アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第30話 あとは物理で殴るだけ

 銀冠を背負い袋の奥へ収めたあと、ルクスンは装備を替えた。

 

 鏡と罠を突破するための軽装を脱ぎ、オトフリートの家名と信用を使って借りた金属鎧を身につける。

 

 全身を覆う重装鎧ではない。

 

 胸、腹、肩を重点的に守りながら、最低限の動きやすさを残した胴鎧である。

 

 ノクティアに革帯を締めてもらい、腕を回す。

 

「重い」

 

「動ける?」

 

「盗賊みたいな動きは無理だけど、戦士として殴り合うには充分だ」

 

 左手にはラウンドシールド。

 

 右手にはメイス。

 

 次の敵は、古代王国の魔術師が作り出したスモール・アイアン・ゴーレムである。

 

 名前にスモールとついているが、それは通常のアイアン・ゴーレムと比較しての話にすぎない。

 

 現在のルクスンたちにとっては、充分すぎるほど強大な魔法生物だった。

 

「相手は鉄の塊だ。刃物よりメイスのほうがいい。普通の武器では有効な傷を与えられないから、オトフリートに魔法を付与してもらう」

 

「わたしの短槍は?」

 

「今回は使わないほうがいい。急所もなければ、毒も効かない。背後から刺しても意味がないぞ」

 

「精霊魔法を使う」

 

「ああ。《ウィル・オー・ウィスプ》で削ってくれ。魔法は外れない。抵抗されれば威力を弱められるけど、それでも普通の短槍より確実だ」

 

 松明とオトフリートの杖が、鏡の玄室を照らしている。

 

 光の精霊は存在する。

 

 ノクティアは短槍を背負い、両手を自由にした。金属鎧も着ていないため、精霊魔法を使う条件は満たしている。

 

「オトフリートは戦闘前に、僕のメイスへ《エンチャント・ウェポン》。続けて《プロテクション》をかけてくれ。戦闘が始まったら、僕の後ろから《エネルギー・ボルト》で攻撃」

 

「精神力には限りがあります」

 

「わかってる。ノクティアと交互に撃ってくれ。ゴーレムが魔法へ抵抗しても、少しずつ傷は蓄積する」

 

 ルクスンは黒猫姿のゼフィーリアを見る。

 

「ゼフィーリアは後方で回復待機。《キュアー・ウーンズ》の射程は十メートルある。僕へ近づく必要はない」

 

「見える位置にいてくだされば、後方から治療できます」

 

「扉の前で戦う。通路の奥からでも充分に届くはずだ。無理に前へ出て、ゴーレムに殴られるなよ」

 

「私に戦士としての身体能力はありません。言われなくても前には出ません」

 

「狐や猫の身体に頼れない場所だしな」

 

「黒猫は戦闘用の動物ではありません」

 

「罠にかかる狐も戦闘用じゃないだろ」

 

 黒猫が不満そうに尾を振った。

 

 妖姫殺しが鞘の中から声を上げる。

 

「妾も戦うぞ」

 

「さっき《リバティ・ソード》を使ったばかりだろ」

 

「まだ力は残っておる。鉄の塊へ、魔剣の力を見せてやるのじゃ!」

 

「お前はまだ、絶対に壊れない剣じゃない。ゴーレムの拳とは打ち合うなよ。僕が正面で引きつけている間に、背後から斬れ」

 

「妾の華麗な剣技を見ておれ!」

 

「自分で飛ぶようになってから、ますます調子に乗ったな」

 

          ◇

 

 鏡の玄室から続く通路の先に、最後の扉がある。

 

 その向こうから、強い魔力が漂っていた。

 

 妖姫殺しの《センス・ソード》には反応がない。

 

 剣を持った敵はいない。

 

 ルクスンの記憶が正しければ、部屋の中央にスモール・アイアン・ゴーレムが一体立っている。

 

「今回も、記憶どおり?」

 

 ノクティアが尋ねた。

 

「そう願いたい。二体いたら撤退するぞ」

 

「一体なら勝てる?」

 

「勝つ。そのために装備を借りてきたんだからな」

 

