アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第42話 名もなき混沌の女神

 誕生した聖女の身体から、巨大な黄色い負の精霊のオーラが立ち上っていた。

 

 死者の身体。

 

 カーディスの神聖力。

 

 蘇らされたアンデッドたちから集めた負の精霊力。

 

 それだけを見れば、聖女は強大なアンデッドに違いなかった。

 

「私はファラリスの聖女。死者を蘇らせ、病を癒やし、すべての望みを叶えましょう。もう苦しむ必要はありません。考える必要もありません。すべてを私へ委ねなさい」

 

 黒衣の女が微笑む。

 

「それのどこがファラリスだ! 考えることも、選ぶこともやめさせておいて、自由も救いもあるか!」

 

 ルクスンはメイスを手放し、右拳を握った。

 

 聖女の胸へ、再び拳を叩き込む。

 

 打撃力五十。

 

 アンデッドに対してのみ解放される、聖属性の一撃。

 

 今度は半透明の障壁ではない。

 

 実体を得た聖女の胸が陥没し、全身を覆う黄色い負の精霊のオーラが爆発した。

 

 地下納骨堂の壁が震える。

 

 積み上げられていた人骨が崩れ、床へ降り注いだ。

 

「やったか!?」

 

「主よ! それは言ってはならぬ言葉じゃ!」

 

「今度は手応えがあった!」

 

 聖女の身体へ無数の亀裂が走った。

 

 黒い法衣が崩れる。

 

 白い肌が灰となる。

 

 肉体を構成していた死者の力が、聖属性によって浄化されていく。

 

 黄色いオーラも消えた。

 

 しかし、聖女そのものは消滅しなかった。

 

 砕けた肉体の内側から、三色の光が現れた。

 

 暗黒。

 

 死。

 

 狂気。

 

 三柱の神に由来する、異なる神聖力。

 

 本来なら決して混ざり合わない力が、膨大な魔力と人々の信仰によって無理やり結合している。

 

 ルクスンの右拳が、光の身体を通り抜けた。

 

 手応えはない。

 

 聖属性の力も発動しなかった。

 

「アンデッドじゃない……?」

 

 最初はアンデッドだった。

 

 死体を肉体としていた間は、間違いなくそうだった。

 

 だが、聖属性の右拳によって死の外殻を破壊した結果、その内側に存在していた何かが剥き出しになった。

 

 センス・オーラにも、センス・マジックにも分類できない光として映っている。

 

 精霊ではない。

 

 アンデッドでもない。

 

 魔法生物とも違う。

 

「待て……この現象、知ってるぞ」

 

 ルクスンの脳裏に、前世で読み込んだフォーセリアの知識が蘇る。

 

 異なる精霊力が複合し、混沌の精霊が生まれた。

 

 さらに膨大な魔力によって精霊力の結合が進み、魔精霊アトン――滅びの巨人が誕生したという。

 

 遠く南にある神獣の大陸でも、異なる神獣が複合した結果、魔神獣と呼ばれる存在が生まれている。

 

 それは大陸だけでなく、世界そのものを崩壊させる兆しを見せていた。

 

 複合した精霊力が、魔精霊を生む。

 

 複合した神獣が、魔神獣を生む。

 

 ならば。

 

 複合した神聖力は、何を生む?

 

「こいつは聖女なんかじゃない。三つの神聖力が混ざって生まれた、神の胚だ!」

 

「新たな神が生まれたというのですか?」

 

「まだ完全な神じゃない。名前も、自分の意志も、信仰を受け止める肉体もない。ただ神聖力だけが結合して、女神の形を取ろうとしている!」

 

 光の女が、自分の身体を見下ろす。

 

 指先は曖昧に揺らぎ、背後の壁が透けて見えていた。

 

「からだ……からだが、ない……」

 

 先ほどまでの流暢な言葉が失われている。

 

 死者の肉体と、狂気の神官から得た人格が崩れたことで、自我まで失われ始めたのだ。

 

 地下納骨堂の黒い糸が一斉に持ち上がった。

 

 王都中の信者へつながる魔力が、光の女へ集まっていく。

 

「新しい身体を作る気だ!」

 

「ルクスン、あの女神は三つの祭壇から力を受けています。祭壇と王都の信者とのつながりを断てば、ここで肉体を作ることはできなくなるはずです!」

 

「三つ同時に潰すぞ! 僕はカーディスの祭壇、ノクティアは狂気の祭壇、ゼフィーリアはファラリスの祭壇を止めろ!」

 

「わらわはどうするのじゃ?」

 

「黒い糸を全部斬れ!」

 

「斬り放題じゃな!」

 

 《リバティ・ソード》によって飛翔していた妖姫殺しが、納骨堂を駆け巡る。

 

 最高品質のミスリル銀製ショートソード+1が、祭壇から伸びる黒い糸を次々と切断していく。

 

 糸が斬られるたび、王都のどこかで信者とのつながりが消えた。

 

「返して! わたしの、からだ!」

 

