アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第55話 20秒だけ戦え!

 宝物庫へ入った一行は、七つの保管台へ散った。

 

 鑑定している時間はない。

 

 ノクティアが封印箱を押し、オトフリートが古代文字の刻まれた金属筒を運ぶ。ゼフィーリアは布に包まれた長物を抱え、そのまま《無限のバッグ②》の口へ押し込んだ。

 

 物体が袋の口へ触れる。

 

 本来なら入るはずのない大きさの品が、吸い込まれるように消えていく。

 

 四口を収納したところで、通路の奥から石の砕ける音が響いた。

 

 真キマイラが縦穴から這い上がったのだ。

 

「あと三つ!」

 

「間に合わない」

 

「ノクティアとオトフリートは回収を続けろ! ゼフィーリアは治療待機。ベラは僕と通路を塞ぐ! 精神へ働く魔法は効かない。毒も麻痺も無駄だ。倒そうとするな、あと二十秒だけ止めるぞ!」

 

 ルクスンは宝物庫の入口へ走った。

 

 通路の幅は、真キマイラの巨体が辛うじて通れる程度しかない。

 

 三つの首を横へ並べることはできず、蛇の尾も前方まで届かない。

 

 翼は完全に折り畳まれている。

 

 それでも、二本の前脚と、通路正面へ突き出された一つの頭は自由だった。

 

 爪が石床を削る。

 

 燃えるような目が、入口に立つルクスンを捉えた。

 

「全知全能、万能なるマナよ。悪しき力を退け、我らの魂を守れ。《カウンター・マジック》」

 

 オトフリートの魔法が、ルクスンの精神を覆う。

 

 ルクスンはメイスを構えたが、攻撃するつもりはなかった。

 

 正面から殴り合えば、勝負にすらならない。

 

 攻撃を完全に捨て、ラウンドシールドを前へ出す。

 

 最初に来たのは右の爪だった。

 

 盾で受け流す。

 

 衝撃だけで腕が痺れ、ルクスンの身体が石壁へ押しつけられた。

 

 続いて左の爪。

 

 身を屈めて躱した頭上を、巨大な爪が通過する。

 

 最後に、獅子の顎が正面から迫った。

 

 狭い通路では、残る二つの頭は攻撃に加われない。

 

 それでも一つで十分に致命的だった。

 

「主よ、伏せよ!」

 

 ベラが鞘から飛び出した。

 

 宙を翔けた魔剣が、真キマイラの鼻先へ斬りつける。

 

 魔法の刃が硬い皮膚を裂き、銀色の軌跡を残した。

 

 真キマイラが頭を振る。

 

 その隙に、ルクスンは噛みつきから逃れた。

 

「助かった!」

 

「妾を誰だと思うておる。人の姿を得た大魔剣、ベラトリクスじゃ!」

 

「名乗ってないで次に備えろ!」

 

 真キマイラの左前脚が、宙に浮かぶベラを叩いた。

 

 ベラは刃で爪を受けたが、勢いまでは殺せない。

 

 回転しながら飛ばされ、宝物庫の石壁へ突き刺さった。

 

「ひどいのじゃ!」

 

「壊れてないなら戻ってこい!」

 

「魔剣の扱いが雑ではないか!?」

 

 ルクスンが言い返すより早く、真キマイラが再び前進した。

 

          ◇

 

「五つ目、入った」

 

 背後からノクティアの声が届く。

 

 あと二つ。

 

 ルクスンは入口を譲らない。

 

 真キマイラの頭部が僅かに持ち上がった。

 

 顎の奥で、赤い光が膨らんでいく。

 

 噛みつきではない。

 

「炎が来る! 頭の攻撃はないけど、爪は来るぞ!」

 

 ルクスンは盾を掲げながら、宝物庫の内側へ後退した。

 

 炎の息が放たれる。

 

 狭い通路全体を埋め尽くす火炎。

 

 魔力強度二十。

 

 まともに受ければ、ルクスン程度の生命力など簡単に焼き尽くされる。

 

 カウンター・マジックによって高められた抵抗力と、事前にかけられたプロテクションが、炎の勢いを僅かに弱めた。

 

 それでも熱い。

 

 盾で顔を覆い、石造りの入口へ身体を寄せる。

 

 炎が鎖帷子の表面を流れ、露出した腕と脚を焼いた。

 

「ぐあっ!」

 

 火炎が止まる。

 

 視界が戻るより先に、二本の爪が炎の向こうから飛んできた。

 

 一撃目がラウンドシールドを弾き上げる。

 

 二撃目がルクスンの脇腹を捉えた。

 

 ミスリル銀の鎖帷子が爪を食い止めたが、衝撃までは消せない。ルクスンの身体が床を転がった。

 

 真キマイラが宝物庫へ頭を押し込む。

 

 通路が狭いため、三つの頭による連続攻撃も、尾による二度の打撃も使えない。

 

