アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
ターシャスの森へ向かう前日。
ルクスンたちは、魔術師ギルドから借りた一室で準備を進めていた。
机の上には森の地図、精霊力の観測記録、魔法一覧、保存食、薬草、解毒剤が並んでいる。
ルクスンは今度こそ使える魔法を見落とさないよう、一行が使用できる魔法を最初から確認していた。
「精霊魔法。ウォーター・ウォーキング。対象を水面へ立たせ、水の上を地面と同じように歩かせる……」
そこで、ルクスンの動きが止まった。
脳裏へ、蛇王の迷宮が蘇る。
迷宮全体を満たしていた膝までの水。
水中適応を持たない者への回避の不利。
水中に隠されていた落とし穴。
その底で待ち構えていたクロコダイル。
水をものともせず襲ってきた爬虫類系モンスター。
「ノクティア」
「なに?」
「ウォーター・ウォーキング、使える?」
「使える」
「蛇王の迷宮へ入った時点で?」
「使えた」
「魔法を拡大して、僕たち全員を対象にすることも?」
「できる。必要なら効果時間も延ばせる」
ルクスンは両手で頭を抱え、そのまま机へ額を叩きつけた。
「水面を歩けば、回避の不利を受けなかった! 水中の落とし穴にも落ちなかった! クロコダイルのいる水へ入る必要もなかった! なんで僕は思い出さなかったんだ!」
「ルクスンは、完全版の魔法を全部知っていると思っていた」
「知っていたよ! 知っていたのに、使うことを思いつかなかったんだよ!」
「知識と実践は別物ね。蛇王の迷宮では私にはまだ使えなかったけれど、ノクティアには使えた。戦闘前に使用できる魔法を確認していれば、水に苦労する必要はなかったわ」
「経験点十点くらいの罠に、数話かけて苦しんだ気分だ……」
「主よ。魔法を忘れたまま物理で突破したのじゃから、戦士としては正しいのではないか?」
「慰めになってない!」
ベラの笑い声が鞘の中から響いた。
◇
「同じ失敗は繰り返さない。まず魔法を三系統に分けて確認する」
ルクスンは新しい羊皮紙を広げた。
古代語魔法。
精霊語魔法。
神聖語魔法。
同じ魔法でも、発動に必要な条件と使い方は異なる。
「最初は古代語魔法。人間の魔術師が使う場合、専用の発動体が必要。複雑な身振りを行うため、着られる防具はクロースかソフトレザーまで。古代語の呪文を唱え、対象を指定する魔法なら、術者から対象が見えていなければならない」
オトフリートは自分の杖とソフトレザーを確認した。
「杖に異常はありません。防具も古代語魔法の発動を妨げないものです」
「魔法による攻撃は必中だ。対象が見えていて、射程内にあり、正しく発動すれば命中する。相手の抵抗は、当たるかどうかではなく、効果や損害をどこまで抑えられるかに使う」
「距離、対象数、範囲、効果時間などは、追加で精神力を消費することで拡大できます。ただし、距離を延ばしても、術者から見えない対象を指定できるようにはなりません」
「そこで使い魔だ」
ルクスンは、オトフリートの肩に止まっている梟を見た。
使い魔は、単なる動物の斥候ではない。
主人と知覚を共有できるだけでなく、それぞれ固有の精神点を持っている。
さらに、主人である魔術師が修得している古代語魔法を、使い魔自身が使用できる。
「オトフリート本人から壁の向こうが見えないなら、本人はその対象へ魔法を使えない。でも、梟が壁の向こうへ飛び、梟自身の目で対象を捉えれば、梟が術者となって魔法を使える」
「その場合、魔法の射程も使い魔を起点として考えます。消費するのも私の精神点ではなく、この梟自身に設定された精神点です」
「つまり、オトフリートと使い魔は、それぞれ別に魔法を使える。使い魔の精神点は多くないから乱発できないけど、偵察先で一発撃てるだけでも戦術が変わる」
「私が後方で援護魔法を使い、梟を敵の側面へ回してエネルギー・ボルトを撃たせることも可能です」
「空から見つけた敵へカウンター・マジックやプロテクションを使わせることもできる。離れた味方への援護にも使えるな」
「梟は暗視も持っています。夜間や光の届かない森でも、対象を視認できます」
「ただし、暗視があるからライトが不要ということにはならない。梟以外の仲間が地形や仕掛けを見るには明かりが必要だ。使い魔にライトを使わせ、光源を運ばせる方法もある」
使い魔は、主人の魔法を使える。
だが、精神点まで無限になるわけではない。
オトフリート本人と使い魔の精神点を別々に管理し、使い魔の魔法は偵察、奇襲、緊急援護へ温存することにした。
「ターシャスでは、オトフリートにライト、センス・マジック、プロテクション、エンチャント・ウェポン、カウンター・マジックを優先してもらう。魔法効果や精霊力の歪みを解除できそうならディスペル・マジック。攻撃はエネルギー・ボルトを基本とする」
「炎を使う魔法は極力避けます。使い魔へ攻撃させる場合も同様です」
「森を調査しに行って、火事を起こしたら本末転倒だからね」
◇
次は精霊語魔法。
「精霊魔法は、その場所に対応する精霊力が存在しなければ使えない。水の精霊力がなければ水の魔法は使えず、炎が存在しなければ炎の精霊へ働きかけられない」