 ルクスンは扉を僅かに開けた。

 

 魔眼はない。

 

 隙間から部屋の中を確認する。

 

 広い石室の中央に、人間より一回り大きな鋼鉄の人形が立っていた。

 

 太い胴体。

 

 短い首。

 

 巨大な両腕。

 

 表面には錆一つなく、古代王国の魔力によって製造時の姿を保っている。

 

 確認できるのは一体だけだった。

 

「一体だ。今回は記憶どおり」

 

「作戦は?」

 

「あとは物理で殴るだけ」

 

「精霊魔法と古代語魔法も使う」

 

「細かいことはいいんだよ!」

 

 オトフリートが杖を掲げる。

 

「《エンチャント・ウェポン》。続けて、《プロテクション》!」

 

 ルクスンのメイスが淡い魔力を帯びる。

 

 防護の力が、その身体と金属鎧を包んだ。

 

「僕が扉の前で押さえる。全員、僕より前へ出るな!」

 

 ルクスンは扉を押し開けた。

 

          ◇

 

 スモール・アイアン・ゴーレムの両眼に、赤い光が灯った。

 

 命令を待つように静止していた鋼鉄の身体が動き始める。

 

 石床を踏むたび、重い足音が部屋を揺らした。

 

「来るぞ!」

 

 ルクスンは開いた扉の正面へ立った。

 

 狭い入口を自分の身体で塞ぎ、ゴーレムを通路へ出さない。

 

 巨大な鋼鉄の拳が振り上げられる。

 

 動きそのものは単純だった。

 

 だが、一撃に込められた力が違う。

 

 ルクスンはラウンドシールドを斜めに構え、拳を正面から受けずに外側へ流そうとした。

 

 鋼鉄の拳が盾へ激突する。

 

 耳を打つ轟音。

 

「ぐあっ!」

 

 受け流しきれなかった。

 

 ルクスンの身体が扉の外まで押し戻される。

 

 左腕が痺れ、肩まで衝撃が突き抜けた。

 

 金属鎧と《プロテクション》がなければ、最初の一撃で骨を折られていたかもしれない。

 

「これでスモールかよ! どこが小さいんだ!」

 

「通常のアイアン・ゴーレムよりは小型なのでしょう!」

 

「比較対象がおかしい!」

 

 ゴーレムが再び拳を振り上げる。

 

 ルクスンは盾の陰からメイスを振った。

 

 魔力を帯びた打撃が、鋼鉄の胴体へ叩き込まれる。

 

 甲高い音が響いた。

 

 表面が僅かにへこんだだけだった。

 

「硬すぎる!」

 

「光の精霊よ!」

 

 ノクティアが精霊語を唱えた。

 

 生み出されたウィル・オー・ウィスプの光が、ゴーレムへ飛び込む。

 

 魔法の光は狙いを外すことなく、鋼鉄の身体を包んだ。

 

 ゴーレムは魔法へ抵抗する。

 

 威力の一部を抑えられたものの、その表面に焼けた痕が残った。

 

「効いてる!」

 

「少しだけ」

 

「その少しを積み重ねるんだ!」

 

 妖姫殺しが鞘から飛び出す。

 

「《リバティ・ソード》!」

 

 残された力を消費し、ミスリル銀の短剣が宙へ浮かび上がった。

 

 ルクスンが正面からゴーレムを押さえている間に、壁際を飛んで背後へ回る。

 

「後ろが隙だらけじゃぞ!」

 

「そいつに前も後ろもあると思うな!」

 

 妖姫殺しが鋼鉄の背中へ斬りつける。

 

 魔法の武器であるため、鉄の身体へも傷を与えられる。

 

 しかし、短剣の一撃では浅い傷を刻むのが精いっぱいだった。

 

 ゴーレムが妖姫殺しを叩き落とそうと腕を振る。

 

「妾を狙うでない!」

 

「正面はこっちだ!」

 

 ルクスンがメイスを叩き込んだ。

 

 ゴーレムの注意が、再びルクスンへ向く。

 

 巨大な拳が横薙ぎに振るわれた。

 

 盾で受ける。

 