 光の女から無数の腕が伸び、妖姫殺しを捕らえようとする。

 

「わらわは身体ではなく剣じゃ! 器には向かぬぞ!」

 

「自分で言うな!」

 

 ルクスンは地面へ落としたメイスを拾い上げ、カーディスの祭壇へ向かった。

 

 祭壇は人骨と黒く変色した血によって作られている。

 

 死の神聖力が流れ込み、砕かれた聖女の肉体を再生しようとしていた。

 

「死者は死者へ返せ!」

 

 メイスを振り下ろす。

 

 一撃。

 

 二撃。

 

 人骨が砕ける。

 

 三撃目で祭壇の中心に埋め込まれていたカーディスの聖印が割れ、死の神聖力が途絶えた。

 

 光の女から、黄色い光が抜け落ちる。

 

「し……なくなる……」

 

 ノクティアは、笑う仮面と銀の鈴が並ぶ祭壇へ駆けた。

 

 その前に黒衣の女が現れる。

 

 ほかの者には見えていない。

 

 ノクティアの望みから作られた幻だった。

 

「帰る場所をあげる。もう戦わなくていい。あなたを拒む者も、殺そうとする者もいない。ここへ帰っておいで」

 

 黒衣の女の背後に、小さな家が見えた。

 

 暖かな明かり。

 

 食事の匂い。

 

 自分を待つ人々。

 

 帰れば受け入れてもらえる。

 

 失敗しても殺されない。

 

 誰かの命令に従わなくても、そこにいてよい場所。

 

 ノクティアの足が止まった。

 

 右手首の黒い痕が熱を帯びる。

 

 それでも、オトフリートがかけた《カウンター・マジック》は残っている。

 

 幻がわずかに揺らいだ。

 

「そこは、わたしの帰る場所じゃない」

 

「あなたが望んだ場所よ」

 

「わたしが欲しいのは、誰かに見せられた場所じゃない。自分で決める」

 

 ノクティアは短槍を投げた。

 

 槍は幻を通り抜け、狂気の祭壇へ突き刺さる。

 

 銀の鈴が砕ける。

 

 笑う仮面が床へ落ち、真っ二つに割れた。

 

 名もなき狂気の神から流れ込んでいた神聖力が消える。

 

「こころ……なくなる……」

 

 残るのは、ファラリスの祭壇。

 

 黒猫姿のゼフィーリアが、その前に立っていた。

 

 祭壇へ置かれた聖印は本物だった。

 

 旧神殿街に残されていたファラリスの祭具を、二人の神官が儀式へ流用したのだ。

 

「暗黒を返して。あなたの祈りも、あなたの神も、あなたの自由も、わたしにちょうだい」

 

「断ります」

 

「なぜ……?」

 

「それが私の望みだからです」

 

 ゼフィーリアがファラリスへ祈りを捧げる。

 

「我が神ファラリスよ。汝の名を騙り、他者の望みを奪う偽りの器から、その力を取り戻したまえ!」

 

 しかし、祭壇には大量の信仰が集められている。

 

 ゼフィーリア一人の祈りでは、完全に引き剥がせない。

 

 正面入口から、アンデッドを退ける祈りが響いた。

 

 闇司祭ペイルが、二人の神官を連れて納骨堂へ入ってくる。

 

「事情はあとで聞く! いまは私と祈りを合わせろ!」

 

「言われなくとも!」

 

 二人のファラリス神官が、同時に聖印を掲げた。

 

「我が神ファラリスよ! 望むことも、選ぶことも奪う偽りの女神から、汝の神聖なる力を取り戻したまえ!」

 

 ファラリスの祭壇に亀裂が走った。

 

 盗み取られていた暗黒の神聖力が、光の女から引き剥がされる。

 

「くらやみ……なくなる……」

 

 三つの祭壇が止まった。

 

 オトフリートは魔術師の杖を中央の魔法陣へ向ける。

 

 残された精神力を振り絞り、古代語の呪文を唱えた。

 

「全知全能、万能たるマナよ。絡み合う偽りの力を解き、かの業をあるべき姿へ還せ――《ディスペル・マジック》!」

 

 青白い魔力が、三つの祭壇を結んでいた術式へ突き刺さる。

 

 魔法そのものは狙いを外さない。

 

 混沌の女神を生み出した膨大な魔力が抵抗する。

 

 それでも、祭壇を失った術式は長く耐えられなかった。

 

 床へ描かれていた魔法陣が、一つずつ消えていく。

 

 王都中へ伸びていた黒い糸が燃え上がった。

 

          ◇

 

 王都ファンドリアの各所で、黒い糸を巻いていた者たちが倒れた。

 

 死体置き場で動き始めていた死者が、再び横たわる。

 

 墓地から這い出したアンデッドも、糸を切られた人形のように崩れ落ちた。

 

 人々の手首に残っていた黒い痕が薄れていく。

 

 失われた家族を見せていた幻も消えた。

 

 地下納骨堂では、肉体を作ろうとしていた光の女が崩れ始めていた。

 

