アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
銀色の扉の前で、ルクスンたちは最後の準備を整えた。
扉の向こうは鏡張りの玄室。
最奥の玉座には、石化の魔眼を持つメデューサが鎮座している。
その魔眼は、鏡に映った姿を見ても作用する。手鏡や磨かれた剣へ映して観察する方法も使えない。
直接であれ反射であれ、赤い瞳と視線が合えば同じだった。
「オトフリート。全員の姿が見えているうちに《カウンター・マジック》をかけてくれ。目を閉じたあとでは、僕たちを魔法の対象にできない」
「対象を拡大します。《カウンター・マジック》!」
オトフリートが古代語の呪文を唱える。
広がった魔力が、ルクスン、ノクティア、ゼフィーリア、オトフリート自身の精神を包んだ。
石化への抵抗目標は十。
抵抗不可能な強さではない。だが、一度失敗すれば、その場で石像となる。
《カウンター・マジック》は、誰かが誤って目を開けてしまった場合の保険だった。
「続けて、僕のメイスに《エンチャント・ウェポン》。それから《プロテクション》も頼む」
「承知しました」
メイスが魔力を帯び、ルクスンの身体を防護の力が包む。
これで事前にできる魔法の準備は終わった。
「扉を開けたら、全員が目を閉じたまま戦う。《センス・オーラ》も《センス・マジック》も使えない。敵の位置は前世の記憶と、足音、接触した感触だけで判断する」
「メデューサが移動したら?」
「こいつは移動しない。鏡の反射を最大限に利用するため、部屋の奥にある玉座へ座り続ける」
「目を閉じた状態では、攻撃を当てにくい」
「その代わり、玉座に座った相手も避けにくい。僕らが視界を失う不利と、メデューサが座っている不利で差し引きは同じだ」
ノクティアが短槍を握り直した。
「顔を狙って、視線を逸らさせる?」
「いや。普通に身体を狙え」
「銀冠は?」
「殺したあとで外す」
ルクスンはきっぱりと言った。
「戦闘中のメデューサから銀冠だけ盗むなんて、難しい方法を選ぶ必要はない。装備品は、持ち主を倒しただけで一緒に壊れたりしない。冠へ直接攻撃を当てなければいいんだ」
「最初から殺したほうが早い」
「その結論へ辿り着くまで、ずいぶん遠回りした気がするよ!」
妖姫殺しが鞘の中から声を上げる。
「では、妾はどうするのじゃ?」
「僕が玉座へ向けて投げる。その途中で《リバティ・ソード》を使って、自分で軌道を直せ。お前には石化させられる肉体も眼球もない。メデューサの胴体へ好きなだけ突っ込め」
「投げる必要があるのか? 最初から自分で飛べるぞ」
「扉を開けた瞬間の速度を稼ぐんだよ。飛び方がまだふらふらしてるからな」
「華麗な飛行と言ってほしいのう」
「壁へ激突する華麗な飛行か?」
「新しい力へ習熟するには時間が必要なのじゃ!」
ゼフィーリアは黒猫姿のまま、銀色の扉から少し離れた。
「私は入口で待機ですね」
「ああ。目を閉じている間は、負傷者の位置もオーラではわからない。戻ってきた者には名前を言わせて、身体へ触れてから治療してくれ」
「承知しました」
「オトフリートも入口で待機。目を閉じた状態では、メデューサを攻撃魔法の対象にできない。僕たちが戦っている場所へ、勘でエネルギー・ボルトを撃つなよ」
「そんな危険なことはしません」
「よし。最後にもう一つ。メデューサを殺しても、すぐに目を開けるな」
ルクスンは全員へ念を押した。
「メデューサの首には、死後も一週間ほど魔眼の力が残る。倒したと思って目を開けたら、鏡に映った死体の目で石化させられるぞ」
「死んでも危険?」
「だから、目を閉じたまま死体の頭へ厚い布を被せる。顔を完全に包み終えるまで、誰も目を開けるな」
「首は持ち帰る?」
「使い道はあるけど、今回は置いていく。袋が破れたり、誰かが間違えて覗いたりしたら、十万ガメルどころじゃ済まない」
「賢明だと思います」
「準備はいいな?」
ノクティアが短槍を構える。
ゼフィーリアとオトフリートが頷く。
妖姫殺しが鞘の中で震えた。
「いつでも投げるがよい!」
「全員、目を閉じろ!」
一行の視界が閉ざされた。
ルクスンにも、精霊のオーラや魔力の輝きは見えない。
完全な暗闇の中、ルクスンは銀色の扉へ手をかけた。
「開けたら止まらない。一気に玉座まで行くぞ!」
扉を蹴り開けた。
