アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
三体の守護者を倒したルクスンたちは、その場で遺跡の探索を中断した。
ただし、地上へ戻るつもりはない。
二体のボーン・ゴーレムを倒した入口の部屋と、オブシディアン・ドッグ二体にスケルトンウォーリアを倒した第二の部屋。
ここまでの区画は制圧している。
守護者たちが再び動き出す気配もない。
周囲に存在するのは、砕けた魔法生物の残骸だけだった。
「ここで休む」
ルクスンの宣言に、オトフリートが遺跡の入口へ続く通路を振り返った。
「地上へは戻らないのですか?」
「戻らない。精神力は八時間眠れば完全に回復する。わざわざ地上へ出なくても、この部屋で休めばいい」
「魔術師ギルドの管理人へ、遺跡の発見を知らせる必要は?」
「全部終わってからで充分だ」
ルクスンは、スケルトンウォーリアの残骸を部屋の隅へ蹴り寄せた。
古代王国の遺跡が存在していた。
それだけなら、魔術師ギルドも契約を守るかもしれない。
だが、この奥には十万ガメル相当の銀の冠が眠っている。
冠の存在を知ったあとも、ギルドが同じ態度を取る保証などなかった。
地下遺跡は地上のストーンサークルと一体の施設だ。
そのため、すべての発見物はギルドに帰属する。
銀の冠は危険な魔法の品なので、研究と保管のために提出しなければならない。
そのように契約の解釈を変えられる可能性はある。
契約を反故にするつもりがなくても、内部の別派閥や上役が口を出してくることも考えられた。
「魔術師ギルドそのものを信用していないのですか?」
「組織の全員が悪人だとは思ってない。でも、十万ガメルを前にしても全員が契約を守る善人だとは、もっと思ってない」
「魔術師ギルドには、長年にわたって積み重ねてきた信用があります」
「だから正面から奪うような真似はしないだろ。でも、契約の解釈を変えるくらいはするかもしれない。僕らはギルドに所属していない冒険者だ。しかも、逃亡奴隷と元暗殺者とファラリス神官までいる」
黒猫姿のゼフィーリアが顔を上げた。
「私は、いまはただの猫です」
「しゃべってる時点で、ただの猫じゃないんだよ」
「猫は気まぐれなので、たまにはしゃべります」
「しゃべらないよ!」
ノクティアが、部屋の入口へ細い糸を張りながら口を挟んだ。
「ギルドへ知らせない。それでいい」
「だろ? 銀の冠も資料も確保して、遺跡を完全に調べてから報告する。契約を変更しようとしても、品物が僕らの手元にある状態なら交渉できる」
「先に確保した者が強いということですね」
「そういうことだ、オトフリート。契約書だけを握っているより、契約書と現物を両方握っていたほうがいい」
妖姫殺しが鞘の中から声を上げる。
「十万ガメルの冠を手に入れたら、わらわにも新しい鞘を買うのじゃ!」
「お前は冠を売ることに賛成なのか?」
「十万ガメルじゃぞ? 売るに決まっておろう!」
「僕は使うことも考えてる」
「主が銀の冠を被るのか?」
「石化を無効にできるんだぞ。売るには惜しい」
「似合わぬと思うがのう」
「実用性の話をしてるんだよ!」
◇
守護者の残骸を片づけたあと、一行は寝床を整えた。
生命力は、一日安静にすれば本人の生命力抵抗値に応じて回復する。
しかし、今回はゼフィーリアが神聖魔法で負傷者を治療している。丸一日を自然回復へ費やす必要はなかった。
一方、魔法を使うための精神力は、八時間の睡眠で完全に回復する。
ノクティアとオトフリートは戦闘で何度も魔法を使っている。これからメデューサと戦うのなら、二人の精神力を全快させておく必要があった。
「全員が八時間ずつ眠る。見張りは交代制。途中で起こされたら、改めて不足分を眠ってもらう」
「妖姫殺しは眠らない」
ノクティアが短剣を見る。
「では、見張りを任せられますね」
「任せるのじゃ! 近くへ剣が来れば、わらわの《センス・ソード》が捉えてみせよう!」
「剣を持っていない敵は感知できないけどな」
「オブシディアン・ドッグが戻ってきてもわからない?」
「わからぬ」
「役に立たない」
「主従そろって、わらわへの扱いが酷くないか!?」
結局、妖姫殺しだけに見張りを任せることはできなかった。
人間三人と黒猫一匹が交代で起きる。
妖姫殺しは常に見張りへ参加し、刃物の接近を警戒することになった。
