アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
翌朝。
ルクスンは冒険者の店へ預けた共同資金から、銀貨六百枚を引き出した。
「情報ひとつに六百ガメル……」
「まだ払ってもいないのに、なぜ金額がわかる?」
ノクティアが尋ねた。
「こういうときは、だいたいサイコロで決まるんだよ」
「また聞こえているのか。じーえむとやらの声が」
「僕の妄想みたいに言うな」
ルクスンとノクティアは、黒猫姿のゼフィーリアを連れて盗賊ギルドへ向かった。
オトフリートは冒険者の店で待機。
妖姫殺しは、ルクスンの外套の下に隠されている。
「なぜ、わらわまで隠れねばならぬのじゃ?」
「喋る魔法のショートソードを見せながら、秘密の情報を買いに行けると思うか?」
「わらわは黙っておれるぞ!」
「その台詞をすでに三回聞いた」
「今度こそ本当じゃ!」
「信用できない」
◇
ファンドリアの盗賊ギルドは、表向き酒と賭博を扱う店の地下にあった。
ルクスンたちは銀冠の競売で出入りを許されているが、正式な構成員ではない。
それでも、金と相応の紹介があれば情報は売ってくれる。
案内された小部屋で待っていたのは、競売にも立ち会っていた禿頭の男だった。
「銀冠の次は、何を売りに来た?」
「今日は買う側です。最近、ファラリスの聖女とかいう噂を広めている連中について知りたい」
男の目がわずかに細くなった。
「何を知りたい?」
「人を集めている場所、集会の日時、主催者。それから、王都の死体置き場から女の遺体を盗み出した奴について」
「六百ガメル」
ルクスンは卓を叩いた。
「高い!」
「十万ガメルを超える銀冠を売った男が、六百ガメルで騒ぐな」
「それとこれとは別です。大金を手に入れた直後だからこそ、財布の紐を締めないと一瞬でなくなるんですよ!」
「ならば帰れ」
「払います」
ノクティアがルクスンの手から革袋を奪い、卓へ置いた。
「僕の交渉は!?」
「値下がりする気配がなかった」
「正しい判断だ」
男は革袋の中身を数え、懐へ収めた。
「五日前から、王都の下層地区で妙な連中が動いている。病人、物乞い、身寄りのない老人、心を病んだ者。そういった連中へ声をかけている」
「何と言って?」
「苦しみから逃れたければ、聖女へ祈れ。死んだ者と再会したければ、聖女へ祈れ。聖女は、生者と死者のすべてを救うとな」
黒猫が不愉快そうに尾を振った。
「集めた人間を、どこへ連れていく?」
「旧市街に潰れた染物工房がある。その地下だ」
「地下室で集会?」
「ただの地下室ではない。古い排水路へ通じている。ファンドリアの地下は、建物より古い遺構と水路が重なっているからな。連中はその一角を礼拝所として使っている」
「盗賊ギルドの縄張りじゃないんですか?」
「だから調べた。連中は盗みも密売もしていない。いまのところ、我々の商売には手を出していない」
「死体置き場から死体を盗むのは?」
「盗賊ギルドは死体の所有権までは主張しない」
「懐が広いんだか狭いんだかわからないな」
男は卓上へ、簡単な地下水路の図面を広げた。
染物工房から入る表の道。
排水路へ通じる裏道。
見張りが立つ場所まで印がつけられている。
「集会は三日に一度。今夜だ。日が完全に沈んでから始まる」
「中へ入る方法は?」
「入口で『何を望む』と聞かれる。『聖女の御許で、死者と共に救われたい』と答えろ」
「ずいぶん具体的な合言葉ですね」
「聞き出すために、こちらも手間をかけた。六百ガメルは安いくらいだ」
ノクティアが図面を覗き込む。
「主催者は?」
「二人いるらしい。一人は死人のように痩せた男。もう一人は、笑った仮面で顔を隠している。どこの神殿に属しているかまでは掴めていない」
「行って帰ってきた者は?」
「いる。だが、誰に何を聞いても聖女の素晴らしさしか話さない。集会で何を見たのか、何をされたのかは覚えていないそうだ」
「死人は?」
「出ている。もっとも、もとから死にかけの人間を集めている。集会のせいかどうかはわからん」
ルクスンは最後の質問をした。
「死体置き場から消えた女は?」
「集会の前日、死体置き場の裏手に黒い荷車が止まっていた。荷車は、染物工房へ向かっている」
六百ガメル。
確かに、それだけの価値はある情報だった。
◇
冒険者の店へ戻ったルクスンは、入手した図面を卓上へ広げた。
オトフリートが内容を書き写していく。
「今夜の集会へ潜入するのですね?」
「せっかく六百ガメルも払ったんだ。三日待ったら、情報の鮮度が落ちる」
