アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第41話 空席が満ちるとき

 北区共同墓地の死者をすべて退けても、王都中央部の地下から響く鐘は止まらなかった。

 

 一定の間隔で鳴り続けている。

 

 一度。

 

 二度。

 

 三度。

 

 鐘が鳴るたび、ノクティアの手首に残された黒い痕が濃くなった。

 

「聖女が呼んでいる」

 

「従う必要はありません」

 

 オトフリートが告げる。

 

「でも、声のする方向はわかる。地図の交点と同じ」

 

 ノクティアは王都の地図を指した。

 

 旧神殿街。

 

 現在は使われていない暗黒神殿や、崩れかけた礼拝堂が並ぶ一画である。

 

 その地下には、かつて複数の暗黒神殿が共同で使用していた納骨堂があるという。

 

「正面入口は、崩落した旧神殿の地下だ」

 

 ペイルが地図へ二つの印をつけた。

 

「もう一つ、死体を運び入れるための通路が残っている。共同墓地側から地下水路を通り、納骨堂の裏へ出られるはずだ」

 

「二手に分かれる?」

 

「私と神官たちは正面から入る。お前たちは裏へ回れ。地下にアンデッドがいるなら、こちらで引きつける」

 

「ゼフィーリアは?」

 

 黒猫がルクスンを見上げた。

 

「私も行きます」

 

「連中の狙いはお前だぞ」

 

「ここに残っても、すでにつながりを作られています。離れていれば安全という保証はありません。それに、偽りの聖女へ与えられたファラリスの力は、私自身で取り戻します」

 

「頑固だな」

 

「自由意志です」

 

「ファラリス神官って、その一言で全部押し通そうとするよね?」

 

 ペイルが黒猫を見下ろす。

 

「お前が本当にファラリス神官なら、事件が終わったあとで所属と名を聞く」

 

「生きて戻れたら、お答えするかもしれません」

 

「答えるとは言わないのか」

 

          ◇

 

 ペイルの配下が持ってきた装備の中から、ルクスンは金属製の胴鎧を借りた。

 

 左手にはラウンドシールド。

 

 腰には妖姫殺し。

 

 右手にはメイスを持つ。

 

「ようやく前衛らしい装備に戻った」

 

「地下ミサへ鎧を着ていくわけにはいかなかったからな」

 

 ノクティアは短槍と数本のナイフを確認する。

 

 オトフリートは魔術師の杖を持ち、十点分の魔力を蓄えた魔晶石を懐へ収めた。

 

「精神力が尽きた場合は、銀冠の遺跡から持ち帰った魔晶石を使います」

 

「一万ガメルだから大事に使ってくれよ」

 

「命と一万ガメルのどちらが大切なのです?」

 

「命に決まってるだろ。ただ、一万ガメルも大切だ!」

 

「主よ。大金を手に入れてから、金に細かくなったのう」

 

「大金を維持するには細かさが必要なんだよ!」

 

 ノクティアを先頭に、一行は共同墓地の奥にある地下水路へ入った。

 

 ペイルたちは旧神殿街から正面入口へ向かう。

 

 水路の中には、死体を運んだ車輪の跡が残っていた。

 

 ゼフィーリアが猫の鼻を動かす。

 

「香と腐敗臭。それに、先ほどより強い魔法の臭いがします」

 

「魔法にも臭いがあるの?」

 

「動物の鼻で嗅げるのは、香と死体です。魔法は別に感じています」

 

「紛らわしい言い方をするな」

 

 地下水路を進むにつれ、鐘の音が大きくなる。

 

 やがてノクティアが足を止めた。

 

「罠」

 

 通路を横断するように、細い黒糸が張られている。

 

 暗がりでは、注意して見なければ気づけない。

 

 糸の先は、壁へ埋め込まれた小さな鐘につながっていた。

 

「踏んだら知らせるだけ?」

 

「違う。床にも魔力がある」

 

 ルクスンのセンス・マジックには、黒い糸から床一面へ伸びる魔力が見えていた。

 

 糸を切れば、床へ仕込まれた何かが作動する。

 

「迂回できる?」

 

「やってみる」

 

 ノクティアは壁際へしゃがみ込み、盗賊道具を取り出した。

 

 黒い糸を切らず、張力だけを別の留め具へ移す。

 

 床石へつながる仕掛けを固定し、一本ずつ糸を外していく。

 

 しばらくして、通路を塞いでいた糸が取り除かれた。

 

