アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
決行の夜。
偽りの月が湖底の町を照らす中、黒猫となったゼフィーリアは一足先に家を出た。
ルクスン、ノクティア、オトフリートは時間を置き、建物の陰を伝って城の西側へ向かう。
武器庫への搬入口には、二人の見張りがいた。
やがて交代の時刻となり、一人が城内へ、もう一人が詰め所へ向かう。
誰もいなくなった直後、搬入口の向こうから小さな音がした。
閂が外れる。
扉の隙間から、黒猫の前足が現れた。
「よくやった。今夜は子供に捕まらなかったな」
ルクスンが囁くと、黒猫は扉を閉めかけた。
「悪かった! 早く中へ入れてくれ!」
三人が滑り込む。
ゼフィーリアは先頭に立ち、地下へ続く階段を下りた。
◇
地下の通路には明かりがなかった。
それでも、ルクスンとノクティアには通路の形が見えている。
センス・オーラによって得られるインフラビジョンは、暗闇の中でも温度差を像として捉えられる。
冷たい石壁の中で、三人の身体と黒猫だけが熱を帯びて浮かんでいた。
オトフリートはルクスンの肩へ手を置き、その後ろを進む。
「ノクティア殿も暗闇が見えるのですか?」
「精霊使いだから、熱の形が見える」
「便利な能力ですね」
「でも、鍵穴までは見えない」
通路の先には鉄格子があった。
インフラビジョンでも、周囲と同じ温度になった金属の細かな構造までは判別できない。
ノクティアは漁具工房から持ち出した油を小さな皿へ注ぎ、布を芯にした即席の灯火を作った。
弱い光が錠前を照らす。
黒猫が床を二度叩いた。
この向こうが武器庫だ。
「仕掛けがある」
ノクティアは鉄格子の前へ屈み込んだ。
鍵穴の奥を細い鉄片で探り、動きを止める。
「開けると鐘が鳴る」
「解除できる?」
「やってみる」
針金が鍵穴へ差し込まれた。
小さな金属音。
ノクティアの指が止まる。
「まずい?」
「一本、折れた」
「予備は?」
「ない」
ルクスンが頭を抱えかけたとき、ノクティアは折れた針金を器用に摘み出した。
残った鉄片の先端を石床で削り、形を整える。
「まだ使える」
「そういうところは、本当に頼りになるよ」
やがて錠前の内部で何かが外れた。
次に、鐘へ繋がっていた細い鎖が緩む。
ノクティアは音を立てず、鉄格子を押し開いた。
◇
地下武器庫には、数百に及ぶ武器と防具が収められていた。
剣、槍、斧、弓、鎧、盾。
どれも年代も作り手も異なる。
この場所へ迷い込み、二度と外へ戻れなかった者たちから没収した品なのだろう。
「僕たちの装備は?」
「ここにはありません。普通の武器や荷物は、別の保管庫へ運ばれたようです」
オトフリートが棚の記録を調べた。
家紋入りの剣も、魔術師の杖も、身分を示す指輪も見当たらない。
取り戻すには、城の反対側にある保管庫まで行かなければならなかった。
見回り船の出航まで、時間がない。
「諦める。妖姫殺しだけ探すぞ」
鉄格子で区切られた奥の部屋へ入る。
そこには、魔法の品と思われる品々が並んでいた。
杖、指輪、腕輪、靴、袋、護符。
視界に入った瞬間、ルクスンのセンス・マジックが無数の魔力を捉える。
その中で、一本だけ何の反応も示さない短剣があった。
黒い鞘。
銀色の柄。
妖姫殺しだ。
ルクスンは短剣を掴み、鞘から抜いた。
ミスリル銀の刀身は変わっていない。
しかし、妖姫の声は聞こえず、自ら動く気配もなかった。
「見つけた。シール・エンチャントは解除できないけど、ここへ置いていくよりはいい」
ルクスンは妖姫殺しを腰紐へ差した。
これは戦利品ではない。
仲間の奪還だ。
◇
そのまま立ち去ろうとしたルクスンの目へ、一つの袋が映った。
薄い茶色の革袋。
見た目に反して、中には強い魔力が宿っている。
「無限のバッグ①、ウェイトレス・バッグ。容量には限界があるが、中へ入れた物の重量を無視できる。これがあれば、ほかの品も運べる」
