アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
キングヒュドラの骨でできた迷宮からの帰路は、往路と比べれば驚くほど静かだった。
蛇王を失った爬虫類たちは、すでに迷宮の奥から逃げ始めている。
リザードマンたちは自分たちの領域を取り戻すため、広い盾を手に各所へ散っていった。
帰り道を案内した一人は、落とし穴の前で立ち止まる。
浅い水の下に隠された穴。その底には、空腹を抱えたクロコダイルが今も潜んでいる。
「これ、どうするつもりだ?」
ルクスンの言葉を聞いたリザードマンは、穴の底を覗いてから喉を鳴らした。
「餌を与えて飼うそうだ」
「落とし穴の底でクロコダイルを飼うのかよ。僕たちが落ちていたら、餌にされていたじゃないか」
「いまさら」
「ノクティアは、もう少し僕が死にかけた可能性を重く見てくれない?」
ノクティアは答えず、水の中に沈んだ石板を踏み越えた。
先頭ではウィル・オー・ウィスプが白い光を放ち、壁と水面を照らしている。
オトフリートの梟も暗い回廊を見通し、追ってくる魔物がいないことを確かめていた。
蛇王の白い魔眼を装着したベラは、ルクスンの腰で大人しく鞘へ収まっている。
「主よ。そろそろ飛んでもよいか?」
「駄目だ。お前の刃が誰かにかすっただけで、死の抵抗をさせられるんだぞ。安全な場所へ戻るまで、リバティ・ソードは禁止」
「妾は味方を斬ったりせぬ」
「お前、僕が寝ている間に人間になって、同じ寝台へ潜り込んできた前科があるだろう。自分が思いついたことを実行する前に相談する、という部分から信用を積み直してくれ」
「人聞きの悪いことを言うでない。あれは妾が人の姿になれることを知らなかっただけじゃ」
「僕だって知らなかったよ!」
叫び声が巨大な肋骨の回廊へ響き、遠くにいた何かが水音を立てて逃げていった。
◇
一行が地上へ出たとき、空は夕暮れを迎えていた。
キングヒュドラの尾骨が連なる入口を抜ける。
久しぶりに見る空だった。
湿った風が森の梢を揺らし、赤い夕日が水浸しになった一行を照らす。
ルクスンは地面へ座り込み、深く息を吐いた。
「蛇の毒。麻痺。病気。落とし穴。水の中のクロコダイル。スモール・バジリスク十一体。普通のバジリスク二体。石化と即死の邪眼を持つ亜種。よく全員で帰ってこられたな」
「完全版の知識が役に立った」
「完全版に載っていない奴が、一番危なかったんだけどね!」
「勝ったからよいではないか。しかも宝も手に入ったのじゃ!」
「蛇王と戦っている最中、何度も死を覚悟した僕の立場にもなれ」
ゼフィーリアが濡れた銀髪を払いながら、森の奥へ目を向ける。
「静かすぎるわね」
「魔物が逃げたからじゃないのか?」
「違う。近くには虫も小動物もいる。けれど、森の奥から流れてくる精霊力が妙に乱れている」
ルクスンもセンス・オーラで森を見る。
風、水、大地、生命。
一角獣の森を満たす精霊力は豊かだった。だが、遠く南西の方角から届く流れに、わずかな濁りが混ざっている。
「一角獣の森の異変じゃない。もっと遠くだ」
「方角からすれば、ターシャスの森ね」
ゼフィーリアの声から、普段の余裕が消えた。
ルクスンは立ち上がったが、ここからでは詳しいことまではわからない。
「とにかく戻ろう。装備を洗って、傷を治して、戦利品を調べる。森の異変まで、今すぐ僕たちが背負う必要はない」
「そうだとよいのだけれど」
◇
ラムリアースへ戻った翌日。
オトフリートは魔術師ギルドへ、蛇王の迷宮に関する報告書を提出した。
巨大なキングヒュドラの遺骸そのものが迷宮となっていること。
内部が爬虫類系の魔物の巣窟になっていたこと。
リザードマンの集団が蛇王の支配へ抵抗していたこと。
そして、白と黒の異なる魔眼を持つバジリスクの亜種が、二体のバジリスクと十一体ものスモール・バジリスクを従えていたこと。
ギルドは調査隊を派遣することを決めたが、蛇王の宝物について所有権を主張することはなかった。
未発見の迷宮であり、内部の住民であるリザードマンからも取得を認められている。
何より、命懸けで蛇王を倒した者から呪われた魔眼を取り上げようとするほど、ラムリアースの魔術師ギルドも無分別ではなかった。
その日の夕方、オトフリートは一通の封書を持って冒険者の店へ戻ってきた。
「ターシャスの森について、気になる報告が届いていました。以前、フェニックスを召喚できる高齢のエルフについて調べてもらったため、関係する情報として回されたものです」
個室にいたゼフィーリアが、露骨に顔をしかめた。
「聞きたくないけれど、聞かないわけにもいかないわね」
「森の北側で、精霊力の流れが乱れています。獣が住処を捨て、森の外へ逃げ出している。いくつかの泉では水の精霊力が弱まり、反対に別の場所では異常なほど濃くなっているそうです」
「精霊力の偏りか。魔精霊アトンほどじゃなくても、複数の精霊力が妙な形で結びつけば、何が生まれるかわからないぞ」
