アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

45 / 45
第45話 湖底への招待

 エア湖を渡る貨客船は、穏やかな風を帆に受けて北東へ進んでいた。

 

 甲板にはラムリアースへ運ばれる葡萄酒の樽や織物の荷箱が積まれ、その隙間で商人や旅人が思い思いに過ごしている。

 

 空は晴れ、波も低い。

 

 湖上旅行としては申し分のない日だった。

 

「アレクラストの巨大湖を船で渡る。こういうのでいいんだよ。暗殺者や狂気の神官やメデューサなんて、毎回出てくるほうがおかしいんだ」

 

 ルクスンは船縁へ腕を置き、広大な湖面を眺めた。

 

 八坂鷹だった頃に読んだワールドガイドにも、エア湖には大小の魔物が生息すると書かれていた。

 

 レイクサーペントとの遭遇譚も珍しくない。

 

 しかし、この船には武装した水夫がおり、魔術師であるオトフリートもいる。湖岸から大きく離れない航路なら、危険は許容範囲内だ。

 

「主よ。そういうことを口に出すと、何か起こるのではないか?」

 

「妖姫殺し。この世界にシナリオライターはいない。僕が余計なことを言ったからって、都合よく事件が起きたりしないんだよ」

 

 鞘の中から聞こえた声に、オトフリートが眼鏡を直した。

 

「すでに三度ほど、同じような発言の直後に事件が起きていませんでしたか?」

 

「偶然だ。人間は都合のよい出来事だけを記憶して、そこに因果関係を見いだす生き物なんだ」

 

 ノクティアの肩では、黒猫となったゼフィーリアが湖から顔を背けていた。

 

 前足の爪が、ノクティアの服へ深々と食い込んでいる。

 

「痛い。水が怖い?」

 

 黒猫は答えず、さらに強くしがみついた。

 

「猫は泳げる。身体的な能力は使えるんだろ?」

 

 ルクスンが尋ねると、黒猫は不機嫌そうに尾を振った。

 

「泳げることと、泳ぎたいことは別らしい」

 

 ノクティアはそう解釈した。

 

 そのときだった。

 

 水平線の一部が揺らいだ。

 

 熱気による陽炎に似ていたが、湖上の風は冷たい。

 

 青い水面へ、一本の白い線が浮かび上がる。

 

 最初は波頭にしか見えなかった。

 

 だが、白線は船と平行に進みながら、ゆっくりと長さを増していく。

 

 十メートル。

 

 二十メートル。

 

 やがて、その先端が湖面から持ち上がった。

 

 白い蛇の頭だった。

 

「サーペントだ!」

 

 見張りの水夫が叫び、甲板が騒然となった。

 

 白い巨体が水を割って立ち上がる。

 

 蛇というより、翼を持たない竜に近い。白銀の鱗が陽光を反射し、二本の角が後方へ伸びている。

 

 しかし、ルクスンには別のものが見えていた。

 

 白い巨体の全身から、濃密な魔力が立ち昇っている。

 

 同時に、その周囲にいる水の精霊たちは、巨大な肉体を避ける動きをしていなかった。

 

 鱗の中を、湖水と精霊が平然と通り抜けている。

 

「待て! こいつには肉体がない。レイクサーペントじゃない。魔法で作られた像だ!」

 

「幻なら、船へ何ができるのです?」

 

 オトフリートが杖を構えた。

 

「それを確かめる前に近づいてきてる! 何か撃ってみろ!」

 

「全知全能、万能なるマナよ、集いて光の矢となり、彼のものを穿て。《エネルギー・ボルト》」

 

 青白い魔法の矢が放たれた。

 

 必中の光条が、白いサーペントの眉間へ突き刺さる。

 

 巨体が大きく歪んだ。

 

 鱗が光の粒となって飛び散り、その奥から青い湖面が透けて見える。

 

 だが、次の瞬間には元の姿へ戻っていた。

 

「当たった。しかし、手応えがありません」

 

「やっぱり像だ! ノクティア、精霊魔法は使うな。攻撃しても精神力の無駄になる!」

 

「では、どうする?」

 

「幻を作っている本体か、魔法の起点を探す。サーペントを見るな。湖面か船の周囲に——」

 

 最後まで言えなかった。

 

 白いサーペントが口を開いた。

 

 咆哮は聞こえない。

 

 代わりに、船の周囲から水の壁が立ち上がった。

 

 甲板を囲んだ湖水が内側へ倒れ込む。

 

 ルクスンは咄嗟に船縁へ掴まった。

 

 水が全身を包む。

 

 だが、濡れる感覚がなかった。

 

 息もできる。

 

 それでも身体だけが、凄まじい力で湖の中へ引きずり込まれていく。

 

「全員、手を離すな! これは水じゃない。場所そのものを移動させる魔法だ!」

 

 ルクスンはノクティアの腕を掴んだ。

 

 ノクティアはオトフリートの外套を握り、その肩には黒猫が爪を立てている。

 

 妖姫殺しが鞘から飛び出した。

 

「主よ、下じゃ! 湖底の奥から、数えきれぬほどの刃物の気配がするぞ!」

 

「湖底に武器庫でもあるのかよ!」

 

 四人と一匹、そして一本の魔剣が甲板から引き剥がされた。

 

 船が遠ざかっていく。

 

 船室へ置いた背負い袋も、旅費も、着替えも、食料も、これまで揃えた道具も、すべて船に残されたままだ。

 

 水夫たちが投げた縄は、ルクスンたちの身体をすり抜けた。

 

 白いサーペントが大きく身を翻す。

 

 視界が白く染まった。

 

          ◇

 

 落下は唐突に終わった。

 

 ルクスンは硬い床へ背中から叩きつけられた。

 

