アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第65話 知っている魔法と使う魔法

 ターシャスの森へ向かう前日。

 

 ルクスンたちは、魔術師ギルドから借りた一室で準備を進めていた。

 

 机の上には森の地図、精霊力の観測記録、魔法一覧、保存食、薬草、解毒剤が並んでいる。

 

 ルクスンは今度こそ使える魔法を見落とさないよう、一行が使用できる魔法を最初から確認していた。

 

「精霊魔法。ウォーター・ウォーキング。対象を水面へ立たせ、水の上を地面と同じように歩かせる……」

 

 そこで、ルクスンの動きが止まった。

 

 脳裏へ、蛇王の迷宮が蘇る。

 

 迷宮全体を満たしていた膝までの水。

 

 水中適応を持たない者への回避の不利。

 

 水中に隠されていた落とし穴。

 

 その底で待ち構えていたクロコダイル。

 

 水をものともせず襲ってきた爬虫類系モンスター。

 

「ノクティア」

 

「なに?」

 

「ウォーター・ウォーキング、使える?」

 

「使える」

 

「蛇王の迷宮へ入った時点で?」

 

「使えた」

 

「魔法を拡大して、僕たち全員を対象にすることも?」

 

「できる。必要なら効果時間も延ばせる」

 

 ルクスンは両手で頭を抱え、そのまま机へ額を叩きつけた。

 

「水面を歩けば、回避の不利を受けなかった! 水中の落とし穴にも落ちなかった! クロコダイルのいる水へ入る必要もなかった! なんで僕は思い出さなかったんだ!」

 

「ルクスンは、完全版の魔法を全部知っていると思っていた」

 

「知っていたよ! 知っていたのに、使うことを思いつかなかったんだよ!」

 

「知識と実践は別物ね。蛇王の迷宮では私にはまだ使えなかったけれど、ノクティアには使えた。戦闘前に使用できる魔法を確認していれば、水に苦労する必要はなかったわ」

 

「経験点十点くらいの罠に、数話かけて苦しんだ気分だ……」

 

「主よ。魔法を忘れたまま物理で突破したのじゃから、戦士としては正しいのではないか?」

 

「慰めになってない!」

 

 ベラの笑い声が鞘の中から響いた。

 

          ◇

 

「同じ失敗は繰り返さない。まず魔法を三系統に分けて確認する」

 

 ルクスンは新しい羊皮紙を広げた。

 

 古代語魔法。

 

 精霊語魔法。

 

 神聖語魔法。

 

 同じ魔法でも、発動に必要な条件と使い方は異なる。

 

「最初は古代語魔法。人間の魔術師が使う場合、専用の発動体が必要。複雑な身振りを行うため、着られる防具はクロースかソフトレザーまで。古代語の呪文を唱え、対象を指定する魔法なら、術者から対象が見えていなければならない」

 

 オトフリートは自分の杖とソフトレザーを確認した。

 

「杖に異常はありません。防具も古代語魔法の発動を妨げないものです」

 

「魔法による攻撃は必中だ。対象が見えていて、射程内にあり、正しく発動すれば命中する。相手の抵抗は、当たるかどうかではなく、効果や損害をどこまで抑えられるかに使う」

 

「距離、対象数、範囲、効果時間などは、追加で精神力を消費することで拡大できます。ただし、距離を延ばしても、術者から見えない対象を指定できるようにはなりません」

 

「そこで使い魔だ」

 

 ルクスンは、オトフリートの肩に止まっている梟を見た。

 

 使い魔は、単なる動物の斥候ではない。

 

 主人と知覚を共有できるだけでなく、それぞれ固有の精神点を持っている。

 

 さらに、主人である魔術師が修得している古代語魔法を、使い魔自身が使用できる。

 

「オトフリート本人から壁の向こうが見えないなら、本人はその対象へ魔法を使えない。でも、梟が壁の向こうへ飛び、梟自身の目で対象を捉えれば、梟が術者となって魔法を使える」

 

