アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第46話 楽園の囚人

 戦って突破できる状況ではなかった。

 

 広間を包囲する竜神官の戦士は十二人。

 

 全員が竜鱗を重ねた鎧と長槍で武装し、柱の陰には魔法を使える者まで控えている。

 

 ルクスンたちは武器を床へ置かされ、一人ずつ所持品を調べられた。

 

「抵抗しなければ危害は加えません。武器、魔法の品、外界との繋がりを示す品はこちらで保管します」

 

 竜神官の女性が告げた。

 

「保管ということは、帰るときに返してもらえるんですよね?」

 

「この地を離れるときには、すべてお返しします」

 

「僕たちを帰すつもりがない以上、それは永久没収と同じじゃないか!」

 

「理解が早くて助かります」

 

「その台詞、気に入ってるのか?」

 

 ルクスンのメイス、ラウンドシールド、金属鎧が運び出された。

 

 ノクティアも短槍、投げナイフ、盗賊の七つ道具を差し出す。

 

 オトフリートは腰の剣と魔術師の杖に加え、家紋を刻んだ指輪まで外すよう命じられた。

 

「この指輪は私の身分を証明する大切な品です。武器でも魔法の品でもありません」

 

「外界の身分は、この場所では意味を持ちません。紛失しないよう、ほかの品と一緒に保管します」

 

「私が問題にしているのは、そういうことではないのですが……」

 

 最後に、戦士の一人が妖姫殺しへ手を伸ばした。

 

 ルクスンが鞘ごと差し出そうとする。

 

 だが、短剣は右手から離れなかった。

 

「主よ。わらわは奪われぬぞ。この程度の包囲など、二人で斬り抜ければよい!」

 

「十二人の重装兵に魔法使いまでいる。今ここで戦ったら、斬り抜ける前に全滅だ」

 

「しかし、わらわは主の剣じゃ。剣が主を残して捕らわれるなど、末代までの恥ではないか!」

 

「お前に子孫はいないだろ。必ず迎えに行くから、今は大人しくしてくれ」

 

 戦士が柄を掴んだ。

 

 それでも妖姫殺しは、ルクスンの手に吸いついたように離れない。

 

「意志ある魔剣ですか」

 

 竜神官の女性が後方へ目を向けた。

 

 進み出たのは、灰色の長衣をまとった老魔術師だった。

 

 老人が妖姫殺しへ指を向ける。

 

 その口から紡がれた上位古代語を聞いた瞬間、ルクスンには使われようとしている魔法がわかった。

 

「待て、それは——!」

 

「全知全能、万能なるマナよ、かの品に宿りし力を閉ざし、沈黙の枷を与えよ。《シール・エンチャント》」

 

 妖姫殺しの刀身を包んでいた魔力が消えた。

 

 薄れたのではない。

 

 完全に、何の痕跡も残さず消失した。

 

 常時働いているルクスンのセンス・マジックにも、妖姫殺しはただの銀製ショートソードとしか映らない。

 

「主よ、わらわの声が——」

 

 金切り声が途中で途絶えた。

 

 同時に、ルクスンの手から短剣が滑り落ちる。

 

 バディ・ソードの力まで封じられたのだ。

 

 戦士が床から妖姫殺しを拾い上げた。

 

「シール・エンチャント……魔法の品に宿る力を封じる古代語魔法だ。かけられた品は力を失うだけじゃない。センス・マジックにも反応しなくなる」

 

「正確な知識をお持ちなのですね」

 

「感心してないで返せ! それは僕たちの仲間だぞ!」

 

「傷つけはしません。封印した状態で保管します」

 

 妖姫殺しを抱えた戦士は、広間の奥にある階段を下りていった。

 

 魔力を追うことはできない。

 

 ルクスンは戦士の姿と、曲がった通路の方向を目に焼きつけた。

 

          ◇

 

 黒猫となったゼフィーリアだけは、武器とも魔法の品とも判断されなかった。

 

 鷹の羽を思わせるマントは、変身中には黒猫の外皮となっている。探したところで見つかるはずがない。

 

「その猫も調べますか?」

 

 戦士に問われたノクティアは、黒猫を両腕で抱き締めた。

 

「ただの猫。水が嫌いで、愛想が悪くて、よく人を引っ掻く」

 

 黒猫がノクティアの腕へ爪を立てる。

 

「痛い。でも、ただの猫」

 

 戦士は興味を失った。

 

 一行は旅装まで取り上げられ、代わりに生成りの服と革のサンダルを渡された。

 

 手元に残ったのは、本当に着ている服だけだった。

 

「僕の右手も武器なんですけど、切り落として保管します?」

 

「冗談はやめてください」

 

「冗談で済むなら、それでいいです」

 

