アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
誕生した聖女の身体から、巨大な黄色い負の精霊のオーラが立ち上っていた。
死者の身体。
カーディスの神聖力。
蘇らされたアンデッドたちから集めた負の精霊力。
それだけを見れば、聖女は強大なアンデッドに違いなかった。
「私はファラリスの聖女。死者を蘇らせ、病を癒やし、すべての望みを叶えましょう。もう苦しむ必要はありません。考える必要もありません。すべてを私へ委ねなさい」
黒衣の女が微笑む。
「それのどこがファラリスだ! 考えることも、選ぶこともやめさせておいて、自由も救いもあるか!」
ルクスンはメイスを手放し、右拳を握った。
聖女の胸へ、再び拳を叩き込む。
打撃力五十。
アンデッドに対してのみ解放される、聖属性の一撃。
今度は半透明の障壁ではない。
実体を得た聖女の胸が陥没し、全身を覆う黄色い負の精霊のオーラが爆発した。
地下納骨堂の壁が震える。
積み上げられていた人骨が崩れ、床へ降り注いだ。
「やったか!?」
「主よ! それは言ってはならぬ言葉じゃ!」
「今度は手応えがあった!」
聖女の身体へ無数の亀裂が走った。
黒い法衣が崩れる。
白い肌が灰となる。
肉体を構成していた死者の力が、聖属性によって浄化されていく。
黄色いオーラも消えた。
しかし、聖女そのものは消滅しなかった。
砕けた肉体の内側から、三色の光が現れた。
暗黒。
死。
狂気。
三柱の神に由来する、異なる神聖力。
本来なら決して混ざり合わない力が、膨大な魔力と人々の信仰によって無理やり結合している。
ルクスンの右拳が、光の身体を通り抜けた。
手応えはない。
聖属性の力も発動しなかった。
「アンデッドじゃない……?」
最初はアンデッドだった。
死体を肉体としていた間は、間違いなくそうだった。
だが、聖属性の右拳によって死の外殻を破壊した結果、その内側に存在していた何かが剥き出しになった。
センス・オーラにも、センス・マジックにも分類できない光として映っている。
精霊ではない。
アンデッドでもない。
魔法生物とも違う。
「待て……この現象、知ってるぞ」
ルクスンの脳裏に、前世で読み込んだフォーセリアの知識が蘇る。
異なる精霊力が複合し、混沌の精霊が生まれた。
さらに膨大な魔力によって精霊力の結合が進み、魔精霊アトン――滅びの巨人が誕生したという。
遠く南にある神獣の大陸でも、異なる神獣が複合した結果、魔神獣と呼ばれる存在が生まれている。
それは大陸だけでなく、世界そのものを崩壊させる兆しを見せていた。
複合した精霊力が、魔精霊を生む。
複合した神獣が、魔神獣を生む。
ならば。
複合した神聖力は、何を生む?
「こいつは聖女なんかじゃない。三つの神聖力が混ざって生まれた、神の胚だ!」
「新たな神が生まれたというのですか?」
「まだ完全な神じゃない。名前も、自分の意志も、信仰を受け止める肉体もない。ただ神聖力だけが結合して、女神の形を取ろうとしている!」
光の女が、自分の身体を見下ろす。
指先は曖昧に揺らぎ、背後の壁が透けて見えていた。
「からだ……からだが、ない……」
先ほどまでの流暢な言葉が失われている。
死者の肉体と、狂気の神官から得た人格が崩れたことで、自我まで失われ始めたのだ。
地下納骨堂の黒い糸が一斉に持ち上がった。
王都中の信者へつながる魔力が、光の女へ集まっていく。
「新しい身体を作る気だ!」
「ルクスン、あの女神は三つの祭壇から力を受けています。祭壇と王都の信者とのつながりを断てば、ここで肉体を作ることはできなくなるはずです!」
「三つ同時に潰すぞ! 僕はカーディスの祭壇、ノクティアは狂気の祭壇、ゼフィーリアはファラリスの祭壇を止めろ!」
「わらわはどうするのじゃ?」
「黒い糸を全部斬れ!」
「斬り放題じゃな!」
《リバティ・ソード》によって飛翔していた妖姫殺しが、納骨堂を駆け巡る。
最高品質のミスリル銀製ショートソード+1が、祭壇から伸びる黒い糸を次々と切断していく。
糸が斬られるたび、王都のどこかで信者とのつながりが消えた。
「返して! わたしの、からだ!」
