アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第35話 六百ガメルの地下ミサ

 翌朝。

 

 ルクスンは冒険者の店へ預けた共同資金から、銀貨六百枚を引き出した。

 

「情報ひとつに六百ガメル……」

 

「まだ払ってもいないのに、なぜ金額がわかる?」

 

 ノクティアが尋ねた。

 

「こういうときは、だいたいサイコロで決まるんだよ」

 

「また聞こえているのか。じーえむとやらの声が」

 

「僕の妄想みたいに言うな」

 

 ルクスンとノクティアは、黒猫姿のゼフィーリアを連れて盗賊ギルドへ向かった。

 

 オトフリートは冒険者の店で待機。

 

 妖姫殺しは、ルクスンの外套の下に隠されている。

 

「なぜ、わらわまで隠れねばならぬのじゃ?」

 

「喋る魔法のショートソードを見せながら、秘密の情報を買いに行けると思うか?」

 

「わらわは黙っておれるぞ!」

 

「その台詞をすでに三回聞いた」

 

「今度こそ本当じゃ!」

 

「信用できない」

 

          ◇

 

 ファンドリアの盗賊ギルドは、表向き酒と賭博を扱う店の地下にあった。

 

 ルクスンたちは銀冠の競売で出入りを許されているが、正式な構成員ではない。

 

 それでも、金と相応の紹介があれば情報は売ってくれる。

 

 案内された小部屋で待っていたのは、競売にも立ち会っていた禿頭の男だった。

 

「銀冠の次は、何を売りに来た?」

 

「今日は買う側です。最近、ファラリスの聖女とかいう噂を広めている連中について知りたい」

 

 男の目がわずかに細くなった。

 

「何を知りたい?」

 

「人を集めている場所、集会の日時、主催者。それから、王都の死体置き場から女の遺体を盗み出した奴について」

 

「六百ガメル」

 

 ルクスンは卓を叩いた。

 

「高い!」

 

「十万ガメルを超える銀冠を売った男が、六百ガメルで騒ぐな」

 

「それとこれとは別です。大金を手に入れた直後だからこそ、財布の紐を締めないと一瞬でなくなるんですよ!」

 

「ならば帰れ」

 

「払います」

 

 ノクティアがルクスンの手から革袋を奪い、卓へ置いた。

 

「僕の交渉は!?」

 

「値下がりする気配がなかった」

 

「正しい判断だ」

 

 男は革袋の中身を数え、懐へ収めた。

 

「五日前から、王都の下層地区で妙な連中が動いている。病人、物乞い、身寄りのない老人、心を病んだ者。そういった連中へ声をかけている」

 

「何と言って?」

 

「苦しみから逃れたければ、聖女へ祈れ。死んだ者と再会したければ、聖女へ祈れ。聖女は、生者と死者のすべてを救うとな」

 

 黒猫が不愉快そうに尾を振った。

 

「集めた人間を、どこへ連れていく?」

 

「旧市街に潰れた染物工房がある。その地下だ」

 

「地下室で集会?」

 

「ただの地下室ではない。古い排水路へ通じている。ファンドリアの地下は、建物より古い遺構と水路が重なっているからな。連中はその一角を礼拝所として使っている」

 

「盗賊ギルドの縄張りじゃないんですか?」

 

「だから調べた。連中は盗みも密売もしていない。いまのところ、我々の商売には手を出していない」

 

「死体置き場から死体を盗むのは?」

 

「盗賊ギルドは死体の所有権までは主張しない」

 

「懐が広いんだか狭いんだかわからないな」

 

 男は卓上へ、簡単な地下水路の図面を広げた。

 

 染物工房から入る表の道。

 

 排水路へ通じる裏道。

 

 見張りが立つ場所まで印がつけられている。

 

「集会は三日に一度。今夜だ。日が完全に沈んでから始まる」

 

「中へ入る方法は?」

 

「入口で『何を望む』と聞かれる。『聖女の御許で、死者と共に救われたい』と答えろ」

 

「ずいぶん具体的な合言葉ですね」

 

「聞き出すために、こちらも手間をかけた。六百ガメルは安いくらいだ」

 

 ノクティアが図面を覗き込む。

 

「主催者は?」

 

「二人いるらしい。一人は死人のように痩せた男。もう一人は、笑った仮面で顔を隠している。どこの神殿に属しているかまでは掴めていない」

 

「行って帰ってきた者は?」

 

「いる。だが、誰に何を聞いても聖女の素晴らしさしか話さない。集会で何を見たのか、何をされたのかは覚えていないそうだ」

 

「死人は?」

 

「出ている。もっとも、もとから死にかけの人間を集めている。集会のせいかどうかはわからん」

 

 ルクスンは最後の質問をした。

 

「死体置き場から消えた女は?」

 

「集会の前日、死体置き場の裏手に黒い荷車が止まっていた。荷車は、染物工房へ向かっている」

 

 六百ガメル。

 

 確かに、それだけの価値はある情報だった。

 

          ◇

 

 冒険者の店へ戻ったルクスンは、入手した図面を卓上へ広げた。

 

 オトフリートが内容を書き写していく。

 

「今夜の集会へ潜入するのですね?」

 

「せっかく六百ガメルも払ったんだ。三日待ったら、情報の鮮度が落ちる」

 

「全員で入りますか?」

 