保存食を分ける。
ルクスンとノクティアは堅いパンと干し肉を食べ、オトフリートは自分で用意していた携帯食を取り出した。
ゼフィーリアは差し出された干し肉の匂いを嗅ぎ、不満そうに顔を背ける。
「生肉はないのですか?」
「遺跡探索へ生肉を持ってくる奴がいるか。腐るだろ」
「黒猫の身体なら、生肉のほうが食べやすいです」
「干し肉で我慢しろ。水に浸せば少し柔らかくなる」
「狩りへ行ってきても?」
「ダンジョンの中で、何を狩るつもりだよ!」
ゼフィーリアは諦めて干し肉を噛み始めた。
黒猫の牙には固すぎるらしく、前足で押さえながら何度も引っ張っている。
「人間に戻って食べればいいだろ」
「服がありません」
「また僕のマントを貸すの?」
「周囲を見張っていてください」
「食事のたびに全員で後ろを向くのかよ!」
結局、ゼフィーリアは黒猫のまま干し肉を食べた。
◇
遺跡の中に朝も夜もない。
明かりを消せば、辺りは完全な暗闇となる。
最初の見張りを担当したルクスンは、壁へ背を預けて座っていた。
常時働いているセンス・マジックが、周囲に残る魔力を捉えている。
砕けた魔法生物の残骸。
遺跡そのものに流れる古代の魔力。
そして、奥の部屋から漂ってくる濃密な気配。
眠っているのか、起きているのか。
メデューサの動きまではわからない。
だが、まだ奥にいることだけは確かだった。
「眠れぬのか、主よ?」
隣へ立てかけた妖姫殺しが尋ねた。
「いまは見張りだよ」
「そうではなく、このあと眠れるのかと聞いておる」
「眠るさ。精神力を使わない僕でも、寝不足で戦えば判断を間違える」
「怖いのか?」
ルクスンは少し黙った。
前世では、一度この遺跡を攻略している。
仲間たちと卓を囲み、地図を描き、賽を振った。
鏡に映った魔眼を見てしまい、何度も石化への抵抗を行った。
仲間の一人が石になりかけ、回復手段が足りないと大騒ぎした。
最後にはメデューサを倒し、銀の冠を手に入れた。
あのときは笑い話だった。
判定に失敗しても、死ぬのは紙の上のキャラクターである。
いまは違う。
「怖いに決まってるだろ。失敗したら石になるんだぞ」
「主は、前にもあの怪物を殺したのであろう?」
「八坂鷹として遊んだ物語の中でな。ルクスンとして戦ったわけじゃない。前世の仲間もいなければ、能力も装備も違う」
「ならば、今回の仲間を使えばよい」
「使うって言い方はやめろ」
「頼ればよい、と言い直してやろう」
ルクスンは眠っている仲間たちを見た。
壁際で身体を丸めるノクティア。
外套を毛布代わりにして横たわるオトフリート。
荷物の上で丸くなっているゼフィーリア。
「そうだな。一人で攻略するわけじゃない」
「それに、わらわもおる!」
「お前は冠を傷つけるなよ」
「感動的な雰囲気を台無しにするでない!」
◇
全員が八時間ずつ眠り終えるころには、休息を始めてからかなりの時間が経過していた。
途中で敵が現れることはなかった。
ノクティアとオトフリートの精神力も完全に回復している。
簡単な食事を済ませ、装備を点検する。
「次は落とし穴だ」
ルクスンはメイスを肩へ担いだ。
「場所は?」
「この先の通路。僕の記憶では、横幅いっぱいに罠床がある。底には槍が並んでいた」
「解除する?」
「いや。場所がわかってるなら、罠として残しておく必要はない。壊そう」
ノクティアが先行し、記憶にある場所を調べた。
床板の継ぎ目。
踏み込んだ際に沈む石。
壁の内部へ続く仕掛け。
罠はまだ生きている。
「本当にある」
「今度こそ記憶どおりだな」
「今回も、でしょう」
「そうだった。今回も記憶どおりだ」
ルクスンは罠床から距離を取り、ボーン・ゴーレムの残骸から運んできた骨片を投げた。
床へ落ちたが、罠は作動しない。
「軽すぎるか」
「スケルトンウォーリアの剣を使えばよいのではないか?」
「剣で床を突いても、重さが足りないだろ」
「主が持って踏めばよい」
「僕ごと落ちるだろうが!」
ルクスンは壁際へ立ち、メイスを振り上げた。
罠床の手前、その継ぎ目へ叩き込む。
石が欠けた。
二度目の打撃で亀裂が広がる。
三度目。
罠床を支えていた部分が砕けた。
連動した石板が傾き、次々と穴の中へ落ちていく。
轟音が遺跡を揺らした。
舞い上がった埃が収まる。
通路を横断する大穴が、完全に露出していた。
