アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
地下へ続く石段を、ルクスンたちは一気に駆け下りた。
オトフリートの杖には、《ライト》をかけた小石が結びつけられている。白い魔法光が揺れ、古代王国の石壁を照らしていた。
背後から石を砕く音が迫る。
真キマイラは、遺跡の入口へ強引に身体を押し込んできた。
翼を広げるだけの空間はない。
それでも、獅子を思わせる巨体と四本の脚だけで、人間より遥かに速く走ることができる。
「階段を下りたら左の壁際! 黒い床石を踏むな!」
ルクスンの記憶では、階段の下に落石の罠がある。
一定以上の重量が床へ加わると、天井を支えている留め具が外れる仕組みだ。
ノクティアが先頭へ出た。
走りながら床へ目を走らせ、左端に並ぶ僅かな窪みを見つける。
「罠はある。左端は作動範囲の外」
「記憶どおりだ! 壁に沿って抜けろ!」
ノクティア、オトフリート、ゼフィーリアが左側を走り抜ける。
ルクスンも続いた。
最後の一人が罠の先へ出た直後、真キマイラが石段を駆け下りてきた。
巨体が黒い床石を踏み抜く。
鈍い音がした。
天井から石材が崩れ落ち、真キマイラの背と翼を直撃した。
石塊が通路を塞ぐ。
「やったか!?」
「そういうことを言うと、絶対にやってないのじゃ!」
腰のベラが叫んだ直後、瓦礫の山が内側から吹き飛んだ。
真キマイラが三つの咆哮を重ね、落石を押し退ける。
鱗と毛皮には傷が刻まれている。
だが、動きを止めるには至っていない。
「知ってた! こんな罠で倒せるなら一軍級なんて呼ばれないよ!」
ルクスンたちは十字路へ飛び込んだ。
宝物庫への最短経路は正面である。
しかし、ルクスンは右の通路へ曲がった。
「そちらは遠回りではありませんか?」
「正面には、足止めに使える罠がない! 右の槍回廊を通る!」
「主よ。壁の中から無数の刃を感じるぞ。数は多すぎてわからぬ!」
ベラの《センス・ソード》が、壁へ隠された刃物を捉えていた。
「それで合っている! 白、白、黒、白の順で床を踏め! 絶対に走る順番を変えるな!」
「記憶だけで踏むの?」
「止まって調べていたら食われる!」
ノクティアが先頭で床石を踏んでいく。
白い石を二枚。
黒い石を一枚。
再び白い石。
古代王国の罠は沈黙したままだった。
全員が回廊を抜ける。
数秒後、真キマイラが入口へ突っ込んできた。
巨大な前脚が、複数の床石を同時に踏む。
壁面に刻まれた細い溝が開き、左右から何十本もの槍が飛び出した。
槍の穂先が、真キマイラの身体へ突き刺さる。
大半は厚い皮膚と鱗に阻まれた。
それでも、数本が翼の皮膜と脚へ食い込み、巨体を壁の間へ縫い止める。
「今度こそ!」
「言うなと言ったじゃろう!」
真キマイラの口から炎が溢れた。
「角を曲がれ!」
一行が次の曲がり角へ飛び込む。
直後、槍回廊を火炎が埋め尽くした。
炎は直線状の通路を走ったが、石壁の角を曲がることはできない。熱風だけがルクスンたちの背を叩いた。
プロテクションの魔力が、僅かな熱と飛び散った石片を受け止める。
炎の中で、金属の槍が歪む音がした。
真キマイラが力任せに拘束を引き千切っている。
「飛べない。炎も曲がらない。罠にも全部引っかかる。ダンジョンの中なら、やっぱり弱体化している!」
「それでも追いつかれたら全員死にます」
「わかってるよ、オトフリート!」
◇
次の広間には、二本の通路があった。
左は宝物庫へ通じる道。
右は行き止まりだが、途中に落とし格子がある。
