アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
砕け散った二体のボーン・ゴーレムを越え、ルクスンたちは次の部屋へ進んだ。
通路の先には、一枚の石扉がある。
扉の向こうから、無機質な魔力が漂っていた。
ルクスンには覚えがある。
「この先にはオブシディアン・ドッグが一体いる。黒曜石で作られた犬型の魔法生物だ。素早いけど、さっきのボーン・ゴーレムより脆い。入口まで誘い出して、みんなで叩けばいい」
「今回も、記憶どおり?」
「少なくとも、僕らが遊んだときはそうだった」
ノクティアは石扉の前へしゃがみ込み、床、壁、蝶番、扉の隙間を順番に調べていく。
「扉に罠はない。向こうに何かいる」
「犬が一体だけなら問題ない。開けたら、すぐに通路へ――」
「待つのじゃ、主よ」
鞘の中から妖姫殺しが声を上げた。
「どうした?」
「扉の向こうに剣があるぞ」
ルクスンの動きが止まった。
「剣?」
「うむ。一本じゃ。わらわほどではないが、きちんと刃のある剣じゃな」
オブシディアン・ドッグは剣など持たない。
黒曜石で作られた牙と爪が武器である。
「……僕の記憶には、剣を持った敵なんていないぞ」
「では、記憶と違う」
「まだ扉も開けてないのに、もう違うのかよ」
だが、妖姫殺しが刃物の気配を感じ取ったのなら、扉の向こうに剣があることは間違いない。
誰かが落とした武器かもしれない。
あるいは、剣を持った別の守護者がいる。
「作戦を変える。敵がオブシディアン・ドッグ一体とは限らない。開けたら中を確認して、すぐに下がる。足の速い奴から通路へ誘い込むぞ」
「私の役目は?」
「精霊を待機させてくれ。オトフリートは僕のメイスを強化。ゼフィーリアは負傷者が出るまで力を温存。妖姫殺しは、剣の位置が動いたら教えろ」
「わらわの力が、ついに探索で役立ったのう!」
「まだ敵の剣を見つけただけだからな」
「もっと褒めてもよいのじゃぞ?」
「敵を倒して生き残ったら褒めてやる」
ルクスンはメイスとラウンドシールドを構えた。
盾を前へ出し、石扉を押す。
重い扉が、床を擦りながら開いていく。
部屋の正面に、一体の黒い犬が鎮座していた。
磨き上げられた黒曜石の身体。
鋭く尖った牙。
暗闇の中で、両目に赤い光が灯る。
「オブシディアン・ドッグ。一体目は記憶どおり――」
その右側で、もう一対の赤い目が輝いた。
「二体いる」
ノクティアが告げた。
「増えてるじゃねえか!」
二体目のオブシディアン・ドッグが、石柱の陰から姿を現した。
同時に、部屋の奥から硬い足音が響いてくる。
「剣が動いたぞ! こちらへ近づいてくるのじゃ!」
妖姫殺しの警告とともに、人骨に似た姿をした異形の戦士が暗闇から姿を現した。
全身を構成しているのは、人間の骨ではない。
古代王国の魔術によって成形された竜の牙である。
片手には剣。
もう片方の手には盾。
骨の身体に武装した姿は、死者の戦士にしか見えない。
だが、その正体はアンデッドではなかった。
「スケルトンウォーリアまでいるぞ!」
竜牙兵。
龍牙兵とも表記される、スケルトンウォーリア。
三つの名は、すべて同じ魔物を指している。
ルクスンの視界に、負の精霊が放つ黄色いオーラは映っていない。
感じるのは、三体の守護者から漂う無機質な魔力だけだった。
スケルトンウォーリアは、死者の骨が蘇ったものではない。
竜の牙を素材に作られた魔法生物である。
したがって、聖なる右手も特別な威力を発揮しない。
「オブシディアン・ドッグ二体にスケルトンウォーリア一体! 全部、魔法生物だ。あの骨野郎はアンデッドじゃないから、僕の右手も効かない!」
