アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
白と黒の瞳を持つ蛇王。
その左右に控える、二匹のバジリスク。
壁画を見上げていたルクスンは、しばらくして眉間へ寄せていた皺を緩めた。
「……待てよ。よく考えたら、そこまで難しくないな」
「先ほど、正面から三匹を相手にすれば勝ち目がないと言っていませんでしたか?」
「普通に三匹と目を合わせて戦えばな。でも、バジリスクの邪眼は視線を通して襲ってくる。手鏡でも盾でも、目との間を遮れば効かない」
「死をもたらす妖眼も同じですか?」
「効果は違っても視線を使うことは変わらない。見なければ、石化にも死にも抵抗する必要はない」
オトフリートが眼鏡の位置を直す。
「では、なぜあれほど慌てたのです?」
「石化と死に二回抵抗しろなんて情報を見せられたら、普通は驚くだろ!」
「主は敵の能力を知って騒ぎ、対処法を思い出して落ち着くことが多いのぉ」
「うるさい!」
壁画の中で、左右のバジリスクは中央の蛇王から顔を背けている。
王の妖眼を恐れているのは、人間だけではない。
「護衛の二匹も、王の視線を受けたくない。王と僕たちの間に護衛が入るよう動けば、あいつらは自分の王へ顔を向けられなくなる」
「王の視線で、護衛の邪眼を封じるのですね」
「そういうこと。三匹いるからって、三匹全部をまともに相手にする必要はない」
問題は、蛇王のもとへ到達するまでに何が待っているかだった。
◇
三本に分かれた頸骨のうち、中央の通路を進む。
ウィルオーウィスプは一行より先を飛び、白い光で加工された骨の道を照らしていた。
人の手が入った痕跡は、奥へ進むほど増えている。
骨の間へ組まれた石材。
水底を平らにするために敷かれた石板。
壁には、蛇や卵を図案化した彫刻が連なっていた。
ベラがルクスンの手の中で震える。
「主よ。前に刃物があるぞ」
「何本?」
「多いのぉ。短いもの、長いもの、少なくとも十はある。水の中を動いておる」
ベラの《センス・ソード》が、前方に集まる刃物の気配を捉えている。
ノクティアも足を止めた。
「水の流れが変わった。囲まれている」
先行していたウィルオーウィスプが戻ってくる。
光の精霊を追うように、水面へいくつもの波紋が広がっていた。
左右の肋骨の陰から、鱗に覆われた頭が現れる。
リザードマン。
数は八。
長い槍や曲刀を持ち、水へ足を取られている一行を半円状に包囲していく。
最後に現れた一体だけは、ほかよりも体格が大きかった。
装飾を施した胸当て。
骨と金属を組み合わせた杖。
貴族階級のリザードマンだ。
相手はすぐには襲ってこなかった。
杖を持つリザードマンが、低く喉を震わせる。
ルクスン以外には唸り声にしか聞こえない。
「光を従え、王の骨を踏む者。武器を下ろせ。ここは鱗持つ者の水場である」
ルクスンはリザードマン語で答えた。
「こちらから争うつもりはない。奥にいる白と黒の瞳を持つ蛇王を殺しに来た」
周囲のリザードマンが一斉に身じろぎする。
杖を持つ個体も、瞳を細めた。
「鱗を持たぬ者が、我らの言葉を話すか」
「言葉だけは得意なんだ」
「蛇王を殺すと言ったか」
「言った」
「ならば、ついてこい。王へ至る前に、お前たちが殺されては意味がない」
◇
リザードマンたちの居住区は、巨大な肋骨を組み合わせて作られていた。
床は水面より高い。
一行は迷宮へ入って初めて、膝までの水から足を抜くことができた。
乾いた足場には、寝床や保存食、漁に使う網が並んでいる。
壁際には、大きな盾が何枚も置かれていた。
木材へ獣皮を張ったもの。
磨かれた金属板を取りつけたもの。
どれも武器を防ぐには不格好だが、人間やリザードマンの顔を完全に覆える大きさがある。
ルクスンは一枚を持ち上げた。
「これで邪眼を防いでいるんだな?」
杖を持つリザードマンが頷く。
「蛇王へ供物を運ぶとき、我らは盾で顔を覆う。白い眼も黒い眼も、遮られれば力を届かせられない」
ルクスンは仲間へ訳した。
「ほらな。盾一枚でいい」
「先ほどまで騒いでいた主が、なぜ得意げなのじゃ?」
「最初からわかってたような顔をさせてくれ!」
