アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
ウィルオーウィスプが、白い脊椎の上で静止している。
その光の先。
巨大な骨へ巻きついていたものが、ゆっくりと鎌首をもたげた。
太さは人間の胴を上回り、全長は十メートル近い。
毒牙はない。
代わりに、獲物を丸ごと締め殺すための筋肉が、長い身体を覆っている。
「パイソンだ。噛みつくんじゃなく、身体を巻きつけて締め上げてくる。捕まったら一人で抜け出すのは難しい」
「先に見つけられた。奇襲はされない」
ノクティアが短槍を構える。
ウィルオーウィスプを先行させていなければ、頭上の骨から突然襲われていたところだ。
だが、見つけたからといって通してくれるわけではない。
パイソンの身体は、脊椎と肋骨の隙間を塞いでいる。
左右は膝までの水。
回り込める場所はない。
「追い払えそうですか?」
「無理だろうな。あの大きさまで育った蛇が、自分の寝床を簡単に譲るとは思えない」
「では、倒すしかありませんね」
オトフリートが杖を構えた。
ゼフィーリアは一歩後ろへ下がり、いつでも治癒の奇跡を使える位置に立つ。
「わたくしは回復に備えます。ただし、巻きつかれたまま水中へ引き込まれたら、治すより先に助け出してください」
「正論だけど怖いことを言うなよ!」
パイソンが脊椎から頭を下ろす。
細長い舌が、光の精霊ではなく、その後ろにいる人間たちの匂いを探っている。
最初に狙われるのは先頭のノクティア。
ルクスンはノクティアの横へ出た。
「僕が受ける。ノクティアは横から急所を狙え。オトフリートは、僕ごと巻かれても攻撃を止めるな」
「いいのですか?」
「ミスリルチェインを着てる僕が一番ましだ。締めつけられたくらいで鎖帷子は壊れない」
「主の身体はミスリルではないぞ?」
「そこは気合で耐える!」
「急に作戦が雑になったのぉ!」
パイソンの頭が動いた。
水面すれすれまで身体を沈め、次の瞬間には弾かれたように伸びてくる。
奇襲ではない。
それでも速い。
ルクスンは横へかわそうとしたが、水に浸かった脚が遅れる。
巨大な蛇の身体が、腰へ巻きついた。
さらに一周。
両腕ごと締め上げようとする。
ルクスンは左腕を外へ突き出し、ベラを持つ右腕だけは胸元に残した。
「捕まった!」
「見ればわかる!」
パイソンの筋肉が収縮する。
ミスリルチェインは軋みもしない。
しかし、その下にあるルクスンの身体までは魔法の金属でできていなかった。
胸が圧迫され、息が漏れる。
「ぐ……こいつ、見た目以上に力が強い!」
「主よ、妾を離すでないぞ! 今飛び出したら、主ごと斬りかねん!」
「わかってる!」
ノクティアが水を蹴った。
蛇の頭ではなく、ルクスンへ巻きついている胴を狙う。
短槍が鱗の隙間へ突き刺さった。
パイソンの身体が大きく震える。
だが、締めつけは緩まない。
ウィルオーウィスプが白い尾を引き、蛇の頭へ突進した。
魔法の一撃が回避を許さず命中する。
閃光を浴びたパイソンが頭を振り、ルクスンを巻いたまま水中へ逃れようとした。
「全知全能、万能なるマナよ。不可視の衝撃となりて、かの敵を撃て——エネルギー・ボルト」
オトフリートの杖から、白い光弾が放たれた。
狙いは蛇の頭。
ルクスンへ巻きついていようと、対象を定めた魔法は外れない。
光弾がパイソンの顎を打ち抜いた。
蛇の身体が大きく仰け反る。
締めつけが、わずかに緩んだ。
「今じゃ、主!」
ルクスンは胸元に残していた右腕を動かした。
ベラの切っ先を、身体へ巻きついた蛇の鱗へ突き立てる。
剣だけで飛んだときとは違う。
ルクスンの腕力と、戦士として鍛えた技が魔剣へ加わる。
「離せ、この野郎!」
ミスリル銀の刃が鱗を割り、パイソンの胴へ深く食い込んだ。
斬り裂く。
蛇の身体から力が抜けた。
ノクティアが短槍を捻り、傷口をさらに広げる。
パイソンは最後に一度だけ大きく痙攣し、ルクスンを解放した。
太い身体が水中へ落ちる。
巻き上がった白砂が、一行の膝元を濁らせた。
「主、生きておるか?」
「なんとか……肋骨が折れたかと思った」
「じっとしてください」
ゼフィーリアが十メートル以内から手を差し伸べる。
