アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
銀冠を背負い袋の奥へ収めたあと、ルクスンは装備を替えた。
鏡と罠を突破するための軽装を脱ぎ、オトフリートの家名と信用を使って借りた金属鎧を身につける。
全身を覆う重装鎧ではない。
胸、腹、肩を重点的に守りながら、最低限の動きやすさを残した胴鎧である。
ノクティアに革帯を締めてもらい、腕を回す。
「重い」
「動ける?」
「盗賊みたいな動きは無理だけど、戦士として殴り合うには充分だ」
左手にはラウンドシールド。
右手にはメイス。
次の敵は、古代王国の魔術師が作り出したスモール・アイアン・ゴーレムである。
名前にスモールとついているが、それは通常のアイアン・ゴーレムと比較しての話にすぎない。
現在のルクスンたちにとっては、充分すぎるほど強大な魔法生物だった。
「相手は鉄の塊だ。刃物よりメイスのほうがいい。普通の武器では有効な傷を与えられないから、オトフリートに魔法を付与してもらう」
「わたしの短槍は?」
「今回は使わないほうがいい。急所もなければ、毒も効かない。背後から刺しても意味がないぞ」
「精霊魔法を使う」
「ああ。《ウィル・オー・ウィスプ》で削ってくれ。魔法は外れない。抵抗されれば威力を弱められるけど、それでも普通の短槍より確実だ」
松明とオトフリートの杖が、鏡の玄室を照らしている。
光の精霊は存在する。
ノクティアは短槍を背負い、両手を自由にした。金属鎧も着ていないため、精霊魔法を使う条件は満たしている。
「オトフリートは戦闘前に、僕のメイスへ《エンチャント・ウェポン》。続けて《プロテクション》をかけてくれ。戦闘が始まったら、僕の後ろから《エネルギー・ボルト》で攻撃」
「精神力には限りがあります」
「わかってる。ノクティアと交互に撃ってくれ。ゴーレムが魔法へ抵抗しても、少しずつ傷は蓄積する」
ルクスンは黒猫姿のゼフィーリアを見る。
「ゼフィーリアは後方で回復待機。《キュアー・ウーンズ》の射程は十メートルある。僕へ近づく必要はない」
「見える位置にいてくだされば、後方から治療できます」
「扉の前で戦う。通路の奥からでも充分に届くはずだ。無理に前へ出て、ゴーレムに殴られるなよ」
「私に戦士としての身体能力はありません。言われなくても前には出ません」
「狐や猫の身体に頼れない場所だしな」
「黒猫は戦闘用の動物ではありません」
「罠にかかる狐も戦闘用じゃないだろ」
黒猫が不満そうに尾を振った。
妖姫殺しが鞘の中から声を上げる。
「妾も戦うぞ」
「さっき《リバティ・ソード》を使ったばかりだろ」
「まだ力は残っておる。鉄の塊へ、魔剣の力を見せてやるのじゃ!」
「お前はまだ、絶対に壊れない剣じゃない。ゴーレムの拳とは打ち合うなよ。僕が正面で引きつけている間に、背後から斬れ」
「妾の華麗な剣技を見ておれ!」
「自分で飛ぶようになってから、ますます調子に乗ったな」
◇
鏡の玄室から続く通路の先に、最後の扉がある。
その向こうから、強い魔力が漂っていた。
妖姫殺しの《センス・ソード》には反応がない。
剣を持った敵はいない。
ルクスンの記憶が正しければ、部屋の中央にスモール・アイアン・ゴーレムが一体立っている。
「今回も、記憶どおり?」
ノクティアが尋ねた。
「そう願いたい。二体いたら撤退するぞ」
「一体なら勝てる?」
「勝つ。そのために装備を借りてきたんだからな」
ルクスンは扉を僅かに開けた。
魔眼はない。
隙間から部屋の中を確認する。
広い石室の中央に、人間より一回り大きな鋼鉄の人形が立っていた。
太い胴体。
短い首。
巨大な両腕。
表面には錆一つなく、古代王国の魔力によって製造時の姿を保っている。
確認できるのは一体だけだった。
「一体だ。今回は記憶どおり」
「作戦は?」
「あとは物理で殴るだけ」
「精霊魔法と古代語魔法も使う」
「細かいことはいいんだよ!」
オトフリートが杖を掲げる。
「《エンチャント・ウェポン》。続けて、《プロテクション》!」
ルクスンのメイスが淡い魔力を帯びる。
防護の力が、その身体と金属鎧を包んだ。
「僕が扉の前で押さえる。全員、僕より前へ出るな!」
ルクスンは扉を押し開けた。
◇
