アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
黒猫となったゼフィーリアが戻ってきたのは、偽りの夜明けが始まる直前だった。
開けておいた窓から音もなく入り、食卓へ飛び乗る。
なぜか首には白いリボンが結ばれていた。
「そのリボン、どうした?」
ルクスンが尋ねると、黒猫は露骨に顔を背けた。
「住民に捕まった?」
ノクティアの問いにも答えない。
前足からは焼き魚の匂いがする。
「動物の身体能力は使えても、野生の勘はない。まさか人間の子供にまで捕まるとは思わなかったよ」
黒猫がルクスンの手へ噛みついた。
「痛い! わかったから偵察結果を教えてくれ!」
「その姿では詳しい報告ができないでしょう。窓と扉は私が見張りますので、人間の姿へ戻られてはいかがですか?」
オトフリートが窓掛けを閉じ、入口へ椅子を置いた。
ノクティアが寝台から毛布を持ってくる。
黒猫の外皮が左右へ開き、鷹の羽を思わせるマントへ戻った。
中から現れたゼフィーリアは、素早く毛布へ身体を包む。
「服まで取り上げられたのは不便ですね」
「変身中は服を持ち歩けないからな。脱出するまで、報告のたびに毛布を巻くしかない」
「その原因を作った者に言われたくありません。それより報告します。町の中央に白い城があり、その地下に武器庫があります。妖姫殺しらしき短剣も、そこへ運び込まれました。武器庫の入口には常に二人の見張りがいます。町の東側には船着き場があり、五日後の夜明け前に見回り船が外へ出ます。白いサーペントは侵入者を捕らえるだけでなく、この蜃気楼と外界を繋ぐ門でもあるようです」
ゼフィーリアは炉の灰を食卓へ薄く広げ、爪先で町の形を描き始めた。
中央に城。
西側の地下に武器庫。
東側に船着き場。
町全体を囲むように、円を描く。
「町の外周も調べたのか?」
「同じ方向へ歩き続けても、いつの間にか反対側から町へ戻ってしまいます。空間そのものが閉じられています。外へ出るには、白いサーペントが開く道を使うしかありません」
「見回り船には何人乗る?」
「竜神官が三人、水夫が四人。小型帆船ですが、食料や水を積むための船倉があります。荷物へ紛れ込めば、四人でも隠れられるでしょう」
「ゼフィーリア殿の正体が住民に知られれば、それだけで状況が悪化しかねません。ここではダークエルフも妖魔として扱われる可能性があります。偵察中は、今後も黒猫の姿を維持したほうがよさそうです」
「そのつもりです。もっとも、猫の姿でも子供に捕まる危険はありますが」
「やっぱり捕まったんじゃないか!」
「魚を受け取るため、あえて捕まったのです」
ゼフィーリアは首のリボンを外し、ルクスンへ投げつけた。
◇
見回り船が出るのは五日後。
白いサーペントによって外界への道が開かれる、最初の機会だった。
問題は、それまでに妖姫殺しと脱出用の装備を取り戻せるかどうかだ。
「妖姫殺しは確認できた?」
「黒い鞘に納められた銀製のショートソードなら見ました。武器庫の奥にある鉄格子の中です。ただし、シール・エンチャントで封じられているため、声も魔力も感じませんでした」
「ゼフィーリアはセンス・マジックを使えないだろ」
「使えなくても、喋る短剣が一言も発さず運ばれていけば、封じられたままだと判断できます」
「ごもっともです」
妖姫殺しは回収できても、すぐには戦力にならない。
封印を解除する手段がなければ、ラムリアースへ着くまで普通のショートソードとして持ち運ぶしかなかった。
「武器庫の扉は鉄製。鍵が一つ、内側に閂。地下へ下りる階段にも見張りがいる」
ゼフィーリアが地図へ印を加える。
「盗賊の七つ道具は没収された。でも、針金と細い鉄片があれば簡単な鍵は開けられる」
ノクティアが答えた。
「古代語魔法を使うには発動体が必要です。私の杖を取り戻せなければ、魔法による援護はできません」
「ゼフィーリアの神聖魔法も、正体を晒すことになるから最後の手段だ。今回は誰も倒さず、誰にも見つからずに逃げる」
「ファラリスは己の欲望に従うことを肯定する神です。私が自由を得るために魔法を使っても、何の問題もありません」
「ここの住民にとっては大問題なんだよ!」
◇
三日間の休養期間が終わると、ルクスンたちは仕事を選ばされた。
ルクスンは町の鍛冶場。
ノクティアは船着き場に近い漁具工房。
オトフリートは城内の書庫を希望した。
「皆さんが、それぞれの知識や能力を生かせる仕事を選んでくださったことを嬉しく思います」
竜神官の女性は満足そうだった。
「僕たちも、ここで暮らすしかないとわかりましたからね。どうせなら役に立つ仕事をしたい」
「受け入れていただくまで、もう少し時間がかかると思っていました」
「人間、諦めが肝心ですよ」
ルクスンは笑顔で答えながら、鍛冶場から城へ武器が運ばれる経路を調べた。
修理された武器は、城の西側にある搬入口から地下へ運ばれる。
搬入口は昼間だけ開き、夜になると内側から閂をかけられる。
ノクティアは漁具工房から細い針金と小さな鉄片を手に入れた。
正式な盗賊道具には及ばないが、簡単な錠前なら開けられる。
オトフリートは書庫で、白いサーペントの出現記録と見回り船の出航時刻を確認した。
ゼフィーリアは昼も黒猫として町を歩き、見張りの交代時間を調べた。
◇
決行前夜。
ゼフィーリアは再び人間の姿へ戻り、毛布をまとって食卓についた。
「見張りが交代するのは、偽りの夜明けが始まる少し前です。交代する二人が同時に持ち場を離れる時間があります。長くても百を数える程度ですが、地下へ入るには充分でしょう」
「百秒足らずで扉を開け、妖姫殺しとオトフリートの杖を探し、船着き場へ移動する。結構厳しいな」
「武器庫には、袋や腕輪、杖、指輪、魔晶石らしき物も保管されていました。持ち出せば脱出に役立つかもしれません」
「持ち主から取り上げた物だろ。勝手に持っていけば盗みになるぞ」
オトフリートが意外そうにルクスンを見る。
「私たちの装備をすべて奪った相手に対しても、その点を気にするのですか?」
「僕だって倫理観くらい持ってますよ。ただし、脱出に必要な道具と、失った財産分の慰謝料は別です」
「急に盗賊らしい理屈になりましたね」
「元逃亡奴隷ですからね!」
食卓に描かれた地図には、一本の脱出路が完成していた。
黒猫が搬入口の閂を外す。
ノクティアが武器庫の鍵を開ける。
妖姫殺しと必要な装備を回収する。
見回り船の船倉へ潜み、白いサーペントが外界への門を開くまで待つ。
船が蜃気楼を出た直後、湖へ飛び込み、岸を目指す。
失敗すれば、次の機会は十日後。
成功すれば、自由だ。
見回り船の出航まで、あと一夜となった。