アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
八時間の休息を終えた。
オトフリートとノクティアの精神力は全快。
前哨戦で負った傷も、ゼフィーリアの治癒によって塞がっている。
十一匹のスモール・バジリスクはすべて倒した。退路を襲う怪物は、もういない。
一行は用意してきたヘンルーダを服用し、リザードマンから借りた大盾と磨かれた金属板を確認した。
「ヘンルーダが防いでくれるのは石化だけだ。蛇王の死の邪眼には効かない。盾か手鏡で視線を遮ることを最優先にする」
「万が一、視線を受けてしまった場合に備えましょう」
オトフリートが四人を対象に、古代語魔法を拡大する。
「全知全能、万能なるマナよ。敵意ある魔力を退け、我らが魂を守れ——カウンター・マジック」
魔法への抵抗力が引き上げられる。
ベラには必要ない。
剣の姿をした彼女には、石化する肉体も、病に冒される身体も存在しない。
「妾こそ、蛇王の邪眼を恐れぬ最強の戦士ということじゃな!」
「自分で飛んで斬るより、僕が持った方が強いけどな」
「決戦前に剣の士気を下げるでない!」
オトフリートが《ライト》をかけた小石を用意し、ノクティアはウィルオーウィスプを呼び出した。
光によって壁や床を調べる。
光の外側は三人のインフラビジョンと、使い魔の暗視で警戒する。
準備は整った。
◇
キングヒュドラの頸骨は、三本の通路へ分かれていた。
中央の頸骨は最も太く、左右の頸骨は緩やかな弧を描いて中央へ向かっている。
三つの通路が行き着く先には、三つの巨大な頭蓋骨があった。
中央の頭蓋。
左右の頭蓋。
人間たちは頭蓋骨の間を削り、互いの内部が見通せる一つの戦場へ作り変えていた。
中央へ蛇王。
左右へ護衛。
三匹のバジリスクが互いを守れる配置だ。
同時に、中央の王から左右の護衛が見えてしまう配置でもある。
「わざわざ護衛が王の邪眼を受ける位置に置かれてる。作った連中は何を考えてたんだ?」
「蛇王へ絶対に顔を向けないよう、護衛を従わせるためではありませんか?」
「蛇王を守る陣形というより、蛇王が二匹を支配する陣形か」
ルクスンは磨かれた金属板を取りつけた大盾を構えた。
ただ視線を防ぐだけではない。
角度を合わせれば、受けた邪眼を別の方向へ返すことができる。
「オトフリート。角度は?」
「中央から正面へ向けられた視線を、左の頭蓋へ返します。盾をあと少し内側へ傾けてください」
「こうか?」
「そこで固定してください」
ノクティアとゼフィーリアは手鏡を持つ。
オトフリートは石柱の陰。
ベラはルクスンの手。
ウィルオーウィスプが、三つの頭蓋が交わる広間へ進んだ。
白い光が、最初に左右の怪物を照らす。
通常のバジリスク。
二匹ともスモール種よりはるかに大きい。
太い四肢と長い尾。
人間を一噛みで絶命させる牙。
そして、訪れた者を石へ変える邪眼。
二匹が同時に頭を上げた。
続いて、中央の頭蓋から王が現れる。
体格は左右の個体と大きく変わらない。
だが、その顔にある二つの眼だけが明らかに違った。
片方は黒い生物の眼。
もう片方は、白く輝く宝石。
眼球ではない。
研磨された魔法の宝石が、眼窩へ埋め込まれている。
ルクスンの《センス・マジック》へ、白い眼から溢れる強い魔力が映った。
「待て。白い方はバジリスクの眼じゃない」
「魔法の品ですか?」
「ああ。バロウルの魔眼だ」
ルクスンの知識に、呪われた宝石の情報が浮かび上がる。
精神抵抗を無効にし、死に至る病をもたらす魔眼。
本来の石化能力しか持たないバジリスクへ、人の手で埋め込まれた魔法の宝石だった。
