アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第4話 妖姫殺し

 六体のレッサー・ヴァンパイアが、開かれた玄室の中からルクスンを見つめていた。

 

 誰一人として衣服を身につけていない。

 

 武器も、防具もない。

 

 青白い肌と、爛々と輝く赤い瞳。唇からのぞく長い牙だけで、人間ではないと一目で分かる。

 

 ルクスンは反射的に視線を下げた。

 

「目を見るな……!」

 

 レッサー・ヴァンパイアの視線には、相手を恐怖で麻痺させる力がある。

 

 抵抗目標値は10。

 

 失敗すれば、その場で動けなくなる。

 

 ゲームならダイスを振ればいい。

 

 しかし、今のルクスンには自分の抵抗判定が成功するという確信がなかった。

 

 視線を合わせず、黄色い負の精霊のオーラと相手の足元から動きを読む。

 

 六体のうち一体が、石扉へ向かって歩き出した。

 

 ルクスンは一歩下がる。

 

 レッサー・ヴァンパイアは玄室の境界まで来ると、そこで動きを止めた。

 

 さらに牙をむき出しにする。

 

 しかし、外へ踏み出してこない。

 

「……出られないのか?」

 

 試しに、もう一歩下がった。

 

 追ってこない。

 

 別の個体も入口付近まで近づいてくるが、見えない壁に阻まれているかのように足を止める。

 

 扉は開いた。

 

 それでも、玄室に施された封印そのものは残っているらしい。

 

 六体は玄室の外へ出られない。

 

『戦闘を開始します』

 

「待て。まだ作戦を考えてる」

 

 レッサー・ヴァンパイアはモンスターレベル3。

 

 通常の武器では傷つけられない。

 

 生命点を再生する。

 

 素手による攻撃を受ければ、肉体だけでなく精神力まで奪われる。

 

 恐怖を与える視線も持っている。

 

 単体でも、転生直後のルクスンが正面から戦うべき相手ではなかった。

 

 それが六体。

 

「でも、部屋から出られない。それなら……」

 

 ルクスンは右拳を握った。

 

 アンデッドに対してのみ、打撃力50を発揮する聖なる右手。

 

 当たりさえすれば、レベル3のレッサー・ヴァンパイアを倒せる可能性は高い。

 

 問題は、反撃を受けずに命中させられるかどうか。

 

 ルクスンの脳裏へ、戦闘ラウンドの処理が浮かぶ。

 

「最初のラウンドは行動を遅らせる。敏捷度0で動いて、相手の行動が終わってから踏み込んで殴る。次のラウンドは、通常の敏捷順で逃げる」

 

『ルクスンの敏捷度が相手を上回る保証はありません』

 

「そこは賭けるしかない!」

 

 失敗すれば死ぬ。

 

 しかし、ここから逃げても、いずれ食料が尽きる。

 

「旧版のエラッタ前なら《ホーリー・ウェポン》は必中だったのになぁ……」

 

 泣き言をこぼしても、目の前の敵は消えてくれない。

 

 ルクスンは石扉の外で構えた。

 

     ◇

 

 最初の一体が、境界ぎりぎりまで近づいてきた。

 

 赤い瞳を見ない。

 

 肩の動きと、黄色いオーラだけを追う。

 

 レッサー・ヴァンパイアが腕を伸ばす。

 

 爪は届かない。

 

 相手が動きを終えた直後、ルクスンは玄室へ飛び込んだ。

 

「神の右ストレート!」

 

 右拳が胸へ突き刺さる。

 

 聖なる光が炸裂した。

 

 レッサー・ヴァンパイアの身体が宙を舞い、玄室の奥へ叩きつけられる。

 

 黄色い負の精霊のオーラが大きく揺らいだ。

 

 だが、残る五体が一斉に振り返る。

 

「逃げろ!」

 

 次の瞬間、ルクスンは玄室の外へ駆け出していた。

 

 背後で、爪が空を切る音がする。

 

 革鎧の背中を、何かがかすめた。

 

 ルクスンは転がるように境界を越えた。

 

 五体は、それ以上追ってこられない。

 

「危なっ……!」

 

 心臓が激しく鳴っている。

 

 足が震える。

 

 それでも、生きている。

 

 殴り飛ばした一体は動かなくなり、やがて乾いた塵へ変わり始めた。

 

『レッサー・ヴァンパイアを一体倒しました。残り五体です』

 

「残りを律儀に報告するな! 絶望が具体的になるだろ!」

 

 だが、戦い方は分かった。

 

 後攻で踏み込み、殴る。

 

 次のラウンドの行動順で逃げる。

 

 攻撃を外した場合も欲張らず、即座に玄室の外へ戻る。

 

 絵面は悪い。

 

 戦い方も地味だった。

 