「全員で入りますか?」
「ノクティアが先行して、罠と見張りを確認。僕とオトフリートは信者のふりをして表から入る。ゼフィーリアは黒猫のままノクティアと一緒。妖姫殺しは絶対に喋らない」
「わらわは口の堅い剣じゃ!」
「お前に口はないのに、いちばんよく喋るだろ」
ノクティアがオトフリートを見た。
「そのままでは目立つ」
「服装でしょうか?」
「全部」
整えられた髪。
上品な立ち居振る舞い。
眼鏡。
上質な旅装。
どう見ても、地下で救いを求める困窮者には見えない。
「どのように直せば?」
ノクティアはオトフリートの髪を乱し、上着へ暖炉の煤を擦りつけた。
眼鏡を外そうとして、オトフリートが慌てて止める。
「眼鏡がなければ、ほとんど見えません」
「なら、そのまま。足元が見えずに困っている人に見える」
「扱いが急に雑になりましたね」
ゼフィーリアが黒猫の姿で、オトフリートの肩へ飛び乗った。
「猫まで連れていれば、さらに変人に見えるでしょう」
「喋らないでください。私が猫と会話する変人になってしまいます」
「実際に会話しています」
「今夜だけは猫に徹してください!」
◇
日が沈み、ファンドリアの街路へ闇が落ちた。
旧市街の染物工房は、数年前から放棄されていた。
窓板は割れ、色褪せた布が風に揺れている。
ノクティアは一足先に工房へ潜入した。
しばらくして戻り、路地で待つルクスンたちへ報告する。
「入口に二人。武器は短剣。中に罠はない。地下へ入った人間は三十人くらい」
「多いな」
「老人と病人が多い。戦えそうな者は少ない」
「戦闘になっても、巻き込むわけにはいかないか」
ルクスンたちは古びた外套をまとい、工房の入口へ向かった。
扉の前には、黒い布で顔の下半分を隠した男が立っている。
「何を望む?」
ルクスンは、盗賊ギルドで教えられた言葉を答えた。
「聖女の御許で、死者と共に救われたい」
男が扉を開ける。
「入れ。今宵、聖女の奇跡を目にするだろう」
工房の床板が外され、その下に石造りの階段が現れていた。
湿った空気。
淀んだ水の臭い。
そして、焚かれた香の甘い匂い。
階段を下りると、古い排水路へ出た。
壁に並べられた蝋燭が、地下の闇を赤く照らしている。
その奥に、三十人ほどの男女が跪いていた。
祭壇の上には、黒い布で覆われた空の椅子が置かれている。
聖女の姿はない。
それでも、集まった者たちは空席へ向かって祈りを捧げていた。
ルクスンの視界には、祭壇から立ち上る魔力が見えた。
人の姿を思わせる輪郭。
だが、まだ薄い。
魔力だけが集まり、そこへ存在しない何かの形を作ろうとしている。
「……本当に、まだ誰もいない」
ルクスンは小声で呟いた。
ノクティアの腕に抱かれた黒猫が、空の祭壇を睨んでいる。
ファラリスの神聖力は感じていないらしい。
やがて、祭壇の左右へ二人の男が現れた。
一人は、死人のように痩せた神官。
法衣に刻まれているのは、死と破壊を司るカーディスの聖印だった。
もう一人は、笑う人間の顔を歪めたような仮面を被っている。
その法衣には、ルクスンの完全版知識にも正式な名が記されていない、名もなき狂気の神の印が描かれていた。
「カーディスと、名もなき狂気の神……」
空の祭壇へ跪いていた一人の女が、ゆっくりと立ち上がる。
痩せた身体。
泥に汚れた裸足。
粗末な麻の服。
首は不自然な角度へ傾き、肌からは完全に血の気が失われている。
それでも、女は笑っていた。
ルクスンの目には、その全身から立ち上る黄色い負の精霊のオーラが、はっきりと見えていた。
間違いない。
女はすでに死んでいる。
「ああ、聖女様! 私は救われた! 死から蘇り、再び聖女様へ祈ることを許された!」
地下へ集められた者たちが、一斉に顔を上げた。
痩せたカーディス神官が両腕を広げる。
笑う仮面の神官が、甲高い声で唱え始める。
「暗黒、死、狂気! それを統べる新たな神よ! 聖女の御許に、復活を!」
信者たちも同じ言葉を繰り返した。
「暗黒、死、狂気! それを統べる新たな神よ! 聖女の御許に、復活を!」
祈りが重なる。
狂女の黄色いオーラが、少しずつ空の椅子へ吸い込まれていく。
祭壇を包む魔力が膨れ上がり、人の輪郭がわずかに濃くなった。
ファラリスの聖女は存在しない。
少なくとも、いまはまだ。
だが、この地下に集まった者たちは、存在しない聖女を祈りによって作り出そうとしていた。
今回の収支
* 地下ミサに関する情報料:-600ガメル
* 共同資金:131,500ガメル → 130,900ガメル