アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
灯火が消えた武器庫へ、二人の戦士が入ってくる。
一人は覆いを外したランタンを掲げ、もう一人は抜き身の剣を構えていた。
床には解除された錠前。
開いた鉄格子。
侵入者がいることは、すぐに知られた。
「武器庫が荒らされている。警報を——」
戦士が振り返る。
その瞬間、オトフリートがソーサラー・スタッフを掲げた。
「全知全能、万能なるマナよ、かの者たちの意識を微睡みの霧へ沈めよ。《スリープ・クラウド》」
薄い白煙が通路を満たした。
魔法は二人の戦士を確実に包み込む。
一人はその場で膝をつき、床へ倒れた。
もう一人は眠気へ抵抗し、剣を構えたまま踏みとどまる。
「一人残った!」
「大地を形作る精霊よ、かの者の足を絡め取り、その歩みを止めよ。《スネア》」
ノクティアの精霊魔法が発動した。
石床から伸びた見えない力が、戦士の足を引く。
重装鎧を着た身体が大きく傾き、そのまま床へ転倒した。
ルクスンが飛びかかり、剣を持つ手首を押さえた。
「悪いけど、殺すつもりはない。少し眠っていてくれ!」
戦士の兜を外し、首筋を圧迫する。
しばらく抵抗していた戦士の身体から、やがて力が抜けた。
「死んでいませんか?」
「気絶しただけだ。たぶん」
「最後の一言で急に不安になりました」
「脈はある。大丈夫」
ノクティアが確かめた。
二人を武器庫の内側へ運び、縄で縛る。
口へ布を噛ませ、鉄格子を閉めた。
錠前も元へ戻す。
発見されるまで、多少は時間を稼げるはずだった。
◇
地下から出た一行は、城の裏手を通って東の船着き場へ向かった。
ルクスンとノクティアは通話の護符を使い、二手に分かれる。
黒猫となったゼフィーリアとノクティアが先行。
ルクスンとオトフリートが、少し遅れて後を追う。
「前方に見張り一人。こっちを見ていない」
通話の護符からノクティアの声が聞こえた。
「こちらは問題ない。船着き場で合流する」
ルクスンが小声で答える。
オトフリートはソーサラー・スタッフを持ち、ルクスンの後ろを歩いている。
妖姫殺しは封印されたまま。
ミスリル・チェインは物入れの腕輪の中。
小さな魔法の品は内包の袋へ入れ、残りは無限のバッグへ詰めてある。
「先ほどの魔法で、精神力をどの程度使いましたか?」
「まだ余裕はあります。ただし、可能ならこれ以上の戦闘は避けたいところです」
「同感です。ここの住民は僕たちを監禁したけど、殺そうとはしなかった。必要以上に傷つけたくない」
「持ち出した品の総額と、その殊勝な発言が釣り合っていませんね」
「慰謝料です!」
◇
東の船着き場では、見回り船の出航準備が進められていた。
小型帆船へ水樽と食料が積み込まれる。
船着き場の先には、三人の竜神官が立っていた。
白いサーペントを呼び出す者たちだ。
船倉へ運び込まれる最後の荷箱へ紛れ、ノクティアと黒猫が船へ入った。
少し遅れて、ルクスンとオトフリートも船腹の陰へ到着する。
「乗船できた。船倉の右側に空間がある」
通話の護符からノクティアの声が届く。
「今から入る」
水夫が背を向けた隙に、二人は船縁を越えた。
船倉の蓋を少しだけ開け、身体を滑り込ませる。
中には漁具、保存食、空の魚籠が並んでいた。
四人が隠れるには狭い。
それでも、無限のバッグと物入れの腕輪のおかげで、荷物の重さや大きさに悩まされずに済んだ。
黒猫は当然のように、ノクティアの膝へ乗っている。
「全員揃った。あとは外へ出るまで息を潜める」
「猫が鳴いたら終わり」
「猫は喋らないそうですから、大丈夫でしょう」
オトフリートの言葉に、黒猫が尻尾で顔を叩いた。
◇
見回り船が動き始めた。
船倉の外から、低い祈りの声が聞こえてくる。
三人の竜神官による唱和。
船体が軋み、周囲の水が大きくうねる。
ルクスンが船倉の隙間から外を覗いた。
湖底の町の上空へ、白い光が集まっている。
光は長大な蛇の姿となり、見回り船の周囲へ巻きついた。
白いサーペントが口を開く。
その喉の奥には、湖底の町ではない景色が見えた。
本物の夜空。
星。
風に波立つエア湖。
見回り船が白いサーペントの口へ入る。
身体が水中へ沈むような感覚。
上下左右が失われ、船倉の荷物が宙へ浮かびかける。
次の瞬間、船底が水面へ叩きつけられた。
冷たい夜風が、船倉の隙間から吹き込んでくる。
外へ出た。
蜃気楼の向こう側。
本物のエア湖だ。
ルクスンは拳を握った。
「成功だ」
だが、まだ見回り船の中である。
水夫と竜神官に発見される前に、船を降りなければならない。
◇
船は北側の湖岸へ向かっていた。
岸までは遠くない。
葦の茂る浅瀬が見え始めた頃、船倉の上で足音が止まった。
「妙だな。積んだときより、蓋が浮いている」
水夫の声だった。
船倉の留め金が外される。
「見つかる。飛び込むぞ」
「ここから泳ぐのですか?」
「岸まで近い。重い荷物は腕輪とバッグの中だから、全員泳げる!」
「猫は?」
ノクティアが尋ねる。
黒猫が必死に首を横へ振った。
「泳げることと、泳ぎたいことは別らしい。でも、選択肢はない!」
船倉の蓋が開いた。
驚く水夫を押し退け、ルクスンが甲板へ飛び出す。
ノクティア、黒猫、オトフリートが続いた。
「お前たち、どうしてこの船に!」
「その説明は長くなるので省略します! 僕たちのことは忘れて、静かに暮らしてください!」
ルクスンは船縁を蹴った。
四人が次々とエア湖へ飛び込む。
黒猫はノクティアに抱かれたまま水へ落ち、全身の毛を逆立てた。
水夫たちが縄を投げようとする。
だが、ルクスンたちは船から離れ、葦の茂る岸へ向かって泳いだ。
見回り船は追ってこなかった。
外界で騒ぎを起こせば、湖底の町の存在を知られる危険がある。
竜神官たちは、遠ざかる四人を見送ることしかできなかった。
◇
岸へ這い上がった頃には、東の空が白み始めていた。
全員がずぶ濡れ。
生成りの服と革のサンダル。
元の武器、防具、現金、旅道具は一つもない。
それでも、妖姫殺しは取り戻した。
十一点の魔法の品も持ち出した。
何より、自由を取り戻した。
「着の身着のままだけど、生きて外へ出られたな」
「主よ……聞こえてはおらぬと思うが、早くわらわの封印を解くのじゃ……」
妖姫殺しは沈黙したままだった。
ルクスンは黒い鞘を軽く叩く。
「わかってる。次はラムリアースの魔術師ギルドだ」
湖底の楽園は、朝霧の向こうへ消えていた。
白いサーペントの姿も、もうどこにもなかった。