 暗黒もない。

 

 死もない。

 

 狂気もない。

 

 それでも、三つの神聖力が結合した核だけは消滅しなかった。

 

「なまえ……わたしの、なまえ……」

 

「お前に名前はない。誰かの望みと死体を寄せ集めて作られただけだ。ファラリスの聖女でも、新しい神でもない」

 

「名づけてはならん。名は信仰の器になる。いま我々が名を与えれば、それを神として認めることになりかねない」

 

 混沌の女神には、まだ真名がない。

 

 自我もない。

 

 ただ、生まれたものが存続しようとする本能だけが残されていた。

 

「からだ……つよい、からだ……わたしを、いれる……うつわ……」

 

 光が人型から球体へ変わる。

 

「逃がすな!」

 

 妖姫殺しが光へ飛びかかった。

 

 ミスリル銀の刀身が霊体を切り裂く。

 

 魔法の武器はわずかに光を削ったが、肉体を持たない女神をその場へ縫い止めることはできない。

 

 ルクスンも右拳を振るう。

 

 拳は光を通り抜けた。

 

 もはやアンデッドではないため、聖属性の力も解放されない。

 

 光の球体が天井へ昇る。

 

 石を透過し、地上へ抜けていった。

 

 名もなき混沌の女神は霊体となり、王都ファンドリアから姿を消した。

 

          ◇

 

 事件から数日後。

 

 ファラリス神殿は、カーディスと名もなき狂気の神の神官が、死者をアンデッドとして蘇らせていた事実を公表した。

 

 地下納骨堂。

 

 三つの祭壇。

 

 黒い糸。

 

 捕らえられた信者たち。

 

 証拠は十分に揃っていた。

 

 聖女の奇跡を信じていた者の多くも、動いていたのが蘇った家族ではなく、神官に操られた死体だったと認めざるを得なかった。

 

 それでも、聖女は本当にいたのだと信じ続ける者は残った。

 

 噂は完全には消えない。

 

 混沌の女神そのものも、破壊できなかった。

 

 ペイルは公式記録から、黒猫姿のファラリス神官に関する記述を削除した。

 

 オトフリートと、ダークエルフであるゼフィーリアが同行している事実も知られていない。

 

「今回の件では助けられた。正体を明かせとは言わん。ファラリス神官が何者と行動し、どのような姿で生きるかは本人が決めることだ」

 

「理解の早い方で助かります」

 

「ただし、次に神殿へ来るときは、せめて人の姿になれ。猫と神学論争をする私の立場も考えろ」

 

「服を用意していただければ」

 

「なぜ神殿が服まで用意せねばならん?」

 

「だから僕のマントを使うのはやめろって!」

 

          ◇

 

 ペイルは、約束していた報酬を支払った。

 

 必要経費として千ガメル。

 

 前金なし、危険手当込みの正規報酬として一万ガメル。

 

 合計一万一千ガメル。

 

「情報料が六百ガメルだったから、必要経費だけで四百ガメル増えた!」

 

「主よ。王都を救った報酬より、そこを喜ぶのか?」

 

「帳簿が黒字になるのは大切なんだよ!」

 

 こうして、ファラリスの聖女を巡る事件は終わった。

 

 存在しなかった聖女は、噂と死と狂気によって生まれた。

 

 その肉体と信者とのつながりは破壊された。

 

 だが、複合した神聖力から生まれたものまで、消滅したわけではない。

 

 王都から遠く離れた夜空を、名前のない光が飛んでいた。

 

 人間。

 

 魔獣。

 

 幻獣。

 

 巨人。

 

 竜。

 

 強い生命の気配を探しながら、光は世界を彷徨っている。

 

「つよい、からだ……」

 

 いつの日か器を得たとき、名もなき混沌の女神は再びルクスンたちの前へ立ち塞がるだろう。




 第六章『ファラリスの聖女』――完。

          ◇

第六章 章末リザルト

収支報告

内容 増減
第五章終了時の共同資金 131,500ガメル
盗賊ギルドへの情報料 -600ガメル
ペイルからの必要経費 +1,000ガメル
正規報酬・危険手当込み +10,000ガメル
現在の共同資金 141,900ガメル

* 十点魔晶石は未使用のまま共同保有
* ペイルから借りた金属鎧、メイス、ラウンドシールドは返却

獲得経験点

通常獲得経験点は2,500点。

王都規模の怪異を阻止し、混沌の女神の受肉と信者との接続を破壊した功績により倍増。

* 通常経験点:2,500点
* 功績による倍加:×2
* 最終獲得経験点:5,000点

キャラクター 前回まで 今回 保有経験点
ルクスン 2,000 +5,000 7,000
ノクティア 2,000 +5,000 7,000
ゼフィーリア 2,000 +5,000 7,000
オトフリート 1,000 +5,000 6,000
妖姫殺し 3,500 +5,000 8,500

「ついに足りた! わらわも次なる姿へ成長できるのじゃ!」

「成長報告は次章の冒頭な」

「焦らすでない!」
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