穴の底には、上向きに設置された無数の槍が並んでいる。
「記憶どおり?」
「ああ。槍に毒が塗られてる可能性はあるけど、落ちなければ関係ない」
「罠を解除したのか?」
オトフリートが穴を覗き込む。
「いや。破壊した」
「確かに、もう落とし穴としては機能しませんね」
「落とし穴は、穴が隠されているから危険なんだ。最初から見えていれば、ただの障害物だよ」
「渡れない」
ノクティアが指摘する。
「それはこれから何とかする」
妖姫殺しへ《リバティ・ソード》を使わせ、細い紐を結びつける。
短剣はふらつきながら大穴の上を飛んだ。
「もっと右だ!」
「わかっておる!」
「下がってるぞ。槍に近づくな!」
「主が騒ぐから集中できぬのじゃ!」
「落ちたら拾いに行けないから言ってるんだよ!」
妖姫殺しは辛うじて対岸へ到達した。
壁際の柱を一周し、細い紐を巻きつける。
こちら側から紐を引き、今度は丈夫な縄を渡した。
二本の縄を固定し、一方を足場、もう一方を手掛かりにする。
最初にルクスンが渡り、対岸で縄を支えた。
ノクティア、オトフリートと続く。
最後に残った黒猫姿のゼフィーリアが、穴の前で尻尾を揺らした。
「猫なら縄を渡れるだろ?」
「野生の勘がありません。落ちたら死にます」
「身体的な平衡感覚は猫のものだろ」
「それでも嫌です」
「人間に戻るか?」
「服を貸してください」
「やっぱり僕のマントか!」
全員が後ろを向く。
黒猫の外皮が開き、鷹の羽を思わせるマントへ戻る。
人間形態となったゼフィーリアは、ルクスンのマントで身体を隠しながら縄を渡った。
対岸へ到着すると、再び羽が全身を包む。
次に現れた黒猫が、当然のようにノクティアの肩へ飛び乗った。
ルクスンのマントだけが床へ落ちる。
「変身用の服を、本気で考えないと駄目だな」
「変身すれば置いていくことになります」
「持ち運びやすい布でも用意するよ。毎回僕が脱ぐのは面倒だ」
「主よ。女子の変身を手伝う役目じゃぞ。喜べばよいではないか」
「見たら殺されそうだから、毎回後ろを向いてるんだよ!」
「当然です」
黒猫が答えた。
「そこだけは猫のふりをしないんだな!」
◇
落とし穴の先には、古代王国の文字が刻まれた銀色の扉があった。
『銀の女王へ、顔を伏せよ』
扉の向こうから、生命の精霊力と濃密な魔力が漂っている。
「メデューサはいる。生きてる」
「前と同じ?」
「僕らのセッションでは、この部屋のメデューサを殺した。違う配置の守護者が増えていたとしても、こいつがいなければ銀の冠は手に入らない。さすがに、ここは変わってないと思いたい」
ルクスンは、記憶にある部屋の構造を地面へ描いた。
正方形に近い玄室。
壁際に並ぶ柱。
壁、柱、天井に張り巡らされた鏡。
そして、銀の冠を被ったメデューサ。
「部屋中の鏡が、石化の魔眼を反射する。直接あいつを見なくても、鏡に映った目を見たら石化させられる可能性がある」
「鏡を壊す」
ノクティアが即答した。
「そうだ。壊せばいい」
前世では、鏡を避けながら戦おうとして苦戦した。
鏡の角度と視線を意識し、僅かな安全地帯を移動する。
それがダンジョンの仕掛けだと思い込み、律儀に攻略しようとしてしまった。
だが、いまは違う。
壁に張られた鏡まで守らなければならない理由はない。
「メデューサの銀の冠は持ち帰る。でも、鏡には価値がない。危険な仕掛けなら、全部叩き割る」
「目を閉じたまま?」
「ああ。僕はセンス・オーラで生命の精霊力を感じ取れる。正確な動きまでは見えないけど、大体の位置はわかる。ノクティアとゼフィーリアも精霊の気配を追える」
「私は無理ですね」
オトフリートが言った。
「オトフリートは部屋の外で待機。目を閉じたら、エネルギー・ボルトの対象を指定できない。まず僕たちに援護魔法をかけてくれ。メデューサを鏡のない通路まで誘い出せたら、お前の出番だ」
「通路へ出たことを、どう知らせるのですか?」
「僕が合図する。それまでは扉を直接見るな。石壁の陰へ隠れていてくれ」
「承知しました」
「ゼフィーリアは治療を優先。ノクティアは短槍で僕を援護。妖姫殺しは《リバティ・ソード》で反対側から牽制する」
「わらわには魔眼は効くのか?」
「お前には目も肉体もない。石化する部分がないから、おそらく効かない」
「では、わらわだけは部屋を見てもよいのじゃな!」