「主よ、説明は後じゃ! 犬が来るぞ!」
二体のオブシディアン・ドッグが同時に床を蹴った。
「全員、下がれ!」
ルクスンたちは石扉から飛び退き、先ほどの通路へ逃げ込んだ。
スケルトンウォーリアより、犬たちのほうが速い。
その速度差を利用すれば、三体を同時に相手にせずに済む。
「妖姫殺し、飛べるな?」
「任せるのじゃ。《リバティ・ソード》!」
鞘から抜け出した妖姫殺しが、ふらつきながら宙へ浮かんだ。
自力で動けるようになったとはいえ、まだ自在に戦えるほど習熟してはいない。それでも、敵の注意を引くことはできる。
「犬の一体を引きつけろ。噛まれないように飛び回れ!」
「剣を犬の餌にする気か!」
「お前はミスリル銀製だろ! 簡単には折れないと信じてる!」
「褒められている気がせぬぞ!」
妖姫殺しが、一体のオブシディアン・ドッグの顔先を横切った。
赤い目が、宙を舞う短剣へ向けられる。
残る一体がルクスンへ跳びかかった。
黒い牙がラウンドシールドへ突き刺さる。
衝撃に押されながらも、ルクスンは踏みとどまった。
「オトフリート!」
「武器へ魔力を与えます!」
古代語の呪文が完成し、メイスを淡い光が包んだ。
魔力を帯びた一撃を、ルクスンはオブシディアン・ドッグの横腹へ叩き込む。
黒曜石の身体に亀裂が走った。
「ノクティア!」
「光の精霊よ!」
ウィル・オー・ウィスプの光が、傷ついた犬を包み込んだ。
魔法の光は狙いを外すことなく命中する。
オブシディアン・ドッグは魔法へ抵抗し、威力を弱めた。それでも、亀裂の入った身体には充分だった。
黒い胴体が砕け、破片となって床へ散る。
「一体目!」
妖姫殺しを追っていた二体目が、空中の短剣を諦めてルクスンへ向き直った。
「主よ、そちらへ行ったぞ! それと、剣を持った奴も近づいておる!」
「両方まとめて来られたら困る!」
低い姿勢から迫る牙を、ルクスンは盾で受け流した。
だが、完全には殺し切れない。
牙が盾の縁を滑り、ルクスンの腕を裂いた。
「ゼフィーリア!」
「傷ついた者へ、癒やしを」
暗黒神ファラリスへ捧げられた祈りが、ルクスンの傷を塞いでいく。
使われたのは精霊魔法ではない。
暗黒神から授かった神聖魔法、キュアー・ウーンズだった。
「助かった!」
ルクスンはメイスを振り下ろした。
犬が横へ跳ぶ。
そこへノクティアの短槍が突き出された。
槍では黒曜石の身体へ大きな傷を与えられない。それでも、退路を塞ぐには充分だった。
オブシディアン・ドッグが身をひねった先へ、メイスが横殴りに叩き込まれる。
黒い頭部が砕けた。
「二体目!」
硬質な足音が通路へ迫る。
次の瞬間、スケルトンウォーリアが石扉を越えて踏み込んできた。
その手に握られた剣が、ルクスンへ振り下ろされる。
ルクスンはラウンドシールドで受け止めた。
犬たちの突進とは違う。
武器を扱う戦士として、体重と技術を乗せた斬撃だった。
盾の表面を剣が滑り、耳障りな音を立てる。
「こいつが本命か!」
竜の牙から生み出された戦士は、恐怖も痛みも知らない。
剣と盾を使いこなし、隙のない動きでルクスンを攻め立てる。
その姿は、まさしく骸骨の戦士。
だが、命令に従って動く魔法生物である。
生物のような急所もなければ、疲労もしない。
「ノクティア、敵の盾を槍で押さえろ! オトフリートは射線が開いたら撃て! 妖姫殺しは剣に近づくな。あれと打ち合ったら弾き飛ばされるぞ!」
「わらわも剣じゃぞ!」
「短剣と武装した魔法戦士じゃ、重量差がありすぎる!」
「納得はできるが、腹立たしいのう!」