「先ほど倫理観の話をしていませんでしたか?」
「これは脱出に必要な道具です!」
オトフリートの指摘を退け、ルクスンは袋を取った。
その近くには、大粒の宝石を嵌め込んだ腕輪がある。
「物入れの腕輪。五十キログラムまでの物を収納できる。これも脱出用だ」
「二つ目ですね」
「慰謝料の範囲内です!」
次に見つけたのは、銀白色に輝く鎖帷子だった。
魔法で強化された鎧ではない。
ミスリル銀そのものが帯びる魔力だ。
前世のデータへ当てはめれば必要筋力は十。鎖帷子でありながら軽く、盗賊としての身軽な動きも妨げない。
「僕に都合がよすぎるミスリル・チェインまである。創造神が配置したんじゃないだろうな?」
「誰に話しているのです?」
「気にしないでください」
鎖帷子は物入れの腕輪へ収納した。
四点目は、細身の魔術師杖。
「ソーサラー・スタッフ。魔法を発動させるときの集中を助け、達成値を高める。オトフリート、元の杖の代わりに使え」
「盗品である点には目を瞑ります。今は古代語魔法を使えるようにすることが先です」
オトフリートが杖を受け取った。
五点目は、何の変哲もない灰色の小袋だった。
ルクスンのセンス・マジックには、小袋そのものの魔力だけが見える。その内側だけは、視線が届かない空洞のように沈んでいた。
「内包の袋、バッグ・オブ・アンティディメンション。中へ入れた品は魔法による探知を受けない。ロケーションで品物の行方を探られても、この中にあるかぎり見つからない」
「以前、ロケットの位置を魔法で探られた経験がありますからね」
「同じ失敗は繰り返さない。武器庫から持ち出した物を魔法で追跡されたら、脱出しても意味がないからな」
ただし、無限のバッグを内包の袋へ入れることはしなかった。
魔法によって作られた収納空間を、別の収納空間へ重ねる。前世のTRPG経験が、そういう行為はろくな結果にならないと警告していた。
六点目は、同じ紋様が刻まれた二枚一組の護符。
「通話の護符。離れた二人が会話できる。二手に分かれたときに使おう」
ルクスンとノクティアが一枚ずつ首へかける。
七点目は、短い黒檀の杖。
「パワー・ワンド。合言葉で《エネルギー・ボルト》を撃てる。魔法を使えない者でも火力を持てるぞ」
「本当に慰謝料ですか?」
「命を懸けさせられたんだから、このくらい当然です!」
八点目は、小さな白金の指輪。
「ルーンの指輪。古代語魔法の魔力を高め、発動体にもなる。ソーサラー・スタッフと用途が重なるから、これは換金候補だ」
九点目は、軽い革製の長靴。
「ジャンピング・ブーツ。跳躍距離が三倍。城壁や船縁を越えるのに使える」
十点目は、手のひらほどの木製人形。
「スケープドール。持ち主が受けるはずの攻撃を肩代わりする。脱出中の保険だ」
最後に、棚の奥から小さな魔晶石を取り出す。
内側に蓄えられた魔力は十点分。
「十点の魔晶石。これで十一点だ」
「妖姫殺しを含めれば十二点では?」
「妖姫殺しは物じゃない。数に入れたら、封印が解けた後で一晩中怒鳴られるぞ」
指輪、護符、魔晶石、スケープドールを内包の袋へ入れる。
残りは無限のバッグと物入れの腕輪へ分けた。
基本取引価格は、ミスリル・チェインを除いて八十二万二千ガメル。
売値を半額としても、四十一万一千ガメルになる。
「再起どころか、装備を一新できるな」
「脱出に成功すれば、ですが」
オトフリートの指摘と同時に、黒猫となったゼフィーリアが耳を立てた。
地下通路から足音が聞こえる。
二人分。
見張りが予定より早く戻ってきた。
「時間切れ。灯火を消せ!」
ノクティアが灯火を吹き消した。
暗闇が戻る。
ルクスンとノクティアはインフラビジョンで周囲を見通せる。
ゼフィーリアも黒猫の身体的な視覚を使える。
暗闇が見えないオトフリートは、ルクスンの肩へ手を置いた。
「僕から離れないで。全員、音を立てるな」
暗闇の向こうで、鍵の開いた鉄格子が軋む。
「誰かいるのか?」
竜神官の戦士の声が、地下武器庫へ響いた。