「その場合、魔法の射程も使い魔を起点として考えます。消費するのも私の精神点ではなく、この梟自身に設定された精神点です」

 

「つまり、オトフリートと使い魔は、それぞれ別に魔法を使える。使い魔の精神点は多くないから乱発できないけど、偵察先で一発撃てるだけでも戦術が変わる」

 

「私が後方で援護魔法を使い、梟を敵の側面へ回してエネルギー・ボルトを撃たせることも可能です」

 

「空から見つけた敵へカウンター・マジックやプロテクションを使わせることもできる。離れた味方への援護にも使えるな」

 

「梟は暗視も持っています。夜間や光の届かない森でも、対象を視認できます」

 

「ただし、暗視があるからライトが不要ということにはならない。梟以外の仲間が地形や仕掛けを見るには明かりが必要だ。使い魔にライトを使わせ、光源を運ばせる方法もある」

 

 使い魔は、主人の魔法を使える。

 

 だが、精神点まで無限になるわけではない。

 

 オトフリート本人と使い魔の精神点を別々に管理し、使い魔の魔法は偵察、奇襲、緊急援護へ温存することにした。

 

「ターシャスでは、オトフリートにライト、センス・マジック、プロテクション、エンチャント・ウェポン、カウンター・マジックを優先してもらう。魔法効果や精霊力の歪みを解除できそうならディスペル・マジック。攻撃はエネルギー・ボルトを基本とする」

 

「炎を使う魔法は極力避けます。使い魔へ攻撃させる場合も同様です」

 

「森を調査しに行って、火事を起こしたら本末転倒だからね」

 

          ◇

 

 次は精霊語魔法。

 

「精霊魔法は、その場所に対応する精霊力が存在しなければ使えない。水の精霊力がなければ水の魔法は使えず、炎が存在しなければ炎の精霊へ働きかけられない」

 

「ターシャスの森では、精霊力そのものが歪んでいる。普段なら使える魔法が使えなかったり、必要な精霊力を見つけられなかったりする可能性があるわ」

 

「だから魔法を使う前に、センス・オーラで精霊力を確認する。僕のセンス・オーラも、ノクティアとゼフィーリアの感知も視覚に依存する。目を閉じたり、完全な暗闇に入ったりすれば精霊のオーラは見えない」

 

「明かりは必要」

 

「暗視があっても、壁や地面の細かな仕掛けを見るにはライトやウィル・オー・ウィスプがいる。蛇王の迷宮と同じだ」

 

 精霊魔法には、古代語魔法とは別の装備制限がある。

 

 鉄などの金属鎧は、精霊界との接触を妨げる。

 

 ただし、銀とミスリル銀は精霊界にも存在するため例外となる。

 

 両手を塞いではならず、少なくとも片手と指を自由に動かし、精霊語で呼びかける必要がある。

 

「ノクティアとゼフィーリアの防具は問題ない。僕のミスリルチェインも精霊魔法を妨げないけど、僕自身が使える精霊魔法は、まだ一つも習得していない」

 

「完全版の知識があっても?」

 

「知っているだけでは使えない。ルーンマスターのラーニングで覚えるには、実際の術式を見聞きしたうえで、魔法一つにつき五百点の経験が必要だ。それに今の僕が扱えるのは第二段階まで。第四段階のウォーター・ウォーキングは、ノクティアかゼフィーリアに任せるしかない」

 

「術式を見せるだけなら、いつでもできる」

 

「頼む。使える段階になったら、優先して覚える候補へ入れる」

 

 今回、精霊魔法の基本運用は次のように定めた。

 

 川、沼、湿地ではウォーター・ウォーキング。

 

 水中へ入らなければならない場合はウォーター・ブリージング。

 

 偵察時にはインビジビリティとサイレンス。

 

 離れた場所の音を探る場合はウィンド・ボイス。

 

 追っ手の足止めにはスネア。

 

 明かりと先行偵察にはウィル・オー・ウィスプ。

 

 毒、病気、麻痺などの身体異常には、ノクティアのレストア・ヘルス。

 