「鏡に映った自分の美しさに見惚れるなよ」
「剣が鏡を見て、どうやって見惚れるのじゃ!」
ノクティアが地面に描かれたメデューサの位置を指差した。
「銀の冠は?」
「基本はメデューサを殺してから外す。冠を直接殴らないかぎり、戦闘で壊れるような品じゃない」
「戦っている途中で奪う必要はない?」
「ない。普通に倒せるなら、そのほうが早い」
ただし、正面から倒せない場合には別の手段もある。
「戦況が悪くなったら、ノクティアに冠を奪ってもらう」
「動く相手から?」
「ああ。相手の隙を突いて、頭から冠だけを盗み取る。かなり難しいけど、僕たちの中でできる可能性があるのはお前だけだ」
「外すとどうなる?」
「銀の冠は石化を無効にする。つまり、冠を失ったメデューサは自分の魔眼にも耐えなきゃならなくなる。鏡張りの部屋なら、自分の視線を何度も浴びることになる」
「必ず石になる?」
「いや。石化への抵抗はできる。でも、何度も抵抗を強いられれば、いずれ失敗する可能性はある」
「鏡を壊してから冠を奪ったら?」
「自分を石化させる作戦は使えなくなるな」
「どちらを先にする?」
ルクスンは少し考えた。
「まず、入口付近の鏡を壊して安全地帯を作る。メデューサを通路へ誘い出して倒す。それが無理なら、鏡を残した奥へ押し返して冠を奪う」
「わかった」
「最初から冠を盗もうとするなよ。目を閉じた状態で、メデューサの頭へ手を伸ばすんだ。失敗したら噛まれるか、爪で裂かれる」
「それでも、必要ならやる」
「頼りにしてる」
◇
準備が始まった。
オトフリートが古代語の呪文を唱え、ルクスンのメイスへ魔力を付与する。
続いてルクスンの身体を防護の力が包んだ。
ノクティアとゼフィーリアは厚い布で目を覆う。
ルクスンも目隠しを巻き、完全に視界を閉ざした。
暗闇の中で、センス・オーラが周囲の精霊力を捉える。
隣に立つノクティア。
黒猫姿のゼフィーリア。
後方へ下がったオトフリート。
そして銀色の扉の向こうには、強く歪んだ生命の精霊力が存在している。
「前世で殺した相手でも、今回は初対面だ。向こうは僕たちの戦い方を知らない。でも、僕はあいつの能力も部屋の仕掛けも知っている」
「敵の配置は違った」
ノクティアが指摘する。
「わかってる。だから記憶を信じ切らない。扉を開けたあと、何かおかしいと思ったらすぐに退く」
「主よ、わらわは先に飛び込めばよいのか?」
「まず扉の隙間から中を確認してくれ。メデューサの位置と、鏡の配置を教えてほしい」
「任せるのじゃ!」
「絶対に冠へ斬りかかるなよ。十万ガメルだぞ」
「何度も言わずともわかっておる!」
「お前、調子に乗ると突撃するからな」
「わらわを何だと思っておる!」
「自力で飛ぶようになって、ますます騒がしくなった短剣」
「うるさい!」
「それ、僕がお前に言う言葉だから!」
緊張していたノクティアが、小さく息を漏らした。
笑ったらしい。
ルクスンは銀色の扉へ手をかける。
「開けるぞ。オトフリートは下がれ。絶対に部屋を見るな」
「皆さんが通路へ戻るまで、壁の陰で待機します」
「ゼフィーリアは最後尾。ノクティアは僕の後ろ。妖姫殺しは先行して中を確認」
「承知したのじゃ!」
扉を僅かに開く。
妖姫殺しが、その隙間から部屋の中へ滑り込んだ。
「鏡があるぞ。右にも左にも、正面にもじゃ! 天井にもある!」
「メデューサは?」
「部屋の奥じゃ。銀色に光る冠を被っておる。こちらを見たぞ!」
部屋の中から、無数の蛇が一斉に蠢く音がした。
続いて、女の低い声が響く。
「目を隠して来たのね。少しは賢い侵入者のようだわ」
初対面の声。
それでいい。
前世で八坂鷹が倒したメデューサと、この世界に生きているメデューサは同じ存在ではない。
だが、その能力は知っている。
その部屋も知っている。
そして今回は、前世のセッションより先に対策を用意してきた。
「妖姫殺し、戻れ! これから入口の鏡を叩き割る!」
「わらわが斬ってもよいぞ!」
「冠以外なら好きに壊せ!」
ルクスンはラウンドシールドを前へ出した。
視界は閉ざされている。
それでも、部屋の奥にあるメデューサの生命の気配は感じられた。
「十万ガメルを回収するぞ!」
「目的が金なのか、怪物退治なのかわからぬのう!」
「両方だ!」
ルクスンは銀色の扉を蹴り開け、鏡の玄室へ踏み込んだ。