「終わった」

 

「成長したなぁ……初めて会ったときは、正面から襲いかかってきて返り討ちに遭ったのに」

 

「その話はしなくていい」

 

「簀巻きにしたよな」

 

「忘れて」

 

「わらわは覚えておるぞ!」

 

「剣も黙って」

 

          ◇

 

 地下水路の先に、古い鉄扉が現れた。

 

 ノクティアが鍵穴を調べようとすると、鞘の中の妖姫殺しが震えた。

 

「主よ。扉の向こうに刃物がある」

 

「何本?」

 

「六本。動いておる。扉の左右に三本ずつじゃ」

 

 妖姫殺しの《センス・ソード》が、待ち伏せを見つけた。

 

「扉を開けた瞬間、左右から来るな」

 

「どうする?」

 

「僕が盾を構えて入る。ノクティアは右、オトフリートは後ろから援護。ゼフィーリアは絶対に前へ出るな」

 

「私も戦えます」

 

「狙われてる本人は下がってろ!」

 

 ノクティアが扉の鍵を外す。

 

 ルクスンはラウンドシールドを前へ出し、勢いよく扉を蹴り開けた。

 

 左右から三人ずつ、黒衣の信者が襲いかかる。

 

 短剣が盾へ突き刺さった。

 

 もう一本をメイスで弾く。

 

「待ち伏せはわかってるんだよ!」

 

 ルクスンは盾ごと一人を壁へ押しつけ、メイスでその武器を叩き落とした。

 

 右側では、ノクティアが短槍で一人目の足を払い、二人目の短剣をナイフで受け流している。

 

 オトフリートが杖を信者へ向けた。

 

「全知全能、万能たるマナよ。純粋なる力の矢となり、かの敵を撃ち抜け――《エネルギー・ボルト》!」

 

 魔力の矢が信者へ命中する。

 

 魔法は狙いを外さない。

 

 信者は抵抗したが、威力を完全には抑えられず、壁へ叩きつけられた。

 

 残った者たちは、戦うよりも鐘を鳴らそうとした。

 

「知らせろ! 暗黒の獣が来た!」

 

「もう知られてるだろ!」

 

 妖姫殺しが鞘の中から叫ぶ。

 

「主よ、わらわを自由にせよ!」

 

「《リバティ・ソード》!」

 

 ミスリル銀のショートソードが宙へ飛び出した。

 

 鐘へ伸ばされた信者の手元を斬り、続けて鐘を支える縄を切断する。

 

「わらわに斬れぬ糸はないのじゃ!」

 

「人間は殺すなよ!」

 

「注文の多い主じゃ!」

 

 待ち伏せしていた六人を倒したとき、納骨堂の正面から激しい戦闘音が聞こえた。

 

 ペイルたちも突入したらしい。

 

「急ごう。儀式を止める!」

 

          ◇

 

 古い地下納骨堂は、礼拝所として作り替えられていた。

 

 壁一面に人骨が積まれている。

 

 中央には三つの祭壇。

 

 暗黒。

 

 死。

 

 狂気。

 

 ファラリスの聖印が置かれた黒い祭壇。

 

 死者の骨と血で飾られたカーディスの祭壇。

 

 無数の笑う仮面と銀の鈴が並べられた、名もなき狂気の神の祭壇。

 

 三つの祭壇から伸びた魔力が、中央に置かれた玉座へ集まっている。

 

 もはや空席ではなかった。

 

 半透明の女が座っている。

 

 黒い法衣。

 

 長い髪。

 

 整いすぎた顔。

 

 目も、口も、鼻もある。

 

 それでも見る者によって、顔の印象が微妙に変わっていた。

 

 ノクティアには、帰る場所で待っていた誰か。

 

 オトフリートには、失われた知識を与える賢者。

 

 祭壇へ集まった信者たちには、自分たちを無条件に救ってくれる聖女。

 

 ルクスンにだけは、顔のない人型の魔力として見えていた。

 

「暗黒が来た!」

 

 カーディス神官が、黒猫姿のゼフィーリアを指した。

 

 笑う仮面の神官が甲高い声で笑う。

 

「待っていた! 待っていたぞ、森の祭司よ! お前の神への祈りは、墓場の死者を通じて我らが聖女へ届いた!」

 

「墓地でターン・アンデッドを使ったときか!」

 

 ゼフィーリアが息を呑む。

 

