アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
ファンドリアを発つと決めた翌朝。
ルクスンたちは、市場と職人街を行き来していた。
目的は装備の新調ではない。
すでにルクスンには、メイス、ラウンドシールド、金属鎧、弓がある。
ノクティアも短槍と投擲用のナイフ、ソフトレザー、盗賊道具を揃えている。
必要なのは、これから始まる山越えに備えた点検と補充だった。
鎧の留め具を直し、盾の革帯を交換する。
弓弦の予備を買い、矢羽根の曲がった矢を取り除く。
ロープ、鉄杭、小型の槌、防水布、毛布、保存食、水袋、火口箱、油、予備の靴紐。
ひとつひとつは大した荷物ではない。
しかし、積み上げれば立派な荷物の山になった。
「大型馬車を預けたあとは、小型馬車と荷馬か騾馬だ。全部は持っていけないぞ。必要な物と、あったら便利な物を分けよう」
「全部、必要」
ノクティアは短く答えた。
彼女の足元には、盗賊道具、手当て用品、細いロープ、針金、滑車、油、小瓶、覆面用の布まで並んでいる。
「覆面は山越えに必要ないだろ」
「顔を隠すときに使う」
「用途を聞いているんじゃない。今回の旅で必要かを聞いているんだ」
「いつ暗殺することになるかわからない」
「暗殺を旅程に入れるな!」
黒猫姿のゼフィーリアは、荷物の山から少し離れた木箱の上に座っていた。
自分には関係がないという顔で、前足を舐めている。
ルクスンは、その前へ包みを置いた。
「これはゼフィーリアの服。変身を解いたときに必要になるから、防水布に包んで荷物の中へ入れておく。自分で持てるか?」
「猫に荷物を持たせるつもり?」
「中身はお前の服だぞ」
「私が人に戻るとき、誰かが運んできて」
「お前の変身能力、仲間の荷物が増えるという重大な欠点があるな」
「鷹になれば上空から道を確認できる。黒猫なら宿へ入っても怪しまれない。鼠なら狭い隙間にも入れる。その程度の荷物で私を使えるのだから安いものでしょう」
「自分で使えると言うな。あと、服を着る場所も毎回探さないといけないんだよな」
ゼフィーリアは答えず、前足で顔を洗い始めた。
「都合が悪くなると猫になるの、やめろ!」
◇
最後に訪れたのは、武器屋だった。
用があるのはルクスンたちの武器ではない。
妖姫殺しの鞘である。
成長して刀身が大きくなったため、それまでの鞘へ収まらなくなっていた。
布で何重にも包まれた妖姫殺しを見た武器職人が、怪訝そうに眉を寄せる。
「変わった短剣だな。いや、もう短剣と呼ぶには少し長いか。ショートソード用の鞘を調整すれば収まりそうだ」
「ミスリル銀製だから、刀身を削るのはなしで。あと、魔法の武器だけど気にしないでください」
「先に言っておくが、魔法の武器を損なっても責任は取らんぞ」
「鞘だけ合わせてもらえればいいです。本人にも黙らせておきますから」
布の中から、くぐもった声が響いた。
「主よ! わらわを物のように扱うでない! 新たな力を得て、より美しく成長したわらわへ相応の装いを用意せよ!」
武器職人の手が止まった。
「今の声は何だ?」
「腹話術です」
「剣を包んでいる布から聞こえたぞ」
「僕は腹話術が得意なんです」
「主よ、いい加減その言い訳には無理があると思うぞ!」
武器職人はしばらくルクスンを見つめたあと、深く息を吐いた。
「魔法の武器には関わらないほうが長生きできる。鞘ができるまで、そいつを黙らせておけ」
「話のわかる職人で助かります」
「わらわは納得しておらぬぞ!」
妖姫殺しは、その上から毛布を巻かれた。
◇
市場を歩いている間も、周囲から向けられる視線は消えなかった。
聖女を名乗った何者かが、死者を蘇らせた。
その奇跡を、よそ者の冒険者が拳で叩き潰した。
地下で起きた本当の出来事を知らない市民の間では、それだけが噂として広がっている。