「痛っ……湖に落ちたはずなのに、なんで石の床なんだよ」

 

 身体を起こす。

 

 そこは白い石造りの広間だった。

 

 柱には竜の彫刻が施され、壁面には見覚えのない紋章が並んでいる。

 

 天井は存在しなかった。

 

 頭上にはエア湖の水が広がっている。

 

 魚の群れが泳ぎ、その遥か上を、先ほどまで乗っていた船の影が通過していた。

 

 水は一滴も落ちてこない。

 

 広間の外には家々が並び、その中央には白亜の城がそびえていた。

 

 湖底へ沈んだのではない。

 

 湖底に重ねて作られた、別の場所へ落とされたのだ。

 

「大規模な蜃気楼……いや、幻覚だけじゃない。空間まで切り離している。こんなの、完全版の魔法にもないぞ」

 

「主よ。感心している場合ではない。囲まれておるぞ」

 

 妖姫殺しの警告と同時に、柱の陰から武装した人影が現れた。

 

 白い外套。

 

 竜鱗を重ねた鎧。

 

 槍や剣を携えた者が、広間の出口を塞いでいる。

 

 その中から、一人の女性が進み出た。

 

 年齢は三十歳前後に見える。

 

 長い銀髪を背へ流し、額には白い鱗を連ねた冠を載せていた。

 

「ようこそ、湖上の城へ。白きサーペントが少々手荒な招き方をしたことについては謝罪いたします。私は、この地を守る竜神官の一人です」

 

 オトフリートが立ち上がり、濡れてもいない外套の裾を整えた。

 

「私たちはラムリアースへ向かう途中の旅人です。あなた方の領域を侵す意図はありません。乗っていた船へ戻していただけませんか?」

 

「それはできません。かつて竜を信仰する者たちは、神を殺す力を求めた者と、争いを捨てて静かに生きることを望んだ者に分かれました。私たちは後者です。この蜃気楼の内側で、誰にも知られず暮らしてきました」

 

「僕たちは、あなた方の存在を誰かに話すつもりはありません」

 

 ルクスンが口を挟んだ。

 

 竜神官の女性は穏やかに微笑んだ。

 

「旅人の約束だけに、同胞すべての命を預けることはできません。しかし、あなた方を殺すつもりもありません。見つかってしまった以上、このまま私たちと一緒に暮らしてください。住居も食事も仕事も用意いたします」

 

「それは歓待じゃない。無期限の監禁だろ」

 

「理解が早くて助かります」

 

 白い外套の竜神官たちが、一斉に武器を構えた。

 

 退路はない。

 

 荷物は船の上。

 

 現在地は地図に存在しない蜃気楼の城。

 

 ルクスンは両手を上げながら、心の中で悪態をついた。

 

 ――スニーキング・エグゾダス。

 

 どうやら次の冒険は、湖底の楽園から着の身着のままで逃げ出す脱出劇になるらしい。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

アルカンフェル転生(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:強殖装甲ガイバー)

※本作は作者が読みたい原作改変を自給自足する趣味作です。感想や考察はありがたく拝見しますが、展開は作者の予定と趣味を優先して進めます。▼気が付くとアルカンフェルに転生していた▼お仕置きビリビリは嫌だが、巨大小惑星の衝突は回避しないと地球丸ごと死ぬとか草。▼原作開始まで何万年?忘れない様に石板に覚えてる原作内容を書き込んでおこう。気が付いたら眠りの神殿に石板が…


総合評価:3709/評価:8.55/連載:132話/更新日時:2026年08月26日(水) 17:01 小説情報

トローラ・ロージン転生(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:ファイブスター物語)

※本作は作者が読みたい原作改変を自給自足する趣味作です。感想や考察はありがたく拝見しますが、展開は作者の予定と趣味を優先して進めます。▼星団暦2988年、アドラー。▼ユーバー・バラダに雇われた傭兵騎士トローラ・ロージンは、目覚めた瞬間に自分が「もう詰んでいる」ことを悟る。▼視界いっぱいに迫る黄金の電気騎士、K.O.G.。▼本来ならここでトローラは、MHバルン…


総合評価:2830/評価:8.81/連載:63話/更新日時:2026年08月20日(木) 18:00 小説情報

忍殺世界にTS転生した話(作者:下駄ロボ)(原作:ニンジャスレイヤー)

TS転生した主人公がネオサイタマをなんとか生き残る話。


総合評価:2849/評価:8.77/連載:12話/更新日時:2026年08月26日(水) 17:39 小説情報

愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!(作者:イングラマン)(原作:機動警察パトレイバー)

某巡査の娘が特車二課第二小隊に配属される、原作再構成二次小説です。▼自分が読みたいがために投稿しました。▼・TVアニメ版を軸にOVA、漫画版や小説版をミックスしています。▼・転生オリ主最強です。▼・一部キャラクターの生年と経歴を変更しています。▼・作者は警察組織や軍事関係、コンピュータについてはネットで調べた程度の知識しかありません。▼以上の点を踏まえて、本…


総合評価:3806/評価:9.03/連載:23話/更新日時:2026年08月21日(金) 18:00 小説情報

CyberPunk: EDGE CASE(作者:エネーロ)(原作:Cyberpunk2077)

目が覚めたらそこは最悪の街だったーーー▼ふと気づくと2020年代のナイト・シティ。▼体は時代錯誤(2077)のクロームまみれ。能力はMOD基準。▼企業にバレたら実験動物よろしく解剖コース。▼生き残る道を探しながら、ジョニー達と関わっていくことになる奮闘劇。▼本作品は設定作成、本文一部にAIを利用しています。▼


総合評価:3417/評価:8.86/連載:28話/更新日時:2026年07月30日(木) 00:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>