◇
銀色の扉が壁へ激突した。
轟音が鏡の玄室へ響き渡る。
その音が消えるより早く、ノクティアが短槍を投げた。
狙いは扉の正面。
部屋の最奥にある玉座。
目を閉じているため、メデューサの姿は見えない。それでも、玉座へ座り続けているなら身体の位置は変わらない。
短槍が空気を切り裂く。
「ぐっ!」
女の苦鳴が聞こえた。
短槍は、メデューサの肩へ突き刺さっていた。
「当たった」
「妖姫殺し、行け!」
ルクスンは妖姫殺しを、声の聞こえた方向へ投げた。
「《リバティ・ソード》!」
空中で妖姫殺しが自らの軌道を修正する。
鏡に映った無数の赤い瞳が、飛来する短剣を睨んだ。
しかし、魔法の短剣に石化の魔眼は通用しない。
「見つけたぞ、蛇女!」
妖姫殺しがメデューサの胴体へ突っ込む。
ミスリル銀の刃が脇腹を切り裂いた。
メデューサの頭部から、十数匹の蛇が一斉に襲いかかる。
牙が妖姫殺しの柄へ噛みついた。
「妾を噛むでない!」
「毒は効かないだろ!」
「気分が悪いのじゃ!」
妖姫殺しが空中で暴れ、蛇の牙から逃れようとする。
その間にも、ルクスンとノクティアは目を閉じたまま玄室へ飛び込んでいた。
「僕の背負い袋を掴め!」
「掴んだ」
ノクティアがルクスンの背後へつく。
ルクスンはラウンドシールドを前へ出し、記憶している歩数を数えながら走った。
「七、八、九――止まる!」
ラウンドシールドが石柱へぶつかった。
「柱は記憶どおりだ。右から回るぞ!」
二人は柱に沿って方向を変えた。
ここから玉座までは直線である。
「人間ども! 目を開けなさい!」
部屋の奥からメデューサの声が響く。
赤い魔眼が鏡から鏡へ反射する。
だが、誰も見ていない。
鏡像にも石化の力はある。
しかし、その鏡像を目にしなければ魔眼は届かない。
「誰が開けるか!」
ルクスンは盾を前へ出したまま突進する。
頭部の蛇が床を這う音が近づいた。
一本がラウンドシールドへ激突する。
続いて二本、三本。
複数の蛇が盾へ噛みついた。
一本が縁を回り込み、ルクスンの腕へ牙を突き立てる。
「ぐっ!」
傷口から毒が流れ込んだ。
身体の内側を焼く痛み。
ルクスンは毒へ抵抗しながら前進した。
「あと二歩!」
一歩。
二歩。
ラウンドシールドが、メデューサの脚へ激突した。
「きゃあっ!」
「玉座に着いた!」
ルクスンは盾へ全体重をかけた。
メデューサの身体を玉座へ押しつけ、立ち上がるのを防ぐ。
ここまで近づけば、相手の姿を見る必要はない。
盾の向こう側にメデューサがいる。
「ノクティア、右へ出ろ!」
ノクティアはルクスンの背負い袋から手を離した。
盾の縁を左手で探り、その右側へ回る。
腰からナイフを抜き、盾の先へ突き出した。
刃がメデューサの脇腹へ刺さる。
メデューサが腕を振った。
目を閉じたノクティアは攻撃を避けられない。
爪が頬を裂く。
「ノクティア!」
「まだ動ける」
「一度、盾の後ろへ下がれ!」
ノクティアが後退する。
ルクスンは盾でメデューサを玉座へ押しつけたまま、メイスを振り上げた。
狙うのは頭部ではない。
銀冠から離れた胴体。
盾越しに感じる相手の位置を頼りに、メイスを横から叩き込む。
重い手応えが返ってきた。
メデューサの肋骨が軋む。
「目を開けなさい! 私を見ろ!」
「そんな挑発に乗るか!」
頭部の蛇が、一斉にルクスンへ襲いかかった。
盾で胴体は守れても、腕や肩までは隠せない。
牙が次々と食い込む。
一匹目の毒には抵抗した。
二匹目も耐えた。
だが、傷は増えていく。
「ルクスン、戻ってください!」
入口からゼフィーリアが呼びかける。
「いま離れたら、こいつが玉座から立ち上がる! 倒してから治してくれ!」
「無理をしてはいけません!」
「僕が倒れそうになったら戻る!」
「主よ、蛇が多すぎるぞ!」
妖姫殺しも、頭部の蛇へ追い回されていた。
「顔の周りを飛び続けろ! お前を追う蛇が増えれば、僕を噛む蛇が減る!」
「妾を蛇除けにするでない!」
「新しい鞘!」
「最高級品じゃぞ!」
妖姫殺しが旋回し、メデューサの顔の前を横切る。
数匹の蛇が短剣を追った。
ルクスンへ襲いかかる蛇が減る。
「ノクティア、もう一度!」
「わかった」
ノクティアが盾の右側から踏み込んだ。
片手でメデューサの身体を探り、ナイフを突き刺す。
メデューサが腕を振り上げた。