「ターシャスの森では、精霊力そのものが歪んでいる。普段なら使える魔法が使えなかったり、必要な精霊力を見つけられなかったりする可能性があるわ」
「だから魔法を使う前に、センス・オーラで精霊力を確認する。僕のセンス・オーラも、ノクティアとゼフィーリアの感知も視覚に依存する。目を閉じたり、完全な暗闇に入ったりすれば精霊のオーラは見えない」
「明かりは必要」
「暗視があっても、壁や地面の細かな仕掛けを見るにはライトやウィル・オー・ウィスプがいる。蛇王の迷宮と同じだ」
精霊魔法には、古代語魔法とは別の装備制限がある。
鉄などの金属鎧は、精霊界との接触を妨げる。
ただし、銀とミスリル銀は精霊界にも存在するため例外となる。
両手を塞いではならず、少なくとも片手と指を自由に動かし、精霊語で呼びかける必要がある。
「ノクティアとゼフィーリアの防具は問題ない。僕のミスリルチェインも精霊魔法を妨げないけど、僕自身が使える精霊魔法は、まだ一つも習得していない」
「完全版の知識があっても?」
「知っているだけでは使えない。ルーンマスターのラーニングで覚えるには、実際の術式を見聞きしたうえで、魔法一つにつき五百点の経験が必要だ。それに今の僕が扱えるのは第二段階まで。第四段階のウォーター・ウォーキングは、ノクティアかゼフィーリアに任せるしかない」
「術式を見せるだけなら、いつでもできる」
「頼む。使える段階になったら、優先して覚える候補へ入れる」
今回、精霊魔法の基本運用は次のように定めた。
川、沼、湿地ではウォーター・ウォーキング。
水中へ入らなければならない場合はウォーター・ブリージング。
偵察時にはインビジビリティとサイレンス。
離れた場所の音を探る場合はウィンド・ボイス。
追っ手の足止めにはスネア。
明かりと先行偵察にはウィル・オー・ウィスプ。
毒、病気、麻痺などの身体異常には、ノクティアのレストア・ヘルス。
「レストア・ヘルスは傷を治す魔法ではない。生命の精霊へ働きかけて、毒や病気、麻痺などで崩された身体を、本来の状態へ戻す魔法だ。生命力そのものの回復は神聖魔法に任せる」
「混沌の女神が精霊力を歪めている場所では、生命の精霊へ正常に働きかけられないかもしれない」
「その場合は神聖魔法へ切り替える。回復手段は一系統に依存しない」
◇
最後は神聖語魔法。
「神聖魔法に、鎧や武器による制限はない。発動体も複雑な身振りも必要ない。神聖語を唱え、信仰する神から力を借りる」
ルクスンは自分のミスリルチェインを叩いた。
「僕は鎧を着たまま使える。盾とメイスを持っていても問題ない。ゼフィーリアも同じだ」
「ただし、神の意思に反する目的では働かないわ。私はファラリスの神官。私自身や仲間の自由を守るためなら、傷を癒やすことも、毒や病気を取り除くこともできる」
「一人が信仰できる神は一柱だけ。僕は創造神、ゼフィーリアはファラリス。使える特殊神聖魔法は違うけど、基本神聖魔法は共通している」
生命力を回復するキュアー・ウーンズ。
精神の異常を正すサニティ。
毒を取り除くキュアー・ポイズン。
病気を治療するキュアー・ディジーズ。
呪いを解くリムーブ・カース。
混沌の女神を相手にするなら、どれも必要になる可能性がある。
「キュアー・ウーンズの射程は十メートル。接触する必要はない。僕が前で戦っていても、ゼフィーリアは安全な位置から治療できる」
「距離を拡大すれば、さらに後方からでも届くわ。ただし、治療する相手は見えていなければならない」
「敵の精神攻撃にはカウンター・マジックとサニティ。毒や病気にはレストア・ヘルス、キュアー・ポイズン、キュアー・ディジーズ。負傷にはキュアー・ウーンズ。呪いならリムーブ・カース。使い魔にも援護魔法を分担させれば、かなり余裕ができる」
「それでも失敗したら?」
「リ・ダイスで振り直す。どうしても通したい判定ならコントロール・ダイスで出目を変える」
「主だけ不正をしておらぬか?」
「神の奇跡と言え!」
◇
魔法の確認を終えた一行は、装備を役割ごとに分けた。
ルクスンは前衛装備に加え、弓、薬草、ロープ、野営道具を持つ。
ノクティアは斥候用の道具と解毒の指輪を預かる。
ゼフィーリアは回復と精霊力の観測を担当。
オトフリートは発動体と記録用具を防水布で包み、使い魔には偵察、光源の運搬、緊急時の魔法援護を担当させる。
ベラにはバロウルの魔眼を装着したまま、炎晶石、氷晶石、雷晶石を別の容器へ収めた。
森の中で炎晶石を使うのは危険である。必要になるまで装着しない。
「準備はできたな。今度は、使える魔法を忘れたまま力押しするような真似はしない」
「蛇王の迷宮へ入る前にも、同じようなことを言っていた気がする」
「ノクティア。出発前に士気を下げないでくれ」
「大丈夫じゃ、主よ。忘れても妾と梟が魔法を撃ってやるのじゃ!」
「お前は魔法を撃てないだろ!」
「では物理で斬るのじゃ!」
「結局そこへ戻るのかよ!」
こうしてルクスンたちは、魔法、装備、役割を改めて確認した。
ラムリアースの魔術師ギルドが与える名目は、ターシャスの森深奥部における精霊力異常の学術調査。
本当の目的は、ダークエルフの巫女を器とした混沌の女神の発見と排除。
そして可能であれば、フェニックスの尾羽を手に入れること。
今度の敵は、知らない怪物ではない。
一度逃した神だった。