アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第37話 黒い糸

「四人。後ろの路地に二人、屋根の上に一人。もう一人は前へ回ろうとしている」

 

 ノクティアは振り返ることなく告げた。

 

 王都ファンドリアの旧市街。

 

 地下ミサを行っていた染物工房から、まだ十分ほどしか離れていない。

 

 通りに人影はなく、閉ざされた家々の窓からも明かりは漏れていなかった。

 

「集会からつけられていた?」

 

「たぶん。足音を隠すのが下手」

 

「信者か、見張りか……」

 

 ルクスンは手首へ巻かれた黒い糸を見た。

 

 弱い魔力が宿っていることは、受け取ったときから見えていた。

 

 集会の参加者を見分ける印。

 

 そう考えていたが、それだけではない可能性がある。

 

「広い場所へ出よう。ここで挟まれるよりましだ。ノクティアは先に回ってくれ」

 

「わかった」

 

 ノクティアの姿が路地の暗がりへ消えた。

 

 シーフとして腕を上げた彼女は、すぐ近くにいるルクスンでさえ見失うほど静かに動く。

 

「私はどうすれば?」

 

 オトフリートが声を落とした。

 

「ゼフィーリアを持っていてください。連中の狙いが僕たちなのか、この猫なのか確かめたい」

 

「猫扱いするなと言いたいところですが、いまは黙っています」

 

 黒猫はオトフリートの腕の中で小さく答えた。

 

「すでに喋ってるだろ」

 

 ルクスンは外套の下へ手を入れ、妖姫殺しの柄を握る。

 

「主よ。ついに、わらわの出番じゃな?」

 

「まだ喋るな。できれば一人は生け捕りにする」

 

「わらわは最高品質のミスリル銀製ショートソードぞ。峰打ちには向いておらぬ!」

 

「知ってる。だから斬る相手は選ぶ」

 

 一行は路地を抜け、崩れかけた倉庫に囲まれた空き地へ出た。

 

 そこで立ち止まる。

 

 正面の路地から、一人の男が現れた。

 

 地下ミサで入口を守っていた男だった。

 

 手には短剣ではなく、獣を捕らえるための投網を持っている。

 

 背後からも三人。

 

 棍棒を持つ者が二人。

 

 最後の一人だけが、抜き身の短剣を構えていた。

 

 ルクスンの目に黄色い負の精霊のオーラは見えない。

 

 四人とも生きた人間だ。

 

「何の用です? 同じ聖女を信じる仲間でしょう?」

 

「猫を置いていけ」

 

 男がオトフリートの腕を指した。

 

「なぜ?」

 

「聖女様が、その獣を望んでおられる」

 

「祭壇には誰もいなかったと思うけど?」

 

「聖女様は我々の心へ語りかける。黒き獣の中に、欠けていた暗黒が眠っているとな」

 

 黒猫の尾が膨らんだ。

 

「人違いならぬ、猫違いです」

 

「だから喋るな!」

 

 男たちの表情が変わった。

 

「その猫、いま喋ったのか?」

 

「僕の腹話術です!」

 

「猫を渡せ!」

 

「もう誤魔化せないなら仕方ない。断る!」

 

 投網が宙を舞った。

 

 狙いはオトフリートと、その腕に抱かれたゼフィーリア。

 

 ルクスンは妖姫殺しを抜き、網の前へ踏み込んだ。

 

「今じゃ、主よ!」

 

 ミスリル銀の刀身が夜の光を弾く。

 

 最高品質のショートソードが投網を切り裂き、二つに分かれた網が地面へ落ちた。

 

「よし!」

 

「もっと褒めるのじゃ!」

 

「あとでな!」

 

 棍棒を持った二人が左右から迫る。

 

 ルクスンは一人目の棍棒を剣で受け流し、柄頭を顎へ叩き込んだ。

 

 男の頭が跳ね上がる。

 

 返す足で膝を蹴り、地面へ倒す。

 

 もう一人の棍棒が、無防備になったルクスンの背中へ振り下ろされた。

 

 打撃が届く直前、倉庫の屋根から人影が落ちてきた。

 

 ノクティアの短槍が棍棒を持つ手を打つ。

 

 武器を落とした男の背後へ着地し、そのまま首へ腕を回した。

 

「動くと締める」

 

「この女、どこから――」

 

「眠って」

 

 腕へ力が入る。

 

 男は数秒も耐えられず、地面へ崩れ落ちた。

 

 短剣を持った男が、オトフリートへ突進する。

 

 オトフリートは黒猫を肩へ移し、腰の剣を抜いた。

 

 貴族の飾りではない。

 

 戦士としては駆け出しでも、正式な剣術の訓練を受けている。

 

 短剣の突きを剣身で受け止めた。

 

 だが、腕力では相手が上だった。

 

 押し込まれた刃が、オトフリートの頬を浅く切る。

 

「その猫を渡せ!」

 

「お断りします。彼女は私たちの同行者です」

 

「彼女?」

 

「あ……」

 

 黒猫がオトフリートの肩を爪で引っかいた。

 

「痛い!」

 

「余計なことを言うからです」

 

 短剣の男が驚いて動きを止める。

 

 その隙を逃さず、オトフリートが相手の手首を剣の柄で打った。

 

 短剣が石畳へ落ちる。

 

 最初に投網を放った男が、状況の不利を悟って逃げ出した。

 

「一人、逃げる」

 

 ノクティアが短槍を持ち替え、空いた左手を地面へ向ける。

 