 だが、爪だけで人間を殺すには十分だった。

 

「自由なるファラリスよ。我が望みに従い、傷ついた者の生命をつなぎ止めよ。《キュア・ウーンズ》」

 

 十メートル後方にいるゼフィーリアから、神聖な力が放たれた。

 

 触れる必要はない。

 

 魔法はルクスンの身体へ届き、火傷と爪による傷を塞いでいく。

 

「助かった!」

 

「まだ治しきれていないわ。もう一度受ければ危険よ」

 

「一度どころか、三回くらい来そうなんだけど!」

 

 壁へ刺さっていたベラが自力で抜け出し、再び宙へ浮かんだ。

 

 ルクスンの隣へ並び、切っ先を真キマイラへ向ける。

 

 真キマイラは、三つの首を狭い入口の中で蠢かせている。

 

 炎を吐いた頭が後ろへ下がる。

 

 今度は別の頭を前へ出そうとしていた。

 

 毒か。

 

 病か。

 

 どちらを浴びても、現在の一行には厄介だった。

 

「次の息を吐かせるな! ベラ、頭を狙え!」

 

「妾に命じるとはよい度胸じゃ。じゃが、今だけは応えてやろう!」

 

 ベラが回転を始める。

 

 自らの力で加速した魔剣が、真キマイラの正面へ飛んだ。

 

 頭部を守ろうと、右前脚が持ち上がる。

 

 ベラは避けなかった。

 

 全力で振り下ろされた剣撃にも等しい一撃が、前脚へ激突する。

 

 魔法の刃が真キマイラの爪を弾き、前脚を石床へ叩き落とした。

 

 完全に傷つけたわけではない。

 

 それでも巨体が傾き、狭い通路の壁へ三つの首がぶつかる。

 

「六つ目!」

 

 オトフリートが最後の保管箱へ走る。

 

 真キマイラが体勢を立て直す。

 

 ルクスンは盾を構え直した。

 

 あと一つ。

 

          ◇

 

「全知全能、万能なるマナよ。純粋なる力となり、我が敵を撃て。《エネルギー・ボルト》」

 

 オトフリートの杖から、青白い魔力の矢が放たれた。

 

 魔法は狭い通路を直進し、真キマイラの頭部へ命中する。

 

 真キマイラは強靱な抵抗力で魔力の大半を弾いた。

 

 与えられた傷は僅か。

 

 それでも顔面を撃たれた怪物が、一瞬だけ怯む。

 

 その間に、ノクティアとオトフリートが最後の箱を《無限のバッグ②》へ押し込んだ。

 

「七つ全部入った」

 

「撤退!」

 

 宝物庫の奥には、保管品を運び込むための通用口がある。

 

 ノクティアは既に扉の錠を外していた。

 

 人間一人が通れる程度の狭い通路。

 

 真キマイラの巨体では、頭を入れることさえできない。

 

 ノクティア、オトフリート、ゼフィーリアの順に飛び込む。

 

 ルクスンは《無限のバッグ①》を担ぎ、通用口へ走った。

 

 最後まで宙に残っていたベラが、真キマイラへ切っ先を向ける。

 

「怪物よ、妾の名を覚えておくがよい。大魔剣ベラトリクス——またの名を《妖姫殺し》じゃ!」

 

「名乗りはいいから早く来い!」

 

「余韻というものを知らぬのか!」

 

 ベラが飛んでくる。

 

 ルクスンは空中の柄を掴み、通用口へ滑り込んだ。

 

 直後、真キマイラの爪が石扉へ突き刺さる。

 

 三つの頭が狭い入口へ重なり、牙を鳴らした。

 

 ルクスンは内側の閉鎖レバーを引いた。

 

 分厚い石扉が落ちる。

 

 真キマイラの姿が遮られた。

 

「止まるな! 炎は扉を壊すかもしれない。次の角まで走れ!」

 

 一行が通路を駆ける。

 

 背後で石扉が赤く輝き、亀裂が走った。

 

 次の瞬間、炎の息が扉を突き破り、狭い通用路へ流れ込む。

 

 ルクスンたちは曲がり角へ飛び込んだ。

 

 火炎は直線状に通路を走り、角の石壁へ激突する。

 

 炎は曲がれない。

 

 熱風だけが一行の背中を押した。

 

 ルクスンは角の向こうから、燃え上がる通路を覗いた。

 

 真キマイラは倒していない。

 

 ほとんど傷つけてもいない。

 

 それでも、七口の宝物はすべて手に入れた。

 

「勝った……とは言えないな」

 

「生きて宝を持ち帰れば、冒険者の勝ち」

 

 ノクティアの言葉に、ルクスンは頷いた。

 

「そのとおりだ。正面から戦ったら死ぬ怪物と、正面から戦う必要なんてない!」

 

 通路の奥から、怒り狂った真キマイラの咆哮が響く。

 

 一行は宝を抱え、遺跡の裏側へ続く脱出路を走った。

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