暗黒神へ捧げる短い祈り。
癒やしの力が距離を越えてルクスンへ届き、締め上げられた胸の痛みを取り除いていく。
「助かった。相変わらずファラリスの奇跡とは思えないくらい普通に治るな」
「神聖魔法の効果は、信仰する神の印象で変わったりしません」
「知ってるけど、納得できないんだよ」
◇
パイソンの死骸を越えると、巨大な脊椎は何本もの頸骨へ分かれていた。
一本の胴から、複数の首が伸びていた証拠だった。
ルクスンは足を止める。
光る小石を掲げ、骨格全体を見渡した。
肋骨の本数。
脊椎の太さ。
いくつにも枝分かれする頸骨。
前世の知識が、地下に眠る怪物の正体を導き出す。
「巨大な蛇じゃない。こいつはキングヒュドラだ」
「キングヒュドラ?」
「いくつもの頭を持つ、ヒュドラの王だよ。生きていたなら、僕たちが何十人集まっても勝負にならない。前世の尺度なら、十五を越える領域の化け物だ」
オトフリートが、枝分かれした骨を見上げる。
「それほどの怪物が、どうしてここで死んだのでしょう?」
「寿命か、もっと強い何かに殺されたか……どちらにしても、死んでいてくれて本当によかった」
「妾が壊れる心配より、主たちが丸呑みにされる心配をする大きさじゃな」
キングヒュドラの死骸そのものが、迷宮になっている。
人間が設計した地下迷宮ではない。
怪物の死骸へ水が流れ込み、動物や妖魔が棲みつき、それぞれの縄張りが自然に部屋と通路を作ったワイルダネスダンジョンだった。
だが、すべてが自然にできたわけではない。
ノクティアが、頸骨の根元へ近づいた。
「ここは削られている」
巨大な骨の一部が、平らに切り揃えられている。
石材で補強された足場。
水を流すための細い溝。
壁面には、工具で刻まれた跡が残っていた。
「自然に折れたのではありませんね。誰かが骨を加工して、通路を作っています」
オトフリートが光る小石を壁へ近づける。
明かりがなければ見落としていた。
白い骨へ、黒と赤の顔料を使って壁画が描かれている。
中央には一匹のバジリスク。
その左右に、少し小さな二匹のバジリスクが控えていた。
中央の個体だけは、両目の色が違う。
片方は白。
もう片方は黒。
「白と黒の瞳……ヘテロクロミアか」
ルクスンは壁画の下に刻まれた文字を読む。
古い地方語だったが、読むことに支障はない。
「白き妖眼と黒き妖眼を持つ蛇王。二つの眼差しの前では、生者も死者も等しく伏す……だってさ」
「石化の邪眼だけではないのですか?」
「違う。片方は石化。もう片方は死をもたらす邪眼だ」
ルクスンの声から、軽さが消えた。
バジリスクの石化なら、ヘンルーダによる予防が期待できる。
だが、死の邪眼は石化ではない。
薬草で防ぐことはできない。
蛇王に見据えられた者は、石化と死、それぞれに抗わなければならない。
「つまり、精神抵抗を二度要求される。ヘンルーダで石化を防いでも、もう片方はそのまま来る」
「中央の王だけでも厄介ですが、左右にも二匹描かれていますね」
「普通のバジリスクだろうな。王一匹と護衛二匹。正面から三匹同時に相手をしたら、僕たちじゃ持たない」
壁画の中で、左右のバジリスクは中央の王へ頭を下げていた。
忠誠の姿にも見える。
だが、二匹とも王の顔を見ていない。
王の妖眼を避けるように、明らかに視線を外している。
オトフリートも、その不自然さに気づいた。
「護衛のバジリスクも、王の視線を恐れている?」
「たぶん、王の邪眼は同族にも効く。うまく位置を取れば、王の視線を護衛へ向けられるかもしれない」
「王自身に、二匹の護衛を封じさせるのですね」
「できなければ、三匹まとめて相手にすることになるけどな」
壁画の先では、加工された三本の通路が別々の頸骨へ向かっていた。
中央の道。
左の道。
右の道。
キングヒュドラの複数の首と頭蓋を利用し、蛇王と二匹の護衛を守るための陣形が作られている。
自然に生まれた迷宮へ、人の手で戦場が付け加えられていた。
ルクスンは白と黒の瞳を持つ蛇王を見上げる。
「銀冠のメデューサの次は、白黒の邪眼を持つバジリスク王。どうして僕が入るダンジョンは、目で殺してくる奴ばかりなんだよ!」
「主の冒険も、ずいぶんとワンパターンじゃのぉ」
「僕のせいじゃない!」