アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
宝物庫へ入った一行は、七つの保管台へ散った。
鑑定している時間はない。
ノクティアが封印箱を押し、オトフリートが古代文字の刻まれた金属筒を運ぶ。ゼフィーリアは布に包まれた長物を抱え、そのまま《無限のバッグ②》の口へ押し込んだ。
物体が袋の口へ触れる。
本来なら入るはずのない大きさの品が、吸い込まれるように消えていく。
四口を収納したところで、通路の奥から石の砕ける音が響いた。
真キマイラが縦穴から這い上がったのだ。
「あと三つ!」
「間に合わない」
「ノクティアとオトフリートは回収を続けろ! ゼフィーリアは治療待機。ベラは僕と通路を塞ぐ! 精神へ働く魔法は効かない。毒も麻痺も無駄だ。倒そうとするな、あと二十秒だけ止めるぞ!」
ルクスンは宝物庫の入口へ走った。
通路の幅は、真キマイラの巨体が辛うじて通れる程度しかない。
三つの首を横へ並べることはできず、蛇の尾も前方まで届かない。
翼は完全に折り畳まれている。
それでも、二本の前脚と、通路正面へ突き出された一つの頭は自由だった。
爪が石床を削る。
燃えるような目が、入口に立つルクスンを捉えた。
「全知全能、万能なるマナよ。悪しき力を退け、我らの魂を守れ。《カウンター・マジック》」
オトフリートの魔法が、ルクスンの精神を覆う。
ルクスンはメイスを構えたが、攻撃するつもりはなかった。
正面から殴り合えば、勝負にすらならない。
攻撃を完全に捨て、ラウンドシールドを前へ出す。
最初に来たのは右の爪だった。
盾で受け流す。
衝撃だけで腕が痺れ、ルクスンの身体が石壁へ押しつけられた。
続いて左の爪。
身を屈めて躱した頭上を、巨大な爪が通過する。
最後に、獅子の顎が正面から迫った。
狭い通路では、残る二つの頭は攻撃に加われない。
それでも一つで十分に致命的だった。
「主よ、伏せよ!」
ベラが鞘から飛び出した。
宙を翔けた魔剣が、真キマイラの鼻先へ斬りつける。
魔法の刃が硬い皮膚を裂き、銀色の軌跡を残した。
真キマイラが頭を振る。
その隙に、ルクスンは噛みつきから逃れた。
「助かった!」
「妾を誰だと思うておる。人の姿を得た大魔剣、ベラトリクスじゃ!」
「名乗ってないで次に備えろ!」
真キマイラの左前脚が、宙に浮かぶベラを叩いた。
ベラは刃で爪を受けたが、勢いまでは殺せない。
回転しながら飛ばされ、宝物庫の石壁へ突き刺さった。
「ひどいのじゃ!」
「壊れてないなら戻ってこい!」
「魔剣の扱いが雑ではないか!?」
ルクスンが言い返すより早く、真キマイラが再び前進した。
◇
「五つ目、入った」
背後からノクティアの声が届く。
あと二つ。
ルクスンは入口を譲らない。
真キマイラの頭部が僅かに持ち上がった。
顎の奥で、赤い光が膨らんでいく。
噛みつきではない。
「炎が来る! 頭の攻撃はないけど、爪は来るぞ!」
ルクスンは盾を掲げながら、宝物庫の内側へ後退した。
炎の息が放たれる。
狭い通路全体を埋め尽くす火炎。
魔力強度二十。
まともに受ければ、ルクスン程度の生命力など簡単に焼き尽くされる。
カウンター・マジックによって高められた抵抗力と、事前にかけられたプロテクションが、炎の勢いを僅かに弱めた。
それでも熱い。
盾で顔を覆い、石造りの入口へ身体を寄せる。
炎が鎖帷子の表面を流れ、露出した腕と脚を焼いた。
「ぐあっ!」
火炎が止まる。
視界が戻るより先に、二本の爪が炎の向こうから飛んできた。
一撃目がラウンドシールドを弾き上げる。
二撃目がルクスンの脇腹を捉えた。
ミスリル銀の鎖帷子が爪を食い止めたが、衝撃までは消せない。ルクスンの身体が床を転がった。
真キマイラが宝物庫へ頭を押し込む。