ノクティアの短槍が、スケルトンウォーリアの盾へ突き出された。
力では敵わない。
それでも、槍の長さを利用して盾の向きを外側へ逸らす。
正面が一瞬だけ開いた。
ルクスンは身体を沈め、スケルトンウォーリアの膝へメイスを叩き込んだ。
竜の牙から作られた脚骨に亀裂が走る。
敵の体勢が傾いた。
それでも、剣は止まらない。
横薙ぎの斬撃がルクスンへ迫る。
「剣が来るぞ、主!」
妖姫殺しの警告に、ルクスンは上体を反らした。
剣先が胸元を掠めていく。
「いまだ! 射線を空けろ!」
ルクスンとノクティアが左右へ退く。
その間を通し、オトフリートが杖を向けた。
「エネルギー・ボルト!」
魔力の矢が、スケルトンウォーリアの胸を直撃した。
魔法は狙いを外さない。
スケルトンウォーリアは魔法へ抵抗し、威力を抑えたものの、竜牙で作られた胸部が大きく砕けた。
それでも倒れない。
片脚を損ない、胸を破壊されながら、なおも剣を振り上げる。
「頑丈すぎるだろ!」
「まだ剣は動いておるぞ!」
「見ればわかる!」
振り下ろされた剣を、ルクスンは盾で外側へ押し流した。
相手の剣を封じたまま、一歩前へ踏み込む。
空いた胴体へ、全身の力を込めたメイスを叩き込んだ。
竜の牙から作られた骨格が、音を立てて崩壊する。
剣が床へ落ちた。
スケルトンウォーリアの残骸から魔力が消える。
「剣の気配が動かなくなったぞ」
「倒したからな!」
「わらわの《センス・ソード》が大活躍じゃったのう!」
「今回は本当に助かったよ。扉を開ける前に、記憶と違うって気づけた」
「もう一度言ってもよいぞ?」
「調子に乗るな」
◇
三体の守護者が動かなくなったあとも、ルクスンはしばらくメイスを構えたままだった。
新たな敵が出てこないことを確かめ、ようやく息を吐く。
「オブシディアン・ドッグは一体だったはずなんだ。スケルトンウォーリアなんて、ここには配置されてなかった」
「でも、実際には犬が二体。剣を持ったスケルトンウォーリアも一体いた」
ノクティアの言葉に、ルクスンは床へ落ちた剣と、竜牙兵の残骸を見下ろした。
八坂鷹が仲間たちと攻略した『銀の冠』では、確かに犬は一体だった。
竜牙兵――スケルトンウォーリアもいなかった。
だが、あのセッションで使われたのは、後世に発見された時点での遺跡である。
いまは新王国暦五百十一年。
この遺跡は、まだ誰にも発見されていない。
「僕が知っているのは、何年後かに発見されたあとのダンジョンだ。その間に守護者が壊されたり、持ち去られたり、配置が変わった可能性がある」
「つまり、この先も記憶どおりとは限らない?」
「地形や仕掛けの目的は使える。でも、敵の数と配置は信用できない。未発見ってことは、僕らが遊んだときより保存状態がいいんだ」
「宝も多く残っているかもしれませんね」
オトフリートの言葉に、ルクスンは頷いた。
「その代わり、守護者も罠も全部生きてるかもしれないけどな」
妖姫殺しが、ふらふらとルクスンの手元へ戻ってくる。
「それで、次には何があるのじゃ?」
「記憶どおりなら落とし穴。その先が、鏡だらけのメデューサの部屋だ」
「記憶どおりなら、か」
「ああ。だから次からは、知っている場所ほど疑ってかかる」
既知の地図は、もはや攻略法を保証してくれない。
それでも、完全に役立たないわけではない。
記憶を答えとして使うのではなく、起こり得る危険を予測する材料として使う。
ルクスンはメイスを握り直した。
八坂鷹が知っている『銀の冠』は、ここで終わった。
この先にあるのは、新王国暦五百十一年の、誰にも荒らされていない遺跡。
既知のダンジョンは、ここから未知のダンジョンへ変わった。