アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
蛇王が倒れても、しばらくは誰も動かなかった。
膝まで満ちた水面へ、バジリスクの血が細い筋となって広がっていく。
正面には白と黒、二つの瞳を持っていた蛇王の亡骸。
左には、その蛇王自身の石化の視線を受けたバジリスクの石像。
右には、目を閉じて邪眼を封じたまま斬り伏せられた、もう一体の死骸が横たわっていた。
「終わった……よな?」
ルクスンはメイスを握ったまま、蛇王の頭を見つめた。
センス・オーラに反応はない。
センス・マジックには、蛇王の白眼だけが異様な魔力を放っている。
黒眼に残っていた妖気は、蛇王の死とともに薄れ始めていた。だが、白眼の魔力はまったく衰えていない。
「白いほうは、バジリスク自身の眼じゃない。何かが埋め込まれている」
「石化の魔眼とは別物?」
「別物だ。石化を防ぐヘンルーダも、あれには効かない」
ノクティアが短槍を構えたまま尋ねる。
「触って、大丈夫?」
「その確認を僕にするなよ。僕だって初めて見る物なんだから」
「主なら、多少呪われても平気じゃろう」
「僕を呪物の試験紙にするな!」
ベラの無責任な提案を退け、ルクスンは蛇王の頭へ近づいた。
白眼をよく見ると、それは眼球ですらなかった。
乳白色の宝石が、細い金属枠によって眼窩へ埋め込まれている。枠の周囲には、下位古代語で短い銘文が刻まれていた。
「抵抗を奪い、死病を刻む……《バロウルの魔眼》」
「聞いたことがありません。古代王国で作られた呪物でしょうか?」
「たぶん。完全版にも載っていなかったぞ、こんなの」
「完全版?」
「こっちの話です」
オトフリートの追及をかわし、ルクスンはノクティアから盗賊道具を借りた。
金属枠の隙間へ細い工具を差し込み、固定具を一つずつ外していく。
宝石そのものを傷つける心配はない。
これは魔力を封じ込めた晶石ではなく、宝石そのものが魔法の品となっている。晶石は力を引き出したときに砕けることがあるが、魔法の宝石は壊れない。
最後の留め金を外す。
乳白色の魔眼が、ルクスンの掌へ転がり落ちた。
その瞬間、蛇王の玉座の後ろで石の擦れる音がした。
巨大な椎骨の一部が横へ動き、その奥から乾いた小部屋が現れる。
「魔眼が鍵だったのか」
「抜かなければ、宝物庫も開かなかった」
「先に蛇王を倒すしかなかったということじゃな」
「盗賊技能でこっそり盗んで、逃げる攻略法もあったかもしれないぞ」
「正面から殴り倒したあとで言っても、説得力がない」
「ノクティア。正論で殴るのはやめてくれ」
◇
遅れて、リザードマンたちが三つの髑髏の間へ入ってきた。
広い盾と磨かれた金属板は、まだ顔の前に構えられている。ルクスンが蛇王の死を告げると、先頭の一人がようやく盾を下ろした。
リザードマンは玉座を見つめ、短く喉を鳴らした。
「王の魔眼と、人間が残した魔法の品は、王を倒した者が持っていけ。だが、王の肉と、この大いなる蛇の骨は我らのものだと言っている」
「領土はいらないし、バジリスクの肉も食いたくない。ありがたく宝だけ貰おう」
宝物庫は、人間の手でキングヒュドラの椎骨を削って作られていた。
入口には水を遮る低い堰があり、内部は乾燥している。壁際には石棚が並び、その上へ魔法の品が一つずつ置かれていた。
蛇王の眼窩から回収した《バロウルの魔眼》を含め、発見された品は七点。
一つ目は、銀製の小さなペンダント。
「《目覚めのペンダント》だ。身につけているかぎり、眠らなくなる。ただし、眠くならないだけで疲労は溜まる」
「便利ではありませんか?」
「休まず働ける魔法の道具を、便利の一言で済ませるな。これを喜ぶのは冒険者よりブラック組織だぞ」
二つ目は、細い金属製の指輪。
「《解毒の指輪》。身につけた者の毒を消すか、毒の効力を増幅する」
「増幅もするの?」
