アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第31話 千ガメルの古代叡智

 スモール・アイアン・ゴーレムが完全に動かなくなったあと、ルクスンたちは石室の中央で休息を取った。

 

 負傷はゼフィーリアの《キュアー・ウーンズ》によって癒やされている。

 

 しかし、精神力の消耗までは戻らない。

 

 ノクティアとオトフリートは攻撃魔法を使い切り、ゼフィーリアも何度か治療を行っている。

 

 これ以上の守護者が現れれば、まともに戦えるのはルクスンだけだった。

 

「これで最後なんだよな?」

 

 妖姫殺しが尋ねた。

 

「僕の記憶どおりなら、もう敵はいない。この部屋に隠し扉があって、その向こうが資料室だ」

 

「記憶どおりなら?」

 

「守護者の配置が違ってたから、断言はしない。でも、さすがに資料室の中にまでゴーレムを詰め込んでないと思いたい」

 

「確認する」

 

 ノクティアが立ち上がった。

 

「だいたいの場所は?」

 

「正面の壁。確か、右側の角から十歩くらいだった」

 

「確か?」

 

「地図の一枡が、現実の何歩だったかまでは覚えてないんだよ!」

 

 ノクティアは壁際へ移動した。

 

 石壁の表面を指でなぞり、僅かな継ぎ目や凹凸を調べていく。

 

 ルクスンも隣へ立った。

 

 常時働いている《センス・マジック》には、壁の一部から微弱な魔力が見えていた。

 

 だが、魔力があるとわかっても、開け方まではわからない。

 

「この辺りから魔力が見える」

 

「最初から言って」

 

「扉があることは知ってたから、先に盗賊の調査を優先したんだよ。下手に触って罠を作動させたら困るだろ」

 

「正しい」

 

 ノクティアが、ルクスンの示した周辺を調べる。

 

 ほどなくして、一つの石へ指をかけた。

 

「これだけ、僅かに動く」

 

「罠は?」

 

「ないと思う」

 

「思う?」

 

「絶対と言えるほど、難しい仕掛けではない」

 

「それなら開けよう」

 

 ノクティアが石を押し込んだ。

 

 壁の内側から、歯車が動く音が聞こえる。

 

 一見すると何の変哲もなかった石壁に、縦の継ぎ目が現れた。

 

 壁の一部が、ゆっくりと奥へ沈んでいく。

 

 人一人が通れるほどの隠し扉が開いた。

 

「記憶どおりだ」

 

「中に敵は?」

 

 ルクスンは暗闇の奥を見た。

 

 負の精霊の黄色いオーラはない。

 

 生命の精霊が宿る存在も見当たらない。

 

 いくつかの物体から魔力が見えるが、動いてはいなかった。

 

「生き物もアンデッドもいない。魔力を持った品が一つ……いや、部屋の設備にも残ってる。入るぞ」

 

          ◇

 

 隠し扉の奥は、小さな資料室だった。

 

 壁一面に石棚が造られ、その中へ多数の巻物や石板が収められている。

 

 中央には、古代王国の星図を描いた大きな石机。

 

 天井には太陽、月、星々を象った金属球が吊り下げられていた。

 

 ストーンサークルを利用して、季節や暦、星の運行を観測していた施設なのだろう。

 

「古代王国の天文観測所……」

 

 オトフリートが、疲労を忘れたように石棚へ近づく。

 

「これだけの資料が未発見のまま残っていたとは。古代王国の暦法や天文学を研究する者にとっては、途方もない価値があります」

 

「そう思うだろ?」

 

 ルクスンは、一番近くにある巻物へ手を伸ばした。

 

 触れた瞬間、巻物の表面が崩れた。

 

 乾燥した紙片が、床へ降り注ぐ。

 

「……あっ」

 

 オトフリートの顔が固まった。

 

「触れる前に状態を確認してください!」

 

「ごめん!」

 

「千年以上も前の資料なのですよ!?」

 