「私の祈りを、死者とのつながりから盗んだのですか?」

 

「暗黒、死、狂気! 三つの力は満ちた! あとは聖女が肉体を得るのみ!」

 

「させるか!」

 

 ルクスンは中央の玉座へ走った。

 

 信者たちが立ち塞がる。

 

 生きた人間だ。

 

 右拳の聖属性は使えない。

 

 ラウンドシールドで押し退けながら、メイスで武器だけを叩き落とす。

 

 ノクティアは笑う仮面の神官へ短槍を投げた。

 

 玉座に意識を集中していた神官は避けきれない。

 

 短槍が肩を貫き、仮面の神官がよろめく。

 

 それでも笑い声は止まらない。

 

「遅い! 聖女はすでに我らの内におられる!」

 

 祭壇に並べられた銀の鈴が、一斉に鳴った。

 

 ノクティアの手首に残る黒い痕が浮かび上がる。

 

 オトフリートも胸を押さえ、片膝をついた。

 

「帰っておいで」

 

 玉座の女が初めて口を開いた。

 

 声は、地下ミサで望みを口にした者全員の頭へ直接響いた。

 

「あなたの望みを叶えてあげる。失った人を蘇らせ、病も苦しみも取り除き、憎む者を消してあげる」

 

「それは救いではありません」

 

 ゼフィーリアが玉座を睨む。

 

「ファラリスは、望みを叶えるための奴隷ではない。何を望み、何を行うかは、自ら決めるものです」

 

「ならば、あなたは自らの望みで私へ来たのでしょう?」

 

 黒い糸が、三つの祭壇から伸びた。

 

 ゼフィーリアの身体へ絡みつこうとする。

 

「オトフリート!」

 

 魔術師は杖を握り締め、黒猫姿のゼフィーリアを見た。

 

「全知全能、万能たるマナよ。かの者の心を守り、侵す力を退けよ――《カウンター・マジック》!」

 

 青白い魔力がゼフィーリアを包む。

 

 黒い糸が弾かれ、宙で揺れる。

 

 だが、すべてを防ぐことはできない。

 

 墓地で捧げたファラリスへの祈りは、すでに聖女の中へ取り込まれている。

 

 カーディス神官が両腕を広げた。

 

「死は満ちた!」

 

 笑う仮面の神官が、残った銀の鈴を打ち鳴らす。

 

「狂気は満ちた!」

 

 二人の身体から魔力が抜け、中央の玉座へ吸い込まれていく。

 

「こいつら、自分まで材料にする気か!」

 

 ルクスンは信者を押し退け、玉座の前へ到達した。

 

 聖属性の右手を握る。

 

 まだ実体を得ていなくても、アンデッドの核があるなら殴れるはずだ。

 

「出てくる前に壊す!」

 

 右拳が、半透明の聖女の胸へ叩き込まれた。

 

 聖属性の力が爆発する。

 

 玉座を覆っていた魔力の障壁へ亀裂が走った。

 

 聖女の顔が、初めて苦痛に歪む。

 

「やったか!?」

 

「主よ! それは言ってはならぬ言葉じゃ!」

 

 亀裂から黄色い負の精霊のオーラが噴き出した。

 

 ルクスンの拳は確かに届いた。

 

 だが、儀式そのものを止めるには遅すぎた。

 

 カーディス神官の肉体が崩れ、死を司る力となって玉座へ吸い込まれる。

 

 笑う仮面の神官も、狂った笑い声だけを残して黒い影へ変わった。

 

 暗黒。

 

 死。

 

 狂気。

 

 三つの力が一つになる。

 

 半透明だった女の足が床へ触れた。

 

 白い指が玉座の肘掛けを掴む。

 

 黒い法衣が実体を持ち、その背後から何本もの影が翼のように広がった。

 

 女が立ち上がる。

 

 ルクスンの目には、その全身を覆う巨大な黄色い負の精霊のオーラが見えていた。

 

 間違いない。

 

 誕生した聖女は、生者でも神でもない。

 

 死と狂気と偽りの信仰によって作られた、強大なアンデッドだった。

 

「私は、ファラリスの聖女」

 

 女が微笑む。

 

「すべての望みを叶え、すべての苦しみから救いましょう」

 

 地上の王都で、黒い糸を巻いた者たちが一斉に顔を上げた。

 

「聖女様が、お生まれになった」

 

 存在しなかった聖女が、ついにファンドリアへ解き放たれた。

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