「白い邪眼による死は、あの宝石の呪いだ。石化とは別に抵抗しなきゃならない。ヘンルーダでは防げない」
「では、白い眼を破壊しますか?」
「壊すな。あれは呪われていても、相当な価値を持つ魔法の宝石だ。蛇王を倒して、安全に摘出する」
「決戦中に、お宝の心配を始めたぞ」
「質のいい宝は持って帰る! 冒険者として当然だろ!」
白い魔眼は戦利品。
黒い眼は危険な石化の邪眼。
倒すべき敵と、壊してはならない宝が同じ顔についている。
「ベラ、白い眼は斬るなよ」
「黒い方だけ斬ればよいのじゃな?」
「できれば頭そのものを斬ってくれ!」
◇
三匹の邪眼が、同時に一行へ向けられた。
「盾と鏡を上げろ!」
ノクティアとゼフィーリアが手鏡で目元を覆う。
オトフリートは石柱へ身を隠す。
ルクスンは磨かれた大盾を正面へ掲げた。
通常のバジリスク二匹の視線は遮られる。
蛇王の黒い邪眼と、白い宝石から放たれた妖光が、大盾の金属板へ映った。
「少し左へ!」
オトフリートの指示に従い、ルクスンは盾の角度を変えた。
二つの妖眼が、磨かれた金属板から左の頭蓋へ返される。
そこにいたバジリスクは、自分の王へ顔を向けていた。
護衛の身体が硬直する。
鱗の色が灰色へ変わり、四肢から石化が広がった。
尾まで完全な石となり、巨体が頭蓋の床へ倒れる。
「一匹!」
「主よ、右の奴が眼を閉じたぞ!」
もう一匹のバジリスクは、仲間が石へ変えられるところを見ていた。
蛇王の妖眼を恐れ、両目を固く閉じている。
石化の邪眼を使うどころではない。
自ら視界を捨てた怪物が、匂いと水音だけを頼りに前進する。
「これで邪眼は封じた。右の一匹を先に倒す!」
ノクティアがウィルオーウィスプへ命じる。
光の精霊が、眼を閉じたバジリスクへ飛び込んだ。
魔法の一撃は外れない。
白い閃光を受けた怪物が、頭を振り回す。
視界を失っているため、反撃の牙は空を噛んだ。
オトフリートが杖を向ける。
「全知全能、万能なるマナよ。不可視の衝撃となりて、かの敵を撃て——エネルギー・ボルト」
光弾がバジリスクの胸へ命中する。
ノクティアが水を蹴り、横合いから短槍を突き刺した。
バジリスクが眼を開こうとする。
だが、その正面には白と黒の妖眼を持つ蛇王がいる。
開けば、今度は自分が王の視線を受ける。
眼を閉じたまま、怪物は尾を振り回した。
ノクティアが水中へ身を沈める。
尾が頭上を通過した。
水によって回避は鈍っていたが、相手も眼を閉じている。
「ルクスン!」
「任せろ!」
ルクスンは大盾を手放した。
蛇王の邪眼を直接見ないよう、中央の石柱を視界の端へ置く。
両手でベラを握り、眼を閉じたバジリスクの首へ振り下ろした。
ミスリル銀の刃が鱗を割る。
一撃。
さらに踏み込み、二撃目。
首の骨が断たれた。
二匹目のバジリスクが水中へ崩れ落ちる。
王一匹。
護衛二匹の陣形は、ほとんど機能しなかった。
一匹は王の邪眼によって石化。
もう一匹は王を恐れて眼を閉じ、自ら最大の武器を封じた。
「準備して来れば、こんなものだ!」
「主よ、後ろじゃ!」
蛇王が中央の石柱を回り込んでいた。
邪眼を反射されたことで、盾の危険を理解したらしい。
今度は妖眼を使わず、牙でルクスンへ襲いかかる。
振り向いたときには、巨大な顎が迫っていた。
水中では避けきれない。
牙がルクスンの左肩へ食い込んだ。
ミスリルチェインが、牙を受け止める。
鎖帷子には傷一つつかない。
だが、噛みついた衝撃までは消えず、ルクスンの身体が水中へ倒された。
「主!」
ベラが手から離れる。
蛇王が倒れたルクスンを踏みつけ、再び牙を突き立てようとする。