ルクスンは迷わず右へ走った。
「また遠回り?」
「ノクティア、壁の燭台を右へ回せ! オトフリートは奥の壁際まで走れ!」
ノクティアが跳び上がり、錆びついた燭台へ手をかける。
動かない。
両手で握り、体重をかける。
石壁の内部で歯車が軋み始めた。
「回った!」
「全員、格子の向こうへ!」
一行が通過した直後、鉄の格子が天井から落ちた。
床を叩く轟音が広間へ響く。
真キマイラが曲がり角を飛び出し、格子の前で急停止した。
三つの頭が、それぞれ格子へ噛みつく。
前脚の爪が鉄棒を捉え、力任せに引き広げ始めた。
「行き止まりですよ!」
「知ってる! こっちだ!」
ルクスンは壁際に積もった埃を蹴り払った。
足元に、小さな石の突起が現れる。
それを踵で踏み込むと、行き止まりだった壁が横へずれた。
記憶どおりの抜け道である。
一行は隠し通路へ入り、反対側から石壁を閉じた。
直後、鉄格子が引き千切られる音がした。
長くは保たない。
◇
隠し通路の先には、最後の罠があった。
床一面が、薄い石板で覆われている。
その下には深い縦穴が口を開けていた。
人間一人の重量なら耐えられる。
真キマイラの巨体が乗れば、床全体が崩落する。
「一人ずつ渡れ! 走るな、同じ石へ二人で乗るな!」
「後ろから来る」
ノクティアには、暗闇の中でも真キマイラの熱が見えていた。
隠し通路を塞いでいた壁が砕かれる。
赤く燃える三対の目が現れた。
「急げ!」
ノクティアが渡る。
オトフリートが続く。
ゼフィーリアが身軽に石板を踏み、対岸へ辿り着く。
最後にルクスンが飛び移った。
着地と同時に、真キマイラが偽装床へ突っ込んできた。
薄い石板が砕ける。
真キマイラの巨体が、床ごと縦穴へ落下した。
狭い穴の中では、翼を開くことができない。
三つの咆哮が重なり、地下通路全体を震わせる。
「これで、少しは時間を稼げる」
ルクスンが縦穴を覗き込む。
真キマイラは死んでいない。
壁へ爪を突き立て、既に這い上がろうとしていた。
「少しだけ」
「わかってる。宝物庫まで走るぞ!」
◇
宝物庫の扉は、記憶と同じ場所にあった。
違っていたのは、扉の錠前である。
前世のセッションでは、既に壊れていたはずだった。
現在は古代王国の機械錠が、扉を固く閉ざしている。
「開けられる?」
「やる」
ノクティアが盗賊道具を取り出し、錠前へ細い金具を差し込む。
縦穴から、石壁を引っ掻く音が聞こえてくる。
時間はない。
ルクスンは背後を警戒し、メイスを握り直した。
オトフリートは杖を構え、ゼフィーリアは治癒の祈りに備える。
鞘から抜けたベラが宙へ浮かび、切っ先を通路へ向けた。
「急ぐのじゃ、ノクティア。妾の刃でも、あれを長く止められるとは思えぬぞ」
「喋ると集中できない」
「すまぬ」
錠前の奥で、小さな金属音が鳴った。
ノクティアが扉を押す。
重い石扉が、ゆっくりと内側へ開いた。
魔法光が宝物庫の中へ差し込む。
壁際には七つの保管台が並び、それぞれに武器、道具、箱、封印容器が残されていた。
伝説に謳われるような秘宝ばかりではない。
それでも、古代王国の遺物が七口。
持ち帰る価値は十分にある。
ルクスンは《無限のバッグ①》を下ろし、その中に収めた《無限のバッグ②》の口を開いた。
「鑑定はあとだ! 端から全部入れろ!」
縦穴の方角から、巨大な爪が石床を捉える音が響いた。
宝物を運べるかどうかではない。
真キマイラが這い上がるまでに、七口すべてを袋へ押し込めるか。
時間との勝負が始まった。