アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第29話 目を閉じて殴れ

 銀色の扉の前で、ルクスンたちは最後の準備を整えた。

 

 扉の向こうは鏡張りの玄室。

 

 最奥の玉座には、石化の魔眼を持つメデューサが鎮座している。

 

 その魔眼は、鏡に映った姿を見ても作用する。手鏡や磨かれた剣へ映して観察する方法も使えない。

 

 直接であれ反射であれ、赤い瞳と視線が合えば同じだった。

 

「オトフリート。全員の姿が見えているうちに《カウンター・マジック》をかけてくれ。目を閉じたあとでは、僕たちを魔法の対象にできない」

 

「対象を拡大します。《カウンター・マジック》!」

 

 オトフリートが古代語の呪文を唱える。

 

 広がった魔力が、ルクスン、ノクティア、ゼフィーリア、オトフリート自身の精神を包んだ。

 

 石化への抵抗目標は十。

 

 抵抗不可能な強さではない。だが、一度失敗すれば、その場で石像となる。

 

 《カウンター・マジック》は、誰かが誤って目を開けてしまった場合の保険だった。

 

「続けて、僕のメイスに《エンチャント・ウェポン》。それから《プロテクション》も頼む」

 

「承知しました」

 

 メイスが魔力を帯び、ルクスンの身体を防護の力が包む。

 

 これで事前にできる魔法の準備は終わった。

 

「扉を開けたら、全員が目を閉じたまま戦う。《センス・オーラ》も《センス・マジック》も使えない。敵の位置は前世の記憶と、足音、接触した感触だけで判断する」

 

「メデューサが移動したら?」

 

「こいつは移動しない。鏡の反射を最大限に利用するため、部屋の奥にある玉座へ座り続ける」

 

「目を閉じた状態では、攻撃を当てにくい」

 

「その代わり、玉座に座った相手も避けにくい。僕らが視界を失う不利と、メデューサが座っている不利で差し引きは同じだ」

 

 ノクティアが短槍を握り直した。

 

「顔を狙って、視線を逸らさせる?」

 

「いや。普通に身体を狙え」

 

「銀冠は?」

 

「殺したあとで外す」

 

 ルクスンはきっぱりと言った。

 

「戦闘中のメデューサから銀冠だけ盗むなんて、難しい方法を選ぶ必要はない。装備品は、持ち主を倒しただけで一緒に壊れたりしない。冠へ直接攻撃を当てなければいいんだ」

 

「最初から殺したほうが早い」

 

「その結論へ辿り着くまで、ずいぶん遠回りした気がするよ!」

 

 妖姫殺しが鞘の中から声を上げる。

 

「では、妾はどうするのじゃ?」

 

「僕が玉座へ向けて投げる。その途中で《リバティ・ソード》を使って、自分で軌道を直せ。お前には石化させられる肉体も眼球もない。メデューサの胴体へ好きなだけ突っ込め」

 

「投げる必要があるのか? 最初から自分で飛べるぞ」

 

「扉を開けた瞬間の速度を稼ぐんだよ。飛び方がまだふらふらしてるからな」

 

「華麗な飛行と言ってほしいのう」

 

「壁へ激突する華麗な飛行か?」

 

「新しい力へ習熟するには時間が必要なのじゃ!」

 

 ゼフィーリアは黒猫姿のまま、銀色の扉から少し離れた。

 

「私は入口で待機ですね」

 

「ああ。目を閉じている間は、負傷者の位置もオーラではわからない。戻ってきた者には名前を言わせて、身体へ触れてから治療してくれ」

 

「承知しました」

 

「オトフリートも入口で待機。目を閉じた状態では、メデューサを攻撃魔法の対象にできない。僕たちが戦っている場所へ、勘でエネルギー・ボルトを撃つなよ」

 

「そんな危険なことはしません」

 

「よし。最後にもう一つ。メデューサを殺しても、すぐに目を開けるな」

 

 ルクスンは全員へ念を押した。

 

「メデューサの首には、死後も一週間ほど魔眼の力が残る。倒したと思って目を開けたら、鏡に映った死体の目で石化させられるぞ」

 