光の女から無数の腕が伸び、妖姫殺しを捕らえようとする。
「わらわは身体ではなく剣じゃ! 器には向かぬぞ!」
「自分で言うな!」
ルクスンは地面へ落としたメイスを拾い上げ、カーディスの祭壇へ向かった。
祭壇は人骨と黒く変色した血によって作られている。
死の神聖力が流れ込み、砕かれた聖女の肉体を再生しようとしていた。
「死者は死者へ返せ!」
メイスを振り下ろす。
一撃。
二撃。
人骨が砕ける。
三撃目で祭壇の中心に埋め込まれていたカーディスの聖印が割れ、死の神聖力が途絶えた。
光の女から、黄色い光が抜け落ちる。
「し……なくなる……」
ノクティアは、笑う仮面と銀の鈴が並ぶ祭壇へ駆けた。
その前に黒衣の女が現れる。
ほかの者には見えていない。
ノクティアの望みから作られた幻だった。
「帰る場所をあげる。もう戦わなくていい。あなたを拒む者も、殺そうとする者もいない。ここへ帰っておいで」
黒衣の女の背後に、小さな家が見えた。
暖かな明かり。
食事の匂い。
自分を待つ人々。
帰れば受け入れてもらえる。
失敗しても殺されない。
誰かの命令に従わなくても、そこにいてよい場所。
ノクティアの足が止まった。
右手首の黒い痕が熱を帯びる。
それでも、オトフリートがかけた《カウンター・マジック》は残っている。
幻がわずかに揺らいだ。
「そこは、わたしの帰る場所じゃない」
「あなたが望んだ場所よ」
「わたしが欲しいのは、誰かに見せられた場所じゃない。自分で決める」
ノクティアは短槍を投げた。
槍は幻を通り抜け、狂気の祭壇へ突き刺さる。
銀の鈴が砕ける。
笑う仮面が床へ落ち、真っ二つに割れた。
名もなき狂気の神から流れ込んでいた神聖力が消える。
「こころ……なくなる……」
残るのは、ファラリスの祭壇。
黒猫姿のゼフィーリアが、その前に立っていた。
祭壇へ置かれた聖印は本物だった。
旧神殿街に残されていたファラリスの祭具を、二人の神官が儀式へ流用したのだ。
「暗黒を返して。あなたの祈りも、あなたの神も、あなたの自由も、わたしにちょうだい」
「断ります」
「なぜ……?」
「それが私の望みだからです」
ゼフィーリアがファラリスへ祈りを捧げる。
「我が神ファラリスよ。汝の名を騙り、他者の望みを奪う偽りの器から、その力を取り戻したまえ!」
しかし、祭壇には大量の信仰が集められている。
ゼフィーリア一人の祈りでは、完全に引き剥がせない。
正面入口から、アンデッドを退ける祈りが響いた。
闇司祭ペイルが、二人の神官を連れて納骨堂へ入ってくる。
「事情はあとで聞く! いまは私と祈りを合わせろ!」
「言われなくとも!」
二人のファラリス神官が、同時に聖印を掲げた。
「我が神ファラリスよ! 望むことも、選ぶことも奪う偽りの女神から、汝の神聖なる力を取り戻したまえ!」
ファラリスの祭壇に亀裂が走った。
盗み取られていた暗黒の神聖力が、光の女から引き剥がされる。
「くらやみ……なくなる……」
三つの祭壇が止まった。
オトフリートは魔術師の杖を中央の魔法陣へ向ける。
残された精神力を振り絞り、古代語の呪文を唱えた。
「全知全能、万能たるマナよ。絡み合う偽りの力を解き、かの業をあるべき姿へ還せ――《ディスペル・マジック》!」
青白い魔力が、三つの祭壇を結んでいた術式へ突き刺さる。
魔法そのものは狙いを外さない。
混沌の女神を生み出した膨大な魔力が抵抗する。
それでも、祭壇を失った術式は長く耐えられなかった。
床へ描かれていた魔法陣が、一つずつ消えていく。
王都中へ伸びていた黒い糸が燃え上がった。
◇
王都ファンドリアの各所で、黒い糸を巻いていた者たちが倒れた。
死体置き場で動き始めていた死者が、再び横たわる。
墓地から這い出したアンデッドも、糸を切られた人形のように崩れ落ちた。
人々の手首に残っていた黒い痕が薄れていく。
失われた家族を見せていた幻も消えた。
地下納骨堂では、肉体を作ろうとしていた光の女が崩れ始めていた。
暗黒もない。
死もない。
狂気もない。
それでも、三つの神聖力が結合した核だけは消滅しなかった。
「なまえ……わたしの、なまえ……」
「お前に名前はない。誰かの望みと死体を寄せ集めて作られただけだ。ファラリスの聖女でも、新しい神でもない」