オトフリートは壁に立てかけられた金属板を調べている。
「充分に磨けば鏡としても使えそうですね」
「反射を狙うなら大きい方がいい。でも、自分の目を守るだけなら手鏡でも足りる。邪眼を使う瞬間だけ顔を隠せばいい」
「ずっと隠していたら、普通に噛まれますからね」
「そこが面倒なんだよ」
杖を持つリザードマンが、床へ石を並べた。
中央に白黒二色の石。
左右に灰色の石を一つずつ。
「蛇王は中央の頭蓋にいる。二匹の蛇が、左右の頭蓋を守る。だが、その前に小さき石の眼が群れている」
「群れ?」
リザードマンは、白黒の石の手前へ小石を置き始めた。
一つ。
二つ。
三つ。
まだ続く。
最終的に置かれた小石は、十一個。
「十一匹?」
「十一匹である」
「スモール・バジリスクが十一匹……それは群れっていうより軍勢だろ!」
「小さき石の眼は、王が食べ残した獲物を食らう。数を増やし、脱皮の間を巣とした」
オトフリートが石の数を確認する。
「十一匹すべてが、石化の邪眼を持っているのですか?」
「持っている。だが、小さき眼も遮れば届かない」
ルクスンは大盾を見た。
スモール・バジリスクの邪眼も、続けて何度も使えるものではない。
相手の視線を盾で受け止め、一斉に邪眼を使わせる。
その直後なら、次の邪眼が来るまでに攻撃できる。
「狭いところへ誘い込めるか?」
「脱皮の間へ至る道は、折れた頸骨の間を通る。一度に通れるのは二匹までである」
「十一匹いても、同時に相手をするのが二匹なら戦える。盾を並べて邪眼を防ぎ、水の中へ引き込む。あいつらは水中で動くのが得意じゃない」
「我らは水の中で戦える」
「協力してくれるのか?」
「蛇王とは戦わぬ。だが、小さき石の眼は我らの卵も食らう。殺せるなら殺す」
戦力は揃った。
◇
折れた頸骨の間に、三枚の大盾が並べられた。
中央の盾をルクスン。
左右を二人のリザードマンが持つ。
盾の後ろにはノクティアとオトフリート。
ゼフィーリアはさらに後方で、負傷者へ治癒を届かせられる位置に立つ。
ウィルオーウィスプは、頸骨の先にある脱皮の間へ向かった。
光の精霊が白い尾を引き、暗闇の中へ消える。
しばらくして、水を掻き分ける音が聞こえた。
一つではない。
いくつもの脚が、水中を進んでくる。
ウィルオーウィスプが戻ってきた。
その後ろから、最初のスモール・バジリスクが姿を現す。
大きさは人間ほど。
短い四肢と太い尾。
トカゲに似ているが、頭部には邪悪な光を宿す眼がある。
二匹。
三匹。
後ろにも続いている。
「盾を上げろ! 目を見るな!」
三枚の盾が、一斉に持ち上がった。
直後。
盾の表面へ、何か冷たいものが触れたような感覚が走る。
スモール・バジリスクたちが邪眼を放った。
だが、その視線は木と獣皮に遮られ、誰の目にも届かない。
「今だ! 一度使った邪眼は、すぐには使えない!」
三枚の盾が下がる。
邪眼を無駄にしたスモール・バジリスクが、頸骨の隙間から二匹並んで飛び込んできた。
膝までの水が、怪物の脚を鈍らせる。
ルクスンは前へ出た。
一匹目の牙をラウンドシールドで受け流し、ベラを頭部へ叩き込む。
ミスリル銀の刃が鱗を割った。
ノクティアの短槍が、同じ傷口へ突き刺さる。
一匹目が水中へ倒れた。
二匹目には、ウィルオーウィスプが襲いかかった。
白い光が怪物の身体を包む。
魔法の一撃は、水に足を取られたスモール・バジリスクの回避を許さない。
続けてオトフリートが杖を向ける。
「全知全能、万能なるマナよ。不可視の衝撃となりて、かの敵を撃て——エネルギー・ボルト」
光弾が二匹目の胸を打ち抜いた。
リザードマンの槍が左右から突き出される。
二匹目も倒れた。
「盾を上げろ! 次が来るぞ!」
再び盾が持ち上がる。
後続の三匹が放った邪眼は、すべて盾へ遮られた。
視線が止む。
盾を下げる。
今度は三匹が押し寄せたが、狭い頸骨の間を並んで通れるのは二匹まで。
後ろの一匹が前の仲間へぶつかり、水中でもつれている。
「ベラ、飛ばすぞ!」
「妾の剣撃を受けるがよい!」
ルクスンがベラを振り抜く。
刀身から放たれた斬撃が水面の上を走り、奥にいた一匹の顔を切り裂いた。