「死んでも危険?」

 

「だから、目を閉じたまま死体の頭へ厚い布を被せる。顔を完全に包み終えるまで、誰も目を開けるな」

 

「首は持ち帰る?」

 

「使い道はあるけど、今回は置いていく。袋が破れたり、誰かが間違えて覗いたりしたら、十万ガメルどころじゃ済まない」

 

「賢明だと思います」

 

「準備はいいな?」

 

 ノクティアが短槍を構える。

 

 ゼフィーリアとオトフリートが頷く。

 

 妖姫殺しが鞘の中で震えた。

 

「いつでも投げるがよい!」

 

「全員、目を閉じろ!」

 

 一行の視界が閉ざされた。

 

 ルクスンにも、精霊のオーラや魔力の輝きは見えない。

 

 完全な暗闇の中、ルクスンは銀色の扉へ手をかけた。

 

「開けたら止まらない。一気に玉座まで行くぞ!」

 

 扉を蹴り開けた。

 

          ◇

 

 銀色の扉が壁へ激突した。

 

 轟音が鏡の玄室へ響き渡る。

 

 その音が消えるより早く、ノクティアが短槍を投げた。

 

 狙いは扉の正面。

 

 部屋の最奥にある玉座。

 

 目を閉じているため、メデューサの姿は見えない。それでも、玉座へ座り続けているなら身体の位置は変わらない。

 

 短槍が空気を切り裂く。

 

「ぐっ!」

 

 女の苦鳴が聞こえた。

 

 短槍は、メデューサの肩へ突き刺さっていた。

 

「当たった」

 

「妖姫殺し、行け!」

 

 ルクスンは妖姫殺しを、声の聞こえた方向へ投げた。

 

「《リバティ・ソード》!」

 

 空中で妖姫殺しが自らの軌道を修正する。

 

 鏡に映った無数の赤い瞳が、飛来する短剣を睨んだ。

 

 しかし、魔法の短剣に石化の魔眼は通用しない。

 

「見つけたぞ、蛇女!」

 

 妖姫殺しがメデューサの胴体へ突っ込む。

 

 ミスリル銀の刃が脇腹を切り裂いた。

 

 メデューサの頭部から、十数匹の蛇が一斉に襲いかかる。

 

 牙が妖姫殺しの柄へ噛みついた。

 

「妾を噛むでない!」

 

「毒は効かないだろ!」

 

「気分が悪いのじゃ!」

 

 妖姫殺しが空中で暴れ、蛇の牙から逃れようとする。

 

 その間にも、ルクスンとノクティアは目を閉じたまま玄室へ飛び込んでいた。

 

「僕の背負い袋を掴め!」

 

「掴んだ」

 

 ノクティアがルクスンの背後へつく。

 

 ルクスンはラウンドシールドを前へ出し、記憶している歩数を数えながら走った。

 

「七、八、九――止まる!」

 

 ラウンドシールドが石柱へぶつかった。

 

「柱は記憶どおりだ。右から回るぞ!」

 

 二人は柱に沿って方向を変えた。

 

 ここから玉座までは直線である。

 

「人間ども! 目を開けなさい!」

 

 部屋の奥からメデューサの声が響く。

 

 赤い魔眼が鏡から鏡へ反射する。

 

 だが、誰も見ていない。

 

 鏡像にも石化の力はある。

 

 しかし、その鏡像を目にしなければ魔眼は届かない。

 

「誰が開けるか!」

 

 ルクスンは盾を前へ出したまま突進する。

 

 頭部の蛇が床を這う音が近づいた。

 

 一本がラウンドシールドへ激突する。

 

 続いて二本、三本。

 

 複数の蛇が盾へ噛みついた。

 

 一本が縁を回り込み、ルクスンの腕へ牙を突き立てる。

 

「ぐっ!」

 

 傷口から毒が流れ込んだ。

 

 身体の内側を焼く痛み。

 

 ルクスンは毒へ抵抗しながら前進した。

 

「あと二歩!」

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 ラウンドシールドが、メデューサの脚へ激突した。

 

「きゃあっ!」

 

「玉座に着いた!」

 