 英雄の戦いというより、危険な獣の檻へ出入りしている飼育係に近い。

 

 しかし、生き残るためなら格好など気にしていられない。

 

 ルクスンは同じ戦術を繰り返した。

 

     ◇

 

 何度目かの突入で、右拳が空を切った。

 

「外した!」

 

 目の前のレッサー・ヴァンパイアが牙をむく。

 

 恐怖に負けて拳を振り直せば、残る個体に囲まれる。

 

 ルクスンは攻撃を諦め、すぐに玄室の外へ逃げた。

 

 爪が肩へ届く寸前で、境界を越える。

 

「欲張るな。攻撃は一回。外したら逃げる……!」

 

 自分へ言い聞かせる。

 

 完全版の知識があっても、身体がそのとおりに動くとは限らない。

 

 呼吸は乱れ、足は重くなっている。

 

 それでも繰り返した。

 

 踏み込む。

 

 殴る。

 

 逃げる。

 

 黄色いオーラが、一つずつ消えていく。

 

 六体目へ右拳を叩き込んだとき、ルクスンには勝利を喜ぶ余裕も残っていなかった。

 

 最後のレッサー・ヴァンパイアが石床へ倒れる。

 

 黄色い負の精霊のオーラが揺らぎ、消滅した。

 

 しばらくすると、その身体もほかの五体と同じように崩れ、塵へ変わっていく。

 

 玄室に、静寂が戻った。

 

「勝った……?」

 

『レッサー・ヴァンパイア六体を撃破しました』

 

「本当に……勝ったのか」

 

 ルクスンは石扉の外へ座り込んだ。

 

 息が苦しい。

 

 腕も脚も震えている。

 

 右拳には傷一つない。

 

 しかし、それ以外の身体は限界に近かった。

 

 少し休んでから、周囲の精霊力を確かめる。

 

 黄色い負の精霊のオーラはない。

 

 六体を倒したことで、玄室を満たしていた妖気も消えていた。

 

 動く気配もない。

 

「今度こそ、誰もいないよな?」

 

 返事はなかった。

 

 ルクスンは右拳を構えたまま、玄室へ入った。

 

     ◇

 

 誰もいなくなった玄室の中央には、黒檀の棺がポツンと置かれていた。

 

 そのさらに奥。

 

 石床には、大きな魔法陣が刻まれている。

 

 幾重にも重なる円環と、複雑な古代文字。

 

 《センス・マジック》に意識を向けるまでもない。魔法陣からは、現在も明確な魔力が感じられた。

 

「転移用の魔法陣か?」

 

 物理的な出口が存在しなかった理由も説明できる。

 

 古代王国の住人は、階段や通路ではなく、この魔法陣を使って玄室へ出入りしていたのかもしれない。

 

 ようやく出口らしきものを見つけた。

 

 それなのに、ルクスンの視線は黒檀の棺へ向かっていた。

 

 壁には、確かに刻まれていた。

 

『吸血姫、ここに眠る』

 

 しかし、現れたのは六体のレッサー・ヴァンパイアだけ。

 

 レベル10のヴァンパイアに相当する吸血姫は、どこにもいなかった。

 

「この中か……?」

 

 ルクスンは棺へ近づく前に、常時感知能力で確認した。

 

 妖気なし。

 

 黄色い負の精霊力なし。

 

 魔力反応なし。

 

 動く気配もない。

 

 仮にヴァンパイアが入っているなら、負の精霊力を感じるはずだ。

 

 少なくとも、六体のレッサー・ヴァンパイアは明確な黄色いオーラを放っていた。

 

「何も感じない。空なのか?」

 

『黒檀の棺を開けますか?』

 

「開けない」

 

 ルクスンは即答した。

 

 魔法陣を調べ、さっさと地上へ出るべきだ。

 

 危険な棺へ近づく理由などない。

 

 そう思った。

 

「……外から調べるだけなら」

 

『棺へ近づきますか?』

 

「安全確認だ。開けるとは言ってない」

 

 誰に言い訳しているのか、自分でも分からない。

 

 棺の周囲を一周する。

 

 罠らしい仕掛けは見つからない。

 

 魔力も妖気も感じない。

 

 蓋の表面には、眠る女性の姿が彫られていた。

 

 下には、短い古代文字。

 

『我が愛しき姫よ。永遠に安らかに眠れ』

 

「墓か……?」

 

 もし吸血姫がすでに滅ぼされているなら、この棺は遺体を納めた墓なのかもしれない。

 

 それでも、アンデッドの反応はない。

 

 ルクスンは、しばらく棺を見つめた。

 

「妖気なし。魔力なし。負の精霊力なし。動く気配もなし。ここまで確認して何もなければ、開けてもいいよな?」

 

