アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第48話 十一点の慰謝料

 決行の夜。

 

 偽りの月が湖底の町を照らす中、黒猫となったゼフィーリアは一足先に家を出た。

 

 ルクスン、ノクティア、オトフリートは時間を置き、建物の陰を伝って城の西側へ向かう。

 

 武器庫への搬入口には、二人の見張りがいた。

 

 やがて交代の時刻となり、一人が城内へ、もう一人が詰め所へ向かう。

 

 誰もいなくなった直後、搬入口の向こうから小さな音がした。

 

 閂が外れる。

 

 扉の隙間から、黒猫の前足が現れた。

 

「よくやった。今夜は子供に捕まらなかったな」

 

 ルクスンが囁くと、黒猫は扉を閉めかけた。

 

「悪かった! 早く中へ入れてくれ!」

 

 三人が滑り込む。

 

 ゼフィーリアは先頭に立ち、地下へ続く階段を下りた。

 

          ◇

 

 地下の通路には明かりがなかった。

 

 それでも、ルクスンとノクティアには通路の形が見えている。

 

 センス・オーラによって得られるインフラビジョンは、暗闇の中でも温度差を像として捉えられる。

 

 冷たい石壁の中で、三人の身体と黒猫だけが熱を帯びて浮かんでいた。

 

 オトフリートはルクスンの肩へ手を置き、その後ろを進む。

 

「ノクティア殿も暗闇が見えるのですか?」

 

「精霊使いだから、熱の形が見える」

 

「便利な能力ですね」

 

「でも、鍵穴までは見えない」

 

 通路の先には鉄格子があった。

 

 インフラビジョンでも、周囲と同じ温度になった金属の細かな構造までは判別できない。

 

 ノクティアは漁具工房から持ち出した油を小さな皿へ注ぎ、布を芯にした即席の灯火を作った。

 

 弱い光が錠前を照らす。

 

 黒猫が床を二度叩いた。

 

 この向こうが武器庫だ。

 

「仕掛けがある」

 

 ノクティアは鉄格子の前へ屈み込んだ。

 

 鍵穴の奥を細い鉄片で探り、動きを止める。

 

「開けると鐘が鳴る」

 

「解除できる?」

 

「やってみる」

 

 針金が鍵穴へ差し込まれた。

 

 小さな金属音。

 

 ノクティアの指が止まる。

 

「まずい?」

 

「一本、折れた」

 

「予備は?」

 

「ない」

 

 ルクスンが頭を抱えかけたとき、ノクティアは折れた針金を器用に摘み出した。

 

 残った鉄片の先端を石床で削り、形を整える。

 

「まだ使える」

 

「そういうところは、本当に頼りになるよ」

 

 やがて錠前の内部で何かが外れた。

 

 次に、鐘へ繋がっていた細い鎖が緩む。

 

 ノクティアは音を立てず、鉄格子を押し開いた。

 

          ◇

 

 地下武器庫には、数百に及ぶ武器と防具が収められていた。

 

 剣、槍、斧、弓、鎧、盾。

 

 どれも年代も作り手も異なる。

 

 この場所へ迷い込み、二度と外へ戻れなかった者たちから没収した品なのだろう。

 

「僕たちの装備は?」

 

「ここにはありません。普通の武器や荷物は、別の保管庫へ運ばれたようです」

 

 オトフリートが棚の記録を調べた。

 

 家紋入りの剣も、魔術師の杖も、身分を示す指輪も見当たらない。

 

 取り戻すには、城の反対側にある保管庫まで行かなければならなかった。

 

 見回り船の出航まで、時間がない。

 

「諦める。妖姫殺しだけ探すぞ」

 

 鉄格子で区切られた奥の部屋へ入る。

 

 そこには、魔法の品と思われる品々が並んでいた。

 

 杖、指輪、腕輪、靴、袋、護符。

 

 視界に入った瞬間、ルクスンのセンス・マジックが無数の魔力を捉える。

 

 その中で、一本だけ何の反応も示さない短剣があった。

 

 黒い鞘。

 

 銀色の柄。

 

 妖姫殺しだ。

 

 ルクスンは短剣を掴み、鞘から抜いた。

 

 ミスリル銀の刀身は変わっていない。

 

 しかし、妖姫の声は聞こえず、自ら動く気配もなかった。

 

「見つけた。シール・エンチャントは解除できないけど、ここへ置いていくよりはいい」

 

 ルクスンは妖姫殺しを腰紐へ差した。

 

 これは戦利品ではない。

 

 仲間の奪還だ。

 

          ◇

 

 そのまま立ち去ろうとしたルクスンの目へ、一つの袋が映った。

 

 薄い茶色の革袋。

 

 見た目に反して、中には強い魔力が宿っている。

 

「無限のバッグ①、ウェイトレス・バッグ。容量には限界があるが、中へ入れた物の重量を無視できる。これがあれば、ほかの品も運べる」

 