ソニックブレイド。
傷を負った怪物が頭を振り、さらに後ろから来た仲間と衝突する。
前の二匹へ、リザードマンたちの槍が集中した。
水中でも動きを鈍らせない鱗人たちが、左右から怪物を押し返す。
ノクティアの短槍が喉を貫く。
ルクスンはベラを両手で握り、もう一匹の頭へ全力で叩き込んだ。
三匹目。
四匹目。
五匹目。
倒れたスモール・バジリスクの身体が、頸骨の前へ積み重なっていく。
だが、まだ六匹いる。
怪物たちは仲間の死骸を乗り越え、盾の隙間へ牙を突き立てた。
木製の盾が軋む。
邪眼を防げても、牙や体当たりまで消えるわけではない。
一匹が盾の下へ頭をねじ込み、ルクスンの脚へ噛みつこうとする。
ノクティアが短槍の柄で顎を押し下げた。
「下から来る!」
「見えてる!」
ルクスンは盾を怪物の頭へ叩きつけ、そのまま水中へ押し倒した。
ベラを逆手に持ち替え、首へ突き立てる。
血が水中へ広がった。
「武器についた血へ触るな! こいつらは血まで毒だ!」
「面倒な怪物」
「倒したあとまで殺しに来るからな!」
右側の盾を持っていたリザードマンが、体当たりを受けて後退した。
隙間が開く。
そこへ一匹のスモール・バジリスクが飛び込んだ。
邪眼を使おうと顔を上げる。
杖を持つリザードマンが、磨かれた金属板をその眼前へ差し込んだ。
怪物の視線が鏡面へ遮られる。
その間に、オトフリートの光弾が横腹へ命中した。
リザードマンの槍が止めを刺す。
七匹目。
残る四匹は、ようやく自分たちが狩られていることへ気づいた。
動物並みの知性でも、仲間の半数以上が倒れれば恐怖する。
怪物たちは向きを変え、脱皮の間へ逃げ始めた。
「逃がすな! 退路に残したら、蛇王と戦っている間に背後から来る!」
ウィルオーウィスプが逃げる怪物を追う。
白い光によって、暗い頸骨の奥でも位置を見失わない。
ノクティアとリザードマンたちが水中を追った。
ルクスンも続く。
水に足を取られる人間より、スモール・バジリスクの動きも速くはない。
八匹目をノクティアの槍が倒す。
九匹目はリザードマンたちが三方から囲んだ。
十匹目へ、オトフリートが最後の光弾を撃ち込む。
残る一匹が、脱皮の間へ飛び込んだ。
壁と床を埋め尽くす、古い蛇皮。
石化した小動物や人間の像。
その間へ逃げ込み、待ち伏せようとしている。
「最後の一匹じゃ!」
「わかってる。ベラ、今度は僕が持っていく!」
ルクスンは怪物の正面へ出た。
スモール・バジリスクが振り返る。
邪眼を使おうと、その眼が光った。
ルクスンはラウンドシールドを顔の前へ掲げる。
視線が遮られた。
怪物にとって、邪眼を使った直後が最大の隙になる。
盾を下げる。
水を蹴る。
ベラを両手で振り上げた。
「これで十一匹目だ!」
振り下ろされたミスリル銀の刃が、スモール・バジリスクの頭を割った。
怪物の身体が水中へ崩れ落ちる。
動くものは、もういない。
◇
十一匹。
間違いなく、すべて倒した。
ルクスンたちは毒の血がついた武器へ直接触れないよう注意し、流れる水で時間をかけて洗った。
リザードマンたちも槍を清めている。
「これで退路は安全になった」
「前哨戦で十一匹とは、蛇王はずいぶん手厚く守られておるのぉ」
「でも、対策すれば戦えた。邪眼を盾で防いで、狭い場所で一度に相手をする数を減らす。数に付き合わなければいいんだ」
オトフリートが、積み重なった怪物の死骸を見る。
「魔法をかなり使いました。このまま蛇王へ進むのは避けるべきでしょう」
「同感。リザードマンの居住区へ戻って、八時間眠る。精神力を全快させてから挑もう」
杖を持つリザードマンが、三本に分かれた頸骨の先を示した。
「蛇王は逃げぬ。人間の祭司が捧げた宝も、王の頭蓋に残っている」
「宝は多いのか?」
「山ではない。だが、王へ捧げられた品は、どれも人間たちが最も大切にしたものだ」
数は並。
だが、質は極めて高い。
十一匹の石眼を突破した先には、それに見合うだけの財宝が眠っている。
まずは休息。
その後に待つのは、二匹のバジリスクを従えた白黒の蛇王。
十一の邪眼を退けた戦いは、あくまで前哨戦にすぎなかった。