「わかってるよ! 僕らのセッションだと、もっと状態がよかったんだ!」

 

「先ほど、この遺跡は後世のものより保存状態がよいと言っていませんでしたか?」

 

「守護者はな! 紙まで元気だとは限らないだろ!」

 

 石棚へ収められた資料の大半は、すでに朽ちていた。

 

 密閉された箱の中にある巻物は辛うじて形を保っているが、空気へ触れれば急速に崩れ始める。

 

 石板は残っているものの、表面の文字が摩耗して読めないものも多い。

 

「持ち運べそうな資料だけを選ぶ。無理に全部動かすな」

 

 オトフリートが慎重に状態を確認していく。

 

 ルクスンも古代王国語を読み、内容を分類した。

 

 ノクティアは、崩れやすい巻物を収めるための箱を探す。

 

 ゼフィーリアは黒猫姿のまま石机へ飛び乗り、天井に吊るされた星の模型を見上げていた。

 

「古代王国の人間も、星を見ていたのですね」

 

「暦は農業にも航海にも必要だからな。魔法王国だって、季節を決めるのに魔法だけを使ってたわけじゃない」

 

「神々が星を動かしているのでは?」

 

「神話と観測記録は別だよ。まあ、この世界だと本当に神が動かしていても不思議じゃないけど」

 

 選別を終えるまでに、かなりの時間を要した。

 

 持ち帰れるのは、保存状態のよい暦表が二枚。

 

 星の運行を記録した石板が三枚。

 

 ストーンサークルを使った観測方法を記した巻物が一巻。

 

 あとは、わずかな断片だけだった。

 

 オトフリートが資料を見下ろす。

 

「学術的には興味深いものですが、新発見と呼べる内容は多くありません。現在使われている暦法との比較資料にはなるでしょう」

 

「売ったら、どのくらいだ?」

 

「保存状態も考慮すれば……千ガメルほどでしょうか」

 

 ルクスンは天井を見上げた。

 

「古代王国の叡智が、千ガメル」

 

「すでに知られている内容が多いのです。古いというだけで、すべての資料が高価になるわけではありません」

 

「銀冠の百分の一」

 

「比較対象が悪い」

 

 ノクティアが言った。

 

「期待したほどじゃないなあ」

 

「それでも、千ガメルです。今回の探索で得た資料としては、充分でしょう」

 

「ゴーレムに殴られた鎧の修理代で消えそうだけどね!」

 

          ◇

 

「主よ、こちらに光る石があるぞ」

 

 妖姫殺しの声が、資料室の奥から聞こえた。

 

 ルクスンたちが向かうと、壁へ埋め込まれた小さな保管箱が開いていた。

 

 中には、透明な結晶が一つ収められている。

 

 結晶の内側には、淡い光が渦巻いていた。

 

 《センス・マジック》には、資料室にあるどの設備よりも強い魔力が見える。

 

「魔晶石だ」

 

 ルクスンは結晶を手に取り、内部に残る力を調べた。

 

「精神力が十点分、まるごと残ってる」

 

「十点の魔晶石ですか?」

 

 オトフリートが目を見開く。

 

「基本取引価格は一万ガメル。完全に未使用だ」

 

「銀冠以外にも、大きな発見物が残っていましたね」

 

 魔晶石は、使用者自身の精神力に代えて、魔法を発動するために使える。

 

 十点分もの力を蓄えたものなら、低位の魔法を何度も使える。

 

 あるいは、一度の戦いで精神力を使い切ったあと、最後の切り札として魔法を放つこともできた。

 

「売る?」

 

 ノクティアが尋ねた。

 

「これは売らない」

 

「銀冠は売るのに?」

 

「石化攻撃を使う怪物は滅多にいない。でも精神力は、魔法を使うたびに必要になる。この魔晶石は、ノクティア、ゼフィーリア、オトフリートの誰でも使える」

 

「主は使えぬのか?」

 

「僕はまだ魔法を使えないからな」

 

「では、妾の力にできぬか?」

 