露店の前を通れば、店主が声を潜める。
子供がルクスンを指差し、母親に手を引かれて離れていく。
混沌の女神の誕生を阻止した者ではなく、蘇った老人を殴り殺した男。
それが、現在のファンドリアにおけるルクスンの評判だった。
「英雄的名声を集める予定だったのに、なんで聖女殺しとか死人殺しとか呼ばれてるんだろうな」
「人前で蘇った老人を殴ったから」
「ノクティア。事実を簡潔に言えばいいってもんじゃないぞ」
「拳が光っていたから、余計に目立った」
「追い打ちをかけるな!」
オトフリートが、受け取った保存食を馬車へ積み込んだ。
「真相を公表すれば、カーディスや名もなき狂気の神の神官がファラリスの信仰を利用し、新たな神を作ろうとしていたことまで明らかになります。ファンドリアの王権や神殿にとって、表へ出せる事件ではありません」
「わかってるよ。だから反論もできないんだ。真相を話したところで、もっと危ない奴だと思われるだけだしな」
黒猫が荷物の上へ飛び乗った。
「悪名も名声のうちよ」
「僕が欲しいのは英雄的名声だ。悪名を集めて魔術師ギルドの信用が得られるか!」
◇
集めた装備は、必要品、予備品、ファンドリアへ残す物の三つに分けた。
共同資金も、旅に持ち出す現金と、遠方で換金できる証書へ分散する。
オトフリート一人がいなければ引き出せない形にはせず、ルクスンとノクティアも扱えるよう、証書は複数に分けた。
旅の途中で盗まれれば終わり。
ひとつの袋へ全財産を詰め込むなど、冒険者のすることではない。
昼過ぎ。
すべての準備を終えた一行は、ファンドリアの北西門へ向かった。
オトフリート家の馬車は、大人四人と荷物を載せても余裕がある。
だが、この馬車で進めるのは国境宿場までだ。
その先は道が狭くなり、小型馬車へ乗り換え、さらに険しい区間では荷馬か騾馬へ頼ることになる。
御者台へ座ったオトフリートが、慣れた手つきで手綱を取った。
「貴族の魔術師が自分で馬車を操れるのか?」
「遊学先で、いつも家の御者を連れ歩けるとは限りません。乗馬と馬車の扱いは、家を出る前に習いました」
「騎士で、貴族で、魔術師で、馬車まで扱える。僕が転生時に要求したものを本当に全部持ってるな」
「その話は、まだ続いていたのですか?」
「僕が奴隷として死体置き場へ放り込まれた事実が消えるまで続く」
ルクスンが御者台の隣へ乗り込む。
ノクティアは荷台へ座り、その膝には黒猫のゼフィーリア。
新しい鞘を得た妖姫殺しは、ルクスンの腰へ収まっている。
「いざ、湖へ向けて出発じゃ! わらわの新たな力を披露するに相応しい敵がおるとよいな!」
「縁起でもないことを言うな。山越えと船旅が何事もなく終わるのが一番だ」
門兵が通行証を確認し、馬車を通した。
車輪が石畳から土の街道へ移る。
混沌の国ファンドリアの王都が、ゆっくりと遠ざかっていく。
目指すのは、北西の国境宿場。
さらにその先に、地図へ描かれない山道とエア湖が待っている。
ルクスンは振り返らなかった。
この街で英雄にはなれなかった。
それでも、世界を滅ぼしかねない何かを止めた事実だけは残っている。
ならば次こそは、人前でわかりやすく誰かを救えばいい。
そう考えたルクスンの腰で、妖姫殺しが小さく震えた。
「主よ。後ろから、刃物を持った者が近づいてくるぞ」
ルクスンはメイスへ手を伸ばし、街道の後方を振り返った。
走ってきたのは、一本の包丁を腰に差した宿の料理人だった。
「忘れ物だ! 保存食の包みをひとつ積み忘れているぞ!」
馬車を止めたルクスンは、額を押さえた。
「妖姫殺し。刃物の気配を感じるたびに警告するの、やめてくれない?」
「敵か料理人かまでは、わらわにもわからぬ!」
白いサーペントとの遭遇より先に、魔剣の新しい力をどう扱うかという問題が発覚した。