 男はすでに通常のスネアが届く距離を越えようとしていた。

 

 それでもノクティアは焦らない。

 

 呪文へ注ぎ込む精神力を増し、精霊魔法の距離を拡大する。

 

「大地に潜む精霊よ。その足を捕らえて」

 

 魔法は狙いを外さない。

 

 離れた石畳の隙間から土の精霊が働き、逃げる男の足首を捉えた。

 

 男は抵抗しきれず、勢いよく転倒する。

 

 顔から石畳へ突っ込み、そのまま動かなくなった。

 

「死んだ?」

 

「気絶してるだけ」

 

「よし。全員生きてるな」

 

「主よ。わらわは網しか斬っておらぬぞ!」

 

「生け捕りにするって言っただろ」

 

「せっかく大きくなったのに、斬り甲斐がないのじゃ!」

 

          ◇

 

 四人の武器を奪い、切れ残った投網で縛り上げた。

 

 最初に意識を取り戻したのは、オトフリートへ短剣を向けた男だった。

 

 ノクティアが男の懐を調べる。

 

 金はほとんど持っていない。

 

 身元を示す物もない。

 

 手首には、ルクスンたちと同じ黒い糸が巻かれていた。

 

「誰の命令でつけてきた?」

 

 ルクスンが尋ねた。

 

「聖女様だ」

 

「カーディス神官か、笑う仮面の神官に命令されたんじゃないのか?」

 

「違う。集会が終わったとき、聖女様の声が頭へ響いた。黒い獣を連れてこい。あれこそ、聖女様に欠けている暗黒だと」

 

「空席から声が聞こえた?」

 

「聖女様は、すでにおられる。我々には見えないだけだ」

 

 オトフリートが、捕虜の黒い糸へ顔を近づける。

 

「これを外しても?」

 

「やめろ! 聖女様とのつながりが切れる!」

 

 オトフリートは構わず、剣先で糸を切った。

 

 糸が地面へ落ちる。

 

 その瞬間、黒い煙が細く立ち上った。

 

 捕虜の身体が大きく震える。

 

 ルクスンには、糸から放たれた魔力が祭壇の方角へ飛んでいくのが見えた。

 

「やっぱり、ただの参加証じゃない。この糸を通して、集会の参加者を見張っている」

 

「祭壇の聖女が直接?」

 

「正確には、あの儀式によって作られた魔力でしょう。既存の古代語魔法とは術式が違いますが、対象とのつながりを維持する機能があるようです」

 

 ルクスンは自分の手首を見た。

 

「ということは、僕たちの会話も聞かれていた?」

 

「可能性があります」

 

「先に言えよ!」

 

「いま調べてわかったのです!」

 

 全員が慌てて黒い糸を外した。

 

 最後に、ノクティアがゼフィーリアの首を確認する。

 

「猫には巻かれていない」

 

「それなのに、あれは私を見つけた」

 

 ゼフィーリアが捕虜へ近づいた。

 

 黒猫の瞳が、男を正面から見据える。

 

「聖女は、私を何と呼びましたか?」

 

「暗黒を宿す獣。暗黒の祭司へ至る扉。聖女様を完成させる、最後の一片」

 

 ゼフィーリアの毛が逆立った。

 

 ルクスンは男と黒猫の間へ割って入る。

 

「お前たちは、この猫の正体を知っているのか?」

 

「知らない。知る必要もない。聖女様が望まれた。だから捧げる」

 

「黒猫一匹を捕まえるために、人間を殺すつもりだった?」

 

「聖女様の救いを拒む者なら、死んだほうが幸せだ。死ねば、聖女様が蘇らせてくださる」

 

「完全に駄目な奴らだな」

 

 捕虜の男が、突然笑い始めた。

 

「ああ、聞こえる。聖女様が笑っておられる。暗黒は見つかった。死と狂気はすでに満ちた。もうすぐ、聖女様が玉座からお立ちになる!」

 

「いつだ?」

 

「次の祈り。次の死。次の狂気。すべてが満ちたとき――」

 

 男の笑い声が途切れた。

 

 意識を失っただけで、呼吸は続いている。

 

 ほかの三人も、まだ目を覚まさない。

 

「こいつらをペイルへ渡そう。神殿内部に信者がいるなら、引き渡す相手は選んでもらう」

 

 オトフリートが頷く。

 

「地下礼拝所も、すぐに押さえるべきです」

 

「そうだな。ただし、その前に一つ確認する」

 

 ルクスンは黒猫へ目を向けた。

 

「連中は、聖女を完成させるために本物のファラリス神官を必要としている。あの祭壇がゼフィーリアの正体をどこまで見抜いたのかはわからない。これからは、黒猫の姿でも安全じゃない」

 

「では、どうしますか?」

 

「まず服を買おう」

 

「なぜ、いまその話になるのです?」

 

「人間に戻るたび、僕のマントを貸すのはもう嫌なんだよ!」

 

「主よ。緊張感が台無しじゃぞ」

 

「重要な問題だ!」

 

 そのとき、旧市街の地下から鐘の音が響いた。

 

 一度。

 

 二度。

 

 三度。

 

 街の教会や神殿が鳴らす鐘ではない。

 

 地面の下から、低く濁った音が伝わってくる。

 

 気を失っていた四人の信者が、同時に目を開いた。

 

 全員が同じ笑みを浮かべ、同じ言葉を口にする。

 

「聖女様が、お目覚めになる」

 

 切り捨てたはずの黒い糸が、石畳の上で生き物のように蠢き始めた。

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