スモール・アイアン・ゴーレムの両眼に、赤い光が灯った。
命令を待つように静止していた鋼鉄の身体が動き始める。
石床を踏むたび、重い足音が部屋を揺らした。
「来るぞ!」
ルクスンは開いた扉の正面へ立った。
狭い入口を自分の身体で塞ぎ、ゴーレムを通路へ出さない。
巨大な鋼鉄の拳が振り上げられる。
動きそのものは単純だった。
だが、一撃に込められた力が違う。
ルクスンはラウンドシールドを斜めに構え、拳を正面から受けずに外側へ流そうとした。
鋼鉄の拳が盾へ激突する。
耳を打つ轟音。
「ぐあっ!」
受け流しきれなかった。
ルクスンの身体が扉の外まで押し戻される。
左腕が痺れ、肩まで衝撃が突き抜けた。
金属鎧と《プロテクション》がなければ、最初の一撃で骨を折られていたかもしれない。
「これでスモールかよ! どこが小さいんだ!」
「通常のアイアン・ゴーレムよりは小型なのでしょう!」
「比較対象がおかしい!」
ゴーレムが再び拳を振り上げる。
ルクスンは盾の陰からメイスを振った。
魔力を帯びた打撃が、鋼鉄の胴体へ叩き込まれる。
甲高い音が響いた。
表面が僅かにへこんだだけだった。
「硬すぎる!」
「光の精霊よ!」
ノクティアが精霊語を唱えた。
生み出されたウィル・オー・ウィスプの光が、ゴーレムへ飛び込む。
魔法の光は狙いを外すことなく、鋼鉄の身体を包んだ。
ゴーレムは魔法へ抵抗する。
威力の一部を抑えられたものの、その表面に焼けた痕が残った。
「効いてる!」
「少しだけ」
「その少しを積み重ねるんだ!」
妖姫殺しが鞘から飛び出す。
「《リバティ・ソード》!」
残された力を消費し、ミスリル銀の短剣が宙へ浮かび上がった。
ルクスンが正面からゴーレムを押さえている間に、壁際を飛んで背後へ回る。
「後ろが隙だらけじゃぞ!」
「そいつに前も後ろもあると思うな!」
妖姫殺しが鋼鉄の背中へ斬りつける。
魔法の武器であるため、鉄の身体へも傷を与えられる。
しかし、短剣の一撃では浅い傷を刻むのが精いっぱいだった。
ゴーレムが妖姫殺しを叩き落とそうと腕を振る。
「妾を狙うでない!」
「正面はこっちだ!」
ルクスンがメイスを叩き込んだ。
ゴーレムの注意が、再びルクスンへ向く。
巨大な拳が横薙ぎに振るわれた。
盾で受ける。
今度は衝撃を流すことさえできなかった。
ラウンドシールドが胸元へ押しつけられ、ルクスンの身体が通路の壁へ激突する。
金属鎧がへこむ。
肺から息が押し出された。
「ルクスン!」
「まだ立てる!」
ルクスンは壁へ手をつき、どうにか倒れるのを堪えた。
ゴーレムが追撃の拳を振り上げる。
ルクスンは盾を構え直す。
だが、腕に力が入らない。
「ゼフィーリア!」
「傷ついた者へ、癒やしを」
通路の後方から、ゼフィーリアの祈りが届いた。
十メートル以内にいるルクスンの身体を、神聖魔法の光が包む。
ゼフィーリアは近づかない。
触れる必要もない。
暗黒神ファラリスから授かった《キュアー・ウーンズ》が、ルクスンの傷を離れた場所から癒やしていく。
胸の痛みが和らぐ。
痺れていた腕にも、再び力が戻った。
「助かった!」
「射程から出ないでください」
「扉の前から離れない!」
ルクスンは再び盾を前へ出した。
スモール・アイアン・ゴーレムは、痛みも恐怖も知らない。
疲労もしない。
何度でも同じ力で鋼鉄の拳を振るってくる。
対するルクスンは、攻撃を受けるたびに傷つき、体力を失っていく。
ゼフィーリアの治療があっても、永遠には耐えられない。
「オトフリート、撃て!」
「射線を空けてください!」
ルクスンが盾を構えたまま、僅かに身体を左へ寄せる。
ゴーレムへ続く射線が開いた。
「《エネルギー・ボルト》!」
魔力の矢が放たれる。
狙いを外すことなく、ゴーレムの胸部へ直撃した。
ゴーレムは魔法へ抵抗し、その威力を弱める。
それでも、鋼鉄の胸へ新たなへこみが刻まれた。
「抵抗されました!」
「でも効いてる! ノクティア、次!」
「光の精霊よ!」
再びウィル・オー・ウィスプが飛ぶ。
魔法の光が、ゴーレムを包む。
鋼鉄の身体へ焼けた痕が増えていく。
ルクスンはゴーレムの拳を盾で受け、メイスを返す。
妖姫殺しが背後から浅い傷を重ねる。
ノクティアとオトフリートが、交互に魔法を放つ。