「それだけではありません。普段はターシャスの奥から出てこないダークエルフが、北部で目撃されています。一人や二人の斥候ではなく、複数の集団です」
オトフリートは封書から、写し取られた印を取り出した。
黒い矢羽。
曲がった枝。
三日月。
毒蛇。
それぞれ異なる意匠が、一枚の紙へ並んでいる。
ゼフィーリアは一目見るなり、紙を奪い取った。
「十二支族の印が混ざっている。全部ではないけれど、普段なら同じ場所で行動しない支族ばかりよ」
「支族同士は仲が悪いのか?」
「敵が同じだからといって、仲間になるような者たちではないわ。十二支族が同時に動くとすれば、森全体に関わる異変が起きたか、祭司の血統が召集をかけたときだけ」
「祭司の血統って、ゼフィーリアの家だよね?」
「ええ。だから困っているのよ」
ゼフィーリアは写しを机へ置いた。
「私が逃げたことで、十二支族を束ねる祭祀は不完全になっているはずよ。それでも動き始めたということは、私の代わりを立てたか……私を連れ戻す必要が生じたか」
「ターシャスへ行けば捕まる?」
「結婚させられるだけなら、まだ穏便なほうでしょうね」
「それで穏便なのかよ」
「森の存亡が関わっているなら、私の意思など考慮されないわ」
ノクティアが、机の上の印を見つめる。
「行かなければ?」
「異変が森の中だけで収まるなら、それでもよいでしょうね」
「収まらなかったら?」
「オーファン南部まで影響が出る。最悪の場合、ターシャスの森そのものが精霊災害の中心になるわ」
ルクスンは頭を抱えた。
フェニックスの尾羽を手に入れるには、上級の火の精霊であるフェニックスを召喚できるエルフの協力が必要になる。
そのエルフがいるのは、よりにもよってターシャスの森。
そして今、その森では精霊力が乱れ、ダークエルフの十二支族が動き始めている。
「神の心臓まで行くよりは近いと思ったのに、どうして近場の選択肢まで一つのキャンペーンになるんだよ!」
「主よ。冒険とはそういうものじゃ」
「お前は鞘の中で運ばれているだけだろうが!」
◇
その夜。
遠く離れたターシャスの森では、月明かりさえ届かない木々の下を、複数の影が移動していた。
異なる武器。
異なる装束。
異なる支族の印。
本来なら同じ道を歩むことのないダークエルフたちが、言葉も交わさず森の北を目指している。
森の奥深くでは、十二の印を刻んだ石板が円形に並べられていた。
その中央にある祭壇だけが、空いている。
「祭司の血は、ラムリアースにいる」
「異変が広がる前に連れ戻せ。生きたまま、ターシャスへ」
命令を受けた影が、一斉に北へ向かった。
蛇王の迷宮を制したルクスンたちは、まだ知らない。
次に攻略しなければならないのは、石造りの遺跡でも、巨大な魔物の骨でもない。
森そのもの。
そして、ゼフィーリアが捨ててきた過去だった。
第十一章 収支報告
現金収支
収入:
* 依頼報酬:なし
* 戦利品売却:なし
支出:
* ヘンルーダ四人分:二千五百ガメル×四=一万ガメル
差引収支:
* 一万ガメルの支出
今回は自主的な遺跡探索であり、固定報酬はありません。発見品はすべて一行の共有財産として保有します。
獲得した魔法の品
1. 《バロウルの魔眼》
* 魔法の宝石
* ベラトリクスへ装着中
* 市場評価不能、売却予定なし
2. 《逆探知の護符》
* 基本取引価格:十九万ガメル
* 探知魔法を受けた際、術者を逆探知する
3. 《目覚めのペンダント》
* 基本取引価格:八万ガメル
* 装着者を眠りから守るが、疲労は防げない
4. 《解毒の指輪》
* 基本取引価格:残存使用回数×千ガメル
* 解毒を試みられるが、失敗時には毒を強める危険がある
5. 《炎晶石》
* 基本取引価格:三千二百ガメル
* ベラトリクスの晶石スロットへ装着可能
6. 《氷晶石》
* 基本取引価格:五千ガメル
* ベラトリクスの晶石スロットへ装着可能
7. 《雷晶石》
* 基本取引価格:三万八千ガメル
* ベラトリクスの晶石スロットへ装着可能
価格が確定している六品の総額は、《バロウルの魔眼》と《解毒の指輪》を除いて三十一万六千二百ガメルです。
売却する場合は原則として半額になりますが、今回は全品を保有します。
経験点報告
最大の障害:
* 白黒の魔眼を持つバジリスク亜種
* モンスターレベル八相当
獲得経験点:
* 八×五百=四千点
経験点獲得者:
* ルクスン:四千点
* ノクティア:四千点
* ゼフィーリア:四千点
* オトフリート:四千点
* ベラトリクス:四千点
レベルキャップは五のまま変更しません。
新たな成長によって技能レベル五を超えることはできず、経験点は低い技能の補強、新技能の取得、または保留へ回します。ゼフィーリアの既得ダークプリースト技能七は例外として維持しますが、これ以上は上昇させません。
ベラトリクスはソーディアン五のまま、次段階へ必要な経験点を満たしてもレベルキャップが解放されるまで成長できません。