『黒檀の棺を開けますか?』

 

「開ける。これで罠だったらGMの性格が悪い」

 

 右拳を構え、左手を蓋へかける。

 

 重い蓋を、ゆっくりと押し開けた。

 

 中から何かが飛び出すことはなかった。

 

 遺体もない。

 

 白骨も、灰も残されていない。

 

 黒い内張りの中央に、一本の短剣だけが置かれていた。

 

「短剣……?」

 

 淡い銀色の刃。

 

 長い年月を経たはずなのに、錆も曇りもない。

 

 棺を開けて短剣が露出したことで、初めて明確な魔力を感じた。

 

 ルクスンは慎重に調べる。

 

 普通の銀ではない。

 

 銀よりも軽く、精霊力を妨げない特殊な金属。

 

「ミスリル銀製か!」

 

 必要筋力1。

 

 打撃力10。

 

 攻撃力と追加ダメージに、それぞれ+1の修正を持つ魔法のダガー。

 

 刀身には古代文字で銘が刻まれている。

 

「《妖姫殺し》……」

 

 おそらく、吸血姫を滅ぼした短剣。

 

 その武器が、殺した相手の棺へ副葬品として納められていたのだろう。

 

「ミスリル銀製のダガー+1。転生初日で入手する装備としては悪くない」

 

 ルクスンは短剣の柄へ触れた。

 

 その瞬間。

 

『やーっと来たのじゃー!』

 

 甲高い金切り声が、頭蓋の内側で炸裂した。

 

「うわあああっ!」

 

 ルクスンは短剣を放り出した。

 

 ミスリル銀の刃が石床へ落ち、甲高い音を立てて転がる。

 

 静寂。

 

 玄室には誰もいない。

 

 アンデッドのオーラもない。

 

 ルクスンは石床に転がった短剣を見つめた。

 

「……今、しゃべった?」

 

 返事はない。

 

 恐る恐る近づき、指先だけで柄へ触れる。

 

『遅いのじゃ! いきなり放り出すとは何事じゃ! わらわがどれほど長い間、誰かが来るのを待っていたと思うておる!』

 

「やっぱり、お前か!」

 

 手を離す。

 

 声が途切れた。

 

 もう一度触れる。

 

『こら! 話の途中で手を離すでない!』

 

 どうやら、直接触れている間だけ頭の中へ声が届くらしい。

 

 ルクスンは短剣を拾い上げた。

 

「お前、何者だ?」

 

『よくぞ聞いた。わらわこそ――』

 

 声が止まる。

 

「わらわこそ?」

 

『……誰なのじゃ?』

 

「こっちが聞いてるんだよ!」

 

『仕方なかろう! 何も覚えておらぬのじゃ!』

 

「名前は?」

 

『知らぬ!』

 

「生前の記憶は?」

 

『ない!』

 

「ヴァンパイアの技能や魔法は?」

 

『使えぬ!』

 

「古代王国の知識は?」

 

『ない!』

 

「この魔法陣の使い方は?」

 

『知らぬ!』

 

「じゃあ、お前は何ができるんだよ!」

 

 短剣の声が、なぜか誇らしげに答えた。

 

『喋れるのじゃ!』

 

「いらねぇ!」

 

『何を申すか! 長い旅に話し相手は必要であろう!』

 

「話し相手なら、もう少し役に立つ奴がいい!」

 

 短剣に宿っているのは、吸血姫の魂ではない。

 

 肉体も魂も、邪悪な力も、かつて《妖姫殺し》によって浄化されている。

 

 ただし、その浄化は完全ではなかった。

 

 現世へしがみつこうとする執念だけが残り、自らを殺した短剣へ宿った。

 

 魂ではない。

 

 幽霊でも、アンデッドでもない。

 

 だから負の精霊力も妖気もない。

 

 名前も、技能も、知識も持たない。

 

 ただ喋るだけの短剣だった。

 

 ルクスンは《妖姫殺し》を眺めた。

 

「ミスリル銀製のダガー+1。売れば一攫千金かと思ったけど……」

 

『わらわは高貴な短剣なのじゃ!』

 

「売っても、せいぜい5000ガメルくらいか」

 

『十分に高いではないか!』

 

「命懸けでレッサー・ヴァンパイア六体を倒した報酬としては安いんだよ!」

 

『まさか、わらわを売るつもりではあるまいな?』

 

「5000ガメルか……」

 

『具体的な金額を口にしながら悩むでない!』

 

 こうしてルクスンは、転生初日に最初の魔法の武器を手に入れた。

 

 同時に、何の役にも立たない話し相手まで拾うことになった。

 




第一章終了

獲得経験点:1500点
入手品:《妖姫殺し》
次の目的:玄室奥の魔法陣を使い、古代遺跡から脱出する。
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