魔法は必ず命中する。
ゴーレムはそのたびに抵抗し、威力を弱めた。
それでも、まったく傷つかないわけではない。
小さな傷が、確実に蓄積していく。
◇
何度目かの拳が、ラウンドシールドへ叩き込まれた。
盾の縁が大きく歪んだ。
ルクスンの身体が後退する。
それでも、扉の正面からは退かない。
「ゼフィーリア!」
「癒やします!」
後方から《キュアー・ウーンズ》が届く。
神聖魔法の光が、再びルクスンの傷を塞いだ。
「便利だな、射程十メートル!」
「今さら気づいたのですか?」
「知識としては知ってた! 実際に後ろから回復が飛んでくると、ありがたさが違う!」
ゴーレムが拳を振り上げた。
ルクスンは盾で受けるのではなく、前へ踏み込んだ。
巨大な腕の内側へ入り込む。
「今度は僕の番だ!」
メイスを鋼鉄の胴体へ叩き込む。
一撃。
表面がへこむ。
二撃目。
これまで魔法と妖姫殺しが刻んだ傷がつながり、鋼鉄の表面へ亀裂が走る。
「亀裂が入った!」
「オトフリート!」
「これが最後です!」
オトフリートが杖を向ける。
「《エネルギー・ボルト》!」
最後の魔力の矢が、ゴーレムの身体へ直撃した。
ゴーレムは魔法へ抵抗する。
威力は弱められた。
それでも、すでに傷ついた鋼鉄の身体が大きく揺れる。
「ノクティア!」
「わたしも、あと一度」
ノクティアが残った精神力を振り絞る。
「光の精霊よ!」
ウィル・オー・ウィスプの光が、ゴーレムを包み込んだ。
鋼鉄の身体に刻まれた亀裂が広がる。
それでもゴーレムは止まらない。
拳を振り上げる。
「主よ、来るぞ!」
妖姫殺しの警告。
ルクスンは回避しなかった。
盾を前へ出し、正面から拳を受け止める。
衝撃で膝が沈む。
ラウンドシールドがさらに歪む。
金属鎧が軋む。
それでも倒れない。
「みんなが、ここまで削ったんだ!」
ルクスンは盾を押し返した。
ゴーレムの拳が僅かに外側へ逸れる。
空いた胴体へ、全身の力を込めたメイスを振り上げた。
「最後は――物理で殴る!」
強打。
魔力を帯びたメイスが、亀裂の走った鋼鉄の胴体へ叩き込まれた。
耳をつんざく破砕音が響く。
鉄の外殻が砕けた。
内側に刻まれていた古代王国の魔法文字まで、衝撃によって破壊される。
振り上げられていた拳が止まった。
両眼の赤い光が消える。
巨大な鋼鉄の身体が、ルクスンのほうへ倒れてきた。
「避けろ、主よ!」
「うわっ!」
ルクスンは横へ飛び退いた。
スモール・アイアン・ゴーレムが、轟音とともに石床へ倒れる。
強い魔力の輝きが消えていった。
今度こそ、完全に停止していた。
◇
誰もしばらく動かなかった。
ルクスンは壁へ背を預け、その場へ座り込んだ。
メイスを握っていた右手が震えている。
「勝った……」
「物理で殴り倒した」
ノクティアが答える。
「精霊魔法と古代語魔法でも、かなり傷つけましたが」
「オトフリート。最後に殴ったのは僕なんだから、物理で倒したことにしてくれよ」
「皆で倒したということにしましょう」
「それが正しい」
妖姫殺しが、ふらふらとルクスンの手元へ戻ってきた。
「妾も斬ったぞ」
「よくやった。折れてないな?」
「当然じゃ。じゃが、残った力は僅かじゃな」
「しばらく鞘で休んでろ」
「最高級の鞘を忘れるでないぞ」
「銀冠が高く売れたらな」
ゼフィーリアが、へこんだ金属鎧を見た。
「もう一度、治療します」
「頼む」
十メートル以内から神聖語が唱えられる。
《キュアー・ウーンズ》の光が届き、ルクスンに残っていた傷を癒やしていった。
「傷は治った」
「鎧は治りません」
「わかってる。これ、借り物なんだよな……」
「命が残ったのです。修理代で済むなら安いものでしょう」
「防具屋も同じことを言いそうだよ」
最大の守護者は倒れた。
しかし、部屋の奥に出口も宝箱も見当たらない。
四方を囲むのは、古びた石壁だけだった。
ルクスンは立ち上がり、その一面へ目を向ける。
「記憶が正しければ、この部屋には隠し扉がある」
「見つけるのは難しい?」
「それほどでもない。でも、守護者の配置が変わっていたからな。今回も壁を全部調べよう」
その向こうに眠るのは、古代王国の暦と天文学に関する資料。
銀冠に続く、銀冠のダンジョン最後の発見物だった。