「名づけてはならん。名は信仰の器になる。いま我々が名を与えれば、それを神として認めることになりかねない」
混沌の女神には、まだ真名がない。
自我もない。
ただ、生まれたものが存続しようとする本能だけが残されていた。
「からだ……つよい、からだ……わたしを、いれる……うつわ……」
光が人型から球体へ変わる。
「逃がすな!」
妖姫殺しが光へ飛びかかった。
ミスリル銀の刀身が霊体を切り裂く。
魔法の武器はわずかに光を削ったが、肉体を持たない女神をその場へ縫い止めることはできない。
ルクスンも右拳を振るう。
拳は光を通り抜けた。
もはやアンデッドではないため、聖属性の力も解放されない。
光の球体が天井へ昇る。
石を透過し、地上へ抜けていった。
名もなき混沌の女神は霊体となり、王都ファンドリアから姿を消した。
◇
事件から数日後。
ファラリス神殿は、カーディスと名もなき狂気の神の神官が、死者をアンデッドとして蘇らせていた事実を公表した。
地下納骨堂。
三つの祭壇。
黒い糸。
捕らえられた信者たち。
証拠は十分に揃っていた。
聖女の奇跡を信じていた者の多くも、動いていたのが蘇った家族ではなく、神官に操られた死体だったと認めざるを得なかった。
それでも、聖女は本当にいたのだと信じ続ける者は残った。
噂は完全には消えない。
混沌の女神そのものも、破壊できなかった。
ペイルは公式記録から、黒猫姿のファラリス神官に関する記述を削除した。
オトフリートと、ダークエルフであるゼフィーリアが同行している事実も知られていない。
「今回の件では助けられた。正体を明かせとは言わん。ファラリス神官が何者と行動し、どのような姿で生きるかは本人が決めることだ」
「理解の早い方で助かります」
「ただし、次に神殿へ来るときは、せめて人の姿になれ。猫と神学論争をする私の立場も考えろ」
「服を用意していただければ」
「なぜ神殿が服まで用意せねばならん?」
「だから僕のマントを使うのはやめろって!」
◇
ペイルは、約束していた報酬を支払った。
必要経費として千ガメル。
前金なし、危険手当込みの正規報酬として一万ガメル。
合計一万一千ガメル。
「情報料が六百ガメルだったから、必要経費だけで四百ガメル増えた!」
「主よ。王都を救った報酬より、そこを喜ぶのか?」
「帳簿が黒字になるのは大切なんだよ!」
こうして、ファラリスの聖女を巡る事件は終わった。
存在しなかった聖女は、噂と死と狂気によって生まれた。
その肉体と信者とのつながりは破壊された。
だが、複合した神聖力から生まれたものまで、消滅したわけではない。
王都から遠く離れた夜空を、名前のない光が飛んでいた。
人間。
魔獣。
幻獣。
巨人。
竜。
強い生命の気配を探しながら、光は世界を彷徨っている。
「つよい、からだ……」
いつの日か器を得たとき、名もなき混沌の女神は再びルクスンたちの前へ立ち塞がるだろう。
第六章『ファラリスの聖女』――完。
◇
第六章 章末リザルト
収支報告
内容 増減
第五章終了時の共同資金 131,500ガメル
盗賊ギルドへの情報料 -600ガメル
ペイルからの必要経費 +1,000ガメル
正規報酬・危険手当込み +10,000ガメル
現在の共同資金 141,900ガメル
* 十点魔晶石は未使用のまま共同保有
* ペイルから借りた金属鎧、メイス、ラウンドシールドは返却
獲得経験点
通常獲得経験点は2,500点。
王都規模の怪異を阻止し、混沌の女神の受肉と信者との接続を破壊した功績により倍増。
* 通常経験点:2,500点
* 功績による倍加:×2
* 最終獲得経験点:5,000点
キャラクター 前回まで 今回 保有経験点
ルクスン 2,000 +5,000 7,000
ノクティア 2,000 +5,000 7,000
ゼフィーリア 2,000 +5,000 7,000
オトフリート 1,000 +5,000 6,000
妖姫殺し 3,500 +5,000 8,500
「ついに足りた! わらわも次なる姿へ成長できるのじゃ!」
「成長報告は次章の冒頭な」
「焦らすでない!」