通路が狭いため、三つの頭による連続攻撃も、尾による二度の打撃も使えない。
だが、爪だけで人間を殺すには十分だった。
「自由なるファラリスよ。我が望みに従い、傷ついた者の生命をつなぎ止めよ。《キュア・ウーンズ》」
十メートル後方にいるゼフィーリアから、神聖な力が放たれた。
触れる必要はない。
魔法はルクスンの身体へ届き、火傷と爪による傷を塞いでいく。
「助かった!」
「まだ治しきれていないわ。もう一度受ければ危険よ」
「一度どころか、三回くらい来そうなんだけど!」
壁へ刺さっていたベラが自力で抜け出し、再び宙へ浮かんだ。
ルクスンの隣へ並び、切っ先を真キマイラへ向ける。
真キマイラは、三つの首を狭い入口の中で蠢かせている。
炎を吐いた頭が後ろへ下がる。
今度は別の頭を前へ出そうとしていた。
毒か。
病か。
どちらを浴びても、現在の一行には厄介だった。
「次の息を吐かせるな! ベラ、頭を狙え!」
「妾に命じるとはよい度胸じゃ。じゃが、今だけは応えてやろう!」
ベラが回転を始める。
自らの力で加速した魔剣が、真キマイラの正面へ飛んだ。
頭部を守ろうと、右前脚が持ち上がる。
ベラは避けなかった。
全力で振り下ろされた剣撃にも等しい一撃が、前脚へ激突する。
魔法の刃が真キマイラの爪を弾き、前脚を石床へ叩き落とした。
完全に傷つけたわけではない。
それでも巨体が傾き、狭い通路の壁へ三つの首がぶつかる。
「六つ目!」
オトフリートが最後の保管箱へ走る。
真キマイラが体勢を立て直す。
ルクスンは盾を構え直した。
あと一つ。
◇
「全知全能、万能なるマナよ。純粋なる力となり、我が敵を撃て。《エネルギー・ボルト》」
オトフリートの杖から、青白い魔力の矢が放たれた。
魔法は狭い通路を直進し、真キマイラの頭部へ命中する。
真キマイラは強靱な抵抗力で魔力の大半を弾いた。
与えられた傷は僅か。
それでも顔面を撃たれた怪物が、一瞬だけ怯む。
その間に、ノクティアとオトフリートが最後の箱を《無限のバッグ②》へ押し込んだ。
「七つ全部入った」
「撤退!」
宝物庫の奥には、保管品を運び込むための通用口がある。
ノクティアは既に扉の錠を外していた。
人間一人が通れる程度の狭い通路。
真キマイラの巨体では、頭を入れることさえできない。
ノクティア、オトフリート、ゼフィーリアの順に飛び込む。
ルクスンは《無限のバッグ①》を担ぎ、通用口へ走った。
最後まで宙に残っていたベラが、真キマイラへ切っ先を向ける。
「怪物よ、妾の名を覚えておくがよい。大魔剣ベラトリクス——またの名を《妖姫殺し》じゃ!」
「名乗りはいいから早く来い!」
「余韻というものを知らぬのか!」
ベラが飛んでくる。
ルクスンは空中の柄を掴み、通用口へ滑り込んだ。
直後、真キマイラの爪が石扉へ突き刺さる。
三つの頭が狭い入口へ重なり、牙を鳴らした。
ルクスンは内側の閉鎖レバーを引いた。
分厚い石扉が落ちる。
真キマイラの姿が遮られた。
「止まるな! 炎は扉を壊すかもしれない。次の角まで走れ!」
一行が通路を駆ける。
背後で石扉が赤く輝き、亀裂が走った。
次の瞬間、炎の息が扉を突き破り、狭い通用路へ流れ込む。
ルクスンたちは曲がり角へ飛び込んだ。
火炎は直線状に通路を走り、角の石壁へ激突する。
炎は曲がれない。
熱風だけが一行の背中を押した。
ルクスンは角の向こうから、燃え上がる通路を覗いた。
真キマイラは倒していない。
ほとんど傷つけてもいない。
それでも、七口の宝物はすべて手に入れた。
「勝った……とは言えないな」
「生きて宝を持ち帰れば、冒険者の勝ち」
ノクティアの言葉に、ルクスンは頷いた。
「そのとおりだ。正面から戦ったら死ぬ怪物と、正面から戦う必要なんてない!」
通路の奥から、怒り狂った真キマイラの咆哮が響く。
一行は宝を抱え、遺跡の裏側へ続く脱出路を走った。