「先ほど倫理観の話をしていませんでしたか?」

 

「これは脱出に必要な道具です!」

 

 オトフリートの指摘を退け、ルクスンは袋を取った。

 

 その近くには、大粒の宝石を嵌め込んだ腕輪がある。

 

「物入れの腕輪。五十キログラムまでの物を収納できる。これも脱出用だ」

 

「二つ目ですね」

 

「慰謝料の範囲内です!」

 

 次に見つけたのは、銀白色に輝く鎖帷子だった。

 

 魔法で強化された鎧ではない。

 

 ミスリル銀そのものが帯びる魔力だ。

 

 前世のデータへ当てはめれば必要筋力は十。鎖帷子でありながら軽く、盗賊としての身軽な動きも妨げない。

 

「僕に都合がよすぎるミスリル・チェインまである。創造神が配置したんじゃないだろうな?」

 

「誰に話しているのです?」

 

「気にしないでください」

 

 鎖帷子は物入れの腕輪へ収納した。

 

 四点目は、細身の魔術師杖。

 

「ソーサラー・スタッフ。魔法を発動させるときの集中を助け、達成値を高める。オトフリート、元の杖の代わりに使え」

 

「盗品である点には目を瞑ります。今は古代語魔法を使えるようにすることが先です」

 

 オトフリートが杖を受け取った。

 

 五点目は、何の変哲もない灰色の小袋だった。

 

 ルクスンのセンス・マジックには、小袋そのものの魔力だけが見える。その内側だけは、視線が届かない空洞のように沈んでいた。

 

「内包の袋、バッグ・オブ・アンティディメンション。中へ入れた品は魔法による探知を受けない。ロケーションで品物の行方を探られても、この中にあるかぎり見つからない」

 

「以前、ロケットの位置を魔法で探られた経験がありますからね」

 

「同じ失敗は繰り返さない。武器庫から持ち出した物を魔法で追跡されたら、脱出しても意味がないからな」

 

 ただし、無限のバッグを内包の袋へ入れることはしなかった。

 

 魔法によって作られた収納空間を、別の収納空間へ重ねる。前世のTRPG経験が、そういう行為はろくな結果にならないと警告していた。

 

 六点目は、同じ紋様が刻まれた二枚一組の護符。

 

「通話の護符。離れた二人が会話できる。二手に分かれたときに使おう」

 

 ルクスンとノクティアが一枚ずつ首へかける。

 

 七点目は、短い黒檀の杖。

 

「パワー・ワンド。合言葉で《エネルギー・ボルト》を撃てる。魔法を使えない者でも火力を持てるぞ」

 

「本当に慰謝料ですか?」

 

「命を懸けさせられたんだから、このくらい当然です!」

 

 八点目は、小さな白金の指輪。

 

「ルーンの指輪。古代語魔法の魔力を高め、発動体にもなる。ソーサラー・スタッフと用途が重なるから、これは換金候補だ」

 

 九点目は、軽い革製の長靴。

 

「ジャンピング・ブーツ。跳躍距離が三倍。城壁や船縁を越えるのに使える」

 

 十点目は、手のひらほどの木製人形。

 

「スケープドール。持ち主が受けるはずの攻撃を肩代わりする。脱出中の保険だ」

 

 最後に、棚の奥から小さな魔晶石を取り出す。

 

 内側に蓄えられた魔力は十点分。

 

「十点の魔晶石。これで十一点だ」

 

「妖姫殺しを含めれば十二点では?」

 

「妖姫殺しは物じゃない。数に入れたら、封印が解けた後で一晩中怒鳴られるぞ」

 

 指輪、護符、魔晶石、スケープドールを内包の袋へ入れる。

 

 残りは無限のバッグと物入れの腕輪へ分けた。

 

 基本取引価格は、ミスリル・チェインを除いて八十二万二千ガメル。

 

 売値を半額としても、四十一万一千ガメルになる。

 

「再起どころか、装備を一新できるな」

 

「脱出に成功すれば、ですが」

 

 オトフリートの指摘と同時に、黒猫となったゼフィーリアが耳を立てた。

 

 地下通路から足音が聞こえる。

 

 二人分。

 

 見張りが予定より早く戻ってきた。

 

「時間切れ。灯火を消せ!」

 

 ノクティアが灯火を吹き消した。

 

 暗闇が戻る。

 

 ルクスンとノクティアはインフラビジョンで周囲を見通せる。

 

 ゼフィーリアも黒猫の身体的な視覚を使える。

 

 暗闇が見えないオトフリートは、ルクスンの肩へ手を置いた。

 

「僕から離れないで。全員、音を立てるな」

 

 暗闇の向こうで、鍵の開いた鉄格子が軋む。

 

「誰かいるのか?」

 

 竜神官の戦士の声が、地下武器庫へ響いた。

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