だが、その正体はアンデッドではなかった。

 

「スケルトンウォーリアまでいるぞ!」

 

 竜牙兵。

 

 龍牙兵とも表記される、スケルトンウォーリア。

 

 三つの名は、すべて同じ魔物を指している。

 

 ルクスンの視界に、負の精霊が放つ黄色いオーラは映っていない。

 

 感じるのは、三体の守護者から漂う無機質な魔力だけだった。

 

 スケルトンウォーリアは、死者の骨が蘇ったものではない。

 

 竜の牙を素材に作られた魔法生物である。

 

 したがって、聖なる右手も特別な威力を発揮しない。

 

「オブシディアン・ドッグ二体にスケルトンウォーリア一体! 全部、魔法生物だ。あの骨野郎はアンデッドじゃないから、僕の右手も効かない!」

 

「主よ、説明は後じゃ! 犬が来るぞ!」

 

 二体のオブシディアン・ドッグが同時に床を蹴った。

 

「全員、下がれ!」

 

 ルクスンたちは石扉から飛び退き、先ほどの通路へ逃げ込んだ。

 

 スケルトンウォーリアより、犬たちのほうが速い。

 

 その速度差を利用すれば、三体を同時に相手にせずに済む。

 

「妖姫殺し、飛べるな?」

 

「任せるのじゃ。《リバティ・ソード》!」

 

 鞘から抜け出した妖姫殺しが、ふらつきながら宙へ浮かんだ。

 

 自力で動けるようになったとはいえ、まだ自在に戦えるほど習熟してはいない。それでも、敵の注意を引くことはできる。

 

「犬の一体を引きつけろ。噛まれないように飛び回れ!」

 

「剣を犬の餌にする気か!」

 

「お前はミスリル銀製だろ! 簡単には折れないと信じてる!」

 

「褒められている気がせぬぞ!」

 

 妖姫殺しが、一体のオブシディアン・ドッグの顔先を横切った。

 

 赤い目が、宙を舞う短剣へ向けられる。

 

 残る一体がルクスンへ跳びかかった。

 

 黒い牙がラウンドシールドへ突き刺さる。

 

 衝撃に押されながらも、ルクスンは踏みとどまった。

 

「オトフリート!」

 

「武器へ魔力を与えます!」

 

 古代語の呪文が完成し、メイスを淡い光が包んだ。

 

 魔力を帯びた一撃を、ルクスンはオブシディアン・ドッグの横腹へ叩き込む。

 

 黒曜石の身体に亀裂が走った。

 

「ノクティア!」

 

「光の精霊よ!」

 

 ウィル・オー・ウィスプの光が、傷ついた犬を包み込んだ。

 

 魔法の光は狙いを外すことなく命中する。

 

 オブシディアン・ドッグは魔法へ抵抗し、威力を弱めた。それでも、亀裂の入った身体には充分だった。

 

 黒い胴体が砕け、破片となって床へ散る。

 

「一体目!」

 

 妖姫殺しを追っていた二体目が、空中の短剣を諦めてルクスンへ向き直った。

 

「主よ、そちらへ行ったぞ! それと、剣を持った奴も近づいておる!」

 

「両方まとめて来られたら困る!」

 

 低い姿勢から迫る牙を、ルクスンは盾で受け流した。

 

 だが、完全には殺し切れない。

 

 牙が盾の縁を滑り、ルクスンの腕を裂いた。

 

「ゼフィーリア!」

 

「傷ついた者へ、癒やしを」

 

 暗黒神ファラリスへ捧げられた祈りが、ルクスンの傷を塞いでいく。

 

 使われたのは精霊魔法ではない。

 

 暗黒神から授かった神聖魔法、キュアー・ウーンズだった。

 

「助かった!」

 

 ルクスンはメイスを振り下ろした。

 

 犬が横へ跳ぶ。

 

 そこへノクティアの短槍が突き出された。

 

 槍では黒曜石の身体へ大きな傷を与えられない。それでも、退路を塞ぐには充分だった。

 

 オブシディアン・ドッグが身をひねった先へ、メイスが横殴りに叩き込まれる。

 

 黒い頭部が砕けた。

 

「二体目!」

 

 硬質な足音が通路へ迫る。

 

 次の瞬間、スケルトンウォーリアが石扉を越えて踏み込んできた。

 

 その手に握られた剣が、ルクスンへ振り下ろされる。

 

 ルクスンはラウンドシールドで受け止めた。

 

 犬たちの突進とは違う。

 

 武器を扱う戦士として、体重と技術を乗せた斬撃だった。

 

 盾の表面を剣が滑り、耳障りな音を立てる。

 

「こいつが本命か!」

 

 竜の牙から生み出された戦士は、恐怖も痛みも知らない。

 

 剣と盾を使いこなし、隙のない動きでルクスンを攻め立てる。

 

 その姿は、まさしく骸骨の戦士。

 

 だが、命令に従って動く魔法生物である。

 