 ルクスンは盾へ全体重をかけた。

 

 メデューサの身体を玉座へ押しつけ、立ち上がるのを防ぐ。

 

 ここまで近づけば、相手の姿を見る必要はない。

 

 盾の向こう側にメデューサがいる。

 

「ノクティア、右へ出ろ!」

 

 ノクティアはルクスンの背負い袋から手を離した。

 

 盾の縁を左手で探り、その右側へ回る。

 

 腰からナイフを抜き、盾の先へ突き出した。

 

 刃がメデューサの脇腹へ刺さる。

 

 メデューサが腕を振った。

 

 目を閉じたノクティアは攻撃を避けられない。

 

 爪が頬を裂く。

 

「ノクティア!」

 

「まだ動ける」

 

「一度、盾の後ろへ下がれ!」

 

 ノクティアが後退する。

 

 ルクスンは盾でメデューサを玉座へ押しつけたまま、メイスを振り上げた。

 

 狙うのは頭部ではない。

 

 銀冠から離れた胴体。

 

 盾越しに感じる相手の位置を頼りに、メイスを横から叩き込む。

 

 重い手応えが返ってきた。

 

 メデューサの肋骨が軋む。

 

「目を開けなさい! 私を見ろ!」

 

「そんな挑発に乗るか!」

 

 頭部の蛇が、一斉にルクスンへ襲いかかった。

 

 盾で胴体は守れても、腕や肩までは隠せない。

 

 牙が次々と食い込む。

 

 一匹目の毒には抵抗した。

 

 二匹目も耐えた。

 

 だが、傷は増えていく。

 

「ルクスン、戻ってください!」

 

 入口からゼフィーリアが呼びかける。

 

「いま離れたら、こいつが玉座から立ち上がる! 倒してから治してくれ!」

 

「無理をしてはいけません!」

 

「僕が倒れそうになったら戻る!」

 

「主よ、蛇が多すぎるぞ!」

 

 妖姫殺しも、頭部の蛇へ追い回されていた。

 

「顔の周りを飛び続けろ! お前を追う蛇が増えれば、僕を噛む蛇が減る!」

 

「妾を蛇除けにするでない!」

 

「新しい鞘!」

 

「最高級品じゃぞ!」

 

 妖姫殺しが旋回し、メデューサの顔の前を横切る。

 

 数匹の蛇が短剣を追った。

 

 ルクスンへ襲いかかる蛇が減る。

 

「ノクティア、もう一度!」

 

「わかった」

 

 ノクティアが盾の右側から踏み込んだ。

 

 片手でメデューサの身体を探り、ナイフを突き刺す。

 

 メデューサが腕を振り上げた。

 

 ノクティアは避けるのではなく、その腕へしがみついた。

 

「腕を押さえた」

 

「そのまま離すな!」

 

 ルクスンは全身の力をメイスへ込めた。

 

 目は閉じたまま。

 

 盾から伝わる感触だけを頼りに、メデューサの胴体へ振り下ろす。

 

 一撃。

 

 メデューサの身体が玉座へ沈む。

 

 二撃目。

 

 蛇の蠢く音が弱まる。

 

 三撃目。

 

 メデューサの腕から力が抜けた。

 

 ノクティアが、その身体を探る。

 

「動かなくなった」

 

「まだ目を開けるな! 死後も魔眼は残る!」

 

          ◇

 

 ルクスンは盾でメデューサの死体を玉座へ押しつけたまま、荒い呼吸を整えた。

 

 蛇が動く音は聞こえない。

 

 それでも、誰も目を開けなかった。

 

「ノクティア。僕の背負い袋に厚い布がある。取り出してくれ」

 

「これ?」

 

「それだ。盾の縁から身体を辿って、頭へ被せろ。顔を完全に包むんだ」

 

 ノクティアは目を閉じたまま、メデューサの身体へ触れた。

 

 脚。

 

 胴体。

 

 肩。

 

 首。

 

 動かなくなった蛇の感触に耐えながら、頭部へ厚い布を被せる。

 

 鏡に魔眼が映らないよう、顔を何重にも包んだ。

 

「包んだ。隙間もない」

 