 今度は衝撃を流すことさえできなかった。

 

 ラウンドシールドが胸元へ押しつけられ、ルクスンの身体が通路の壁へ激突する。

 

 金属鎧がへこむ。

 

 肺から息が押し出された。

 

「ルクスン!」

 

「まだ立てる!」

 

 ルクスンは壁へ手をつき、どうにか倒れるのを堪えた。

 

 ゴーレムが追撃の拳を振り上げる。

 

 ルクスンは盾を構え直す。

 

 だが、腕に力が入らない。

 

「ゼフィーリア!」

 

「傷ついた者へ、癒やしを」

 

 通路の後方から、ゼフィーリアの祈りが届いた。

 

 十メートル以内にいるルクスンの身体を、神聖魔法の光が包む。

 

 ゼフィーリアは近づかない。

 

 触れる必要もない。

 

 暗黒神ファラリスから授かった《キュアー・ウーンズ》が、ルクスンの傷を離れた場所から癒やしていく。

 

 胸の痛みが和らぐ。

 

 痺れていた腕にも、再び力が戻った。

 

「助かった!」

 

「射程から出ないでください」

 

「扉の前から離れない!」

 

 ルクスンは再び盾を前へ出した。

 

 スモール・アイアン・ゴーレムは、痛みも恐怖も知らない。

 

 疲労もしない。

 

 何度でも同じ力で鋼鉄の拳を振るってくる。

 

 対するルクスンは、攻撃を受けるたびに傷つき、体力を失っていく。

 

 ゼフィーリアの治療があっても、永遠には耐えられない。

 

「オトフリート、撃て!」

 

「射線を空けてください!」

 

 ルクスンが盾を構えたまま、僅かに身体を左へ寄せる。

 

 ゴーレムへ続く射線が開いた。

 

「《エネルギー・ボルト》!」

 

 魔力の矢が放たれる。

 

 狙いを外すことなく、ゴーレムの胸部へ直撃した。

 

 ゴーレムは魔法へ抵抗し、その威力を弱める。

 

 それでも、鋼鉄の胸へ新たなへこみが刻まれた。

 

「抵抗されました!」

 

「でも効いてる! ノクティア、次!」

 

「光の精霊よ!」

 

 再びウィル・オー・ウィスプが飛ぶ。

 

 魔法の光が、ゴーレムを包む。

 

 鋼鉄の身体へ焼けた痕が増えていく。

 

 ルクスンはゴーレムの拳を盾で受け、メイスを返す。

 

 妖姫殺しが背後から浅い傷を重ねる。

 

 ノクティアとオトフリートが、交互に魔法を放つ。

 

 魔法は必ず命中する。

 

 ゴーレムはそのたびに抵抗し、威力を弱めた。

 

 それでも、まったく傷つかないわけではない。

 

 小さな傷が、確実に蓄積していく。

 

          ◇

 

 何度目かの拳が、ラウンドシールドへ叩き込まれた。

 

 盾の縁が大きく歪んだ。

 

 ルクスンの身体が後退する。

 

 それでも、扉の正面からは退かない。

 

「ゼフィーリア!」

 

「癒やします!」

 

 後方から《キュアー・ウーンズ》が届く。

 

 神聖魔法の光が、再びルクスンの傷を塞いだ。

 

「便利だな、射程十メートル!」

 

「今さら気づいたのですか?」

 

「知識としては知ってた! 実際に後ろから回復が飛んでくると、ありがたさが違う!」

 

 ゴーレムが拳を振り上げた。

 

 ルクスンは盾で受けるのではなく、前へ踏み込んだ。

 

 巨大な腕の内側へ入り込む。

 

「今度は僕の番だ!」

 

 メイスを鋼鉄の胴体へ叩き込む。

 

 一撃。

 

 表面がへこむ。

 

 二撃目。

 

 これまで魔法と妖姫殺しが刻んだ傷がつながり、鋼鉄の表面へ亀裂が走る。

 

「亀裂が入った!」

 

「オトフリート!」

 

「これが最後です!」

 

 オトフリートが杖を向ける。

 