 生物のような急所もなければ、疲労もしない。

 

「ノクティア、敵の盾を槍で押さえろ! オトフリートは射線が開いたら撃て! 妖姫殺しは剣に近づくな。あれと打ち合ったら弾き飛ばされるぞ!」

 

「わらわも剣じゃぞ!」

 

「短剣と武装した魔法戦士じゃ、重量差がありすぎる!」

 

「納得はできるが、腹立たしいのう!」

 

 ノクティアの短槍が、スケルトンウォーリアの盾へ突き出された。

 

 力では敵わない。

 

 それでも、槍の長さを利用して盾の向きを外側へ逸らす。

 

 正面が一瞬だけ開いた。

 

 ルクスンは身体を沈め、スケルトンウォーリアの膝へメイスを叩き込んだ。

 

 竜の牙から作られた脚骨に亀裂が走る。

 

 敵の体勢が傾いた。

 

 それでも、剣は止まらない。

 

 横薙ぎの斬撃がルクスンへ迫る。

 

「剣が来るぞ、主!」

 

 妖姫殺しの警告に、ルクスンは上体を反らした。

 

 剣先が胸元を掠めていく。

 

「いまだ! 射線を空けろ!」

 

 ルクスンとノクティアが左右へ退く。

 

 その間を通し、オトフリートが杖を向けた。

 

「エネルギー・ボルト!」

 

 魔力の矢が、スケルトンウォーリアの胸を直撃した。

 

 魔法は狙いを外さない。

 

 スケルトンウォーリアは魔法へ抵抗し、威力を抑えたものの、竜牙で作られた胸部が大きく砕けた。

 

 それでも倒れない。

 

 片脚を損ない、胸を破壊されながら、なおも剣を振り上げる。

 

「頑丈すぎるだろ!」

 

「まだ剣は動いておるぞ!」

 

「見ればわかる!」

 

 振り下ろされた剣を、ルクスンは盾で外側へ押し流した。

 

 相手の剣を封じたまま、一歩前へ踏み込む。

 

 空いた胴体へ、全身の力を込めたメイスを叩き込んだ。

 

 竜の牙から作られた骨格が、音を立てて崩壊する。

 

 剣が床へ落ちた。

 

 スケルトンウォーリアの残骸から魔力が消える。

 

「剣の気配が動かなくなったぞ」

 

「倒したからな!」

 

「わらわの《センス・ソード》が大活躍じゃったのう!」

 

「今回は本当に助かったよ。扉を開ける前に、記憶と違うって気づけた」

 

「もう一度言ってもよいぞ?」

 

「調子に乗るな」

 

          ◇

 

 三体の守護者が動かなくなったあとも、ルクスンはしばらくメイスを構えたままだった。

 

 新たな敵が出てこないことを確かめ、ようやく息を吐く。

 

「オブシディアン・ドッグは一体だったはずなんだ。スケルトンウォーリアなんて、ここには配置されてなかった」

 

「でも、実際には犬が二体。剣を持ったスケルトンウォーリアも一体いた」

 

 ノクティアの言葉に、ルクスンは床へ落ちた剣と、竜牙兵の残骸を見下ろした。

 

 八坂鷹が仲間たちと攻略した『銀の冠』では、確かに犬は一体だった。

 

 竜牙兵――スケルトンウォーリアもいなかった。

 

 だが、あのセッションで使われたのは、後世に発見された時点での遺跡である。

 

 いまは新王国暦五百十一年。

 

 この遺跡は、まだ誰にも発見されていない。

 

「僕が知っているのは、何年後かに発見されたあとのダンジョンだ。その間に守護者が壊されたり、持ち去られたり、配置が変わった可能性がある」

 

「つまり、この先も記憶どおりとは限らない?」

 

「地形や仕掛けの目的は使える。でも、敵の数と配置は信用できない。未発見ってことは、僕らが遊んだときより保存状態がいいんだ」

 

「宝も多く残っているかもしれませんね」

 

 オトフリートの言葉に、ルクスンは頷いた。

 

「その代わり、守護者も罠も全部生きてるかもしれないけどな」

 

 妖姫殺しが、ふらふらとルクスンの手元へ戻ってくる。

 

「それで、次には何があるのじゃ?」

 

「記憶どおりなら落とし穴。その先が、鏡だらけのメデューサの部屋だ」

 

「記憶どおりなら、か」

 

「ああ。だから次からは、知っている場所ほど疑ってかかる」

 

 既知の地図は、もはや攻略法を保証してくれない。

 

 それでも、完全に役立たないわけではない。

 

 記憶を答えとして使うのではなく、起こり得る危険を予測する材料として使う。

 

 ルクスンはメイスを握り直した。

 

 八坂鷹が知っている『銀の冠』は、ここで終わった。

 

 この先にあるのは、新王国暦五百十一年の、誰にも荒らされていない遺跡。

 

 既知のダンジョンは、ここから未知のダンジョンへ変わった。

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