アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
三冊の調査資料を前にした相談は、翌朝まで続いた。
どこから攻略しても構わない。
三件すべてを攻略するなら、重要なのは順番ではなく、それぞれに必要な準備を整えることだった。
ルクスンは羊皮紙を三つに区切り、必要なものを書き出していく。
蛇王の迷宮には、石化と毒、麻痺、病への対策。
フェニックスの尾羽には、召喚者との交渉と、上級精霊へ呼びかけるための準備。
キメラの丘には、三頭の縄張りを把握するための偵察と、遺跡まで走り抜ける方法が必要となる。
「全部を順番に攻略する必要はない。準備が整ったところから手をつける。蛇王の迷宮は対策用の薬と魔法が足りない。フェニックスは召喚してくれるエルフを見つけるところからだ。となると、今すぐ調べられるのはキメラの丘になる」
ノクティアが机上の地図を見下ろした。
「敵が一番強い」
「倒す必要はない。三頭を互いに争わせて、その間に遺跡へ入る。中の構造と罠は僕が知っているから、追ってきた奴を罠へ誘導すれば時間を稼げる」
オトフリートが眼鏡を押し上げる。
「以前に攻略したという前世の記憶ですね。しかし、銀冠の遺跡では、記憶になかった守護者が配置されていました。今回も同じとは限りません」
「わかっている。僕の記憶は地図を見るための下書きだ。実際の罠はノクティアが確認する。解除できるものも、すべて解除しなくていい。僕たちだけ安全な場所を通って、後ろのキマイラに踏ませればいいんだ」
「罠を解除せず利用する?」
「敵が一軍に匹敵するなら、古代王国の遺跡にも戦ってもらう。正面から殴り合うよりは勝ち目がある」
椅子の上で黒猫が尾を振った。
「相変わらず、敵より先に逃げ道を考えるのね」
「勝てない敵から逃げるのは、冒険者の必修科目だろ。ゲームなら全滅してもキャラクターシートを作り直せるけど、こっちは死んだら終わりなんだよ」
「一度死んで転生した主の言葉には、妙な重みがあるのじゃ」
卓上に置かれた《妖姫殺し》が口を挟んだ。
「ベラは黙ってろ。今回はお前にも走ってもらうからな」
「妾は剣ぞ。主が腰へ帯びて走ればよかろう」
「人の姿で荷物を運べるようになっただろ!」
「人となった乙女へ荷運びを命じるとは、主には情緒がないのう」
「能力値は僕より高いだろうが!」
ルクスンが鞘を叩くと、ベラは聞こえないふりを始めた。
◇
オトフリートは、魔術師ギルドへ調査申請を出した。
研究上の代表者は、遊学中とはいえ正式な魔術師であるオトフリート。
ルクスン、ノクティア、ベラは護衛兼調査協力者として登録される。
ゼフィーリアは登録できない。
表向きは、ノクティアが飼っている黒猫だった。
「ギルドが求めているのは、遺跡内部の記録、古代文字の写し、魔法装置の調査結果です。持ち出し可能な財宝については、既に所有者が確認されている品を除き、発見者に取得権が認められます。ただし、魔術史上重要な品を発見した場合、売却前にギルドへ報告してください」
申請を受理した魔術師が告げた。
ルクスンは契約書を端まで読み、オトフリートにも確認させる。
「遺跡そのものや、持ち出せない魔法装置の所有権は?」
「調査結果をもとに、土地の管理者と魔術師ギルドが協議します。今回の許可は調査を認めるものであり、遺跡全体の所有権を与えるものではありません」
「なら、持って帰れるものは持って帰っていいんですね?」
「先ほど申し上げた条件を守るかぎりは」
ルクスンは迷わず署名した。
ギルドが言葉を変える可能性は残る。
だからこそ、調査前の契約書が必要だった。
持ち帰ったあとで「それは魔術師ギルドの所有物だ」と言われても、署名入りの書面を突きつけられる。
オトフリートも署名し、契約書の写しを受け取った。
「随分と慎重ですね」
「未発見の遺跡を攻略して、十万ガメルの冠を持ち帰った経験があるからね。あのときは売る相手を集めてオークションにしたけど、今回は最初から権利関係を決めておく」
◇
宿へ戻ると、装備の点検が始まった。
ルクスンはミスリル銀製の鎖帷子を広げ、破損がないことを確認する。
メイス、ラウンドシールド、弓、矢筒。
ノクティアは短槍と投げナイフ、盗賊道具を一つずつ確かめた。
オトフリートは発動体となる杖、呪文書、魔晶石を机へ並べる。
その肩では、召喚された梟が作業を見守っていた。
ゼフィーリアは黒猫の姿で荷物の間を歩き、邪魔になりそうな場所へ座っている。
最後に、ルクスンは二つの魔法の袋を取り出した。
《無限のバッグ①〈ウェイトレス・バッグ〉》。
《無限のバッグ②〈バルクレス・バッグ〉》。
大きさを無視して物を収められる②を、収納物の重量を消す①へ入れる。
これで、大きな財宝を発見しても重量に苦しめられずに済む。
「問題は、何でも持てることではない。追われながら、袋の中へ押し込む時間があるかだ」
ノクティアが答える。
「宝物庫へ着いたら、価値を調べている暇はない」
「そうなる。僕が覚えている配置と同じなら、優先順位は決められる。違っていたら、手近な物から放り込め。オトフリートは古代文字と魔法装置の記録。ノクティアは罠と退路。ゼフィーリアは治療と後方警戒。ベラは人の姿になって運搬を手伝え」
「妾には、もっと華々しい役割が相応しいのじゃ。真なる名を得た魔剣として、怪物どもを千切っては投げ——」
「相手はスフィンクスとヴァンパイアマンティコアと真キマイラだぞ。千切って投げられる側になるわ!」
「では、主が妾を振るえばよい」
「結局、剣に戻る気満々じゃねーか!」
翌朝。
オトフリートの梟が、ラムリアースの空へ舞い上がった。
まずは上空から丘の地形と、三頭の縄張りを確かめる。
古い記憶だけを頼りに、怪物の巣へ飛び込むつもりはない。
ルクスンたちの目的は討伐ではなく、侵入と略奪、そして生還である。
「魔法学園の実地研修にしては、難易度が高すぎない?」
「私は学生ですが、皆さんは冒険者ですから」
「僕も座学がよかった!」
梟の翼が、北へ向かう。
その先には、三頭の怪物が支配する丘が待っていた。