「お前が使うのはタレントポイントだ。精神力じゃない」

 

「同じ魔力ではないのか?」

 

「仕組みが違うんだよ」

 

 オトフリートが魔晶石を見つめる。

 

「誰が持つのでしょう?」

 

「個人の所有にはしない。パーティーの共有資産だ。必要になった者が使う」

 

「合理的です」

 

「とりあえず、一番慎重に扱いそうなオトフリートが持ってくれ。ノクティアに渡すと、どこかへ隠して本人まで場所を忘れそうだ」

 

「忘れない」

 

「ゼフィーリアに持たせたら?」

 

 妖姫殺しが尋ねた。

 

 全員が黒猫を見る。

 

 ゼフィーリアは前足で自分の身体を示した。

 

「猫に荷物を持たせるのですか?」

 

「だよな」

 

「人間に戻れば持てます」

 

「そのたびに荷物を置いて変身するだろ!」

 

 十点の魔晶石は、厚い布で包んでオトフリートの荷物へ収められた。

 

          ◇

 

 資料室から得た発見物を整理する。

 

 古代王国の暦と天文学に関する資料――千ガメル相当。

 

 十点の魔晶石――一万ガメル相当。

 

 そして鏡の玄室で手に入れた銀冠――十万ガメル相当。

 

「合計十一万一千ガメル」

 

 ノクティアが計算した。

 

「ただし、銀冠は競売価格が決まるまで確定じゃない。魔晶石も売らずに共有資産として使う。実際に現金へ換えるのは資料くらいだな」

 

「大金を手に入れた実感がない」

 

「僕もだよ。十万ガメルを背負ってるのに、財布の中身は増えてないからな」

 

「地上へ戻ったら、すぐに競売を?」

 

「まずは、この遺跡を無事に出る。それから盗賊ギルドと魔術師ギルドの幹部を同じ場所へ呼ぶ」

 

「魔術師ギルドは、銀冠の所有権を主張するでしょうか?」

 

「契約書では、持ち運べる発見物は僕らの所有だ。資料も魔晶石も銀冠も、全部こちらに権利がある」

 

「それでも、言葉を変える可能性がある」

 

 ノクティアの言葉に、ルクスンは頷いた。

 

「だから盗賊ギルドを同席させる。両方の組織が見ている前で、僕らが正式な売主だと認めさせる。それから競売だ」

 

「十万ガメルの品を巡る交渉ですか。ゴーレムとの戦いより緊張しそうですね」

 

「殴れば解決するゴーレムのほうが簡単だったかもしれないな」

 

          ◇

 

 一行は、持ち帰れる資料を慎重に箱へ収めた。

 

 隠し資料室そのものや、動かせない天文観測装置は魔術師ギルドの所有となる。

 

 だが、資料と魔晶石は契約で認められた携帯可能な発見物だ。

 

 忘れ物がないことを確認し、隠し扉を出る。

 

 倒したスモール・アイアン・ゴーレム。

 

 顔を厚い布で包んだメデューサの死体。

 

 破壊した落とし穴。

 

 砕けたオブシディアン・ドッグとスケルトンウォーリア。

 

 二体のボーン・ゴーレム。

 

 自分たちが突破してきた部屋を、一つずつ戻っていく。

 

 入口へ続く階段の先から、地上の光が差し込んでいた。

 

「やっと外だ」

 

 ルクスンは背負い袋へ手を当てた。

 

 中には十万ガメルの銀冠。

 

 オトフリートの荷物には一万ガメルの魔晶石。

 

 箱の中には千ガメルの古代資料。

 

 未発見だった『銀冠のダンジョン』は、確かに彼らの手で攻略された。

 

 だが、最後の難関は遺跡の外に残っている。

 

 発見物を奪われず、正当な報酬へ換えること。

 

 次に戦う相手は魔法生物ではない。

 

 盗賊ギルドと魔術師ギルド。

 

 金と契約を巡る、人間同士の交渉だった。

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