ノクティアは避けるのではなく、その腕へしがみついた。
「腕を押さえた」
「そのまま離すな!」
ルクスンは全身の力をメイスへ込めた。
目は閉じたまま。
盾から伝わる感触だけを頼りに、メデューサの胴体へ振り下ろす。
一撃。
メデューサの身体が玉座へ沈む。
二撃目。
蛇の蠢く音が弱まる。
三撃目。
メデューサの腕から力が抜けた。
ノクティアが、その身体を探る。
「動かなくなった」
「まだ目を開けるな! 死後も魔眼は残る!」
◇
ルクスンは盾でメデューサの死体を玉座へ押しつけたまま、荒い呼吸を整えた。
蛇が動く音は聞こえない。
それでも、誰も目を開けなかった。
「ノクティア。僕の背負い袋に厚い布がある。取り出してくれ」
「これ?」
「それだ。盾の縁から身体を辿って、頭へ被せろ。顔を完全に包むんだ」
ノクティアは目を閉じたまま、メデューサの身体へ触れた。
脚。
胴体。
肩。
首。
動かなくなった蛇の感触に耐えながら、頭部へ厚い布を被せる。
鏡に魔眼が映らないよう、顔を何重にも包んだ。
「包んだ。隙間もない」
「妖姫殺し、確認してくれ」
「顔も目も見えぬぞ」
「よし。銀冠を外す」
ノクティアが布の下へ手を差し入れた。
動かない蛇を掻き分け、銀冠を探る。
死体から外すだけなら、盗賊としての高度な手癖は必要ない。
指先が銀冠の縁へ触れる。
持ち上げる。
銀色の輪が、布の下から抜き取られた。
「取れた」
「死体から離れるぞ。布は絶対にめくるな」
一行は顔を覆った死体から距離を取った。
「もう目を開けていい」
ルクスンは慎重に目を開いた。
メデューサの顔は厚い布で完全に覆われている。
周囲の鏡にも、赤い魔眼は映っていない。
ノクティアの手には、傷一つない銀冠が握られていた。
強い魔力の輝きが、その表面を包んでいる。
「本物だ。石化を無効にする銀の冠」
「十万ガメル」
「ああ。十万ガメル相当だ」
「使う?」
「売る」
ルクスンは即答した。
「石化を使う怪物なんて、そう都合よく何度も出てこない。それに《ヘンルーダ》なら、一服二千五百ガメルで買える」
「石化を予防する薬草ですね」
オトフリートの言葉に、ルクスンは頷いた。
「銀冠一つで、ヘンルーダを四十服も買える計算だ。十万ガメルを頭へ載せて持ち歩くより、必要なときだけ薬草を用意したほうがいい」
「魔術師ギルドへ売るのですか?」
「一対一では売らない」
ルクスンは銀冠を厚い布で包んだ。
「遺跡を完全に攻略してから、盗賊ギルドと魔術師ギルドの幹部を同じ場所へ呼ぶ。その場で競売にかける」
「オークション?」
「ああ。両方のギルドを立ち会わせれば、魔術師ギルドも『地下遺跡の発見物だから自分たちの所有だ』なんて、あとから言い出しにくい。僕らが正式な売主だと認めさせたうえで、欲しい奴らに値を競わせる」
「基本価格は十万ガメル」
「競り合えば、それ以上になるかもしれない。逆に買い手が少なければ下がるけど、密室で買い叩かれるよりはいい」
妖姫殺しが鞘の中から声を上げた。
「売れたら、妾にも最高級の鞘を買うのじゃ!」
「お前、さっきまで五千ガメルの短剣だったのに、要求だけは十万ガメル級だな!」
「妾の活躍がなければ、蛇に噛まれ続けておったではないか!」
「わかったよ。売値がよければ考える!」
「約束じゃぞ!」
◇
ゼフィーリアがルクスンとノクティアの傷を治療した。
黒猫姿のまま神聖語を唱え、傷ついた身体へ触れる。
ファラリスから授かった神聖魔法によって、蛇の牙と爪による傷が塞がっていく。
メデューサの首は布で包んだまま、玉座へ残した。
死後一週間ほどは、まだ魔眼の力を持っている。
武器として利用することもできるが、持ち運ぶ危険のほうが大きい。
銀冠だけを確保すれば充分だった。
「最大の目的は達成した」
ルクスンは、布で包んだ銀冠を背負い袋の奥へ収めた。
「でも、まだ帰らない」
「次はスモール・アイアン・ゴーレム」
「ああ。メデューサより遥かに強い。この遺跡で最大の障害だ」
ここから先に、鏡も魔眼もない。
小細工の通じない鋼鉄の守護者が待っている。
ルクスンは、持ち込んだ金属鎧へ目を向けた。
「装備を替える。次はメイスとラウンドシールドで、僕が正面から受け止める」
鏡と魔眼を利用するメデューサは、目を閉じて殴り殺した。
次は目を見開き、鋼鉄の身体を正面から叩き砕く番だった。