「妖姫殺し、確認してくれ」

 

「顔も目も見えぬぞ」

 

「よし。銀冠を外す」

 

 ノクティアが布の下へ手を差し入れた。

 

 動かない蛇を掻き分け、銀冠を探る。

 

 死体から外すだけなら、盗賊としての高度な手癖は必要ない。

 

 指先が銀冠の縁へ触れる。

 

 持ち上げる。

 

 銀色の輪が、布の下から抜き取られた。

 

「取れた」

 

「死体から離れるぞ。布は絶対にめくるな」

 

 一行は顔を覆った死体から距離を取った。

 

「もう目を開けていい」

 

 ルクスンは慎重に目を開いた。

 

 メデューサの顔は厚い布で完全に覆われている。

 

 周囲の鏡にも、赤い魔眼は映っていない。

 

 ノクティアの手には、傷一つない銀冠が握られていた。

 

 強い魔力の輝きが、その表面を包んでいる。

 

「本物だ。石化を無効にする銀の冠」

 

「十万ガメル」

 

「ああ。十万ガメル相当だ」

 

「使う?」

 

「売る」

 

 ルクスンは即答した。

 

「石化を使う怪物なんて、そう都合よく何度も出てこない。それに《ヘンルーダ》なら、一服二千五百ガメルで買える」

 

「石化を予防する薬草ですね」

 

 オトフリートの言葉に、ルクスンは頷いた。

 

「銀冠一つで、ヘンルーダを四十服も買える計算だ。十万ガメルを頭へ載せて持ち歩くより、必要なときだけ薬草を用意したほうがいい」

 

「魔術師ギルドへ売るのですか?」

 

「一対一では売らない」

 

 ルクスンは銀冠を厚い布で包んだ。

 

「遺跡を完全に攻略してから、盗賊ギルドと魔術師ギルドの幹部を同じ場所へ呼ぶ。その場で競売にかける」

 

「オークション?」

 

「ああ。両方のギルドを立ち会わせれば、魔術師ギルドも『地下遺跡の発見物だから自分たちの所有だ』なんて、あとから言い出しにくい。僕らが正式な売主だと認めさせたうえで、欲しい奴らに値を競わせる」

 

「基本価格は十万ガメル」

 

「競り合えば、それ以上になるかもしれない。逆に買い手が少なければ下がるけど、密室で買い叩かれるよりはいい」

 

 妖姫殺しが鞘の中から声を上げた。

 

「売れたら、妾にも最高級の鞘を買うのじゃ!」

 

「お前、さっきまで五千ガメルの短剣だったのに、要求だけは十万ガメル級だな!」

 

「妾の活躍がなければ、蛇に噛まれ続けておったではないか!」

 

「わかったよ。売値がよければ考える!」

 

「約束じゃぞ!」

 

          ◇

 

 ゼフィーリアがルクスンとノクティアの傷を治療した。

 

 黒猫姿のまま神聖語を唱え、傷ついた身体へ触れる。

 

 ファラリスから授かった神聖魔法によって、蛇の牙と爪による傷が塞がっていく。

 

 メデューサの首は布で包んだまま、玉座へ残した。

 

 死後一週間ほどは、まだ魔眼の力を持っている。

 

 武器として利用することもできるが、持ち運ぶ危険のほうが大きい。

 

 銀冠だけを確保すれば充分だった。

 

「最大の目的は達成した」

 

 ルクスンは、布で包んだ銀冠を背負い袋の奥へ収めた。

 

「でも、まだ帰らない」

 

「次はスモール・アイアン・ゴーレム」

 

「ああ。メデューサより遥かに強い。この遺跡で最大の障害だ」

 

 ここから先に、鏡も魔眼もない。

 

 小細工の通じない鋼鉄の守護者が待っている。

 

 ルクスンは、持ち込んだ金属鎧へ目を向けた。

 

「装備を替える。次はメイスとラウンドシールドで、僕が正面から受け止める」

 

 鏡と魔眼を利用するメデューサは、目を閉じて殴り殺した。

 

 次は目を見開き、鋼鉄の身体を正面から叩き砕く番だった。

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