十メートル後方から、ゼフィーリアが手を伸ばした。
「暗黒の神ファラリスよ。傷つきし者へ、望むままに生きる力を与えたまえ——キュア・ウーンズ」
治癒の奇跡が距離を越えて届く。
肩の痛みが薄れ、ルクスンは水中で身体を転がした。
蛇王の牙が、直前まで頭のあった場所を噛む。
「ベラ!」
「ここじゃ!」
水面へ落ちていた魔剣が、自ら飛び上がった。
リバティ・ソード。
ベラは蛇王の顔へ斬りつける。
狙うのは黒い眼。
白い宝石には触れない。
自力で飛ぶ剣の一撃では深い傷を与えられなかったが、黒い眼の上を切り裂き、蛇王の注意を引くには充分だった。
ルクスンが立ち上がる。
飛んで戻ってきたベラの柄を掴む。
魔剣が戦士の手へ戻った瞬間、その威力が跳ね上がった。
「お前は剣なんだ。僕が持って殴る!」
「今ばかりは異論なしじゃ!」
蛇王の白い魔眼がルクスンへ向く。
視線を遮る大盾は、少し離れた場所へ落ちている。
ノクティアが手鏡を投げた。
ルクスンは左手で受け取り、白い宝石との間へ差し込む。
死をもたらす妖光は、小さな鏡に遮られた。
「本当に手鏡で防げるんだな!」
「確かめるために命を賭けないで!」
蛇王が苛立ったように頭を振る。
その横腹へ、オトフリートの光弾が命中した。
ウィルオーウィスプも続く。
必中の魔法を二つ受け、蛇王の身体が大きく傾いた。
ルクスンは手鏡を投げ捨て、両手でベラを握る。
蛇王の牙が再び迫る。
今度は正面から踏み込んだ。
牙が閉じるより早く、その下を潜り抜ける。
ベラを振り上げる。
ミスリル銀の刃が、蛇王の顎から頭部へ深く食い込んだ。
白い魔眼を避け、脳へ向かって刃を通す。
「終わりだ!」
刃を引き抜く。
黒い瞳から力が消えた。
白い宝石の光も、ゆっくりと弱まっていく。
蛇王の巨体が水中へ倒れた。
大きな波が広間全体へ広がり、三つの頭蓋を洗った。
◇
しばらく、誰も動かなかった。
黒い眼は完全に光を失っている。
白い魔眼も輝きを収めていたが、魔力そのものは消えていない。
ルクスンの《センス・マジック》には、蛇王の死後も禍々しい魔力が見えていた。
「黒い眼は潰す。白い方は摘出する。絶対に素手で触るなよ」
ベラの切っ先で、黒い眼を破壊する。
続いてノクティアが盗賊道具から小さな鉗子を取り出した。
ルクスンが白い眼の周囲を切り開き、ノクティアが宝石を慎重に挟む。
眼窩から引き抜かれた宝石は、鶏卵ほどの大きさだった。
乳白色の内部に、黒い筋が瞳孔のように浮かんでいる。
「これが、バロウルの魔眼?」
「そうだ。精神抵抗を無効にして、死に至る病をもたらす呪われた宝石。価値は高いけど、絶対に誰かへ取りつけようとするな」
「妾の銀眼の代わりにしてはどうじゃ?」
「話を聞いてたか! 絶対に駄目だ!」
「冗談じゃ。主は本気で慌てるから面白いのぉ」
宝石を厚い布で幾重にも包み、硬い小箱へ収める。
誰にも装着されていない状態なら、死の妖光を放つことはない。
それでも、呪われた魔法の品であることに変わりはない。
《バロウルの魔眼》。
白と黒の蛇王を生み出した宝石は、それ自体が今回の財宝の一つだった。
中央の頭蓋の奥には、さらに人の手で作られた石扉がある。
蛇王の身体が倒れたことで、その全体が見えるようになっていた。
扉には、宝物を捧げる人間たちの姿が刻まれている。
「開けるぞ」
「今度こそ、呪われていないお宝がよいのぉ!」
石扉を押す。
隙間から、《ライト》の光を受けた金色の輝きが零れた。
量は山のように多くない。
だが、ひと目でわかる。
蛇王へ捧げられた品々は、どれも並の財宝ではなかった。