 聖属性の右手は、アンデッドを相手にしたときだけ恐るべき威力を発揮する。

 

 目の前にいるのは生きた人間だ。

 

 殴れば痛いだろうが、重装鎧を粉砕できるほどではない。

 

          ◇

 

 竜神官の女性に案内され、一行は湖底の城下町へ入った。

 

 白い石を敷いた道。

 

 澄んだ水の流れる水路。

 

 畑では穀物や野菜が育ち、果樹には赤い実がなっている。

 

 頭上にはエア湖の水が広がっているというのに、町には柔らかな陽光が降り注いでいた。

 

 空も太陽も、竜神官たちが作り出した蜃気楼だった。

 

 住民は百人を超えている。

 

 竜神官だけではない。

 

 漁師、農夫、職人、走り回る子供たち。

 

 外から迷い込んだと思われる人間やハーフエルフの姿もあった。

 

 誰も鎖で繋がれてはいない。

 

 住民たちは穏やかに暮らしていた。

 

「私たちの祖先は、竜の力によって神々を滅ぼそうとする同胞から離れました。争いを避け、この場所を築き、外界との関係を断ったのです。ここには畑も工房も書庫もあります。病人を癒やす者もいます。暮らすために必要なものは、ほとんど揃っています」

 

「衣食住は保証され、犯罪も戦争もなく、魔法で環境まで管理された理想郷というわけか」

 

「理解していただけましたか?」

 

「ただし、一度入ったら二度と出られない。理想郷じゃなくて、快適に作られた牢獄だよ」

 

 竜神官の女性は否定しなかった。

 

「外へ戻りたいという気持ちは理解しています。しかし、私たちの存在が知られれば、神殺しの竜を求める者や、古代の竜魔法を奪おうとする者が現れます。ここに住む子供たちを守るため、例外を認めることはできません」

 

 彼女たちは邪悪ではない。

 

 秘密を守るために旅人を殺すのではなく、共同体へ迎え入れている。

 

 それでも、本人の意思を無視して一生閉じ込める行為を受け入れる気にはなれなかった。

 

          ◇

 

 一行へ与えられたのは、町の外れにある小さな家だった。

 

 寝台が四つ。

 

 食卓と椅子。

 

 水瓶、食器、毛布。

 

 生活に困らない程度の品は揃っている。

 

「三日間は休んでください。その後、それぞれに適した仕事を選んでいただきます。魔術師には書庫か工房、身軽な方には漁や採集、戦士には町の警備をお願いすることになるでしょう」

 

 竜神官の女性はそう告げ、護衛とともに立ち去った。

 

 扉に鍵はかけられなかった。

 

 逃げられないという絶対の自信があるのだ。

 

「現状を確認しよう。船室に置いてきた荷物、現金、食料、着替えは全滅。身につけていた武器、防具、道具、オトフリートの身分証明まで没収。妖姫殺しはシール・エンチャントで封じられ、地下のどこかへ運ばれた。残った戦力は僕の右手、ノクティアの精霊魔法、オトフリートの知識、それから猫一匹だ」

 

「古代語魔法は発動体を取り上げられました。代用品を手に入れるまでは使えません」

 

「盗賊の道具もない。針金があれば、簡単な鍵くらいは開けられる」

 

 ノクティアが答えた。

 

 全員の視線が黒猫へ集まった。

 

 ゼフィーリアは寝台の上で丸くなり、前足を舐めている。

 

「お前だけは、ほとんど変わらないな」

 

 黒猫は顔を上げなかった。

 

「正面から暴れて犠牲者を出すわけにはいかない。出口を探し、妖姫殺しと最低限の装備を取り戻して、誰にも気づかれずに脱出する」

 

「白いサーペントを動かせなければ、外へ出られない可能性があります」

 

「だから調べる。町の構造、見張りの交代、武器庫、蜃気楼を維持している場所。それからシール・エンチャントの解除方法も必要だ。妖姫殺しは今や魔力の反応すらない。見つけるには、一本ずつ剣を確かめるしかない」

 

 ルクスンが黒猫を見る。

 

「ゼフィーリア。猫なら町を歩き回っても怪しまれにくい。今夜から偵察を頼む。ただし、野生の勘は使えないんだから、動物用の罠には気をつけろよ」

 

 黒猫の毛が逆立った。

 

 湖畔の村で狐罠にかかった件を、まだ根に持っているらしい。

 

 夜が来た。

 

 偽りの太陽が沈み、頭上の湖が深い藍色へ変わる。

 

 住民たちが寝静まると、黒猫は音もなく窓から外へ出た。

 

 装備はない。

 

 金もない。

 

 地図もない。

 

 妖姫殺しの魔力さえ、完全に封じられた。

 

 湖底の楽園からの脱出作戦が、静かに始まった。

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