「《エネルギー・ボルト》!」

 

 最後の魔力の矢が、ゴーレムの身体へ直撃した。

 

 ゴーレムは魔法へ抵抗する。

 

 威力は弱められた。

 

 それでも、すでに傷ついた鋼鉄の身体が大きく揺れる。

 

「ノクティア!」

 

「わたしも、あと一度」

 

 ノクティアが残った精神力を振り絞る。

 

「光の精霊よ!」

 

 ウィル・オー・ウィスプの光が、ゴーレムを包み込んだ。

 

 鋼鉄の身体に刻まれた亀裂が広がる。

 

 それでもゴーレムは止まらない。

 

 拳を振り上げる。

 

「主よ、来るぞ!」

 

 妖姫殺しの警告。

 

 ルクスンは回避しなかった。

 

 盾を前へ出し、正面から拳を受け止める。

 

 衝撃で膝が沈む。

 

 ラウンドシールドがさらに歪む。

 

 金属鎧が軋む。

 

 それでも倒れない。

 

「みんなが、ここまで削ったんだ!」

 

 ルクスンは盾を押し返した。

 

 ゴーレムの拳が僅かに外側へ逸れる。

 

 空いた胴体へ、全身の力を込めたメイスを振り上げた。

 

「最後は――物理で殴る!」

 

 強打。

 

 魔力を帯びたメイスが、亀裂の走った鋼鉄の胴体へ叩き込まれた。

 

 耳をつんざく破砕音が響く。

 

 鉄の外殻が砕けた。

 

 内側に刻まれていた古代王国の魔法文字まで、衝撃によって破壊される。

 

 振り上げられていた拳が止まった。

 

 両眼の赤い光が消える。

 

 巨大な鋼鉄の身体が、ルクスンのほうへ倒れてきた。

 

「避けろ、主よ!」

 

「うわっ!」

 

 ルクスンは横へ飛び退いた。

 

 スモール・アイアン・ゴーレムが、轟音とともに石床へ倒れる。

 

 強い魔力の輝きが消えていった。

 

 今度こそ、完全に停止していた。

 

          ◇

 

 誰もしばらく動かなかった。

 

 ルクスンは壁へ背を預け、その場へ座り込んだ。

 

 メイスを握っていた右手が震えている。

 

「勝った……」

 

「物理で殴り倒した」

 

 ノクティアが答える。

 

「精霊魔法と古代語魔法でも、かなり傷つけましたが」

 

「オトフリート。最後に殴ったのは僕なんだから、物理で倒したことにしてくれよ」

 

「皆で倒したということにしましょう」

 

「それが正しい」

 

 妖姫殺しが、ふらふらとルクスンの手元へ戻ってきた。

 

「妾も斬ったぞ」

 

「よくやった。折れてないな?」

 

「当然じゃ。じゃが、残った力は僅かじゃな」

 

「しばらく鞘で休んでろ」

 

「最高級の鞘を忘れるでないぞ」

 

「銀冠が高く売れたらな」

 

 ゼフィーリアが、へこんだ金属鎧を見た。

 

「もう一度、治療します」

 

「頼む」

 

 十メートル以内から神聖語が唱えられる。

 

 《キュアー・ウーンズ》の光が届き、ルクスンに残っていた傷を癒やしていった。

 

「傷は治った」

 

「鎧は治りません」

 

「わかってる。これ、借り物なんだよな……」

 

「命が残ったのです。修理代で済むなら安いものでしょう」

 

「防具屋も同じことを言いそうだよ」

 

 最大の守護者は倒れた。

 

 しかし、部屋の奥に出口も宝箱も見当たらない。

 

 四方を囲むのは、古びた石壁だけだった。

 

 ルクスンは立ち上がり、その一面へ目を向ける。

 

「記憶が正しければ、この部屋には隠し扉がある」

 

「見つけるのは難しい?」

 

「それほどでもない。でも、守護者の配置が変わっていたからな。今回も壁を全部調べよう」

 

 その向こうに眠るのは、古代王国の暦と天文学に関する資料。

 

 銀冠に続く、銀冠のダンジョン最後の発見物だった。

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