「解毒に失敗すると毒が強くなる。蛇王の迷宮を踏破したあとで出てくるなよ!」
三つ目は、鏡のように磨かれた金属製の護符だった。
ルクスンは銘文を読み終えた途端、それを両手で掲げた。
「《逆探知の護符》! これを持っている者が探知魔法をかけられると、逆に術者の姿を映し出す。ロケーション対策じゃないか!」
「ヴァルネス家の魔術師に追われていた頃にあれば、役に立ちましたね」
「オトフリート。結果論で話すなよ!」
残る三つは、それぞれ赤、白、黄色に輝く球形の晶石だった。
炎晶石。
氷晶石。
雷晶石。
いずれも内部に強力な属性魔法を封じ込めた晶石である。使い方を誤れば、内包した力を放出して砕けてしまう。
「売っても相当な値になる。使えば、一度だけでも強力な魔法攻撃になる。さて、どうするか……」
ルクスンが晶石を並べたとき、傍らに置いていたベラが震えた。
「主よ。妾の身体が、妙な感じなのじゃ」
「どんな感じだ?」
「近くへ寄せられた晶石を、身体の中へ入れられそうな……くすぐったいような、むずむずするような感じじゃ」
ルクスンはベラを持ち上げ、血と水を布で拭った。
鍔元を調べると、刀身と柄の境目に三つの小さなくぼみが並んでいる。
ただの装飾ではない。
センス・マジックで見ると、それぞれのくぼみから剣身全体へ、空の魔力経路が伸びていた。
「晶石を入れるためのスロットだ。三つある」
「妾にも知らぬ機能があったのか?」
「お前、自分が何から生まれたかも覚えていないからな。ソーディアンとして成長するたび、眠っていた機能が出てくるんだろう」
試しに炎晶石を近づける。
赤い光が剣身へ流れ、銀色の刀身が熱を帯びた。
完全にはめ込まず離すと、炎の気配も消える。
「晶石を装着して合言葉を与えれば、剣へ属性を付与できる。投げて魔力を解放するより制御しやすいかもしれない。ただし晶石のほうは、力を引き出したときに砕ける可能性がある」
「妾が炎や氷を纏うのか。格好よいではないか!」
「調子に乗って三つ同時に使おうとするなよ。どうなるか、まだわからないんだから」
ルクスンは炎晶石を外し、代わりに《バロウルの魔眼》を第一のスロットへ近づけた。
乳白色の宝石が、自ら吸い込まれるようにくぼみへ収まった。
かちりと音がする。
白い魔力の筋が、刀身の中央を走った。
周囲へ妖気は漏れていない。
だが、ベラの刃で斬られた者へ何が起こるかは、ルクスンの知識が否応なく理解させてくる。
「装着できた。この状態でベラに斬られた相手は、蛇王の死の邪眼と同じ強さで抵抗を強いられる。耐えられなければ、死に至る病が一瞬で全身を巡って即死する」
「妾は、とうとう触れただけで命を刈り取る魔剣となったのじゃな!」
「斬ったら、だ。勝手に話を盛るな。それと、これからは峰打ちのつもりで斬るのも禁止。捕虜を取る戦いでは外しておかないと危なすぎる」
「主は妾を何だと思っておるのじゃ?」
「人間になったり、自分で飛んだり、炎を纏ったり、斬った相手を即死させたりする、扱いに困るブロードソード」
「もう少し可憐で強い女性として扱ってくれてもよかろう!」
魔眼は、通常の宝石ではない。
外すには武器を手入れする程度の時間が必要だが、取り外しても壊れず、呪いも魔力も失わない。
ルクスンは《バロウルの魔眼》を装着したベラを鞘へ収め、念を押した。
「迷宮を出るまで、勝手にリバティ・ソードで飛ぶなよ。味方へかすっただけでも洒落にならない」
「信用がないのぉ」
「目を離すと勝手に喋って勝手に動く剣を、どう信用しろと?」
白と黒の蛇王は倒れた。
その宝物庫から得た七つの品は、量だけでなく質まで申し分ない。
だが、その中でも最大の戦利品は、ベラトリクスを一撃必殺の魔剣へ変えてしまった。
強くなった。
間違いなく強くなったのだが——。
「これ、普段使いできる剣から、また遠ざかってないか?」
ルクスンの呟きだけが、キングヒュドラの骨でできた迷宮へ虚しく響いた。