「ノクティアが先行して、罠と見張りを確認。僕とオトフリートは信者のふりをして表から入る。ゼフィーリアは黒猫のままノクティアと一緒。妖姫殺しは絶対に喋らない」

 

「わらわは口の堅い剣じゃ!」

 

「お前に口はないのに、いちばんよく喋るだろ」

 

 ノクティアがオトフリートを見た。

 

「そのままでは目立つ」

 

「服装でしょうか?」

 

「全部」

 

 整えられた髪。

 

 上品な立ち居振る舞い。

 

 眼鏡。

 

 上質な旅装。

 

 どう見ても、地下で救いを求める困窮者には見えない。

 

「どのように直せば?」

 

 ノクティアはオトフリートの髪を乱し、上着へ暖炉の煤を擦りつけた。

 

 眼鏡を外そうとして、オトフリートが慌てて止める。

 

「眼鏡がなければ、ほとんど見えません」

 

「なら、そのまま。足元が見えずに困っている人に見える」

 

「扱いが急に雑になりましたね」

 

 ゼフィーリアが黒猫の姿で、オトフリートの肩へ飛び乗った。

 

「猫まで連れていれば、さらに変人に見えるでしょう」

 

「喋らないでください。私が猫と会話する変人になってしまいます」

 

「実際に会話しています」

 

「今夜だけは猫に徹してください!」

 

          ◇

 

 日が沈み、ファンドリアの街路へ闇が落ちた。

 

 旧市街の染物工房は、数年前から放棄されていた。

 

 窓板は割れ、色褪せた布が風に揺れている。

 

 ノクティアは一足先に工房へ潜入した。

 

 しばらくして戻り、路地で待つルクスンたちへ報告する。

 

「入口に二人。武器は短剣。中に罠はない。地下へ入った人間は三十人くらい」

 

「多いな」

 

「老人と病人が多い。戦えそうな者は少ない」

 

「戦闘になっても、巻き込むわけにはいかないか」

 

 ルクスンたちは古びた外套をまとい、工房の入口へ向かった。

 

 扉の前には、黒い布で顔の下半分を隠した男が立っている。

 

「何を望む?」

 

 ルクスンは、盗賊ギルドで教えられた言葉を答えた。

 

「聖女の御許で、死者と共に救われたい」

 

 男が扉を開ける。

 

「入れ。今宵、聖女の奇跡を目にするだろう」

 

 工房の床板が外され、その下に石造りの階段が現れていた。

 

 湿った空気。

 

 淀んだ水の臭い。

 

 そして、焚かれた香の甘い匂い。

 

 階段を下りると、古い排水路へ出た。

 

 壁に並べられた蝋燭が、地下の闇を赤く照らしている。

 

 その奥に、三十人ほどの男女が跪いていた。

 

 祭壇の上には、黒い布で覆われた空の椅子が置かれている。

 

 聖女の姿はない。

 

 それでも、集まった者たちは空席へ向かって祈りを捧げていた。

 

 ルクスンの視界には、祭壇から立ち上る魔力が見えた。

 

 人の姿を思わせる輪郭。

 

 だが、まだ薄い。

 

 魔力だけが集まり、そこへ存在しない何かの形を作ろうとしている。

 

「……本当に、まだ誰もいない」

 

 ルクスンは小声で呟いた。

 

 ノクティアの腕に抱かれた黒猫が、空の祭壇を睨んでいる。

 

 ファラリスの神聖力は感じていないらしい。

 

 やがて、祭壇の左右へ二人の男が現れた。

 

 一人は、死人のように痩せた神官。

 

 法衣に刻まれているのは、死と破壊を司るカーディスの聖印だった。

 

 もう一人は、笑う人間の顔を歪めたような仮面を被っている。

 

 その法衣には、ルクスンの完全版知識にも正式な名が記されていない、名もなき狂気の神の印が描かれていた。

 

「カーディスと、名もなき狂気の神……」

 

 空の祭壇へ跪いていた一人の女が、ゆっくりと立ち上がる。

 

 痩せた身体。

 

 泥に汚れた裸足。

 

 粗末な麻の服。

 

 首は不自然な角度へ傾き、肌からは完全に血の気が失われている。

 

 それでも、女は笑っていた。

 

 ルクスンの目には、その全身から立ち上る黄色い負の精霊のオーラが、はっきりと見えていた。

 

 間違いない。

 

 女はすでに死んでいる。

 

「ああ、聖女様! 私は救われた! 死から蘇り、再び聖女様へ祈ることを許された!」

 

 地下へ集められた者たちが、一斉に顔を上げた。

 

 痩せたカーディス神官が両腕を広げる。

 

 笑う仮面の神官が、甲高い声で唱え始める。

 

「暗黒、死、狂気! それを統べる新たな神よ! 聖女の御許に、復活を!」

 

 信者たちも同じ言葉を繰り返した。

 

「暗黒、死、狂気! それを統べる新たな神よ! 聖女の御許に、復活を!」

 

 祈りが重なる。

 

 狂女の黄色いオーラが、少しずつ空の椅子へ吸い込まれていく。

 

 祭壇を包む魔力が膨れ上がり、人の輪郭がわずかに濃くなった。

 

 ファラリスの聖女は存在しない。

 

 少なくとも、いまはまだ。

 

 だが、この地下に集まった者たちは、存在しない聖女を祈りによって作り出そうとしていた。

 




今回の収支

* 地下ミサに関する情報料:-600ガメル
* 共同資金:131,500ガメル → 130,900ガメル
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