「レストア・ヘルスは傷を治す魔法ではない。生命の精霊へ働きかけて、毒や病気、麻痺などで崩された身体を、本来の状態へ戻す魔法だ。生命力そのものの回復は神聖魔法に任せる」

 

「混沌の女神が精霊力を歪めている場所では、生命の精霊へ正常に働きかけられないかもしれない」

 

「その場合は神聖魔法へ切り替える。回復手段は一系統に依存しない」

 

          ◇

 

 最後は神聖語魔法。

 

「神聖魔法に、鎧や武器による制限はない。発動体も複雑な身振りも必要ない。神聖語を唱え、信仰する神から力を借りる」

 

 ルクスンは自分のミスリルチェインを叩いた。

 

「僕は鎧を着たまま使える。盾とメイスを持っていても問題ない。ゼフィーリアも同じだ」

 

「ただし、神の意思に反する目的では働かないわ。私はファラリスの神官。私自身や仲間の自由を守るためなら、傷を癒やすことも、毒や病気を取り除くこともできる」

 

「一人が信仰できる神は一柱だけ。僕は創造神、ゼフィーリアはファラリス。使える特殊神聖魔法は違うけど、基本神聖魔法は共通している」

 

 生命力を回復するキュアー・ウーンズ。

 

 精神の異常を正すサニティ。

 

 毒を取り除くキュアー・ポイズン。

 

 病気を治療するキュアー・ディジーズ。

 

 呪いを解くリムーブ・カース。

 

 混沌の女神を相手にするなら、どれも必要になる可能性がある。

 

「キュアー・ウーンズの射程は十メートル。接触する必要はない。僕が前で戦っていても、ゼフィーリアは安全な位置から治療できる」

 

「距離を拡大すれば、さらに後方からでも届くわ。ただし、治療する相手は見えていなければならない」

 

「敵の精神攻撃にはカウンター・マジックとサニティ。毒や病気にはレストア・ヘルス、キュアー・ポイズン、キュアー・ディジーズ。負傷にはキュアー・ウーンズ。呪いならリムーブ・カース。使い魔にも援護魔法を分担させれば、かなり余裕ができる」

 

「それでも失敗したら?」

 

「リ・ダイスで振り直す。どうしても通したい判定ならコントロール・ダイスで出目を変える」

 

「主だけ不正をしておらぬか?」

 

「神の奇跡と言え!」

 

          ◇

 

 魔法の確認を終えた一行は、装備を役割ごとに分けた。

 

 ルクスンは前衛装備に加え、弓、薬草、ロープ、野営道具を持つ。

 

 ノクティアは斥候用の道具と解毒の指輪を預かる。

 

 ゼフィーリアは回復と精霊力の観測を担当。

 

 オトフリートは発動体と記録用具を防水布で包み、使い魔には偵察、光源の運搬、緊急時の魔法援護を担当させる。

 

 ベラにはバロウルの魔眼を装着したまま、炎晶石、氷晶石、雷晶石を別の容器へ収めた。

 

 森の中で炎晶石を使うのは危険である。必要になるまで装着しない。

 

「準備はできたな。今度は、使える魔法を忘れたまま力押しするような真似はしない」

 

「蛇王の迷宮へ入る前にも、同じようなことを言っていた気がする」

 

「ノクティア。出発前に士気を下げないでくれ」

 

「大丈夫じゃ、主よ。忘れても妾と梟が魔法を撃ってやるのじゃ!」

 

「お前は魔法を撃てないだろ!」

 

「では物理で斬るのじゃ!」

 

「結局そこへ戻るのかよ!」

 

 こうしてルクスンたちは、魔法、装備、役割を改めて確認した。

 

 ラムリアースの魔術師ギルドが与える名目は、ターシャスの森深奥部における精霊力異常の学術調査。

 

 本当の目的は、ダークエルフの巫女を器とした混沌の女神の発見と排除。

 

 そして可能であれば、フェニックスの尾羽を手に入れること。

 

 今度の敵は、知らない怪物ではない。

 

 一度逃した神だった。

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